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3話

食事が終わった後も、ティエリは心が休まることがなかった。

当面の身の安全は確保できたが、祖父からの提案はにわかに受け入れがたいものだった。



――結婚して国を継ぐ。



王室の血は、何もエーミル王子と自分だけに残っているものではない。

分家、傍流も多数ある。


祖父の考えは分からなくもない。


今北の大国に吸収されるのをただ黙ってみているだけの諸侯は少ないだろう。

圧政を敷く王がいなくなった今。

ベステロースの統治が完全ではない今。

自身が実権ととるには絶好の機会である。


夜は静まり返っているというのに。


ティエリの心はざわついたままだった。





翌朝。



東の国境に駐屯していた軍が動いたとの知らせが入った。

ビルシュトナは東西に長い国である。

東の国境から王都までは、6日はかかる。

奇襲をかけるには遠すぎる。

今動いたとなると、おそらく敵軍に下るのではないかと推測された。


ヴィルヘルムは思案している。


「東に詰めていたのは、ヘルマンニ殿だったか」


智将とうたわれ、国境警備というよりは東からの物流の監視を主に任されていた。

東側諸国との交易、国交には今のところ懸念事項はない。

よって軍備も北や南に比べれば手薄だった。


どう動くか。


ヴィルヘルムは紙とペンを取り出した。

素早く内容をしたためる。


「これをマイニオ閣下に」


近くにいた家人に信書を手渡す。

手紙を受け取った男は、すぐに屋敷を出た。







王城でも、東の軍が動いたという情報はすぐに将軍の元に知らされていた。

「ヘルマンニ大佐は、どういうおつもりかな」

問われたマウリは

「おそらく我が軍に協力するかと思われます」

そう答えた。

もちろん将軍もそれはわかっている。

ヘルマンニはビルシュトナの国政に不満を持つ人物の一人だという情報はすでに得ている。

「さて、だが先に親書も送らず軍を動かすとはいささか礼に欠けるのではないか」

「先遣隊がおるやもしれません。あと2日は待って対応しても良いかと思われますが」

「ヘンリ殿とペッレルブォ殿に伝令を」

「かしこまりました」


ベステロース軍に早くから同調していた諸侯は3人いる。

王族の血を引く貴族のヘンリ公と、北の豪族ベッレルブォ。

ヘンリ公は齢60を目前にした静かな男である。

趣味は楽器と観劇。前王に大きな不満があるわけではなかったが、満足していたわけでもなかった。

ベステロースが国政をとった暁には、国政の一角にと言われ従っているだけである。

ヘンリ公自身にも野心があったわけではない。

前国王統制下にあって特に役職もなく、自由気ままな生活を送っていただけだ。

だから、人生の最後に、自分が国政の一角を担うくらいの成果があってもよいかと思っただけのことだった。


ベッレルブォは、国の北側に大きな勢力をもつ豪族だった。

ベステロースが進軍するにあたって、北側に勢力をもつこの豪族を味方に付けることは最重要課題であった。

よって、この男には今後の国内平定にあたって重要な役職と土地の安堵が約束されていた。


「スレヴィ殿下のところへは私が行こう」

将軍は立ち上がった。


そして、最後の一人。

前国王を一番排斥したがっていた男。

前国王の弟、スレヴィ。




王城にあるスレヴィの部屋は、質素なものだった。

特に好んでそうしている。


「殿下、ウリヤスです。ご在室か」

「入れ」


将軍は静かに戸を押し開けた。


スレヴィは、窓際のソファに座って読書をしていた。

質素な作りの部屋に柔らかに日が差し込んでいる。


「何か」


「東のヘルマンニ大佐が動いたようです」

「ふん?」

「おそらく我が国に協力していただけると思いますが」

「それで?」

「今のところ何の知らせもないまま、進軍されているようですので、殿下のお考えを伺いたく参上しました」

「ヘルマンニの考えが私にわかると思うか」


スレヴィの態度は冷たかった。

しかし将軍はまだ続ける。


「かの方は、常識を重んじられるお方か?」

「ほう?智将との呼び声高き軍人ぞ?」

ないわけがあるかと言っている。

スレヴィの反応を見て、将軍は表情には出さず考えた。


――では、やはり安心はできぬという事か。


「貴重なご意見、ありがとうございます」


将軍は一礼して部屋を辞した。



将軍は足早に廊下を歩きつつ、考えをまとめていた。


王室関係者の中にエーミル王子の行方を知るものがいたとの連絡は入っていない。

王と王妃の死亡は確認され、側室と側室の生んだ子供たちはすべて軟禁中。


危険をはらむ懸念事項は3つ。

隠された王子の真偽。

ヘルマンニの進軍。

そして未だ行方知れずのエーミル王子。


官僚たちがくるまでには、すべての事にある程度の答えを用意しなければならない。



「ここはやはり俺の懐刀、だな」






「……私がですか」

