2話
祖父の言葉が、ティエリの体を駆け巡る。
国を再興する。
それは、どういう意図をもった言葉なのだろう。
結婚する。
それに何の思惑があるのだろう。
「おじい様、おっしゃっている言葉の意味が分かりません」
王子はまだ5歳。
結婚できるようになるまであと10年は必要だろう。
いや、王族の婚姻については一般とは異なり王が決めればそれで済む。
だが、王もいなければ、ティエリ自身もまだ子供だ。
北のベステロースに侵略されたばかりのこの国を、二人の結婚という手段で再興に導くというのか。
「我々は国王より商的外交の大部分を任される立場にある。築き上げた人脈もな」
まさか、という思いがあった。
「ベステロースの統治を、民衆は受け入れようとするだろう。だが、他国と平和的合意の上でのそれではないのだ。きっと人心は離れていくだろう。そういう長期的な扇動を起こすこともできよう。私ならばな」
身震いした。
祖父の考えを知り、ティエリは恐ろしくなった。
「それは、今答えを出さなければなりませんか」
ティエリたちの会話など耳に入らないといった風に、王子は目の前の食事に夢中だった。
自分の動揺を悟られまいと、平静を保つよう自身に言い聞かせながらティエリは言った。
「……少なくとも、敵国がどう動くのか見てから答えを出してもよろしいでしょうか」
ヴィルヘルムは
「焦らず前向きにな」
ただ一言そう言ってワインを飲み干した。
イェルハルドは不機嫌さを隠さず、ベステロース軍の将軍の前に立った。
「どうした、イェルハルド。疲れたか」
将軍は彼の不機嫌さの理由を知りながら意に介していないようだ。
「将軍、この度のビルシュトナ平定、おめでとうございます」
気持ちのこもらぬ祝辞を述べ、イェルハルドは敬礼する。
「お前、まだ納得しておらぬのか?」
「納得ですか?国力の弱い我が国が、国王の圧政により疲弊した民意を利用し、さも国を救う騎士然とし侵略する計画のどこに不満がありましょう」
「それも戦略だ」
「私は軍人ですからね。国王と将軍に忠誠を誓った身なればご命令には逆らいませんよ」
くく、と将軍はのどで笑った。
「わかったわかった。軍人たるもの、戦ってこそ本望というもの。今度の作戦にはお前も参加させてやる」
「今度とはいつになりますかな」
イェルハルドは肩でため息をついて見せた。
「王様のお心次第」
「父上」
イェルハルドは、将軍にそう呼びかけた。
「今回の侵略は他国にも正義の侵攻といわれるでしょう。ですが、その実、傾きかけたビルシュトナの足元の土をうまく掘り返してやっただけのよなもの。我が軍の真の実力ではありません」
「俺の計画ではないよ。王様に言ってくれ」
「王に進言などできぬからあなたに言って憂さ晴らししているのです」
「困った体力バカだな」
イェルハルドは、軍師のように作戦を指揮する国璽尚書が気に食わなかった。
だから、国璽尚書の立案する作戦にも乗り気がしない。
そもそも軍隊を動かしておいて、実際戦など行わず王室に火を放っただけだ。
国璽尚書は国璽尚書らしく、王室内でおとなしくしていればいいのだ。
その国璽尚書の意見を素直に受け入れる国王にも、少なからず不満はある。
国軍動員には反乱分子が挙兵した際の抑止力などとごもっともな理由を並べてはいたが、尚書には敵軍が動かないことは分かり切っていたはずだ。
戦わない軍に、他国のだれが畏怖の念を覚えるというのだろう。
この先。
勝手に作り上げられた最強伝説の前で、無残に倒れる同胞の姿を想像してしまい歯がゆい。
また、そんな想像をしてしまう自分自身をも、殴り倒してやりたいくらいにやるせなかった。
「ところで、お前。進軍中にどこかに消えたな?」
将軍の質問に、イェルハルドははっと我に返った。
「ええ、勝手に部隊を離れたこと陳謝いたします」
「どこに行っていた?」
「街のはずれに」
「なぜ?」
「いえ、街の様子がきになりまして」
「何か見つけたか?」
そう問われ、一瞬返す言葉を探した。
見つけた、といえば見つけた。
煙に汚れた少女と少年。
