アカツキと魔石
目の前に現れたのは白く輝くすらりとした体形を持った「狐」。
しかし只の狐ではない。「九つの尾」を持った所謂「九尾の狐」、だ。
「九尾の狐」、「封神演義」では殷の紂王を堕落させ殷を滅ぼした「妲己」、
日本では鳥羽上皇に寵愛された「玉藻前」の正体として伝わる。
「悪女、妖怪」のイメージが先行するが、本来は中国で「神獣」「瑞獣」であるとされている。
江戸時代に入ってそれまでの「九尾の狐」の「人に害をなす大妖怪」の間違ったイメージを正そうと「曲亭馬琴」が著書「南総里見八犬伝」にて「九尾の狐」を人を助ける「神獣」として登場させている。
しかし、俺は稲荷神社の「お稲荷様」を思い浮かべたのだが、その前に「神獣」を候補に挙げていた為かまさか「九尾の狐」が依り代になろうとは・・・、俺はとんでもない事をしてしまったのでは?
『ふむ、動き易くて良い依り代だが・・・尾が多いな。』
中型犬よりも小さくしなやかなその身体の動きを確かめながら『アカツキ』様が呟く。
『おまけに魔力の総量の底が見えぬ・・・これは驚いた。』
『腹に若干の違和感があるが、まぁすぐに慣れるだろう。』
そう言うとアカツキ様は九つの尾を一つに纏めた、あ、そんな事出来るんだ。
『ほう、お主と居るとそれだけで力が少しずつ溜まっていく様だ。』
やはりお主を選んだのは間違いではなかった様だ、と笑ったような表情を浮かべる。
『では、これから宜しく頼むぞ。』
こうして、俺と『アカツキ様』との長い冒険の幕が開く事となった。
荷車を曳いてハンナさんの家に戻る頃には太陽は完全にその姿を現していた。
時間で言うところの6時頃だろう、カチュアはもちろんハンナさんもまだ起きていない。結果、メロン盗難騒動は誰にも知られなかったと言う事になる。
黒パンと溶かしたチーズ、昨日の残りのスープを温め朝食を用意した。
ハンナさんは以前に比べて具合も随分良くはなっているが、まだ無理は出来ない。
カチュアとハンナさんを起こす、カチュアは眠い目を擦りながら起きてきて
「マサキ先生、おはよう。」と挨拶をし、朝食を食べ始める。
「あれ?マサキ先生、ワンちゃん飼ってるの?」
カチュアがアカツキ様を見つけて嬉しそうにその目前にしゃがみ込む。
「あ、うん。ちょっと山の麓で出会ってね。」
カチュアがアカツキ様の頭をなでる、アカツキ様も特に嫌がるでもなしに彼女のしたい様に身を任せている。流石は神様、小さな子の無邪気な行動にも寛容の様だ。
それにしてもカチュアは「ワンちゃん」と言った、もしかして狐はこちらの世界には居ないのか、単に彼女が今まで見た事が無いだけなのか?
ハンナさんは大分動けるようになってきたが、まだ目まいや頭痛の症状が治らない。
ベッドの上で身を起こし、幾分辛そうにスープを口に運ぶ。
『おい、マサキ。その母親、毒に侵されているようだぞ。』
「え?毒?」
頭に響いたアカツキ様の声に思わず反射的に口に出してしまった。
「?先生、何か言った?」
そう聞いてきた来たカチュアに何でもないよ、と返しアカツキ様との脳内会話に戻る。
『どうやら微量の毒物をそれと気づかずに摂取してしまっていた様だな。』
一体何の毒をどうやって、とその疑問に、「もしや」と一つの可能性に気付いた。
『ジャガイモの毒か?』
ジャガイモの芽の周りや、陽が当たって緑色に変色した部分にはジャガイモ特有の毒素が含まれるのは有名な話だが、こちらの世界ではまだ一般的なものではないのかも知れない。
ジャガイモを主食というかイモばかりを食べるしかなく、たまに違う食材が手に入ったときは主にカチュアに食べさせていたハンナさんは、栄養の偏りと過労で抵抗力が落ちていたこともあり、その毒の所為で慢性的に体調が悪かったのだろう。
そうと解れば解毒剤とか薬を手に入れられたらハンナさんも回復出来るかも知れない。メロンを売ってその足で薬を探そう、そう決心した時
『解毒と回復をするぞ。』
