第11話 創造神を量る者 ― 天界の影
雪原の風が、静かに頬を撫でた。
さっきまで光に満ちていた空間は消え、
俺たちは再び、現実の大地に戻ってきていた。
第一の試練――審判神オルデスとの戦い。
それは魂を削るような戦いだったが、
終わってしまえば、どこか夢のようにも感じる。
リオンがため息をつく。
「……おい、正直言って、今の試練、俺は何割くらい理解してたと思う?」
「二割。」
「正解だ。くっそ、神様の世界ってのは、理屈が意味わかんねぇ!」
その隣で、エリシアが微笑む。
「でも、ユウマは理解してたんでしょう?」
「……正確には、理解“させられた”って感じだな。」
俺は空を見上げた。
雲の切れ間から、淡い金色の光が差している。
その光は、まるでオルデスの残した余韻のようだった。
「オルデスが言ってた。“赦しとは永久の戦い”――あれ、多分、俺だけの話じゃない。」
エリシアが首を傾げる。
「どういうこと?」
「神々自身も、きっと“創造”という行為を試されてる。
俺たちを創った存在が、今度は俺たちに創造を問う……そんな循環になってる気がする。」
リオンが頭を掻いた。
「つまり……神様たちも上から目線で“お前ら頑張れ”って感じじゃなくて、
自分らも何か抱えてるってことか?」
「そうだな。――たぶん、俺たちと同じだよ。迷って、間違って、それでも創ろうとしてる。」
エリシアはしばらく黙っていたが、ふと、真剣な目で俺を見つめた。
「ねえ、ユウマ。あのとき、オルデスが言ってた“神々の法”って覚えてる?」
「ああ。“人が神の領域に踏み込むことを禁ずる”ってやつだろ。」
「そう。それ、多分……神々の中でも、意見が分かれてる。」
「分かれてる?」
「ええ。神々の中にも、人に力を与えて進化を望む者と、
力を制限して均衡を守ろうとする者――その二つの派閥があるの。
オルデスは……そのどちらでもない。“見極める側”だった。」
「なるほどな……だから“審判神”か。」
俺は納得するように呟いた。
戦いの最中、オルデスの剣には“怒り”よりも“哀しみ”があった。
あれは、敵意じゃなかった。
“選別”のための刃だったんだ。
⸻
夜になった。
焚き火の火が小さく揺れる。
リオンは寝袋にくるまり、すでに寝息を立てていた。
エリシアは魔法で焚き火を保たせながら、空を見上げている。
俺も隣に座り、静かに炎を見つめた。
「……この世界、綺麗だよな。」
「ええ。神々が創ったにしては、ずいぶん不完全だけどね。」
エリシアの言葉には、どこか皮肉と優しさが混じっていた。
「不完全だから、愛されるのかもな。」
「……ねえ、ユウマ。」
「ん?」
「あなたは、この試練を全部終えたら、どうするの?」
突然の質問に、言葉が詰まった。
どうするのか――考えたこともなかった。
「……たぶん、帰る。
俺には元の世界があるし、向こうにも家族や友達がいた。
それに、女神ルミエラとの約束もあるし。」
「でも、それでも、この世界に生きる人たちは?」
エリシアの声が、少しだけ震えていた。
その瞳には、無数の星が映っている。
「……俺がいなくても、大丈夫なようにしたい。」
「ふふ、やっぱり優しいわね。」
彼女は微笑んだが、その笑みにはどこか寂しさがあった。
言葉を交わすことなく、ただ夜風が二人の間を通り抜けていった。
⸻
その夜、夢を見た。
真っ白な空間。
あの女神――ルミエラが立っていた。
彼女の姿は以前よりも淡く、光が揺れている。
『――ユウマ、よくやりましたね。第一の試練を超えたあなたに、
天界より正式な“記録”を授けます。』
「記録……?」
『これは“神々の記憶”です。
あなたがこれから向かう道、その意味を知るための断片。』
彼女が手を掲げると、空間に無数の光の粒が現れた。
そのひとつひとつが、“神の視点”のように映像を映し出す。
そこには、神々の会議が映っていた。
『――このままでは、創造の力が人間に渡りすぎる。』
『制御不能となれば、我らの存在も危うい。』
『だが、人は我らの意志を継ぐ存在……滅ぼすことは本末転倒だ。』
『ゆえに、“試練”として選別を――』
その声の中心に、見覚えのある影があった。
金色の光を纏ったオルデス。
彼は、他の神々に言った。
『我は人を量る。だが、その結論は人自身に委ねる。
創造の力が神を超えるなら、それはもはや“滅び”ではなく、“継承”だ。』
「……そういうことか。」
オルデスは俺を試すために戦ったんじゃない。
俺たち“人間”が神々の創造を継ぐ資格を持っているか――
それを、“証明させた”んだ。
ルミエラが静かに言葉を重ねる。
『ユウマ、あなたがこの試練を越えたことで、
天界は新たな段階へと動き始めました。
神々の中にも、“あなたの存在”を危険視する者がいます。』
「つまり、敵が増えたってことか。」
『ええ。ですが、同時に“見守る神”も現れました。
そのひとりが、次の試練の守護者――“慈愛の神フラメリア”です。』
「フラメリア……?」
『あなたにとって、次の試練は戦いではなく“選択”。
誰を救い、誰を捨てるか。
その決断が、あなたの創造を再び変えるでしょう。』
夢が、光のように遠のいていく。
最後に、ルミエラの声だけが残った。
『――ユウマ、創造の旅は、まだ始まったばかりです。
あなたが選ぶ未来が、神々の歴史を書き換えるでしょう。』
⸻
朝が来た。
リオンが伸びをしてあくびをした。
「おーい、起きろ創造神。次はどこ行く?」
「南の方だ。慈愛の神フラメリアがいるらしい。」
エリシアが笑った。
「“慈愛”ね。……平和な名前だけど、きっと平穏な試練じゃない。」
「まあ、神が絡む時点でな。」
俺は立ち上がり、手のひらを見た。
そこには、昨夜ルミエラから授かった光の紋章――“審判の印”が輝いていた。
「行こう。
オルデスが見届けた“創造”の続きを、俺が証明する番だ。」
風が吹いた。
新しい試練の始まりを告げるように。




