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4話


ティエリは、すぐにも家を出た。

街の偵察が目的だが、使用人が手ぶらというのもおかしいので買い物の時に使う籠を持って出た。


街は、何も変わらないように見えた。

普段の街の様子を知っているわけではないが、人通りもあるし、市も立っている。

国が侵略されたなど、にわかには信じられない。


数十分歩いてやっと、ベステロースの国軍章を付けた軍人2人組とすれ違った。

だが、人々は彼らを恐れていなかったし、軍人たちもにこやかで民衆を威圧してなどいない。


物語などで語られる国取物語で想像していたような状況は見られなかった。


――悪いことが起こっているとは思えない。


ティエリは街を一回りして、花屋の前で足を止めた。

みると、王の私邸の庭にも咲いていた花が桶に入っていた。


ルマーニに渡されていた硬貨で、少しの花を買う。

まだ征服されて2日。

流通の混乱も無いようだった。



屋敷に戻ると、王子が仕立て屋に服を見立ててもらっている最中だった。

ティエリの姿を見つけると、王子が笑顔になる。


「おかえり!」


「ただいま戻りました」


その笑顔だけで、ティエリの心は温かくなる。


「エーミル様、これを」


ティエリは言って、買ってきたばかりの花を差し出した。


「わぁ、僕にくれるの?ありがとう」


仕立て屋の手を離れ、王子が駆け寄る。

やわらかな匂いに鼻を近づけ、さらに嬉しそうに笑う。

一緒にいたルマーニも、二人の仲の良さを見て満足そうに笑んだ。


「さあ、御召し物の続きを」


仕立て屋も微笑ましい表情で王子を手招いた。


「はい」


王子も素直に従う。


「ティエリ、お前にも普段着の10着くらい見繕おうね」


祖母の申し出に、ティエリは恐縮する。

召使の服があれば、普段着などそう多くはいらない。


「そんな……もったいないです」

「いいんだよ。私の趣味のようなものなんだから」


娘を嫁に出した祖母の、ティエリの母と一緒に居られなかった時間を埋める何かがあるのだと。

ルマーニの表情を見てそう思う。


結局、王子とティエリ合わせて30着ほどの服が見立てられた。




すぐに納められた服に着替えさせられ、ティエリたちは庭で午後のティータイムを開くことになった。

皿に盛られたクッキーをほおばりながら、王子もご満悦だった。

王室と、あまり変わらない日常。

それは王子のストレスを和らげるのに十分な効果を発揮している。

ふとした瞬間に、ティエリは祖父母に感謝の念を抱かざるを得ない。


昨晩の提案は、置いておくとして。



そんな時。

ばたばたと家の中が騒がしくなった。


「旦那様がお帰りになったのかしらね」


ルマーニが腰を浮かせる。

そこに見慣れぬ若者が入ってきた。


「大奥様!お久しぶりです!」


若者の姿を見て、ルマーニも声を上げる。


「まぁ、アルベルト!久しいこと!」


アルベルトと呼ばれた若者は、ルマーニの前に膝を着き丁寧に挨拶した。


「ティエリ、エーミル様、この者は我が商家の次期当主となるアルベルトよ」

「え、アルベルトって……」


その名にティエリは聞き覚えがあった。


「アルベルト・ハーパライネン。覚えているかい?」

「アルベルト!」


ティエリも椅子から立ち上がった。


「ティエリ!大きくなったな!」


母の死後しばらくこの家で暮らしていたころ、アルベルトはよくこの家に出入りしていた。

南の沿岸部で同じく貿易商をしている分家の長男坊だ。

ティエリより5つほど年上だった。


「どうしたの?あなたが本家を継ぐの?」

「おう!俺の家は弟が継いで、どうせなら本家の養子にならないかって大旦那様に認めてもらったんだ」


本家の後継者になるならば、分家には文句もない。

幸い、後継者がティエリの母しかいなかった本家とは違い、分家は優秀な男兄弟ばかりで問題はなかったらしい。


アルベルトは小声になり続けた。


「しかし、お前よく逃げてきたな。街でも噂になってる。王の側室やその子供たちは幽閉されたって」

「……うん」

「まさか、一緒にいるこの子供は……」

「ダメ!何も言わないで!」

「わかってる。王子の行方が知れないって、王城でも話が漏れている」

「王城の事情が分かるの?」

「俺、今朝早く、東へ仕入に行った帰りに王城に今後の納品についてお伺いにいったんだ」


商人魂たくましく、今後の国内流通と交易について確認に行ったらしい。


「ヘルマンニ様が動いたって知らせを送ったけど、どうやら大旦那様が不在のところをみると届いているな」

「アルベルト、お前どうするつもりだい」


ルマーニも二人のやり取りに口を挟む。


「南に行きましょう」


アルベルトが答える。


「ベステロースの情報収集力は侮れない。すでに王城内では王子捜索の部隊が組まれているらしいですし、ティエリの出自からここに兵がやってくるのも時間の問題でしょう。平和的侵略をしてきたベステロースの軍には今は人でが足りない。街道に十分な兵が配置される前に、荷物に紛れて脱出したほうが良い」


