兵(つわもの)、走る。
マサキは皆が恐怖し大地にひれ伏す地震の中、冷静に周りの状況を判断した。
『地震か・・・震度4・・・位か?・・・大した揺れじゃないな。』
試しにゆっくり立ち上がる、うん、これ位何ともない。日本じゃ日常茶飯事だ。
足元に落ちていた近衛騎士団員の両手剣を拾う、これならバット代わりに振り回せばいいな、よしいける。
前方100m程に一人の男が宝玉のはめ込まれた杖を大地に突き立てている。
『あれが地震の原因か!?』あの宝玉を壊せば地震は消えるのだろう、的は大きいし固定されてるから外しようのない『ティーバッティング』、か。
『偉そうにして震度4程度だと?・・・日本人舐めてんじゃねーぞ!!』
揺れる大地をものともせず、マサキは宝玉目掛けて走り出した。
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ああ、もう駄目じゃ。皆、消えてしまう。ツヴェルグ同盟国の未来も、人々も、わっし自身のなんとも華の無いつまらぬ人生も、こんな事で消え失せようとは・・・。
この傍らで杖を大地に突き立て高笑いをしておる偽の使者に騙されて、こんな結末を迎えようとは・・・・。せめてこの男に一矢報いたいが、鍛えたはずの身体もこの揺れでは震えるばかりで何の役にも立たん。
役に立たんどころか人質と成り下がり、近衛騎士団の足枷となってしまうとは。
悔しい、屈辱じゃ、自分自身が情けなくて涙が止まらぬ。
この男の向こうには数多くの民衆と近衛騎士団たちが揺れる大地に恐怖して、大地に伏して神に助けを求めて居る。しかしその願いを神は聞き入れてはくれなんだ。
このまま全員が岩に潰されて死ぬのを待つだけなのか・・・。
あ・・・あれは誰じゃ?この揺れの中でただ一人立ち上がった勇者が居る!
まさかそんなハズは?・・・近衛騎士団ですら大地に伏せておるのに、この揺れをものともせず走り出した!?こちらに向かって走って来るとは何たる兵!
「なんだ貴様は!?何故この揺れで走れる!?何故だ!?」
傍らの偽使者ですらこの事実に驚愕しておる!一体何者?・・・まさかこれは?
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・・・彼のお方は走って来るや、両手剣で男の持った杖の宝珠を砕き、そのままわっしの元へ駆け寄った。彼の背では砕かれた宝珠が偽使者の眼前で爆発し、偽使者の腕を吹き飛ばして彼の者を大地へ仰向けに倒れさせた。
「殿下、お怪我はありませんか?」
その勇者にどこまでも優しい眼差しで問われたわっしの心臓は、天使の見えない手によって鷲掴みにされて一瞬止まってしまっていた。
なんだこれは・・・!?心臓が苦しい?一体どうしたのだ?勇者の我が身を案じるその問いに応えねばならぬのに、言葉が出ない?この優しい眼差しから目が離せぬ、応えよ!エヴァルトラウティ!勇者に返事をせよ!
「は・・・はい、お陰様で怪我は御座いませぬ。」
どうにかそう応える事が出来、そして心臓が再び動き出したが、一体どうした事か鼓動が速く激しく動いて身体中に燃える様な感情と共に血液が巡る。顔も耳も苦しい程に火照って来るのが解ってしまう。
「殿下、立てますか?」
勇者に優しく問われたが、足と手、いや身体中が震えているとても立てそうにない。しかしこの震えは先ほどまでの恐怖からのものではない。
悪しき者に囚われたか弱き乙女を救う為、我が身の危険も顧みず、揺れる大地もものとせずにただ一本の剣のみをその手に掲げ、悪しき者を撃ち滅ぼした勇者との運命の出会いに心と身体が打ち震えているのだ。
「いえ、足が震えて立てませぬ。」
その理由を悟られぬ様火照る顔を俯かせた、どうした事かこのお方の顔が見れぬ。
「では、失礼いたします。」
「・・・あ・・・ぁ。」
いきなり優しく抱き上げられ、私の無事を喜ぶ近衛騎士団の皆の元へと運んで行って下さるのか。ふと見上げれば、その凛々しいお顔がすぐ目の前にあるという事実に、心臓が早鐘を付いたようになる。
ああ、このお方に私の心臓の鼓動が伝わってしまう程に肌が密着している。
ああ・・・子供の頃に夢見ていた『白馬に乗った王子様』が姿を変えて私の危機に颯爽と現れようとは・・・なんと凛々しく頼もしいお方なのか・・・。
「マサキ!!よくやったー!」
「凄いぞ!こんな揺れでも立てるとは!」
「姫様を助けてくれたか、礼を言うぞ!」
皆の声援が私たちの門出を祝福しているように聞こえる、そのときふと後方に気配を感じた。・・・あの偽使者が起き上がって来た!大変!
