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くろいりゅうと、たからもの

作者: 双海 慈雨


 あるところに、黒い龍と白い龍がおりました。


 白い龍は美しいその姿から、人間達から崇拝され、人々と仲良く暮らしておりました。


 一方の黒い龍はとても恐ろしい見た目で、人々から怖がられておりました。


 白い龍は親切で、黒い龍は嫌われ者の暴れん坊。人間達が皆口々にそう言うと、黒い龍は酷く傷付いて、人の居ない荒野に引きこもるようになりました。


 そしていつしか羨んで、イタズラをしては人々を困らせるようになりました。黒い龍は益々独りぼっちになっていきました。


 ある日黒い龍がいつものように、自分の巣でお昼寝をしていた時の事、1人の人間がやって来ました。


「初めまして、黒い龍様。私は生け贄として、貴方の花嫁になりに来ました」


 黒い龍は怒って言いました。


「俺は人間が大嫌いだ! さっさと帰らないと食べちまうぞ!」


 その少女は笑って返します。


「私は村から生け贄として選ばれました。帰る場所もありません。貴方に食べられるのならば本望です」


 黒い龍は更に怒って言いました。


「俺様は人間の言うことなんて聞きたくない! だからお前も食べたくない! どっかへ行ってしまえ!」


 それを聞いた少女は、悲しそうに言いました。


「わかりました。貴方に食べられるまで、また何度でもここに来ます」



◇◇◇◇



 次の日も、少女はやって来て言いました。


「今日こそ食べてくれますか?」


 黒い龍はまた怒って少女を追い返しました。


 次の日も、その次の日も、少女は何度もやって来て同じことを言いました。やがて黒い龍は、毎日何度もやって来る少女の事が気になりました。


 そしてある時、少女に尋ねます。


「おいお前、本当は俺様が嫌いだろう! 怖くて仕方無いんだろう!」


 少女は不思議そうに驚いて、その後優しく笑って言いました。


「いいえ。ちっとも怖くありません。私は貴方が大好きです」


 黒い龍はまた怒って少女を追い返しました。


「この大嘘つきの人間め! さっさとどこかへ消えてしまえ!」


 悲しそうな顔をして、少女は帰って行きました。


 次の日、そしてその次の日も少女はやって来ませんでした。


 黒い龍は言いました。


「やっぱりアイツは大嘘つきだった。やっとこれで静かになった」


 でも何故か、少女の姿が見えない事に黒い龍は腹が立ちました。 


「俺様を騙したことに腹が立つんだ! さがして懲らしめてやろう!」


 黒い龍は、数百年ぶりに自分の巣から飛び出しました。目指したのは近くの村でした。



◇◇◇◇



「おい! 俺様の花嫁はどこにいる!」


 村にやって来た黒い龍を見て、人々は悲鳴を上げました。


「ここにはもう、おりません。貴方様が食べてしまいました」


 黙って考えている黒い龍の傍らで、村人達はひそひそと話し出しました。


「あの役立たずは、生け贄の一つも出来ないのか!」


「傷物を差し出したから、お怒りに触れたんじゃないのか!」


「恐ろしい、恐ろしい、早く巣に帰ってくれ!」


 それを聞いた黒い龍は、とても怒って暴れまわりました。


「やっぱり俺様は、お前達が大嫌いだ! こんな村、壊れてしまえ!」


 黒い龍は巣に帰る事にしました。



◇◇◇◇



 黒い龍が自分の巣に近付いた時、近くの岩場にあの少女が倒れているのを見付けました。


「おいお前! こんな所に逃げたのか! 俺様はお前が」


 そこまで言って黒い龍は、少女が真っ赤な顔で、とても苦しそうにしている事に気が付きました。