「……あなたも、味方なの?」


王子を守ろうとしてくれているアルベルトの姿勢に、ティエリは素直に感想を口にする。


「何を言っている。当たり前だろう!」

「家の利益を守る為?」

「……バカだな。家族を守る為だろ!」


アルベルトのまっすぐな回答に、ティエリの心は締め付けられる。


「ヘルマンニ様の進軍状況をみると、マイニオ様のもとに使者が送られているとみていい」

「その根拠は?」


アルベルトの推察に、ルマーニが疑問を投げる。


「ヘルマンニ様の軍が使者を送った形跡がない。それに進軍スピードが遅い。ベステロースに従属する気なら、もっと早く使者を出すはずですし、その意を示すはずです」


ルマーニがアルベルトの考察に首肯する。


「大旦那様が戻られてから決めても遅くはないですが、マイニオ様とヘルマンニ様はお味方になってくださる可能性が高いと思います」


アルベルトの話が一段落した直後、ヴィルヘルムの帰宅を告げる声が庭にも届いた。


「ちょうど良い、すぐに大旦那様にお話をしてまいります」


そう告げ、アルベルトは颯爽とティエリたちの前を辞した。



「本当に、アルベルトはよくやってくれます」


ルマーニが心底関心して息をつく。

ティエリも、聡明な考え方に圧倒される。


「おばあ様、私、とりあえず準備をします。王子を頼みます」

「そうね、せっかく服を見繕ってもらったけれど、数日中に届かないものは後で送るとしましょう」


ティエリはパタパタと足音を響かせながら屋敷内に戻った。




途中、ヴィルヘルムの部屋の前で話し声に気づいて足を止めた。

ぼそぼそと漏れ聞こえる声は、祖父とアルベルトのものだ。

今後の対策について話し合っている。


しばらく聞き耳を立てていたティエリだったが、逃れる算段に変わりはないとその場を離れた。









「準備は進んでいるか」


旅支度を整えていたイェルハルドの元へ、ウリヤス将軍が顔を出した。

共も連れず、一人である。


「なんですか。進んでいないように見えますか。引継もあって忙しいのですがね」


イェルハルドは乱雑に物品をかき集め、ベッドの上に広げている。


「……お前、もっと効率的に準備できないのか。軍人だろうが」

「申し訳ありませんが、これが私には効率的なのです」

「いつ発てる?」

「今日の夕刻には。まあ、街道沿いに馬を飛ばせば半日ほどで到着できるでしょう」


それでも、マウリが待つといった2日のうち4分の1は消費してしまう。

南のマイニオ領に到着後、素早い情報収集が求められる。

情報を伝令で飛ばすとして、対応するのにはぎりぎりの時間だ。


「わかった。あと、今マウリが調べたところによると、行方の分からぬ王の子がもう一人いるらしい」

「はぁ?なんですか今頃」


イェルハルドの語気には、まさかその捜索までさせる気じゃないでしょうねという不満が漂っている。


「まぁ、聞け。そのもう一人の子というのが、王が非公式の妾に生ませた15歳くらいの少女らしい」

「―――」


そこまで聞いて、一瞬イェルハルドの思考にあの時の少女と王子らしき子供の姿が思い浮かんだ。

息子の変化に気づかない将軍ではない。


「どうした?」

「いえ、まさかまだ隠し子がいたとは、この国の王もやりますね」

「非公式ゆえに、今まで詳細が分からなかった。王城内でも、あまり他の王子や姫たちのように慇懃に扱われていなかったらしい」

「それで?」

「もしや、その娘がエーミル王子を連れて逃げているかもしれん」

「市街地の捜索の手を増強しますか?それとも街道を封鎖しますか」

「それはこちらで手を打つ。妾はすでに亡くなっているらしいが、国内の商貿易のほとんどを担う商家の出身らしい。まずはそこからだ」

「ではなぜ私にその話を?」

「南の港町には、その商家の分家がある。それとなく、ついでに探ってこい」

「……やっぱり俺にも仕事させるのですね」

「ついでだついで」


将軍は軽く手を振った。


「南の情勢を探り、すぐに戻りますよ」


イェルハルドもため息交じりではあったが、将軍の命を了承した。




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