蘇る過去の亡霊
俺はフリッツと他1名と共に同盟国王子ウァーレン殿下の館前に来ていた。
偉い人の御前での礼儀作法なんて全く存じ上げない為、ましてや異世界の、異種族の王子殿下の御前ともなれば、何が失礼に当たるかすら見当もつかない。
事情を説明してアレックスとフリッツにどうしたものかと相談すると
「俺も礼儀作法には自信が無い、お役には立てないな。」とアレックス。
「じゃあ、僕が付いて行こうか。難しく考えなくて大丈夫だよ。」とフリッツ。
フリッツが言うには、身分の高い人は他種族との交流も慣れてたりするから、常識の範囲で失礼に当たる事さえしなければ良い、らしい。
それともう一人の同行者である、セルティアは宴会の時に会計役を完璧にこなしてくれた女性だ。彼女は役所でも上級の役職に在り各方面に顔が広いので今回の調整も買って出てくれた。
彼女は眼前の王子殿下の私邸を前にしても全く動じていない、それが彼女の気質なのか、殿下の性根が穏やかな所為で気圧されなくて済む為なのか、其の辺りは解らないが俺も彼女を見習って堂々としていよう。
正面入り口の衛兵詰め所に、来訪の目的を告げて案内を乞う。
すぐにエントランスから執事風の男が現れて挨拶を交わすと邸内へ案内される。
しかしこの男、執事と言うよりボディーガードを思わせるような体格の男だ。
若い頃は荒事も経験してきたのだろう、右の額から左の頬にかけて刀傷がありそこらの冒険者とも十分以上に渡り合えそうな風貌だ、王子の邸宅ともなれば執事にもそれなりの力も要求されるのだろう。
天井の高いホールから通路に案内される際、やたらとメイドが多いのが目についた。
ホールに3人、通路にも3人見えるが他にもまだ居そうな雰囲気だ。
『やたら若くて可愛いメイドが多いな。王子様の趣味なのか?』
その俺の考えを察したのか、普段から来訪者にそう思われているであろう事を気にかけているからなのか、執事が説明してくれた。
「この屋敷には行儀見習いを兼ねて働いている者が多く居るのです。」
メイドの斡旋業者から無償で良いので働かせて下さい、と依頼されているそうで屋敷側が負担するのは日々の食事代だけで済み、メイド側からすると「王族の屋敷で働いていた。」事実は他で働く時の好待遇となりWIN-WINの関係なのだそうだ。
「ああ、そうなんですね。メイドは実績を得られると言う訳だ、素晴らしい。」
と返事をしておいたが、実はその情報の一部は既に把握済みだ。
王子様に借用書を返還する為の訪問理由としてしてなにか良い口実が無いかと思案していた所、カジノの借金のカタに娘がこの邸宅でメイドとして働かされているとの情報が飛び込んできた。
カジノでの借金は既に無効となっており、これ以上彼女らが働く理由も無くなったのだから王子様に事情を説明して、彼女らを親元へ返す事を主題に変える事にした。
その為にここに来たのだが、俺達が事前に把握していた人数は5人だった。
しかし、ここにはそれ以上の数のメイドが居るし彼女らをここに派遣している斡旋業者が別に居るという事実がたった今判明した。
「その斡旋業者と言うのは、何処の業者ですか?」
フリッツが尋ねると、秘守義務がありますのでご勘弁を、と返って来た。
斡旋業者にコンタクトを取って交渉しなければいけないな。それなら王子様に借用書を返す際に王子様からに執事に斡旋業者の情報を教えるよう言って貰えば良いか。
そして俺達は応接室に通された、ソファやキャビネットと言った調度品は流石に立派なものだ。案内されてソファに座るとすぐに年代物と思しきティーカップに高級そうなお茶が出されたのだが、このお茶を出す時もやたらとメイドが多い。
14~5歳の若いメイドが二人で給使をし、若い頃は美女と持て囃されたであろう40歳前位のメイド長らしき女性が、それを傍らで見守っている。というか粗相がないかチェックをしている風である。
出されたお茶を一口飲んだところで、執事が開けたドアから高級そうな服飾に身を包んだ一人の若いドワーフが入って来た。それを見てフリッツとセルティアが立ち上がり、一歩遅れて俺も立つ。
