84.神の樹とこぶ
スーパーキャンピーによる旅は、唐突に終わりを告げた。
森が開けたのだ。
目の前には、天を衝くほどの巨木がそびえ立っていた。
「これが……神樹……」
見上げるほどの高さの巨大樹だ。見ていると首が痛くなるし、それでもなお頂上が見えない。
確かにデカい。スカイツリーもびっくりだ。
でも……。
「……汚ねぇ」
私の第一声は、感動ではなく困惑だった。
樹皮はドス黒く変色し、所々から黄色い膿のような樹液が垂れ流されている。
そして何より気色悪いのが……。
「あのコブ、なに?」
幹の至る所に、ボコボコと醜悪な「コブ」が出来ているのだ。
集合体恐怖症の人が見たら卒倒しそうな光景である。
さて。
私たちは、まだキャンピーの中にいる。
「ラディアスさん、神樹って前からあんな感じ……だったわけないよね?」
「ああ……。あの馬鹿な聖女による被害を受けた時でも、ただ、神樹が枯れかけていただけだった」
きらりんのアホの影響で、こうなったわけじゃあないみたい。
「特にあのコブは見たことない……なんなのだ」
「分からないことがあるなら、【鑑定】」
私は眉をひそめながらスキルを発動する。
~~~~~
【女魔王蜂の蟲こぶ《クイーン・ゴール》】
解説:女魔王蜂が寄生し、植物組織を異常成長させて作り出した巣。内部は幼虫の苗床となっている。
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「女魔王蜂……!?」
鑑定結果を共有すると、ラディアスさんは目を剥いた。
しかも、その場で腰を抜かしてしまった。
「知ってるん?」
「あ、ああ……終わりだ……」
「ちょっと? ラディアスさん? おーい」
駄目だ……ラディアスさんってば、顔を真っ青にして、カタカタと体を震わせとる……。
そばで聞いていた、他の軍人さんたちも怯えていた。
「テンコ、知ってる? 女魔王蜂って?」
『ふむ……山の神ミカデス様から聞いたことがあります』
おお、久々の山の神。
『確か……「でけえ蜂」だそうです』
「…………それだけ?」
『ええ、それだけ』
み、ミカデスさ~ん……ちょっ、もうちょっと自分の養子に、教養を授けてやってくださいよぉ!
ったく……。
まあ、山の神が認知するくらいには、ヤバい敵ってことみたい。
そんな存在が、神樹に巣食っていると。
「しかも……神樹には虫こぶあるとか……」
『なんですか、虫こぶって』
虫こぶ。
葉っぱとかに出来る、アブラムシとかの巣だ。
あれの超巨大版が、神樹にびっしりと……オェッ。
その時だった。
幹の中央にある、一際巨大なコブが、ドクンと脈打った。
ズズズズズ……!
コブが裂け、大量の粘液と共に「それ」は姿を現した。
上半身は、妖艶な美女。
黄金の髪に、整った顔立ち。豊満な肢体は、薄い翅のようなドレスで覆われている。
だが、腰から下は、巨大な「蜂」そのものだった。
黒と黄色の縞模様、そして先端には、凶悪な毒針がギラリと光っている。
『ふむ……腹が減ったな……』
キャァアアアアアアアアア!
シャベッタァアアアアアア!