「マサキ様!あの男が立ち上がっております、危険です。」
「殿下、大丈夫です。ご安心を。」
「・・・はい。」
このお方がそう言うのだ、ならば何も心配などする必要は無いのだ、このお方に全てを委ねよう。私の身も、心も・・・。
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偽使者が起き上がりその正体をさらけ出す、片手にグラディウス、もう片手にラウンドシールドを装備した黒い体躯の『剣闘士』がその場に姿を現した。
『剣闘士』は剣を振りかぶり逃げるマサキを追いかけようとしたが、後方から放たれた数kgはあろうかと言う岩の直撃を背中に受けて、前方に倒れこんだ。
起き上がろうとした所に第二撃が襲う、それを剣で弾いた瞬間、走りこんできたアキラが勢いそのままに『剣闘士』に蹴りを入れて、吹き飛ばした。
『剣闘士』は後方に回転して大地に立つや、体勢を整えてアキラに剣で襲い掛かる。
アキラは偽使者が使っていた杖の残骸を拾い、それに応戦する。
『剣闘士』は剣を振り、攻撃を盾で受け剣士としての正統派の攻撃をする、一方のアキラは剣の攻撃を受けるのに杖を振るい、拳も足も使い、時には拾った岩を投げたりと体術を駆使して応戦する。人狼だけにパワーは凄まじく、その拳は受けた盾ごと弾き飛ばす程の衝撃を加える、その攻防はアキラの方が押している感すらある。
ただ、当のアキラはなかなか相手を倒せない事に苛立ちを感じている様で、不満顔で攻撃を繰りだしている、そして戦況が大きく動く時が来た。
アキラの渾身の一撃を受けた『剣闘士』が盾を弾き飛ばされ、自身も大きく飛ばされ大地に倒れこんだのである。
一気に決着を付けるべく、アキラが空中を舞い距離を詰めると、空中で動きが制限される瞬間を見逃さずに『剣闘士』が雷撃を放った。
『!?』
空中で雷撃を躱そうとし、直撃する事は免れたものの雷撃を足に受けたアキラはそのまま大地に倒れ、立ち上がる事が出来ずその体は痙攣している。
『剣闘士』は悠然と立ち上がり、嘲笑を含んだ視線でアキラを見下ろす。
「アキラ!」
倒れたアキラ目掛けてアレックスとスーが走る、大丈夫、死んでは居ない。
「まずい!奴は雷撃をつかうぞ!」
「プレートメイルの俺達じゃ、良い的にしかならん!」
「誰か一人が喰らえば、皆纏めて感電するぞ!」
近衛騎士団は相手が雷撃を使う事を知って恐怖する。
『剣闘士』は飛ばされた盾を悠々と拾い装備し直す、そして近衛騎士団とアレックス達が直線上に重なるように位置取りをしたうえで、雷撃を放った。
アレックス、スー、近衛騎士団の誰が避けてもいずれかに雷撃があたる様にと。
その雷撃をアレックスは難なく躱すと、スーが雷撃を刀で薙ぎ払い、近衛騎士団への雷撃の直撃を防ぐ。アレックスを前に、スーは後方を速度を落とさず『剣闘士』の元へ走る。
『剣闘士』は再び雷撃を放つがやはりアレックスは躱し、スーは雷撃を斬る。
雷撃を斬撃で無効にするスーに『剣闘士』は我が目を疑い、更に雷撃を放つ。
「なんじゃ!?あの姉さん雷撃を斬っとるのか!?」
「そんな馬鹿な!?雷撃など切れるものか!」
「しかし、実際わしらの所に雷撃が飛んでこんぞ!?」
