Chapter 1:導入
アマチュア作家の処女作。
第一章
クリスマスの夜、北のプランタン帝国。その片隅に建つイヴェール家の屋敷では、リッシュ・イヴェールの妻、ポーヴル・イヴェール夫人が灯りの少ない部屋に横たわっていた。ちらちらと揺れる蝋燭の炎は、今にも消えそうなほど弱々しい。外気がほとんど入らぬ密室のような空間である。
大柄で素朴な風貌のリッシュは、眉をしかめて落ち着かぬ様子で立ち尽くしていた。怒っているのではなく、ただただ不安で胸が締め付けられていた。なぜなら、彼はまもなく父になるが、妻の出産が難産で、母子ともに危うい状況だったからだ。
だが幸いにも、神は彼に冷たくはなかった。妻は命を落とさず、しかも二人の元気な双子の娘まで産んでくれたのである。とはいえ、難産の影響で夫人の体は大きく衰弱してしまった。
その夜、空には美しいオーロラと無数の星々が輝いていた。二人の子供はその奇跡の夜に名付けられた。姉は オーロール(Aurore=極光)・イヴェール、妹は エトワール(Étoile=天星)・イヴェール と。
私たち姉妹は双子ゆえ、瓜二つである。青い瞳に金茶の髪、均整のとれた体。十四歳のころ、身長はおよそ一六五センチだった。
十四歳になると、私たちは帝国屈指の魔術学院、ディメンション・プランタン学院 に入学した。だが、同じ学校に通いながら成績は正反対。妹は優秀で、私は……からっきしダメ。
プランタン学院は由緒ある建築様式で建てられ、広大な花園を有していた。裏手には男女別の二棟の寮、そのさらに奥に食堂がある。本館は五階建てで、一階には図書館、大広間、イベントホールや備品庫。二階から五階はそれぞれ一年生から四年生までの教室に割り当てられている。
制服はシンプルで、学年ごとに色分けされたローブ(黒・灰・紺・緑)、白い手袋、黒白チェックのスカート(女子)またはズボン、白い靴下(女子はニーハイ)、そして黒い靴。
――語り手は私、オーロール。姉の方である。成績なんて正直どうでもよかった。進級できる程度にはやれていたからだ。けれど、家では両親がうるさく小言ばかり。危うく留年しかけたこともあり、「学校大好き常習犯」になるところだった。そんな私が大魔導師リュミエール・イヴェールの末裔だなんて、誰が信じるだろう。
魔術より、むしろ剣術のほうが向いている気がする。魔術に関しては、授業に追いつける程度の初歩的な呪文しか扱えない。
恋愛に関して言えば、私は学院の「美少女」として扱われていた。二年生や三年生の男子に言い寄られることもあったが、誰一人として心惹かれなかった。容姿端麗、華やかな家柄、どんなタイプであっても……私の心は動かない。
妹のエトワールも美貌は同じ。だが、彼女は高慢で人を見下す癖があり、そのせいで敵も多かった。本人は「モテない」と嘆いていたが、実際は人柄の問題だろう。結局、私の方が好かれてしまうのだ。とはいえ、私たちはとても仲の良い姉妹だった。
---
ある日、私は帝都グロリューの街を散歩していた。その時、偶然一人の老婦人とすれ違った。正確に言えば、ほんの一瞬通り過ぎただけだ。
しかし、その人は私の魔力を感じ取ったらしく、呼び止めてきた。
「おや、お嬢さん……あなたはイヴェール家の令嬢ではないですか?」
私は驚きながらも素直に答えた。昔から嘘がつけない性格で、聞かれたことにはつい正直に返してしまう。
「えっと……はい。でも、どうしてそれを?」
老婦人は微笑んで答えた。
「私はあなたの家と何度か関わりを持ちましたよ。リュミエール様から受け継がれた魔力、忘れはしません」
――リュミエールの名を出された時、私はさらに驚いた。
「それに、あなたの魔力……まだ伸びしろがあります。いまの使い方では、本来の力を発揮できていませんね」
老婦人はそう言い、最後に付け加えた。
「どうか祖先リュミエール様の名を継ぎ、その名誉を輝かせてください」
そう言い残し、彼女は去っていった。
私は呆然と立ち尽くした。自分が祖先の名を継ぐだなんて、到底現実味がない。けれど、彼女の魔力は確かに強大だった。預言者か賢者か……そんな類の人だろう。
しかし、予言というものは曖昧で、当たる確率もせいぜい六割。期待する方が馬鹿らしい。とはいえ、彼女の言葉にはどこか真実味があった。私の中に眠る力を、自分でも感じていたからだ。
---
二年生になった頃、学院に一人の転校生が現れた。容姿端麗、柔和な顔立ち、落ち着いた声色、そして裕福な家柄を持つ少年。彼の名は トリッシュ・ジャベス。
彼は帝国の南西にある中規模国家、ステップ・ヴェルト公国から来たという。母国では優等生として知られ、数々の栄誉を受けていた。まさに「理想の息子」と噂される人物だ。
入学直後から、女子寮では彼の話題でもちきり。男子でさえ交友を求めるほどの人気ぶりだった。
そして、妹のエトワールまでもが彼に心奪われてしまった。しかも同じ選抜クラスに属していたため、次第に性格まで変わっていった。かつての勝ち気な妹は影を潜め、驚くほど穏やかになっていったのである。
「これ、本当にエトワールなの?」と皮肉を言われるほどに。
だが、私は彼に全く興味を持てなかった。むしろ、彼の甘ったるい態度が鼻につき、時折私をからかってくることに苛立ちすら覚えていた。
---
そんなある日。実戦訓練の授業が行われた。定期的に行われる一対一の模擬戦である。私のクラスは彼のクラスと対戦することになった。
そして運命の抽選。
「次の対戦者は――B組、オーロール・イヴェール。そして選抜クラス、トリッシュ・ジャベス!」
――なぜ、よりによって彼なの?
心の中でそう叫びながら、私はただ早く試合が終わることを願っていた。
第一章・終
礼儀正しくコメントしてください。