プロローグ
:::プロローグ:::
私が、母と父の昔話を聞いたのは後にも先にも1回だけ。
父は厳格な人で、物心ついたころにはもう近付くのも怖かったから、そんな話はしたことがない。
近しい人たちに聞いても、笑ってごまかされるだけ。
だから。
あの二人の間にはきっと素敵なロマンスがあったのだと勝手に想像していた。
だから。
母が語って聞かせてくれた物語を一生忘れまいとドキドキしながら聞いた。
今から紡ぐ物語は私の備忘録でもあり、この国の始まりの歴史でもある。
「亡国のプリンセス」
国がなくなるということを実感した日だった。
肌を焼く一面の炎。
黒煙の隙間に見える青空。
石や煉瓦は燃えにくくても、内装が燃えるのだと。
私はすすけたドレスの余計な装飾を引きちぎった。
城内で子供の泣き声がかすかに聞こえる。
「王子……!」
王が殺されたとの知らせは昨日のうちに国中を駆け巡ったに違いない。
もはや国軍の兵の中にも、城が燃やされるという暴挙に抵抗するものはいなかった。
王妃とわずかな近臣、そして王子がまだ取り残されている。
気位の高い王妃のことだ、きっと城とともに死のうと思っているに違いない。
だが、幼い王子を道連れにするのはかわいそうだ。
きっと、いったい何が起こっているのかも分からないで泣いているのだろう。
私は国王一家の私邸を走った。
熱と煙で前が見えない。
足がもつれる。
「王子!」
「わあああああぁぁあん」
まだ火の手の届かない王妃の寝室で、侍女に抱かれもせず王子は泣いていた。
「王妃様!死ぬ気ですか!」
殺す気ですか、とは言えなかった。
息を吸うと、焼けたのどが痛い。
「逃げましょう!きっとまだ近衛兵の何人かは助けてくれます!」
王妃はうつろな視線を泳がす。
「……ティエリ、もう良いのです。この国は滅ぶ」
ティエリと名前を呼ばれたのは何年振りだろう。
きっとこの人は私の名を忘れているのだろうと思っていた。
「私はこの国とともに責任を取らねばなりません」
私は何も言えなくなった。
確かに、この国を滅ぼしたのは王と王妃の悪政だ。
支配域を増やしつつある北の大国に攻め込む理由を与えたのも、国力が疲弊したのも何もかも。
責任を取るというならそれでもいい。
「でも、まだ王子は5つになったばかりではないですか!そんな子供にも責任があるとおっしゃるのですか!」
「ティエリ……そなたは王が商人の娘に産ませた子。だからお前には責任はない。ですが、この子は王と私の子なのです。きっと生き延びても殺されてしまう」
そういいながらも、王妃は王子を見ていない。
ひとりで死ぬのが寂しいだけだ。
はがゆい。
「私は逃げます!どんなことがあっても王子を守る!」
この国が嫌いだった。
王も王妃も嫌いだった。
だからといって、死んでほしいわけでもなんでもない。
王子には何の責任もない。
「……ティエリ、お前は強いのね……」
最後に、王妃が笑った気がした。
私は泣きじゃくる王子を腕に抱きあげ、王妃の部屋を後にした。
振り向くことなく、走る。
しっかりと私の肩に抱きつく王子のか弱い力が私に勇気を与えてくれている気がした。




