【番外編:鉄の魂、再び走る】
ガシャン。グシャア……。
冷たい鉄のプレス機が、私の体を押し潰す。
ガラスが砕け、フレームが歪み、エンジンオイルが血のように滴り落ちる。
痛くはなかった。
もう、とっくに「車」としての寿命は尽きていたから。
意識が、鉄屑の中に溶けていく。
暗闇の中で、走馬灯のように過去の景色が流れた。
――最初は、幸せだった。
私を買ってくれたのは、社会人になりたての若い青年だった。
ピカピカの白い軽自動車。それが私。
彼は初任給で私を買い、週末になるたびに洗車をしてくれた。
初めてのドライブ。海沿いの風。助手席に乗せた彼女の笑顔。
けれど、時は流れる。
彼は結婚し、子供ができた。
小さな軽自動車の私では、もう彼らを運びきれなくなった。
「ごめんな。今までありがとう」
彼は泣きそうな顔で私のボンネットを撫で、手放した。
悲しかったけれど、誇らしかった。
私は、彼の青春を最後まで運びきったのだから。
――次は、地獄だった。
中古車として買われた次の持ち主は、乱暴な男だった。
急発進、急ブレーキ。オイル交換もしてくれない。
車内はタバコの焦げ跡だらけになり、ボディは泥と傷で汚れ果てた。
私は必死に走った。
どんなに扱われても、私は車だから。
人を運ぶのが、私の存在意義だから。
でも、限界だった。
ある雨の日、私はエンジントラブルを起こし、動けなくなった。
「チッ、もう動かねえのかよ。このポンコツが」
男はハンドルを蹴り飛ばし、私をその場に乗り捨てた。
私は、彼を目的地まで運べなかった。
途中で壊れてしまった。
それが、どうしようもなく悔しかった。
(もっと……走りたかったな……)
意識が消えかけた、その時。
「――よう、鉄屑」
不意に、暗闇の中に光が差し込んだ。
そこに立っていたのは、不思議な気配を纏った男だった。
創造神ノアール。後にそう知ることになる存在。
「お前、まだ未練がある面構えだな」
男はニヤリと笑い、私の魂を見下ろした。
「お前、もっと走りたいか?」
(走りたい……!)
声にはならなかったが、私の魂が叫んだ。
「近く、変な女が異世界に来る。キャンピングカーを連れてな。だが、ただの物質じゃあ異世界の理には勝てねえ。スキルとして成立させるためには、核となる『魂』がいるんだ」
男が指を差す。
「お前、そいつの車になる気、あるか?」
(……車?)
「まあ、相棒ってことだよ。お前、前の持ち主には酷いことされたじゃん? 人間なんて懲り懲りだろ?」
男の問いかけに、私は記憶を手繰る。
確かに、酷かった。痛かった。辛かった。
でも。
(それでも……最後まで、乗せることができなかった)
私の魂から、想いが溢れ出す。
(私の体が弱かったから。私がポンコツだったから。彼を、目的地まで運んであげられなかった。それが、心残りなのです)
男は少し驚いた顔をして、それから満足げに笑った。
「へぇ……。いい根性してんじゃん」
男の手のひらに、温かい光が集まる。
「その強い思いがありゃ、十分だ。魔法やスキルっつーのは、思いの強さに比例する。お前のその『最後まで運びたい』っていう執念は、最強の車体となって、新しいご主人様を守り抜くだろうよ」
光が私を包み込む。
軽自動車の小さな枠組みが外れ、もっと大きく、もっと頑丈な姿へと再構成されていく。
「行ってこい。今度は、最後まで走り抜けろ」
(はい……!)
◇
ガクンッ。
衝撃と共に、意識が覚醒する。
視界が開けた。
そこは、見たこともない鬱蒼とした森の中だった。
私は自分の体を確認する。
大きい。
かつての軽自動車とは比べ物にならない、堅牢な装甲。
広々とした居住スペース。
どんな悪路でも踏破できそうな、力強いタイヤ。
私は「キャンピングカー」になっていた。
「……キャンピングカー?」
目の前に、一人の女性が立っている。
黒髪で、ちょっと目つきが悪い。
彼女が、新しいご主人様?
彼女は呆然と私を見上げ、それから恐る恐るボディに触れてきた。
「……よろしくな、相棒」
その声を聞いた瞬間、私のエンジンが歓喜と共に火を噴いた。
ブルルンッ!
(はい、ご主人様! 私は貴方を乗せて、この世界の果てまで、どこまでも走ってみせます!)
これは、鉄の魂を持った私が、一人の聖女と共に伝説を作る、その始まりの記憶。
【おしらせ】
※2/11(水)
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