『はい?』
と、思った時にはハンナさんは一瞬白い光に包まれ、傍から見てもみるみる顔色が良くなっていくのがはっきりと見て取れた。
「え?・・・あら?」
「ママ?どうしたの?」
ハンナさんは食器をベッドサイドの棚に置き、頭を振ったり体の調子を確かめる仕草をしていたがすぐに
「!?頭痛と目まいが消えた?体の調子が凄く良い!?」
「ママ!病気が治ったの!?」
「ええ、そうよ!カチュア!病気が治ってるのよ!」
「ママ!」
ベッドから降りたハンナさんは飛びついてきたカチュアと歓喜の声を上げてお互いを抱きしめ、喜びの涙がお互いの頬を濡らした。
アカツキ様からは魔法を使ってハンナさんを回復させたことは黙っておくように言われた。魔法が使える事が広まり面倒ごとに巻き込まれる事を警戒している様だ。
今回魔法を使用したのは、いつも大地に感謝の念を捧げ続けているカチュアの
『母親の病気が良くなるように。』との願いに応えたからだそうだ。
アカツキ様と外に出て、畑の様子を見る。
『ふむ、ここの地にも精霊が宿って力を付けつつあるな。』
畑を一目見たアカツキ様曰く、畑一枚ごとに神様や精霊が居るそうだが永い間放置されていた場合は力を失いその存在すら消えかけていると言う。
俺が手入れしている畑は元々只の地面だったのだが、俺が畑として手入れし感謝の祈りを捧げる事で新たに精霊が宿り、この地を豊かにする力をつけつつあるらしい。
その他の元からある畑にも本来の精霊、神が宿っているのだが人々からの信仰が無くなる事で眠りについた様な状態になっているという。
しかしこの村ではメロンを育てる際に「大地に感謝をする」という行動を取っている為、大地の精霊がその感謝を受けて目覚め、本来の力を取り戻しつつある様だ。
『この村はこのままいけば1年後には本来の豊かな大地を取り戻すであろう。』
アンファング村の回復にアカツキ様のお墨付きが出たようだ。
アカツキ様が他の場所も見て回りたいと云うので、街へのメロン販売に同道する事になった。当然の様にカチュアもくるので二人を荷車にのせ街へと出発する。
街へと続く街道をしばらく進んだところでアカツキ様が荷台から飛び降りた。
『マサキ、お主はこのまま進んでおれ、すぐに戻ってくる。』
『あ、はい。』
進行方向右手の方へアカツキ様が駆けていく。
「あ、先生。ワンちゃん行っちゃうよ?」
「あぁ、何か見つけたみたいだね、すぐ戻ってくるよ、」
「ふぅん、そうなんだ。」
5分程経った頃にアカツキ様が戻ってきて荷台に飛び乗り、咥えていたものを荷台に置いた。それは握り拳位の大きさの魔石だった。
『え?それ、どうしたんですか?』
『落ちていたのを拾った、今は気にするな。』
そう言うとアカツキ様は再び荷台から飛び降り、今度は左手の方へ駆けていく。
そして戻って来たかと思えば今度は青い魔石を咥えてきた。そんな事を何度か繰り返す内にノルマールへとたどり着いた。
「おぉ、やっと来たぞ、やっぱりこの時間だったか。」
「いつ来るか解らんから朝から待ってたんだぞ。」
「おぉ、今日は30個あるぞ。」
街中へ入った途端に俺を、と言うかメロンを待ちわびていた人々に囲まれる。
「『聖なる胃袋亭』の大将も全部持って行くとは言わんだろう。」
「あのあと、店でディナーのデザートで喰ったがまさに絶品だった。」
『聖なる胃袋亭』とやらが先日全部買い占めた男の店なのだろう、そこで食べたという客達がこのメロンを狙って俺を、いやメロンを待っていた様だ。
多くのギャラリーを引き連れて荷車は中央広場へとたどり着いた。
「・・・なんだ、これ?」
そこには中央の水場を取り囲むように多くの人がごった返していた。
『まさか、これ全員メロン購入希望者なのか?』
と思ったのもつかの間、俺たちと荷車は多くの群衆に取り囲まれていた。
「おお!あんたやっと来たか!こっちへ来てくれ!」
俺を呼ぶ声の方を見ると先日の門番が噴水の前で群衆の整理に追われていた。