スーの持つ刀、千鳥は雷撃から主を守るべく、八面六臂の活躍を見せつける。
雷撃を全て我が身で受け貯めこみ、主に被害が出ない様に避雷針の役を演じる。
千鳥がスーを主にと渇望したのは、彼女が当代一の刀の使い手であり、サンダードラゴンの加護を受ける者でもあり、雷撃に特効のある千鳥自身の特性を誰よりも発揮してくれる存在だったからである。
白狐が『スーはアレックスよりはるかに強い』と言ったのはこのお互いの相性のせいであり、マサキの言う『神』の存在をスーが千鳥に見出したからである。
アレックスは「竜の加護」で強化された身体能力で『剣闘士』を追い詰め、お互い同じグラディウスで相手に攻撃を叩きこむ。アレックスが剣を右、左、袈裟切りと薙ぐと『剣闘士』は受け、弾き、躱し、剣を突き出し左へ薙ぐ。
アレックスが盾で弾き、反らし、右から左へ連続で剣を振るうと、相手は僅かに回避か遅れる、その遅れを見逃さず更に攻撃を畳みかけるアレックス。
「竜の加護」によって徐々に速くなるアレックスに対し『剣闘士』がその攻撃を躱すのに手一杯になると段々と防戦一方に追い込まれていく。
僅かな隙を見逃さなかったアレックスの剣は相手の右手首を切り落とし、相手の攻撃力を奪い『剣闘士』は盾で受けるのみになった瞬間、アレックスは大きく右に飛ぶとその空間を埋めるようにスーが前に出て、千鳥を左から右へ薙いだ。
『剣闘士』はスーの凄まじい剣圧に盾で受けるのは無理と判断し、盾で攻撃を受け流すべく盾の角度を鋭角にするが、スーの千鳥は構わず水平に振りぬかれ、『剣闘士』の盾共々その体が上下に分断された。
普段ならこの状態からも体を再生できるのだが、今回は体が両断された刹那、刀身に蓄積された雷撃が解放されて体の内側から全身の神経と細胞が焼かれる状態となり、『剣闘士』の意識は弾け飛んだ。
そこへスーは千鳥を奔らせ、頭頂から下半身まで両断しその体を4つに斬り分けた。
『メイ!』
『ハイ!暁様!』落石の処理が終わったメイが白狐の命で走りこんできて、4つに分断された『剣闘士』の身体を虚空へと蹴り上げ、投げ飛ばした。
その身体を目掛けて遥かな山の中腹から白狐がその魔法を放ち、4つに分断された『剣闘士』の全てを塵に変えて跡形もなく大気に溶け込ませた。
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『何という兵たちじゃ・・・』
王女はその眼前で繰り広げられたマサキの仲間によるその連携攻撃の凄まじさに舌を巻いた。一人一人が常人をはるかに超える力と技量を持ち、邪神の使徒にまともな攻撃をさせる暇も与えず、圧勝してしまったのだ。
そして何よりマサキである。常人を超える力の持ち主である仲間たちですら、大地に伏せるしかなかった地揺れをものともせず、か弱き乙女の為に立ち上がるその胆力。まさに真の勇者、兵を従える『王の器』の持ち主である。
真の王たる者、誰よりも強い腕力も、誰より深い英知も自ら持つ必要はない。
その力を持つ者を従え纏め上げる者こそが『王』である。
その『王』を支えられるのは『王女』たる自分しかいないのだ。
エヴァルトラウティ王女の考えは、その様に飛躍した。




