『竜』『石鹸』『天才肌』
『竜』
『石鹸』
『天才肌』
* * *
世の中不思議な事は数え切れない程あるが今回のそれは俺の許容範囲外だった。
目の前にいるのは何だろう?獣にしては毛と言えるようなものは生えておらず虫というには当てはまらないサイズで両手で抱きかかえれる程の大きさだ。おまけに地上にいるのだから魚ではないはずだ。それなのに鱗がある。
もうここまでいったのなら答えは一つしかない。
「『竜』じゃねーか!」
何でこんなものを拾ってしまったんだ!?
数時間前のことを思い出す。
いつものように家を出ていつもと同じ道を通った。そこにたまたま傷付いた羽の生えた鳥らしきものが落ちていた。
何を思う間もなく手当てをしなければ、そう思い着ていた上着にくるんで慌てて来た道を引き返した。
あぁ、そうだ。その時にこれが竜だなんて疑いもしなかった。
助けなければという正義感が何よりも勝ったのだ。
しかし、いざ家に着き石鹸で汚れを洗い落とすとこいつは竜じゃないか。
吃驚どころの話ではない。
とにかくこいつを何とかしないと。
「トーマ!ちょっと今いいか?」
地下へと繋がる階段を駆け下りる。無造作にノックした後扉を開ける。
「トーマ、力を貸してくれないか?」
机に向かいペンを走らせる青年に話しかける。
「どうしたの?」
動かす手を止めることなく尋ねられる。
「すごいものを拾ってしまったんだ。俺には手がつけられない。助けて欲しい。」
「また拾い物か、君はいつになったら学習するのかな?」
返す言葉が見つからない。以前にも何度もこうしてトーマを頼った事がある。だが今回はそれとは桁外れなぐらい大事だ。
「とにかく急いで来てくれ」
返事も訊かずに手を引く。
「あぁっあと少しなのに」
そう呟くのが聞こえたが今は無視する。後でお詫びをしなくては
「これって・・・」
竜を見せるとトーマは驚きの声を上げた。
「竜・・・みたいなんだ。」
「どうしてまたこんな大層な生き物を」
「そんな事は今はどうでもいいんだ。こいつ、洗ってみたけど起きる気配がないんだ。呼吸はしているみたいだけど何の反応も無くて心配になって」
頭を撫でるがピクリとも動かない。
「死んでるわけではないなら大丈夫だとは思うけど・・・そうだね、とりあえずベッドに寝かせよう。外は寒かっただろうから」
窓の外を見ると雪が積もっている。空は今にも雪が降りそうな程どんよりとした雲で覆われている。
「分かった。」
寝室の暖炉を点けに薪をいくつか運ぶ。
「あぁ、それといつ起きても大丈夫なようにミルクも温めておこう。
こいつこのサイズならまだ子供でしょ?」
トーマが竜をそっと抱える。
「そうだな。今準備する。」
俺には思い浮かばなかった事をスラスラ言う。流石だ。何にでも長けている。幼少の頃からそうだった。天才肌というのだろうか、何でも器用にこなしてしまった。
「これで大丈夫?」
「ひとまずね。
しかし驚いた。竜なんてものがこの世に存在したんだね」
鱗を摘むように触る。トーマは竜に興味津々のようだ。怖くはないのだろうか。
「竜が炎吹くって本当かな?」
子供の頃読んだ本を思い出して訊いてみる。
「さぁ?それはこの子が起きたら確かめればいいんじゃないかな。」
床に膝をつきベッドにもたれながら竜を撫でている。怖いもの知らずとはこういう事を意味するのかと思った。
「早く目を覚ましてくれるといいね。」
トーマがそう呟いた直後、竜が目を覚ましたなんて誰が想像しただろうか。やはりトーマはすごい奴だ。竜の事を忘れてしまうくらい俺にとってそちらの方が衝撃的だった。そうして当然の如く目を覚ました竜はトーマに懐いた。
竜は実際火を吹くのかって?
それは自分の目で確かめるといい。きっと真実を知れば誰もが驚くだろう。何もしなかった者は何も得られない。竜を拾った俺は知ることが出来た。世の中そういう風に出来ている。