「おいお前、お前は俺様の食べ物だ! 勝手に死んだら許さないぞ!」


 黒い龍は自分の巣に少女を連れ帰ると、お気に入りの寝床を譲って上げました。


「俺様のお気に入りの寝床に寝たんだ、もう元に戻るだろう!」


 それでも少女は変わりません。


 次に龍は、お気に入りの果物を少女に食べさせてあげました。


「俺様の食べ物を分けてやったんだ! もう戻るだろう?」


 少女は少しだけ、優しい顔になりました。龍はとても嬉しくなりました。


「じゃあもっと沢山、俺様のお気に入りを分けてやろう!」


 お気に入りの果物も、食べ物も、ピカピカ光る宝石も、龍は全部分けてあげました。


 ふかふかの葉っぱでベッドを作って、寝るまで大好きなお歌を歌って聞かせてあげました。


 毎日側で、一緒に眠ってあげました。


 毎日、毎日、黒い龍が自分の大切を分ける度に、少女は“戻って”行きました。


 ある日少女は言いました。


「ありがとうございます。こんなに優しくされたのは初めてです。やっぱり私は、貴方が大好きです」


 黒い龍は上機嫌で言いました。


「お前も特別に、俺様のお気に入りに入れてやる!」


 少女は嬉しそうに笑いました。




◇◇◇◇



 それから毎日、龍と少女は沢山のお気に入りを分けあいました。


 二人で新しいお気に入りを探しにも行きました。


 荒野だった龍の巣にも、少女のお気に入りのお花を沢山植えました。


 少女が好きだと言った小さな生き物達も、少しずつ周りにやって来ました。龍はいつも、少し遠くから見守っていました。


 本当は近くに行きたかったけれど、自分の姿が小さな生き物達には怖く見えると分かっていたからです。


 少女のお気に入りが減ってしまうのが嫌でした。


 そんな龍を見て、少女はいつも笑って言いました。


「貴方は本当に優しいのね。私は貴方が一番大好きよ。きっといつか、世界の皆が貴方の優しさに気が付く日がくるわ」


 その言葉もまた、龍の宝物になりました。


 龍のお気に入りを隠している場所には、少女が作ってくれた花冠や、描いてくれた似顔絵が増えました。


 二人で見つけた新しい宝石も、綺麗な景色も、美味しい食べ物も、全部が龍の宝物になりました。


 でも龍の一番のお気に入りは、少女がする『お話』でした。少女は龍に、毎日沢山のお話をしてくれました。龍はそのお話を聞きながら眠りにつくのが一番のお気に入りでした。


 ある時少女は龍に尋ねました。


「ねぇ、貴方のお名前は何て言うの?」


「俺様に名前なんて必要ない! 呼ばれる事も無いからな!」


 その言葉を聞いた少女は、少し考えた後優しく笑って言いました。


「じゃあ私が貴方に名前をつけてあげる。そしてこれからは、私が毎日貴方の名前を呼ぶわ」


 少女は龍に『エマーブル』と言う名前をつけました。名前を呼ばれた時、何故か龍は温かくなった気がしました。それは龍にとって初めての感覚でした。


 その日、龍に今までで一番の特別な宝物が出来ました。エマーブルは毎日毎日、少女に名前を呼んで貰いたがりました。少女はいつも小さく笑って、大事そうに名前を呼んであげました。


 毎日が本当に楽しくて、毎日宝物が増えていきました。


 少女と一緒なら、寒い冬の日も、嵐の日も、どんな日だって“楽しい”になりました。


 エマーブルにはもう、悲しみも、腹立たしさも、寂しさも無くなっていきました。


 でもそんな幸せを繰り返していったある日、少女は自分で起き上がれなくなりました。


 エマーブルは初めてそこで気が付きました。


 初めて会った時と違い、優しく触れてくれた少女の手はシワシワで骨張って、お話を語ったその優しい声は嗄れて、美しい髪はまるで蜘蛛の糸のように細く、白くなっていました。


