第28話 虚無神の顕現 ― 黒の空洞
夜が明けなかった。
朝も、昼も、時間そのものが凍りついたように動かない。
神々の時代が終わり、世界は静寂を取り戻した――はずだった。
だが、その静寂は安らぎではなく、不気味な静止だった。
風が吹かない。
鳥も鳴かない。
音そのものが、世界から消えていく。
「……おかしい。」
リオンが辺りを見回した。
「昨日まで、まだ少しは光があったのに。」
エリシアが立ち止まり、空を見上げる。
「ユウマ……あれを見て。」
そこには、黒い穴が浮かんでいた。
まるで空の一部がくり抜かれたように、完全な“無”が口を開けている。
その穴を見た瞬間、心臓が痛んだ。
理由はわからない。ただ――恐ろしく懐かしい。
――創造の子よ。ようやく辿り着いたか。
声が、直接頭の中に響く。
空間が震え、黒の穴の中心から“何か”が現れた。
人の形をしていた。
だが輪郭が曖昧で、視線を向けると形が溶けていく。
目も口も、存在の線さえも、掴めない。
「あなたが……虚無神ニヒルか。」
俺が問うと、黒い存在は微かに笑った。
――名に意味はない。私は“無”そのもの。
神が消え、世界が静まった時、自然と生まれた。
私は存在の残り香に過ぎぬ。
「じゃあ、何のために現れた?」
――お前たちが“存在”を望む限り、私は消えぬ。
私は、意味を欲する者の“影”だからだ。
空気が歪む。
地面が音もなく崩れ、周囲の大地が黒く染まっていく。
まるで世界そのものが、“存在を諦めている”ようだった。
「リオン、後ろだ!」
虚無の霧が人の形をとり、リオンに迫る。
リオンが剣を振るうが、刃は霧を斬り裂けず、すり抜けていく。
「手応えがねぇ!?」
「触れるな! それは“存在を喰う”!」
エリシアの警告と同時に、リオンの左腕が一瞬、透明になった。
「うわっ……!?」
「リオン!」
「だ、大丈夫……多分……ちょっと軽くなっただけだ。」
「それ、笑い事じゃない!」
ニヒルが一歩、いや、“概念として近づいた”。
距離の概念が崩壊している。
目の前にいたはずが、次の瞬間には背後にいる。
――問おう、創造の子よ。
なぜ“在る”ことに執着する?
「在ること……?」
――神々は創造し、人は夢を見る。
だが、その果てに残るのは、虚しさだけ。
お前も知っているだろう。
創造はいつか、破壊を呼ぶ。
「……それでも、俺は創る。」
――なぜだ?
「“誰かの願い”を、形にできるのは、存在する者だけだから。」
一瞬、空間が震えた。
まるで“無”そのものが、わずかに揺らいだように見えた。
――面白い。
創造の子よ。ならば、お前の“存在”を証明してみせろ。
それが第五の試練だ。
黒の穴が広がり、地平が飲み込まれる。
大地、空、時間――すべてが“無”に溶けていく。
リオンが叫ぶ。
「逃げる場所がねぇ!」
「逃げるんじゃない!」
俺は剣を構えた。
「戦うんだ、俺たちの“存在”そのもので!」
光が一筋、闇を裂いた。
エリシアが詠唱する。
「――《因果律展開・セラフィム・オーバーコード》!」
虚無と光が衝突し、世界が震えた。
音が戻る。
風が吹く。
だがその中心に、ニヒルの声が響く。
――その光さえ、いずれは消える。
それでも抗うというのなら――
私は“完全な無”として、お前を迎えよう。
闇が波のように押し寄せ、視界が飲み込まれた。
――そして、世界は“存在の境界”へと沈んでいく。




