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1 おしゃれカフェ

 5月になってしばらくたつ。さっきまで考えていたことがなんだったか思い出せずに、椅子に座ったままでいる。ずいぶん暖かくなり、パンツ一枚だ。大学生が物思いに耽るにはおしゃれカフェが一番のようだが、パンツだけで椅子に座るには、カフェは駄目だ。大学の周りには隠れ家的おしゃれカフェがちらほらと見える。通っていたならば、もしかすれば可愛い女の子と今頃は知り合いになっていたかもしれない。冬の間ならおしゃれカフェにいってもいいかもしれない。そう思ったが、もはや4年生。次の冬には社畜の準備に入らなければいけない。

 カフェに通ったところで、僕では知的なお話は出来ない。ひたすら席で、声をかけられるのを待つしかない。実際におしゃれカフェを何回か試したことがある。とびきり知的な本を買っていって、読んでいるふりをしてみた。素晴らしい策であった。

 注文したコーヒーが少し冷えたころ、女性の声がした。

「あれ、その本」

「静かに。今ロシアにいるんだ」

 僕の目線は本のまま。

「あら、それは失礼」

 彼女は小声で謝ると、僕の対面に座った。

 という妄想をしていたらそのまま夜になって終わった。女の子はいつまでたっても現れず、今やその本はどこかへいった。なんだったか、フィなんたらという外人が書いている知的な本だった。もしかしたら知的でもなかったかもしれないが、何しろ英語であったので、読めなかった。

 けれども大学生とは大抵こういうものではないのか。大学生という肩書きを利用し、インテリの限りを尽くす。先ほど述べましたおしゃれカフェ作戦にしたって、これは失敗ではないだろう。夕方、窓際の席で、英語の本を読みながら、コーヒーをすすっているところは、誰も声をかけないにしろ、他人から見れば、素晴らしい都会的雰囲気が漂っているに違いない。大学生とはこういうものを追求していくべきだ。大学生のほとんどが、その内きっとカフェのような女の子との出会いがあると信じて、今もコーヒーを注文しているだろう。こうして馬鹿にしている僕自身が実際そうしたのだから、出会いが本来の目的でなかったにしろ、ふと、喫茶店でコーヒーを注文してしまうと、誰だってそういった出会いを多少は期待するに違いない。

 さて、あられを食べる。あられは空腹の時には素晴らしいおいしさを発揮するのに、中途半端な、今のような気分では少し味が濃すぎるのではないか。しかしもう一粒食べる。そういえば今何時だっただろう。

「8時!」

 おそろしい! もう一日はほぼ終わってしまっていた。今日は何をしたか振り返ってみると、昼ごろに起きて、大学に行くにはもう遅すぎると感じ、今まで座っているといっていい。

「なんということ……」

 実際昼から今まではパソコンを触っていたのだけれど。こうしてぼーっとしている内に、ある日突然超能力を誰かから授けられたりしないだろうかと考えたりするが、基本的に僕はカフェでは誰かに話しかけられるのを待ったり、超能力を待ったり、待つことしかしていないなと今感じた。

 というよりここまでの間で誰かからメールぐらいきててもいいだろう。起きたときから布団は携帯に置きっぱなし間違えた携帯は布団におきっ放しであったし、着信が盛りだくさんで集合場所に人気者は遅れて登場ということもあるかもしれない。

「朝と画面が何もかわっていない」

 明日修理に出しに行くことにして、再び携帯を布団へ投げた。ごくまれに間違えていろいろなものを布団に投げてしまう。カップ麺を投げたときは、両手にカップ麺と携帯をそれぞれもっていて、携帯で3分を測っていた。

 思い出してみよう。

「ピピピ!」

「できたか!」

 音と同時に僕は、思い切りカップ麺を布団へ投げ捨て、箸を手に取り、携帯を口に寄せて泣いた。これは労働者の間では特に頻繁に起こる事件であるとインターネットでは聞くし、疲れていると判断力が失われるねという良いお話。

 インターネットのお友達は多い。小学校のころの教科書で、

「インターネットではまず先に相手の考え方や話し方、つまり性格を知り、それから仲良くなって、ようやく顔を知る。現実とは全く逆の方法で知り合うんだね!」

 という小さいお話コーナーがあって、小さな僕は相当な感銘を受けた。これなら僕にでも友達ができるぞとインターネットの可能性に期待が膨らんだ。

 そのような考え方から、高校生までは「オタクの方がどんな嗜好や相手も認められる包容力がある」としてクラスの中心的存在を蔑んでいたけれど、大学生になってその考えも崩壊した。大学一年の時、学科での研修旅行のようなものがあって、そこで偶然、学科の人気者と同じ部屋で寝ることとなった。人気者は僕と二人きりとなるといつもとは変わって、随分静かだった。

「静かだね、いつもそんな感じなのか」

 まだ夜になってまもなく、手持ち無沙汰の空気を打ち破るために僕は話しかけた。

「まあね」

 随分そっけない。

「いつもは女の子と『きゃー! おいどんもぷりんだいしゅき!』とか言ってるのに」

「いや言ってないし“いつも”って知り合ったばっかだろ俺ら」

 冗談めかして彼は続ける。

「騒がしいのは好きじゃないよ。静かに話してるほうが楽しい」

 こいつがまた結構なイケメン太郎だったから、楽しいとか言われると男でもドキリとしてしまう。

「そりゃ意外だ」といおうとしたとき、ドアが勢い良く開いた。

「おーい! これから下で女子と飲み会やるってよ! いこうぜ!」

「うぇえええええええええい!」

 イケメン太郎は一瞬で顔色を明るく変えると、雄叫びと共に部屋から飛び出していった。

 これが結局、どちらが彼の本質であったかはわからないにしても、僕といるときには僕の調子に合わせ、そうでないときは切り替える、その一瞬の技に僕はぐうの音もでなかった。結局僕は嫌な奴や出来事から逃げて話の合うオタクや気の小さい奴だけとお話しているだけであって、クラスの中心的存在になれる者の持つ「いかなる相手であろうとも調子や話題を合わせられる能力」の前にはひとたまりもないと、僕は完敗した。

 しかしだからといって自分を急に変えるのもよくないと、完敗してからもここのままでいる。大体今のこのパンツ一枚の自分には大変満足しているし。多少未来に暗雲が立ち込めるとしても、それはみんな同じことだろう。

 結局、今日は何もせずに一日が終わってしまった。明日は大学にいくか、そうでなくともどこか出かけたほうが精神に良い気がするが。

「ピンポーン」

 チャイムが鳴る。おそらくアマゾンで注文した商品が届いたのだろう。いやそれにしては時間が遅いか。ここからとんでもない事件が始まるとしても、僕はまず服を着なければなるまい。

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