第12話 慈愛の途 ― 選ばれし者の影
第一の試練を越えた翌日。
俺たちは北の雪原を抜け、南の森へと向かっていた。
神々の試練が終わるたびに、空気が変わっていく。
世界そのものが“再構築”されるような感覚。
地平線の向こうに、淡く揺らめく光の柱が見えた。
あれが、次の試練の地――慈愛神フラメリアの祈りの塔。
リオンが肩の荷を下ろしてため息をつく。
「……なぁ、ユウマ。神の試練って、毎回あんな感じなのか?」
「さすがに毎回あれやられたら、身体がもたん。」
「だよなぁ……。てか、次の“慈愛の神”って名前、平和そうで逆に怖ぇわ。」
エリシアが前を歩きながら振り返った。
「慈愛――つまり、“愛を問う神”よ。
フラメリアの試練は戦闘じゃない。あなたの“心”が試されるわ。」
「俺の心、か……」
歩く足が少しだけ重くなる。
戦いなら、力で何とかできる。
でも“選択”は違う。
正解がない。誰かを救えば、誰かを救えない。
その矛盾を、俺は元の世界でも何度も見てきた。
俺は呟く。
「……人を救うって、本当はすげぇ残酷なことなんだよな。」
リオンがちらりと横目で見た。
「お前、そういうこと言うとき、やけに大人びてんな。」
「まあ……似たようなこと、昔あったからな。」
エリシアが少しだけ寂しげに微笑む。
「ユウマって、何かを“守る”ことに、ずっと縛られてるのね。」
「縛られてる……かもな。」
⸻
森に入ると、空気が変わった。
雪の冷たさが消え、代わりに生命の匂いがする。
木々が深く息をし、鳥のさえずりが響く。
だが、静けさの奥に、何かが潜んでいる。
「……止まれ。」
俺は前に出て、魔力を展開する。
空間に小さな亀裂が走った。
その中から、黒い靄が溢れ出す。
「また来たか、“天の影”……!」
黒い靄が人の形を取る。
かつて倒した盗賊たちの姿、兵士の影、そして――見覚えのある女の顔。
「セリア……?」
「まさか……!?」
リオンが剣を構える。
しかし、その影は声を発した。
『ユウマ……どうして、私を創ったの?』
「――!」
その声は確かに、彼女のものだった。
かつて俺が“創造”で再生させ、そして消えていった少女。
「……お前は、幻だ。」
『幻でも、あなたの罪。あなたが“救えなかった者”の残響。』
影のセリアが手を伸ばす。
その瞳に、憎しみはない。
ただ、寂しさと問いだけがあった。
『あなたは、誰を救うの?』
「俺は――」
答えようとした瞬間、影は霧のように溶け、風に消えた。
その場には、淡い光の羽根が一枚だけ残されていた。
エリシアがその羽根を拾う。
「これ……フラメリアの加護の一部ね。」
「加護?」
「ええ。つまり、彼女はもう“あなたを見ている”ということ。」
リオンが息を飲む。
「……最初の試練が“裁き”なら、次は“慈悲”ってわけか。」
「いや、違う。」
俺は羽根を見つめながら呟いた。
「慈悲じゃない。“選別”だ。
――誰を愛し、誰を切り捨てるか。
その選択を迫られる試練だ。」
エリシアがわずかに眉を寄せる。
「……ユウマ、あなたの創造は“命を生む力”。
でも、同時に“命を奪う責任”も背負うことになるわ。」
「分かってるさ。」
俺は拳を握りしめた。
「神々の試練ってのは、結局“創造者としてどう生きるか”を問うものなんだ。
だったら、逃げない。」
⸻
その夜、俺たちは森の泉のほとりで野営した。
月明かりが水面を照らし、銀の光が波紋を描く。
リオンは火を焚きながら言う。
「ユウマ、お前……さっきの影の女、知ってるんだろ?」
「……ああ。俺が創って、失った命だ。」
「創って、失った?」
「創造の力ってのは、万能じゃない。
“願い”が不純だと、世界が拒絶する。
あのとき俺は、ただ誰かを救いたいって思ってた。
でも、あの子自身の“生きたい意思”を見ようとしなかった。」
エリシアが静かに言った。
「――それが、あなたの“罪”の形。」
俺はうなずいた。
「だから、もう間違えない。
次は、俺が誰かのためにじゃなく、“共に生きるために”創る。」
その言葉に、リオンが笑った。
「やっと“人間の顔”に戻ったな。神サマしてる時より、そっちの方がずっとマシだぜ。」
エリシアも微笑む。
「慈愛の神フラメリアは、きっとあなたにその覚悟を試すでしょうね。」
俺は焚き火の炎を見つめた。
揺らめく光の中に、羽根が一枚、炎に舞う。
その瞬間、遠くの空に淡い光柱が立ち昇った。
「……来たか。」
光の柱が、夜空を貫く。
その中心には、女神のような輪郭が見えた。
『創造の継承者ユウマ――あなたの“愛”を見せて。』
その声は、優しく、けれど底冷えするほど澄んでいた。




