第27話 虚無の大地 ― 世界の余白にて
世界が再び目を覚ました――
そう、思っていた。
だがそれは、ほんの束の間の夢だったのかもしれない。
神々の時代が終わり、天上界は“静寂”に包まれた。
風が吹き、光が射し込む。
だが、何かが欠けていた。
まるで、この世界そのものが呼吸を忘れたように。
「……静かすぎるな。」
リオンが呟いた。
俺たちは神殿を離れ、再び大地に降り立っていた。
眼下に広がるのは――色を失った世界。
空は灰色に沈み、森は影のように揺れるだけ。
かつてあれほど美しかった大地が、今や息絶えたように沈黙していた。
「神々の力が消えたせいね。」とエリシアが言う。
「この世界は、創造の理そのものに支えられていた。
神が去った今、秩序は崩れつつある。」
俺は地に膝をつき、掌で土をすくった。
――冷たい。
かつては命の鼓動が感じられたこの大地が、今はただの“灰”のようだ。
「このままじゃ……世界そのものが崩壊する。」
エリシアが頷く。
「次の試練が、それに関係しているはず。
神々が残した“最後の封印”――第五の試練。」
リオンが眉をひそめる。
「まだ試練なんてもんがあるのかよ……」
「いや、これはもう“試練”なんかじゃない。」
俺は静かに答えた。
「たぶん――“神なき世界の審判”だ。」
⸻
荒野を越え、俺たちはかつて人が住んでいた村にたどり着いた。
だがそこは、もはや“人の形をした空白”だけが彷徨っていた。
「……何だ、あれは……」
リオンが声を震わせる。
村の中央に立つ“人影”。
それは、光でも闇でもない“輪郭のない存在”だった。
まるで存在そのものが、世界から抜け落ちているように――。
エリシアが唇を噛む。
「存在の欠落……虚無の兆候よ。」
「虚無?」
「創造と破壊の理が失われたとき、残るのは“無”。
この存在は、理の外側――存在と非存在の狭間に生まれた異形。」
影が振り向く。
その顔には、目も鼻もない。
ただ、穴のような“空”が空いていた。
そして、言葉にならない声が響いた。
――カンシャ……シテイル……
――コワシテ……クレタ……オカゲデ……
リオンが後ずさる。
「感謝? なんで感謝なんか……!」
エリシアの瞳が冷たく光る。
「神々に支配されない“自由”を得た代わりに、
存在の意味を失ったのよ。
――この者たちは、“自由の果て”に堕ちた者たち。」
影が崩れ、灰のように風に溶けていった。
その後には、何も残らなかった。
俺は拳を握る。
「これが……神のいない世界の現実か。」
⸻
夜。
小さな焚き火を囲みながら、俺たちは沈黙していた。
神々が消え、世界は崩壊の淵にある。
なのに、どこか“心の空洞”の方が恐ろしかった。
リオンがぽつりと言う。
「なぁ、ユウマ。お前……後悔してるのか?」
「神々を滅ぼしたこと、か?」
「そうだ。」
俺は少し考えてから、首を振った。
「後悔はない。けど……重さは、ある。」
エリシアが静かに頷く。
「あなたが選んだのは、“創造の終わり”。
けれど終わりがなければ、次の始まりも来ない。」
「でも、その“始まり”が来ないまま、世界が消えたら?」
リオンの言葉に、火の粉が舞い上がった。
その時だった。
――耳の奥に、声が響いた。
『……創造の子よ……まだ終わってはいない……』
俺は顔を上げた。
風が吹く。
灰の空に、黒い裂け目が走っていた。
その裂け目の奥から、何かが“覗いて”いる。
『神々が消えたなら、次は“虚無”が神となる。』
「――虚無神。」
エリシアが名を口にする。
「第五の試練、それが……奴なのか。」
『来たれ、創造の子。
終焉の果て、“始まりのない世界”へ――』
声が消え、裂け目が閉じる。
風が止まった。
リオンが吐き捨てるように言う。
「……行くしかねぇんだな。」
「ああ。
このままじゃ、世界は本当に“無”になる。」
俺は立ち上がり、夜空を見上げた。
星はひとつもなかった。
ただ――虚空が、ゆっくりとこちらを見返していた。