どうやら全員が購入希望という訳でもなく、野次馬が相当混じっている様だ。
「おぉ!あれが噂の超高級メロンか!」
「うわ!ここまで甘い匂いが漂ってきてる!」
門番の『此処を空けておいたから早く始めてくれ!』との悲鳴じみた声も群衆に掻き消されそうだ、言われた場所へ荷車を設置してカチュアを少し下がらせる。
ギャラリーから見易いようメロンを並べている所へ声がかかる。
「一つ金貨5枚だ!全部くれ!」
群衆がざわめき声の主が注目を浴びる、やはり先日の大将だ。
「おまけしろとは言わん!全部貰いたい!」
『ちょっと待て!』『またあんたか!?』『金貨5枚じゃ商売にならんだろう!?』
群衆からブーイングが上がる、大将もそれに負けずに
「晩餐会で大好評で、是非贈答用に確保する様にと伯爵様のご依頼なんだ!」
30個全部でも足りないかも知れんのだ!ここは皆引いてくれ!と大将が叫ぶ。
伯爵様の依頼で大将も切羽詰まっている様だ、金額の問題ではないと言う事か。
結局、メロン30個は再び『聖なる胃袋亭』の大将に瞬殺された。
またもや落札できなかった希望者たちがあからさまに落胆していた。
メロンは今期は季節的にあと1回収穫できるのでまた近いうちに売りに来る事と、現在アンファング村でメロンを栽培しているので来季からは手頃な値段で買えますよ、とさりげなくアンファング村をアピールしておいた。
「何か凄かったね先生。」
「あぁ、でも手間が省けて良かったね。」
料亭の従業員がメロンを運んでいった後、群衆はあっという間にいなくなってしまった。もしかしてこの世界では娯楽が少ない為にこういった騒動も娯楽として楽しもうとしているのだろうか?昔の欧州では罪人の処刑すら娯楽だったそうだしな。
前回と同じく丁度お昼時となったので前回同様食堂で昼食を取ることにした、今回はアカツキ様も一緒だ。
『アカツキ様は何か召し上がられますか?』
『食物は要らんが、呉れるなら酒を呉れ。』
メニューを見るとワインの文字が判別できたのでワインで良いか尋ねると、それでよいとの事なのでアカツキ様用にワインを、俺たちは前回と同じものを注文した。
ワインが陶器のカップに入って出てきたので、平皿に入れて貰おうかとしたら
『それで構わん』
椅子の上に後ろ足で立ちテーブルに前足をついた姿勢でそのままカップに鼻先を入れて器用にワインをなめ始めるアカツキ様。それを見たカチュアが
「ワンちゃん、お酒飲むんだ、変わってるね。」
珍しいものを見たかのように、(まぁ実際珍しい光景なんだが、)アカツキ様に話しかけていた。
料理を食べ終わり満足そうなカチュアを伴い荷車に戻る途中、アカツキ様から
『荷台の魔石な、あれを処分しておいてくれ。』
『処分って、売っちゃって良いんですか?』
『大地に放置して生き物が取り込まなければどう処分しても構わん。』
確か雑貨屋の婆さんが『魔石は街の錬金術ギルドが一番高く買い取る』と言っていたのを思い出し、その足で錬金術ギルドへ向かう事になった。
外見は街中の普通の家屋とそう変わらないが、出入りしやすい大き目の出入り口をくぐると『なにやら独特の匂いがする』のが錬金術ギルドの第一印象だ。
入ってすぐにカウンターがあり其の中に女性職員が二人いる。
右手は広めの工房となっていて、そこでは何やら粉末を調合したり、何かを煮込んだり、魔石を研磨している者たちが居る。
「なにか御用ですか?」
カウンターの女性職員にそう尋ねられ、魔石の買取を頼みたい旨を伝えると
「では、こちらに魔石をお出しください。」
カウンターに用意された平たいトレーに、俺はカバンから魔石を取り出し入れた。
「・・・え?ちょっとルル!これ見て!」
「なに?エルザ?・・・この魔石!」
職員二人は明らかに魔石に驚いている、俺が出した魔石は拳大の物が2個、鶏卵サイズの物が4個、鶉の卵位の物が12個、だ。大きさに驚いたのか、それとも量か?