 でも変わらず優しくて、エマーブルの宝物のままでした。


 彼女はエマーブルに言いました。


「ねぇ、エマーブル。私はもう長くはないわ。人間と龍は時間の流れが違うもの」


 エマーブルはその言葉に怒りました。


「そんな事ない! お前は俺様と一緒に、これからも沢山の楽しいを繰り返すんだ!」


 そんなエマーブルに彼女はいつものように笑って言いました。


「お願いエマーブル。私が死んだら、食べて欲しいの」


「いやだいやだ! 俺様はお前を食べたくない!」


「でもね、エマーブルが私を食べてくれたらこれからもずっと一緒に居られるわ。貴方が見つける新しい宝物を、私も一緒に見られるわ」


「いやだいやだ! それなら俺様がお前を運んで飛んでやる、そしたら一緒に見られるだろう!」


「ごめんねエマーブル。私はずっと貴方が大好きよ」


 彼女はただ、困ったように笑うだけでした。


 それから毎日、彼女が元気になるようにエマーブルは色んな場所に彼女を連れていってあげました。


 元気が出る食べ物を沢山持ってきてあげました。


 沢山歌って、話を聞かせて、お花を持ってきて……それでも彼女は日に日に弱っていくばかりでした。


 とうとうある日、動かなくなりました。


 揺すっても、声をかけても、何を持ってきても、もう何もかえってきませんでした。


 エマーブルは泣きました。


 とても悲しくて、ずっとずっと泣きました。


「勝手に死ぬな! 誰が俺様と一緒に遊んでくれるんだ!」


「誰が歌を歌ってくれるんだ!」


「誰が一緒に食事をしてくれるんだ!」


「誰が一緒に寝てくれるんだ!」


「誰が、誰が、誰が……俺様の名前を呼んでくれるんだ!」


 涙が枯れるまで泣いた後、エマーブルはあの日の言葉を思い出しました。


『お願いエマーブル。私が死んだら、食べて欲しいの』


『エマーブルが私を食べてくれたらこれからもずっと一緒に居られるわ。貴方が見つける新しい宝物を、私も一緒に見られるわ』


『ごめんねエマーブル。私はずっと貴方が大好きよ』


 エマーブルはたくさんたくさん考えて、たくさんたくさん悩んで、たくさんたくさん泣いた後、彼女を食べる事にしました。


「俺様も、お前がずっとずっと大好きだ。これからも、ずっとずっと一緒だ。約束だ」


 そう言って、彼女をひとのみしました。


 お腹は少し膨らんだはずなのに、胸にポッカリ穴があいた気がしました。


 それから沢山の宝物の側で、静かに眠りにつきました。エマーブルは少しだけ、休むことにしました。


 たまに起きては、彼女が残してくれた宝物を眺めて泣きました。


 ある日エマーブルは、二人の似顔絵に人間の文字が書かれている事に気が付きました。それはきっと、エマーブルと彼女の名前でした。


 そこで初めて、エマーブルは彼女の名前を一度も呼んだ事がない事を知りました。自分の名前が出来た事が嬉しくて、彼女に名前を呼ばれることが嬉しくて、彼女の名前を聞くことを忘れていました。


「俺様は馬鹿だ、大馬鹿だ、たくさんたくさん貰ったのに! 名前を呼ばれるとポカポカして嬉しいのに! 俺様は、俺様は!」


 たくさんたくさん泣きました。ちゃんと名前を知りたくなりました。でもエマーブルは人間の文字が分かりませんでした。悲しくなったエマーブルは、似顔絵を抱き締めて、深い深い眠りにつきました。


 ある日久しぶりに少女の夢を見ました。


『泣かないでエマーブル。私はまた、必ず貴方に会いに行くわ』


『嘘つき! お前はもう俺様のお腹の中だ!』


『本当よ。私がエマーブルに嘘をついたことは無いでしょう?』


『本当か? 俺様はまた、お前に会えるのか?』


『ええ。約束よ、その時はたくさん宝物を探しに行きましょう』


『もう宝物はいらない、俺様は、俺様を置いていかないで欲しかった。それだけだった』


 そこで夢は覚めました。エマーブルはまた、静かに泣きました。


 それから長い年月がたったある日、眠りについたエマーブルの元に、1人の人間がやって来ました。


「初めまして、黒い龍様。私は生け贄として、貴方の花嫁になりに来ました」


 いつかの誰かのように、優しく微笑んで。


 エマーブルはその少女に尋ねました。


「おい人間、俺様の名前はエマーブルだ。お前の名前は何なんだ? それから、お前は字が読めるか?」


 とても懐かしい笑顔をして、少女は頷いた後小さな口を開きました。


「初めまして、エマーブル。私の名前はね――」

ここまでお読み下さり本当にありがとうございます。少しでも心に何かが残る作品になれていると嬉しいです。

このお話が皆さんのお気に入りの一つになれますように。

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