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プロローグ・2

ティエリは王子を抱えて走った。


熱と煙にやられた肺とのどが痛い。


皮膚もパンパンに張って、今にも破けるのではいかというくらいに痛かった。


私邸の西側に広がる森を駆ける。

王室が抵抗しないと知ってか、火を放った敵勢力の追手はかかっていないようだった。


だが、王子が逃げたと知れれば、王妃が言った通り殺されるに違いない。



ティエリは走った。


城下にはすでに敵軍によって支配されつつある。

王が殺されたので、軍の抵抗も弱い。

火が放たれたのも王の私邸だけである。


すすけた格好で逃げていれば、王室に仕える者とすぐにわかるだろう。


森の端にたどり着いたところで、ティエリは王子を下した。


「王子、少しお待ちください」


木陰に王子を座らせ、ティエリは私邸の柵を超えるために近場の木によじ登った。

ちょうど良い具合に、柵の外まで枝が伸びている。


枝の先まで行くと、ティエリの重みで自然と枝がしなった。


折れないで。


そう祈りながら、ゆっくりと飛び下りられる高さまでがまんする。


あと少し、というところで枝が折れた。


「ティエリ!」


王子が叫ぶ。


「いたたた……。大丈夫です」


心配そうに見つめる王子にそう返事をし、ティエリは立ち上がった。

近くに羊小屋があったはずだ。

そこまでいけば、納屋に梯子のひとつでもあるだろうと算段を付ける。


長い時間王子を一人にはできない。

ティエリは足早に羊小屋を目指した。




羊小屋にはやはり羊しかいなかった。

王都が攻め込まれているのだ。

それもそのはずだ。

だがティエリにはそれがありがたい。

そっと納屋から目当ての梯子を担ぎ出す。


「王子!」


小さく声をかけると、草むらにしゃがんでいた王子がひょっこり顔を出す。

かわいそうに、目が腫れている。


柵に梯子をかけ、まずティエリが登る。

柵にまたがり器用に梯子を内側にかけなおした。


「登れますか?」


王子はこくんと頷いた。

小さな手で、一生懸命梯子をつかみ上る。

ティエリが差し出した手を握る力もしっかりしていた。

そのあたたかさにほっとする。


梯子から王子を抱えて下すと、そのまま手をつないで歩き始めた。


ティエリは街の南側にある実家を目指していた。

母方の実家だ。

大きな商人をしている。

二人は途中、川に下りて顔と手を洗ってのどを潤した。

冷たい水が肌に沁みる。


街に入るときは少し緊張した。

街のはずれの裏道を選び、人目につかないよう静かに隠れて進む。


街は少しだけ盆地になっていて、周辺部は丘陵が囲む。

家々の影に隠れて坂道を登りながら、そっと中心部の様子を窺った。


敵軍の旗が微かに見える。

そして、歓喜にも似た喧噪。


ああ、やはり人民は王からの解放を願っていたのだ。


風が通りぬける。


ティエリの汚れた髪と体をいたわるように。


―――カチャリ。


金属がぶつかる音がした。

は、っと音の方向を見る。

ティエリの目に映ったのは、青く光りを反射する甲冑。

金糸の兜飾り。

肩に掛けられた敵軍の紋章。


「………」


甲冑姿の男がティエリと幼い王子を見上げている。


男は一人だったが、ティエリは動くことができなかった。


「……娘、お前何者だ?」


きっと、王の私邸から逃げてきたのは明らかだったと思う。

だからこそその問いかけに咄嗟に答えることができなかった。



次の瞬間、ティエラは王子を抱えて走り出した。

男が追ってくる気配はなかった。


だが、全速力で。

それこそ私邸を抜け出す時よりも無我夢中で。


今、王子を守ることができるのは自分以外にいない。


そう固く信じて。








それが、国を亡くした母と敵軍将校イェルハルドの最初の出会いだったという。

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