第31話 虚無神との対話 ― 終焉の方程式
――世界が、形を失っていく。
空が裏返り、海が天へと落ち、
山々は浮遊する砂のように溶けて消えた。
その中心に、黒い光の柱が立っている。
虚無神ニヒル――“存在の終焉”を体現する神。
その周囲に漂う空気は、音も熱も奪う。
まるで呼吸することさえ、許されない空間だった。
――創造の子よ。
お前は、“在ること”にまだ意味を求めるのか?
「当たり前だ。俺はこの世界を“見届けたい”。」
――ならば問おう。
“存在”とは何だ?
お前が創ったものは、記憶の影だ。
本物ではない。
「本物か偽物かなんて、どうでもいい。
“確かにここにあった”という想いがあれば、それで十分だ。」
――それはただの執着だ。
意味を失った魂が縋る幻想に過ぎぬ。
「幻想でもいい! 俺はそれを“現実”に変える!」
言葉が終わるより早く、虚無の波が襲った。
音もなく、すべてを塗り潰す黒。
リオンとエリシアが同時に構える。
「リオン、右から来るぞ!」
「わかってる!」
リオンの剣が閃き、エリシアの詠唱が空間を歪める。
「――《天光律・カタストロフィア》!」
光と闇が衝突した瞬間、世界が音を取り戻した。
だがニヒルは微動だにしない。
その存在は、まるで“観測できない”ように揺らめいている。
――愚かだな。
“無”に刃は届かぬ。
どれほどの力を振るおうと、私は“存在しない”のだから。
「存在しない、だと?」
「なら――観測すればいいだけだ。」
俺は目を閉じた。
“無”を見ようとするのではなく、“感じる”ことに集中する。
呼吸。
心拍。
熱。
そのどれもが、確かに“ここに在る”。
(俺が、ここにいる限り……)
「――お前は存在してる、ニヒル!」
――何?
「俺たちが“お前を見た”瞬間、お前は“存在”になったんだ!」
――……!
ニヒルの輪郭が、わずかに震えた。
一瞬、光が漏れる。
――くだらぬ理屈だ。
観測で存在が確定するというのなら、
お前たちが滅べば、私は再び“無”に戻るだけ。
「そうだ。だがそれでも――一瞬でも“在った”なら、それでいい。」
ニヒルは沈黙した。
風が止み、世界が呼吸を止める。
――お前は……恐ろしくも優しいな。
だが、それは神の理には背く。
「理なんてどうでもいい。
俺は“人間”だからな。」
リオンが笑った。
「らしいぜ、ユウマ。」
エリシアも微笑む。
「ええ……彼らしい。」
――……ならば、見せてみろ。
“人間”の存在が、神の理を超える瞬間を。
次の瞬間、ニヒルの周囲に無数の虚空の輪が生まれた。
世界が裂け、幾千もの“未誕の存在”がうごめく。
――これが“終焉の方程式”。
すべての存在を、等しく“無”へ還す理。
「やるしかないな。」
俺は剣を握り直した。
その刃先に、青い光が宿る。
「――《創造律・存在方程式》!」
世界が鳴動した。
ニヒルの黒と、俺の青が激突し、
空間がねじれ、時間が凍る。
過去と未来、存在と虚無――すべてが一瞬で交わった。
――創造と虚無は、同じものだ。
どちらも、“始まり”であり“終わり”だ。
「違う!」
俺は叫んだ。
「始まりと終わりが同じなら、その中にある“生きた瞬間”が意味を持つ!
それこそが、俺たちの存在理由だ!」
――“瞬間”のために、永遠を否定するか。
「永遠なんていらない。
一秒でも、誰かと笑い合えるなら、それでいい!」
ニヒルの身体に、初めて“ひび”が入った。
黒が砕け、無数の光が零れる。
――……美しいな。
その儚さこそが、お前たちの強さか。
空が明るくなっていく。
光が黒を押し返し、世界が再び“形”を取り戻し始めた。
だが――その中心で、ニヒルの声が微かに響く。
――まだ終わらぬ。
“存在”を願う限り、“無”もまた生まれ続ける。
「わかってる。それでも、俺は創る。」
――ならば、創造の子よ。
次は“自分自身”を創り直せ。
それが、お前の最後の試練だ。
風が吹く。
世界が光に満ち、
俺たちは次なる“虚無の中心”へと導かれていった。




