第30話 存在を創る者 ― 消えゆく魂たち
白の空間が微かに揺らいだ。
その瞬間、俺は確かに“何か”を感じた。
温度でも、音でもない。
もっと根源的な――“存在の鼓動”のようなもの。
(……これが、俺の“創造”か?)
目を凝らす。
果てのない白の中、微かな光の粒が漂っていた。
それは、懐かしい匂いを持っていた。
リオンの笑い声。
エリシアの微笑み。
過ぎ去った旅の記憶が、光の粒として浮かんでいる。
「……ここに、いるのか。」
俺はその光に手を伸ばした。
だが触れた瞬間、光が震えて弾ける。
――届かない。
彼らの存在は、“思い出す”たびに遠ざかる。
まるで、記憶が形を拒んでいるようだった。
――存在とは、定義の集合体。
言葉を失えば形は消える。
想いを忘れれば、その魂は帰る場所を失う。
ニヒルの声が響く。
冷たい。
だが、その奥に“悲しみ”のような響きもあった。
「お前は……どうしてそんなことを言う?」
――私は“無”だ。
だからこそ、全てを見てきた。
神も、人も、意味を求めて創り続け、やがて疲れ果てて消えた。
それが、この世界の“摂理”だ。
「だったら――俺が、それを壊す。」
――できると思うのか?
「やってみなきゃ、わからないだろ。」
俺は胸の奥に意識を沈めた。
そこにまだ、消え残っている“何か”がある。
それは形ではなく、“願い”そのもの。
“もう一度、みんなに会いたい。”
その願いが、光の粒を震わせた。
白い世界に色が滲み出す。
青。
緑。
そして、温かな橙色――。
「リオン……エリシア……!」
光が集まり、形を取る。
輪郭が現れ、息の音が戻る。
「ユウマ……!」
「……お前、まさか……“創った”のか!?」
リオンが信じられないという顔をしていた。
エリシアが泣き笑いのような表情を浮かべる。
「無の中で……存在を創り出すなんて……」
「違う。創り出したんじゃない。」
俺は首を振る。
「“思い出した”んだ。
お前たちは、俺の中にちゃんといた。」
――愚かだな。
そんな不安定な“想い”が、永遠に続くと思うか?
ニヒルの声が、空間に響く。
周囲の色が再び白に染まり始める。
リオンの足元から、光が崩れ落ちていった。
「くっ……また消えるのかよ!」
「リオン!」
俺は叫ぶ。
思考の奥底が、熱を帯びる。
――存在を望むなら、代償を払え。
お前の“自己”を差し出せ。
その瞬間、理解した。
仲間を“存在させる”ためには――自分の一部を“無”に還さなければならない。
(そうか……これが、試練の本質か。)
俺は深く息を吸った。
虚無の空間に膝をつき、両手を胸に当てる。
「――“創造律・命環の式”」
体が光に包まれる。
記憶が、流れ出す。
痛みではない。
懐かしい“切なさ”だった。
エリシアが叫ぶ。
「ユウマ! それ以上はだめ! あなたが……!」
「大丈夫だ。
俺がいなくても、お前たちが“存在する”なら、それでいい。」
リオンが歯を食いしばった。
「ふざけんな……! 誰がそんな結末を望むかよ!」
その叫びが、俺の光に火をつけた。
心の奥底から、湧き上がる――“創りたい”という衝動。
(ああ、そうか。創造ってのは……)
消えないためじゃない。
誰かを残すためにある。
その瞬間、光が爆ぜた。
虚無が割れ、音が戻る。
風が吹き、空に色が生まれる。
リオンが叫ぶ。
「おい……戻ってきたのか!?」
エリシアが涙を拭いながら頷いた。
「……でも、ユウマが……!」
光の中心――そこには、俺がいた。
だが、腕の輪郭が薄く、声も少し掠れている。
「大丈夫だ。
少し、俺という“定義”を削っただけだ。」
――愚かなる創造者よ。
その行為は、終わりなき苦痛を生む。
「それでも構わない。」
俺は空を見上げる。
「俺が創ったこの世界で、仲間が笑ってくれるなら――
その苦痛も、“生きてる証拠”だ。」
ニヒルが沈黙した。
その無音の時間が、永遠にも思えた。
やがて、虚無神は呟く。
――では証明してみせろ。
“想い”が“存在”を凌駕することを。
次の瞬間、白の空が砕け、
無数の黒い門が開いた。
第五の試練、本格開戦――。