あの時火の手が上がっていた場所を考えると、王室関係者なのは明らかだった。
王室関係者でとらわれていない、もしくは身元が判明していないのは、私邸で焼死したと思われる正妃と、王子。
それに正妃に近しい侍従長。
あれはまさか王子ではないかと、そこまでは分かるが、一緒にいた少女は何者なのか。
「……少なくとも、我々をよく思っていない少女に出会いました」
王子らしき子供を見たとは言えなかった。
「ほう?」
「声をかけたら、すごい勢いで逃げられました」
「はっはー!お前、それ怖がられたんだよ!」
父親の言葉に多少むっとする。
「将軍、そろそろ事後処理の打合せをお願いします」
咳払いしてそう告げる。
「わかった、わかった」
占拠した王城内をくまなく探索していた兵から、一つの報告が入った。
仮の執務室として王城内の一室を報告書に埋もれさせていた国軍執務官のマウリは、その報告書を受け取るなり椅子から立ち上がった。
「将軍を呼べ!いや、いい俺が行く!どこにいらっしゃる?!」
すぐに命令を変え、マウリはすぐさま部屋を出た。
速足で歩きながら、将軍の居場所を確認させる。
将軍は先ほど王城内に入り、各将校たちと事後処理の打合せ中だという。
「将軍!」
「ああ?」
急なマウリの登場に、テーブルを囲んでいた将校たちの視線も動く。
「恐れ入ります!重大な報告があります」
「なんだ」
マウリは呼吸を整え、報告書を差し出した。
報告書を斜め読みし、将軍も眉根を寄せた。
「どういう事だ?」
将軍の手元にあった報告書が、テーブルに投げられた。
目の前に来た報告書を読み、イェルハルドの目も見開かれた。
そこには、王子が王の実子ではないと記された王妃の日記が見つかったと書いてある。
「これの原本は?真偽のほどはいかに」
将軍がマウリに確認を取る。
「原本はすぐにお持ちしますが、発見場所は王室付医師の部屋だったそうです」
「筆跡の確認は」
「それも並行して進めております」
「しかし、その王子が、今行方不明のエーミル王子だとは限らんのではないか?」
他の将校たちからも声が上がる。
「それもそうですが、現在この国に王子はエーミル殿下しか正式に記録がありません」
「仮にだ」
将軍が口を開いた。
「仮にエーミル王子が先の国王の実子ではなかったとして、この先起こりうる問題はなんだ?」
「事実確認次第では、正当な王室継承者はいなくなります」
マウリが答える。
「それで?我が国の執政になんらかの影響があるか」
「いえ、何の問題もございません」
「もし、それが誤りだとしたら?」
「そこが問題なのです」
マウリは力強く言葉を発した。
「どういう事かな?」
「その日記の記載がある日付が問題なのです」
そういわれ、イェルハルドは再度報告書に目を落とす。
報告書に書かれた、日記の日付。
それは今から20年前。
エーミル王子は今5歳。
それはエミール王子の事を指しての話ではないのだ。
「王妃に、隠し子がいたと?」
マウリは唾を飲んだ。
「そうです。この国の正妃は王家の傍流。もしも、これが真実ならば、この日記に書かれた王子を特定しなければ今後の憂いとなりかねません」
一同は沈黙した。
民衆は確かに、ベステロースの解放を受け入れている。
だが、ビルシュトナの将軍や有力貴族の中には、権力を奪われることに抵抗しようとする勢力もある。
「医師の部屋にあったと言ったな?その医師はいまどこに」
「確認させたところ、現在国の東の国境付近で隠居生活を送っているとのことです」
マウリの素早い情報収集能力に、将軍は大きく頷いた。
「まずは事実確認を急げ!そして証拠固めもだ!」
「は!」
マウリは低頭して座を辞した。
嵐の後のようにしんと静まり返る室内で、イェルハルドは父を見つめた。
1週間後には本国の官僚たちが、そしてそのひと月後には王がやってくる。
それまでに、正確な情報を集め報告できるようにしなければならない。
今、この国でベステロース側の最高責任者は将軍だ。
「正直、軍ってのはこんな仕事する場所じゃぁないんだがな」
将軍は苦笑いをして場を解散させた。