……とはならない。
喋るデカ物は、ここにもおるからね。
「キャンピー、声を外に届けられる?」
ポンッ。
カーナビ画面に、【(`・ω・´)b】という顔文字が表示される。
キャンピングカーには、マイクが搭載されている。
私はそれを使って、外にいるそのでけえ蜂女に話しかける。
「あんた、女魔王蜂?」
『いかにも。もっともそう呼ばれていた女は、我を産んで死んでしまい、今の女魔王蜂は我一人だが』
彼女は気怠げに、だが流暢な言葉でそう言った。
以前のバッタ怪人のようなカタコトではない。高い知性を感じる。
この神樹に虫こぶを作った親は、こいつを産み付けて死んでしまった……のかな、多分。
『それにしても……誰に許可を得て、発言している? 女王の御前であるぞよ?』
彼女の全身から、凄まじい「圧」が放たれた。
物理的な風圧すら伴う、覇気だ。
「ぐぅっ……!?」
「あ、足が……震えて……」
ドサドサッ。
後ろで物音がして振り返ると、ラディアスさんや部下の軍人たちが、地面に膝をついていた。
呼吸が荒く、顔面は蒼白だ。
まるで重力が数倍になったかのように、脂汗を流して震えている。
……ふぅむ、キャンピーの中にいても気圧されてしまったか。
「き、気をつけてください召喚者殿……! こいつのプレッシャーは……特級だ……! 立っているだけで、魂が削られる……!」
ラディアスさんが、絞り出すように警告する。
「そうなん?」
『……ほう?』
私は首を傾げた。
なんともないけど。
キャンピーの中にいるからかな?
いや、ラディアスさんも中にいるんだけど……あ、もしかして私、キャンピーとリンクしてるから、状態異常無効が効いてる?
女魔王蜂が、興味深そうに私を見下ろす。
『我の「王威」を受けて、平然としておるとはな。……貴様、何者じゃ?』
「通りすがりのキャンピングカーの持ち主だよ」
私はスピーカー越しに答える。
「てか、神樹がこんな汚くなってるのって、あんたのせい?」
『汚いとは失礼な。これは我が母と神樹の愛の結晶……「巣」じゃよ。神樹の魔力は実に美味でな。母が産んだ働き蜂どもを育てるのに最適なゆりかごじゃ』
つまり、神樹の養分を吸い取って、自分の子供、および働き蜂を産み付けてるってことか。
完全に害虫だ。
こいつらがいると、神樹はどんどんと痩せ細っていく。
特に、子供が生まれたのだ。
こいつは、神樹の栄養を更に吸っていってしまうだろう。
このままじゃ、木が枯れる。
「悪いけどさ、出てってくんない?」
私は単刀直入に切り出した。
「ここ、みんなの大事な場所なんだよね。あんたが住み着くと枯れちゃうからさ」
『……フッ』
女魔王蜂は、鼻で笑った。
『無理な相談じゃな。ここは既に我の国。出て行く理由がない』
「今すぐ退去するなら、見逃してあげるよ?」
『カカッ!』
女魔王蜂が、腹を抱えて笑った。
その笑声だけで、空気がビリビリと震える。
『面白い女じゃ。この我に対して、命乞いではなく、退去勧告とはな』
……出た。
「おもしれー女」扱いだ。
異世界に来てから、こいつにも、ラディアスさんにも、なんかそういう目で見られることが多い気がする。
『だが、答えはNOじゃ。……死ね』
女魔王蜂が、冷酷に指をパチンと鳴らす。
ブウウウウウウウン!
周囲の無数のコブが一斉に弾けた。
中から飛び出してきたのは、人間サイズの蜂の兵隊たち。
その数、数百。
黒い雲のように空を覆い尽くし、一斉にキャンピーへと襲いかかってくる。
「ひっ……! 数が……!」
ラディアスさんが絶望の声を上げる。
しかし。
ガギィイイイイイイイイイイイイイン!
キャンピーさんの結界が、敵の侵入を阻む。
ふぅ……。
「妾のスミコに、手を出すでない!」
ドンッ!
助手席の窓が開く。
「ちょ!? テンコ!?」
そこから飛び出したのは、金色の影。
我が家のアイドル兼守護神、テンコだ。
テンコは空中で九つの尻尾を大きく広げると、眼光鋭く魔蟲の群れを睨みつけた。
『燃え尽きよ、狐火!』
ボウッ!
『スミコや仲間たちに手を出す輩は、妾が許しません!』
て、テンコぉ……! なんか……すごい、王道ファンタジーものの従魔的なことやってるよっ!
『それに! スミコを面白い女と呼んで良いのは、妾だけなのです!』
うん、そっちはよく分からない!
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