イェルハルドは倉庫の食糧整理を監督しながら、いやそうに振り向いた。

「手勢が足りません」

「だったらお前ひとりでやれ」

尊大に言い放つ父に、さらにイェルハルドの気分は落ち込む。

「忙しいんですよ!それにその件は、マウリが2日待てと言ったのでは?」

将軍は、息子にヘルマンニの動向を探らせようとしていた。

「2日待ったころには、ヘルマンニの軍は国の中にまで進行しているだろう。もしもの時は遅い」

「我々はこの国の勢力関係には疎いからな。何が起こるかわからんから保険だ」

イェルハルドはふぅ、と息を吐いた。

それは、父が知る息子の降伏姿勢の一端だった。


「わかりました。具体的には何をすればいいのです」

「マイニオという男がいる」

「存じております」

「ヘルマンニとは義理の兄弟だ」

「ヘルマンニが連絡を取るとしたらマイニオ殿だと?」

「もしも奴が味方でないとすればな」


マイニオは、南の海岸線警備を担う軍の中心人物だ。

かつて、ビルシュトナ軍にこの人ありと恐れられた猛将である。

王室への忠誠も篤く、知略にも長ける。

ベステロースの侵略に対して一番の敵と言っても過言ではなかったが、ここ数年彼は体調を崩し前線へは出ていなかった。

ベステロースの侵攻が成功したのも、彼が満足に動けなかったことが大きい。


「マイニオ側の動向を探れ。もしも、マイニオ側に連絡が行っていれば、ヘルマンニは味方につかぬかもしれん」


イェルハルドは敬礼を返し、すぐに準備に取り掛かった。






朝食の場に、ヴィルヘルムは現れなかった。

ティエリと王子、ルマーニだけである。


ティエリは少しだけ安堵して、運ばれてきたミルク粥を口に運んだ。

王室でも出ていたクランベリーの温かなジュースを飲みながら、王子の顔にも笑顔がこぼれる。


「さて、今日はお前と王子の洋服を見繕おうね」


ルマーニが優しく声をかける。


「今は身を隠すのが一番だから、王子には申し訳ないけれど庶民のものを用意しましょう」


ティエリはほほ笑み頷いた。

祖母はそういっているが、この家は国家に特権を与えられた商家だ。

王室並みとは言えないまでも、そこらの庶民とは格段に違うものが用意されるのだろうと想像がついた。


「僕、緑色が好きです」


王子がくったくなくそう答える。

怖い目にあったというのに、微塵もそれを感じさせない。

普段からあまり母の王妃と交流がなかった為か、母を求めて泣くこともない。


「ティエリ」

「はい」


ルマーニが小声で孫を呼ぶ。

「今日朝早く、ヘルマンニ殿が動いたという知らせが届いたの」

「え」

あまり国政に詳しくないティエリでも、その名は知っている。

王にあまりいい感情を持っていないことも。

「旦那様は今、国中の情報を集めていらっしゃるから、もう少し様子をみてあなたたちを別荘に移す日取りを決めるおつもりよ」

ティエリには、そうか、と次第を納得することしかできない。

「どなたがお味方になってくださるか、見極めないと」


祖母の言葉を聞きながら、ティエリは考えた。

今、この国の中心は誰によってどう動かされようとしているのか。


「あの、あとで街に出てもよろしいでしょうか」

「あなたが?おやめなさい。知りたいことがあれば、この家に集まってきます」

ティエリの提案はすぐに却下された。

「それに、あなたがこの家にかくまわれていると分かれば、きっと敵はあなたを捕えます」

祖母の言い分は正しい。

王が殺される前に、側室たちは軟禁された。

ベステロースの侵攻は、着実にすばやくなされた。

比較的自由に城内を動けたティエリには、兵たちが話す噂話も耳に入っている。

誰が裏切り、誰が利益を欲しているか。


だが、敵国がこの国をどう作りかえようとしているのか、民衆はそれをどう思っているのかをもっと知りたかった。


圧政を敷いた王を倒し、平和的な国を作り上げようと声高に宣言して侵攻してきた国の今後の国造りのあり方を。


ティエリはうつむいた。

じっとしてはいられなかった。


王子を実家に逃がしたのは自分だ。

王子は最後まで守らなければという意思はある。


「そうだわ、おばあ様!私に召使の洋服を貸してくださらないでしょうか」

「なんですって?」

「この家の新しい召使という事にしてください」

「なんてことを!あなたはれっきとした王の血を引く者なのですよ」

「いいえ、これも身を守るためです!」


ティエリの真剣なまなざしに、ルマーニは逡巡している。


「それにこの家は人の出入りが多ございましょう?誰に見られても、新人と言えばしばらく目はごまかせます」


二人の会話を、王子は意味も分からずに聞いている。


「王子は、ひとまず遠縁の子ということにして、我が家でお預かりしていることにでも致しましょう」

「ですが……」

「おじい様がお味方を見極められるまでで構いません」


今度のティエリの提案は、しばらくして祖母の了承を得られた。

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