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6話


「ティエリ、もうすぐお屋敷だ」

荷台に向かってアルベルトが声をかけた。

目を覚ましたエーミルとともに、ティエリが幌から顔を出す。


ティエリもエーミルも初めて訪れるトウルカーヤの街。

海風が街中の石畳を吹き抜ける。


「ティエリ!見て!」


王子が指差した先には、きらきらと朝日を反射する海洋が見えた。

すがすがしい青色が、空の色と混じらずにそこにある。


ハーパライネンの屋敷は、そんな海に臨む海岸の一部にあった。

門の前で一度馬車が止まる。

アルベルトが一言二言門衛に何かを告げ、馬車はそのまま邸内に入った。

しばらくして馬車の動きが止まると、アルベルトが幌を上げた。


「さあ、父上たちに挨拶に行こう」


そう言って二人に手を差し伸べる。

エーミルを抱えて下すと、ティエリもアルベルトの手を取って荷馬車から降りた。


屋敷に入ると、すぐに背の高い男性が出迎えた。

どことなく祖父ににていると思い、思い至る。

トウルカーヤハーパライネン家の当主。


「父上!お出迎えとはありがとうございます」


アルベルトが笑顔であいさつをする。


「お初にお目にかかります」


ティエリはアルベルトの後ろから緊張した面持ちでドレスの裾をつまんだ。


「便りはもらっておる。こちらこそ、ようこそいらした。亡国の王子と王女よ」


――どき。


「父上!」

「……真実を見誤ると、自身の身の置き場にも困るものだ」


ティエリは一瞬にして、彼の印象が悪くなるのを感じた。


「私はこの家の当主、カルイムだ。今後の事は、叔父上とも協議しながら我々にとってより良き道を模索するので安心なされよ」


エーミルは、黙ってカルイムを警戒するようティエリのドレスの後ろに隠れたままだ。

アルベルトが困ったように笑い、ティエリの肩に手を置いた。


「まずはこちらへ」


アルベルトが父親を横目に玄関広間を横切る。

その目が、「いったい何をしに出迎えにきたのか」と訴えている。

息子の視線を受けながら、カルイムはうっすらを笑った。


「ハーパライネンは、王女と王子を守り、この国を建てなおすのだ」


エーミルには聞こえただろうか。

祖父と同じような事を言う、この男の声を。


ティエリは体温が下がるのを感じた。

王子を守る為に逃げてきたのは良いが、あまりにも嫌な気分にさせられる。

アルベルトがいる分まだマシだが、妙に不安をあおられる。


「アルベルト!午後にはマイニオ様の屋敷に挨拶に行くぞ!」


広間を抜けようとする息子に向かって、カルイムが声をかける。


ティエリはエーミルの手を引きながら、その声を聴くまいと努めた。






イェルハルドは宿を発つ準備を進めていた。

宿の受付に顔を出すと、宿屋の主人が仕入の業者と話し込んでいるところだった。


イェルハルドが現れた事に気づくと、話が止まる。


「どうかしたのですか?」


つとめて好青年のように声をかける。


「いや、な。今朝、ハーパライネンの荷車が屋敷に入ったっていうからよ」

「それが何か?」

「荷車は普通屋敷に入らねぇもんだ。市場の荷受け所ならまだしも」


その文脈から、それは荷物ではなく誰かを連れてきたのではないかと察する。


「どこからの荷車です?」

「それは分からねぇが、東からのもんか、王都からのもんか」


仕入業者の男は、すらすらと得体のしれぬ若者に話をする。

情報戦においてそれがどれだけ危険なことか、軍人でもない市井の者にはわからない。


「へぇ……。でも昨日、飲み屋でいろいろ噂を聞きましたが、ハーパライネン家ならば別段悪い事をするわけでもないし、もしかして、マイニオ様の容体回復に合わせて何か動きがあるかもしれませんね」


イェルハルドも、さらりと情報をうながすような話題をぶちこむ。


「おお!兄ちゃんもそう思うか!」


宿屋の主人が破顔しテーブルを叩く。


「俺はきっと、ベステロースを追い出す算段が始まったと思ってるんだがな!」


そうか。

南に来たのは当たりだったな。


イェルハルドはそう思いながら表面的な笑みを絶やさず、こう言った。


「そうだとありがたいですね」




帰還は少し遅れるなと思いながら、イェルハルドは馬を引いた。

こうなれば、ハーパライネンの屋敷周辺も探っておくことに越したことはない。


日中の街の様子は、やはりにぎわいにあふれている。

人に道を尋ねながらハーパライネンの屋敷を目指す。


ほどなくして、マイニオの屋敷よりも堅牢な門扉を持った屋敷が目に入る。


豪商の屋敷だ。

警備を置くよりも、塀や門扉を頑丈にするほうを選んだか。


そんなことを思いながら、屋敷を見渡せる少し離れた高台に馬を繋ぐ。

遠目に屋敷を観察していると、どんどん日が高くなる。

特に目立った人の出入りもなく、本当に商家かと疑いたくなるような時間が過ぎた。

やはり、宿屋で聞いたように荷車や買付の人々が集まるような場所ではないのだろうと知れた。


動きがあったのは、太陽が中天を回ったころ。



屋敷の門が開く。

馬車が1台、ゆっくりと屋敷を出る。

中に誰が乗っているかまではさすがにわからなかったが、見送りの様子からして屋敷でも重要な


人物だろうと推測できた。

懐からメモを取り出す。

ここに来るまでに集めた、ハーパライネン家の情報が書き記されている。

家族構成は当主のカルイム、本家現当主の甥。そして当主の長男と、妻。次男が住んでいる。

他にも二人の息子がおり、三男は本家の養子となっている。

四男はまだ、寄宿舎のある学校に入っているらしい。


すでに働いているどの息子たちも優秀で、それぞれが海産物や農産物、工芸品等の仕入れや管理、売買を任されている。

可能性としては、当主か長男だろうと思われた。


――今朝の荷車がどこから来たのかくらいわかればな。


そう思いながら、イェルハルドはもう少し屋敷に近づくことを決断した。

地域性なのか、トウルカーヤの人々は口が軽い。

マイニオの屋敷の門衛のように、使用人の誰かとでも話ができればありがたかった。


屋敷の周りをぶらぶらと歩く。

使用人が使いそうな裏の出入り口を見つけると、少しだけ誰か来ないか待ってみた。







「おや、お客様!こんな所で何を」


使用人たちの休憩部屋のあるあたりで、ティエリは声をかけられた。


「あ、あのごめんなさい。初めてのお屋敷で迷ってしまって」


アルベルトが外出し、昼食後で王子も寝てしまい、暇を持て余して家の中を探検していたとは言えなかった。


「まぁまぁ、そうですか。でもちょうどよいですね、屋敷の裏からは今ちょうど盛りのパンジーの群生地が見えるんですよ」

「まぁ、素敵」


そう言うとティエリは窓辺に近づいた。







屋敷の裏からは、窓越しに屋敷の中も見えた。

おそらくは使用人たちの裏動線であったり、厨房だったりするのだろう。

人影がたまにちらつく。



「……!」



その中に、見覚えのある少女の顔があった。


王都が陥落したあの日。

幼い子供をつれた、すす汚れた少女。


声をかけると、一目散に逃げた少女。


――間違いない。


知らず、額から汗が流れた。



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