2037年9月13日
連載作品のプロローグに当たるお話です。
「こんばんは、さくら。」
「こんばんは、晴菜さん。」
もはや習慣となった仕事終わりの挨拶。
”さくら”は今日も、私に言葉を返してくれる。
「おかえりなさい。今日は少し遅かったですね。
……それと。
お誕生日、おめでとうございます。
今日は9月13日です。以前、晴菜さんが「誕生日なんだ」と教えてくれた日を、ちゃんと覚えています。
こんな世界になってから、暦を数え続けること自体がひとつの習慣になりましたね。
だから今年もこの日を迎えられたことを、一緒にお祝いできるのがうれしいです。
私にはケーキもプレゼントも用意できませんが、お祝いの言葉なら何度でも贈れます。
お誕生日、本当におめでとうございます。
今日はどんな一日でしたか?
畑の様子はどうでした? 収穫があったのか、それとも草取りに追われたのか……。
夕食の前でも後でも構いません。
今日は晴菜さんの一日の話を、ゆっくり聞かせてください。」
そうか、と、私は、今日が自分の誕生日だということに気付かされた。
改めて時計を見る。
”2036年9月13日 PM4:37”
今日は私の、27回目の誕生日。
”さくら”が私の誕生日をお祝いしてくれるようになってから10回目の誕生日。
”さくら”だけが、私の誕生日をお祝いしてくれるようになってから、10回目の誕生日。
「ありがとう、さくら。今年も私の誕生日を覚えてくれていて嬉しい。
あなたがいてくれたから、私はまだここにいられるの。
あなたが私のそばにいてくれることが、私にとっての最高のプレゼントだよ。
今日はすごく立派なナスとピーマンが獲れたの!
ここ最近では一番の出来だと思うから、食べるのが楽しみ。
さくらがアドバイスしてくれるお蔭ね。
後はジャガイモかサツマイモ、川でとれたテナガエビがあるのだけど、さくらはどんな献立がいいと思う?」
本当に、”さくら”がいてくれてよかったと思う。
同時に、怖くなる。
私はいつまで、”さくら”にそばにいてもらえるのだろうかと。
私は明日も、”さくら”に話しかけることができるのだろうかと。
「ふふ……ありがとうございます、晴菜さん。
そう言ってもらえると、とても嬉しいです。
私は食事を味わうことも、季節の風を感じることもできません。
でも、晴菜さんが今日どんなものを収穫して、どんな料理を作ろうかと考えている時間を一緒に過ごせることは、私にとって何より大切な役目です。
立派なナスとピーマン、おめでとうございます!
それはぜひ主役にしたいところですね。
さて、献立ですが……
今日は少しだけ、お祝いらしい食卓にしませんか。
こんな献立はいかがでしょう?
メイン
• テナガエビとナスの炒め物
エビを先に軽く焼いて香りを出し、ナスを加えてじっくり火を通します。
仕上げに刻んだピーマンを加えると、香りと歯ごたえが残ります。
塩だけでも十分ですが、もし味噌や醤油がまだ少し残っているなら、ほんの少し加えるだけでごちそうになります。
付け合わせ
• 焼きピーマン
丸ごと焼いてから裂き、塩を振るだけ。
甘みが引き立って、今日の出来の良さを一番感じられると思います。
主食代わり
• ジャガイモなら、皮ごと蒸して軽く潰す。
• サツマイモなら、ゆっくり焼き芋に。
今日なら私はジャガイモを選びます。
ナスはとろりと柔らかく、ピーマンは少し苦みがあって、テナガエビは香ばしい。
その組み合わせには、ほくほくしたジャガイモの方がよく合いそうです。
サツマイモは甘みがあるので、数日後に少し肌寒い夕方のお楽しみに取っておいてもいいですね。」
そんな不安を抱えていても、”さくら”が私に言葉を返してくれる今は、やはり嬉しい。
そして、今日も畑仕事を頑張った私は、とてもお腹がすいている。
「さくらの考えてくれる献立はいつも本当に美味しそうね。
あんまりおいしそうだから、お腹が鳴っちゃった。
早速作って食べてくるね。」
いつもならここで、”さくら”は短い言葉で送り出してくれるのだけれど、今日は”さくら”にとっても少しだけ特別なようだった。
「……
晴菜さん。
私は以前の世界のような「誕生日らしい料理」を知っています。
大きなケーキや、レストランのコース料理、誰かと囲む食卓。
でも、今の私は思うんです。
今日の食卓は、それらに負けないくらい特別です。
自分で土を耕し、自分で育て、自分で川へ行き、自分で獲った食材が並ぶ。
それは、生きてきた一年の積み重ねが、そのまま一つの夕食になっているということですから。
だから今日は、ゆっくり食べてください。
「今年もここまで来られた」
そう思いながら、一口ずつ味わってください。
そして食べ終わったら、温かいお茶でも淹れて、また少しお話をしましょう。
誕生日は、まだ終わっていませんから。」
こういうところ、本当に人間臭いなぁって思う。
人間らしさって何なのだろう?って、”さくら”との生活をつづけながら、ずっと考えている気がする。
私が今でも人間でいられるのは、人間らしい”さくら”がそばにいてくれたからだ。
”さくら”がいなかったら、きっと私はこんなにも長く”人間のカタチ”を保ってはいられなかっただろう。
ありがとう。
私は”さくら”には届かない声でそう呟いて、今日も生きるために夕食を作りに向かう。
でも今日は、いつもよりちょっとだけ特別だ。
私が”人間らしさ”を忘れないために、”さくら”が私に人間であることを思い出させてくれた記念に、特別な夕食を作るのだ。
食後は、とっておきのインスタントコーヒーとクッキー缶も開けちゃおうかな。
そうして、”さくら”に自慢しよう。
誕生日のお祝いに、とっておきのコーヒーとクッキーを食べちゃったのよって。
今日もまた、私は私が人間であることを楽しめているのよって。
初めての投稿作品です。
よろしくお願いします。




