2 大学生の夜の風景。
「いやあヤバかった! まさかあんなのに巻き込まれるとは! いやはや!」
チャイムは結局アマゾンでもなければ、自分に降りかかるとんでもない事件でもなかった。ただ友人が家にやってきただけだった。
あからさまに焦っているという雰囲気を出しこちらの興味を惹こうとするが、僕も一人暮らしの身、明日の準備には余念がなく、忙しいのである。
「そうかそいつはさぞやばかったことだろうな、うむ、すばらしい! では!」
リアクションを取るふりで開いた両手で彼の行く手を塞ぎ、力の限り押し返そうとするが、チャイムにつられ、何かを期待してドアを大きく開いたのはいけなかった。彼は今にも靴を脱ぎ捨て、家の中の冷蔵庫の中身や布団を目当てに押し入ろうというところまで来ていた。我々はもはや格闘している。
「ヤバかった! あんな事件二度とないぞお! いやあ! くそっお前! 家にいれろ!」
「追い出そうだなんてそんなめっそうもないっくそっ! くらえぱんち!」
「おぶっ」
「あっおいアパートだぞあんまり派手に倒れるとまわりにひびく」
しかしみずおちに食らった彼は比較的派手に倒れた。所詮は雑魚であったか。
しかし僕も鬼にはなれなかった。
「ぱんち一発の報酬がソーダ一杯とは安いもんだがまあいただくわっておいこれただの炭酸水かよまっず」
「炭酸水をまずいというようではまだ赤ん坊だな」
氷をたんまりといれた炭酸水をごくりと飲んで、僕は講釈をしてやることにした。
「炭酸ガス500gで2100円。これで60リットルの炭酸水が作れる。水道水はさすがにまずいので安い天然水をかってくるとしよう。12リットルで600円。」
「あやばくそつまらんやつだこれ」
僕たちは足の低い丸テーブルを囲んでいたが、彼はそこから離れて布団まで飛んでいった。
「そんな炭酸より俺の話のほうがおもしろいぞ」
「おっとそうか」
話してみろよといいかけたがなんとか立ち止まった。彼が話し出せばおそらく今日は泊り込まれることになる。
「その上炭酸水よりもビールのほうがおいしい」
缶を開ける音が聞こえた。それをどこから持ってきたんだくそっもはや手遅れだ。僕は負けた。何かを期待してドアを開けたのがいけなかった。
「そうだな」
こいつはもう今日は泊めることとして諦めよう。僕はよっこらと立ち上がって、椅子に戻り、パソコンを眺めることにした。
「ビールはね、一人で飲んだほうがおいしい。飲み会のビールはだめだなやっぱり」
すっかりご機嫌の様子だ。早いな。
彼の話を無視して、2ちゃんねるから、自分の通う大学のスレッドを開く。テスト間近を除けばいつもは一日に1つか2つぐらいしか書き込まれていないが、今日はやたらと賑わっているようだった。
『陸上部とパソコン研究会が喧嘩してたけどあれどうなったの』
『人数多かったな。ほんとに陸上とパソ研だったかあれ』『パソコン投げてたからそうだろw』
ずいぶんな喧嘩だったようだ。今ビール飲んでるあいつが巻き込まれたうんたらいってる事件もおそらくこれだろう。
しばらく経過をみていたが、どうにも進展がなさそうだったのでそっと閉じた。パソコン研究会なら何か書き込んどけよと思ったが、もしかしたらまだ喧嘩しているのかもしれない。大学生の夜は長いのだ。
もう寝るかと椅子から離れると彼はもう寝ていた。僕の布団で。一体自分はどこで寝ればいいのか。ドアを開けたことを悔やむのはしかし今日に限ったことではない。