「やぁ、お待たせしたね。」
穏やかにそう言うこの方こそがツヴェルグ同盟国王位第二位継承者ウァーレン殿下20歳、その人なのは明らかだった。
噂通りの気の優しそうな、言い換えれば気弱そうな方だが特におどおどした風には感じられない、国王陛下の嫡男として周りから強く当たられたり押さえつけられたりという事も無かった為、卑屈になる事も無く極々自然体だ。
俺達はフリッツに倣って自己紹介し、勧められるままソファに座り直す。
そしてフリッツが早速本題に入った。
「先日の事ですが、こちらのマサキがカジノを潰さん勢いで大勝ちした件で・・・」
フリッツがそう言った途端に、殿下はカジノの言葉に食い付いた。
「ほう!あのカジノを潰しかねない位大勝ちしたと?」
殿下は身を乗り出さんばかりに、興味津々にそう聞き返してきた。
前もってフリッツに話していた通り、いやそれ以上にフリッツはまるであの時その場に居たかの如く、臨場感たっぷりに賭けの様子を雄弁に語った。
ギャンブル好きの殿下は「ほう!」「おお!」とフリッツの語りに引き込まれ、目を輝かせて話に聞き入り、最後に俺がダイスで1-1-1を出して勝った瞬間には手を叩いてまで絶賛した。
「いや凄い!そんな勝負の女神に愛される者が本当に居ようとは!!」
興奮冷めやらぬ殿下にすかさずフリッツは1枚の借用書をテーブルに置いた。
「おや?これは?」
「勝ち分を支払えなかったカジノから取り上げた借用書の中の1枚です、お納めを。」
「おお!これはまさしく私の名義の借用書!これも取り返して頂いたのか!?」
殿下が借用書を手にし満足げな表情を浮かべる、それを見た執事とメイド長が驚いて顔を見合わせている。まぁ、殿下が下々に交じってカジノで借金を作っていたなど知ればそりゃ驚くのも仕方あるまい。
「そこで殿下、借金が原因でこちらで働いているメイドが数名居る様なのです。」
「おお、そんな事情の者が居たとは知らなかった。」
「その者達にお暇を頂きたく参上した次第なのです。」
フリッツがそう言った途端に応接室内にいたメイドのうち二人が手を取り合い喜んでいるのが見て取れた。この子らも借金が理由で働かされているうちの二人なんだな。
メイド長が喜ぶ二人に視線を向けると、二人は慌ててその場に直る。
「なるほど、そういう事か。イレーネ!どの子らがそうなのだ?」
殿下がイレーネと呼んだメイド長が、姿勢を正して応える。
「はい、殿下。確かに借金が理由で働き始めた娘は幾人か居ります。」
イレーネと呼ばれたメイド長はこう続けた。
「ただ、その娘らにとってもこちらで働くことは本人たちにも有益な事なのです。」
王侯貴族の元で働いた事で箔が付き、他で働く際に好待遇に繋がる事も当然ございますが、それ以上に優しく接して下さる殿下の元を辞めたいと思う者は一人もおりません、と言い切った。
「おぉ、そうなのか。それを辞めさせるのも辛いな。」
表情を曇らせた殿下は、しみじみとそう言った。
「あなた達もそう思うでしょう?どうなの?」
とイレーネは二人のメイドに質問した。
「・・・はい、私たちもここで働きたいです。」
「・・・こちらで働くことは私たちの喜びでもあります。」
そう言う二人のメイドだが、明らかに様子がおかしい。これはそう言わされているのではないだろうか?そう考えた時に俺の中である既視感が沸き上がって来た。
この状況、どこかで聞くか見たかしたような気がする。この屋敷に入った時から何か少し引っかかっていた事がある、なんだろう?これは・・・?
その時ふと執事が薄い笑いを浮かべたのが見えた、そしてある可能性に気付いた。
執事の顔の傷、イレーネと呼ばれたメイド長の女、未成年の少女の悲しそうな表情、それら全てが俺の頭の中でスーフェイから聞いた話と繋がった。
『この二人、スーフェイを誘拐した奴らじゃないのか!?』
俺は腰のポーチからスマホを取り出し二人の姿を写真に収めた。
────────────────────