「このサイズの魔石がこんなに沢山・・・。」
どうやら、大きさと量の両方だった様だ。入手方法を聞かれたので正直にアカツキ様が拾ってきたと答えると。
「あぁ、ビーストテイマーの方でしたか。」
『ビーストテイマー』?、RPGとかで「まもの使い」とか「魔獣使い」等言われる職業か、俺は違うが職員さんが納得してくれたならそう言う事にしておこう。
「買取は小さい物が一つ金貨5枚、中型が金貨12枚、大型が金貨50枚です。」
金貨208枚が目の前に置かれ、驚いて固まっていると職員さんが
「この位大型だと魔術師の杖とかに組付けたり出来るので高額なんですよ。」
と、説明してくれた。そこそこ強い魔物を倒さないとなかなか採れないらしい。
また大きな物が取れたらお持ちください。との声に背を押され俺たちは錬金術ギルドを後にした。
その後は前回と同じく食料品や雑貨を購入して村への帰路に就いた。
『あの、アカツキ様。魔石って一体何なんですか?』
村に帰ったら説明してくれると言う事だったが、どうにも気になり聞いてみた。
アカツキ様も帰りは暇だしまあ良いか、と説明して貰える事になった。
それによると「魔石」は「悪意」「や「邪気」の様な「負の感情、意識」の凝縮されたものらしい。
人が負の感情を持った際に放出され、それが集まり濃度が濃くなった時に生物に取り込まれると、その体内で凝縮されやがて生物自体に影響を及ぼし、「魔物」、「モンスター」と呼ばれる存在になり、神や精霊が取り込むと邪なる存在に変化させ得るモノなのだとか。
ただ、元々人の意識から作られたからなのか、魔石は人体にはほとんど影響をあたえないそうだ、本来悪意とか関係のない「無垢」な生物、精霊といった存在が「負の感情」の影響を強く受けてしまうということらしい。
「神」に祈ったのにご利益が無いからと悪態をついたりしようものなら、その神自体が悪意を受けて邪な存在に変わってしまう危険すらあるそうだ。
だからアカツキ様は街への行きがけに道中で見つけた魔石を集めて回っていたのだ。
良い影響が出ている村の周りから悪意を取り除けば、神々が邪なるものに変化せず正しく力を取り戻すことになるだろうと。
それこそがアカツキ様の望む事のうちの一つなのだと理解できた。
夕方前には村に帰る事が出来た。
先に荷車を返そうとしたが、荷物と金貨がかなり重かったので一旦ハンナさんちに戻って荷物を置いてから雑貨屋に向かう事にした。
家に着くとすっかり元気になったハンナさんが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、先生、カチュア。」
「ママ、ただいまー。」
「ただいま戻りました。」
なにかいい匂いがすると思えば、ハンナさんが夕飯を作ってくれていたそうだ。
そう言えばハンナさんの手料理って食べた事が無かったな。
俺が村に来たばかりの頃、この親子は貧しい生活でジャガイモしか食べる事が出来なかったんだよな。それが今やメロンが高値で売れた所為で人並み以上の生活が出来る様にまでなったのか・・・改めて時間の流れをひしひしと感じた。
夕食前に荷車を返しに行く事を告げて、雑貨屋へ荷車を曳いていく。
店に居た婆さんに荷車を返す時にお土産としてワインを1本手渡した。
「あんたも義理堅いね、荷車が空いてる時はいつ使っても良いんだよ?」
「使えば消耗したりしますからね、借り賃として受け取ってください。」
じゃあ、遠慮なく頂くよ、と笑顔で受け取ってくれた。
そう言えば雑貨屋に初めて来たときは、凄い胡散臭そうな目で見られたっけ。
皆からは強欲婆さんとか言われてたし俺も少し警戒してた面もあったけど、今じゃ昔からの馴染みみたいに接してくれてる。
・・・何故かこの村で過ごした数か月の出来事が不思議な位蘇ってくる。
雑貨屋を後にして、夕日が沈みかけ昇り始めた紅い月を見ながら家路に着いた。
今夜、村はこの紅い月の下で大事件に見舞われる事になる。




