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収穫

それはとある朝の出来事だった。

麦刈りが終了した後、その跡地に新たにジャガイモを植え付けてその収穫もまだまだ先の事という頃にそれは起こった。


「一体なんじゃぁ?これは・・・?」


村長をはじめ村人達が集まってハンナさんの畑に育ったものを驚愕の目で見つめていた。

それは俺の元居た世界では「マスクメロン」と言われる品種のメロンによく似ている

果実だ、直径で20cm位の大きさがある。

しかしハンナさんの畑で育ててるのはプリンスメロンとかマクワウリ風の物だろうと勝手に思ってそのつもりで育てていたのだが、まさかマスクメロンが獲れようとは。


本来マスクメロンは育て方が非常に難しく、水のやり方一つ間違えれば表面の網目模様は出来ない、それにここまでの大きさのモノだと一株から1個獲れるかどうかなのだが俺はマクワウリのつもりで軽い気持ちで一株に2玉を育てていたのだ。

まさかその2玉共にこんなに立派になろうとは・・・。


村人たちが騒ぐ中、雑貨屋の婆さんが俺を見つけると慌てて叫ぶ


「兄ちゃん、これを今すぐ街まで売りに行ってきな!うちじゃ買い取れないよ!」


婆さん曰く、この果実はこちらの世界でアミメメロンと呼ばれ超高級果実として取引されておりその価値は1個「金貨2枚」は下らないのだとか、見ると20個あるので最低でも「金貨40枚」になると言う。

婆さんがこんな立派なモノが20個も揃ってるなんて見たことないよと呟いていたが


「あ、あの、実はあと30個程収穫出来そうなんですが・・・。」


と言うと其処に居た村人全員が絶句した。

駄目元で挿し木を試した蔓が何故か全部発根して育っており、小屋の裏に新しく作った畑でもう間もなく食べごろを迎え収穫されるのを待ってる奴らが居るのである。


「荷車と商売道具用意してやるから、街まで行っといで!」


婆さんの勧めで今日の作業は後日に後回しして、街へ行商しに行く事となった。



婆さんに用意してもらった荷車に藁を敷いてメロンを乗せ、村長から街の入り口で見せる様にと手形を預かった。

なるほど、これが無いと街に入れないわけか、もしこの村に滞在せずにそのまま街に向っていれば街の入り口で衛兵に捕まっていた可能性もあったのか。

そう思うと俺の選択肢は正解だったと改めて感じた。

カチュアが街に何度も行ったことがあるから一緒に行くと言ってきた、断る理由もないし待ってるのも退屈だろうから了解し、俺は荷車を曳いて村人に見送られながら街を目指して村を出発した。


カチュアを荷台に乗せ俺が荷車を曳き、途中で2回休憩をはさみ代り映えのしない風景を見ながら街「ノルマール」に辿り着いた時ははお昼前だった。

城壁と言う程の規模ではない高さの塀と水堀が南北方向に幅1km位に渡って続いている、それらに囲まれたノルマールはそこそこ大きな規模なのだろうか?

この世界で人の住む集落といえば村しか知らないので全然わからない、が、かなりの人数が生活している街の様だ。


入り口の門番の詰め所で手形を見せメロンを売りに来た事を告げると、門番は事務的に手形を確認した後、荷台のメロンを見て驚きに目を見張った。


「・・・なんだこれ?こんな立派なメロンがこんなに沢山?」


門番の驚いた様子に他の訪問者の対応をしていた同僚の門番もやってきて


「おい、どうした!?・・・って、いい香りがすると思ったらこれか!?」


どうやら離れた門番のところまでメロンの香りが届いていた様子、確かに言われてみれば甘い芳香がそこら中で猛威を振るっておりその香りに釣られた野次馬も集まって来た。


「おい!なんだこの素晴らしい香りのメロンは!?」

「あんた、これを今から売るのか?幾らで売るんだ!?」

「これは何処かに卸すのか!?それとも広場でセリにかけるのか!?」


野次馬が口々に騒ぐ、そう言えば婆さんが言っていたな、

『いいかい?中央広場で人を集めて勿体付けて売るんだよ!高く売るんだよ!』

これは中央広場で売るから此処では交渉はしません、と宣言して野次馬を追い払い中央広場の方向へ荷車を曳いていった。

荷車を曳いてる最中も甘い芳香はそこら中に拡散し、行きかう人々の鼻腔を刺激し甘味への渇望を増幅させていく。


本来の「マスクメロン」の「マスク」は「仮面(MASK)」の意味でなく「じゃ香(MUSK)」であり、元々香りの強いメロンの事を指す。

果実の成長段階で中身の充実に皮の成長が追い付かずヒビが入るとそれを修復する様に果汁があふれカサブタの様に傷を覆う。

それを繰り返す事で表面が網目状になるのだが、超高級品種に至ってはこの成長を熟練の生産者が水やりを調整する事で人工的に作り出す、最早至高の芸術品と呼べる存在なのだ。

そんなマスクメロンを俺が普通のマクワウリを育てるつもりの手間で作れてしまったなど一体どういうことなのだろう。そんなことを考えていたら何時の間にか荷車の後ろに行列が出来ていた。・・・これは争奪戦が凄まじい事になりそうだ。


中央広場に着くと流石に良い場所はすでに露店で埋まってしまっていた。

円形の中央広場の真ん中に噴水と水場があり、その周りをあけて端の方の円周上にぐるりと露店が並んでいるのだが時間が遅いせいもあって、荷車とこの大勢の客を収容する程のスペースはどこにもない。

さてどうしたものかと悩んでいたら見かねた門番が


「今日は特別だ、この噴水の前を使って良い。」

『どうせすぐ売り切れるだろうしな。』と許可を出してくれた。


荷車を噴水の前に停め、メロンを良く見える様に並べていく。メロンはハンナさんの畑で採れた20個と俺の畑で比較的大きく育っていた3個を持ってきていた。


移動している間や、メロンを並べている間にも『これらが本物なのか』の議論が客の間で交わされていた。網目が細かい程美味しいとされている様だが、これらのメロンの網目の細かさは誰も観たことが無く、模様を描いているのでは?と疑う者もいる様だ。俺は小細工などしていない事を証明するために


「じゃあ、一つ見本で切ります。そこの人、どれか一つ選んでください。」


一番手前に居たでっぷり超えたいかにも甘いものが好きそうな中年男に声をかけると

『よし!この小さめの奴を見せてくれ。』と一つの果実を指さした。

成程、一番小さい物で熟し具合を確認するのか、俺は婆さんから渡された包丁とまな板でそのメロンを真っ二つに切った。

『うぉぉぉお!』思わずギャラリーから歓声が上がる、切った断面から文字通り果汁が溢れ、芳香が更に強く拡散する。緑色の宝石のような輝きが眩しい。それを更に半分にし、もう一度半分に切る。つまり元の8分の1切れにした訳だ。


「はい、カチュアお食べ。」


メロンを切るところを一番近くで食い入るように見ていたカチュアに差し出す。


「え!?食べていいの?」

「もちろん、さぁ一緒に甘さを確認しよう。」


ギャラリーの視線をくぎ付けにしながらカチュアと二人でメロンに齧り付く、荷車を曳いてきた後の少し疲れた体に甘味が染み渡るようだ。


「んー。美味しい!!」


カチュアが夢中で齧り付くその姿こそ、果実の美味しさを表す最高の宣伝になった。


「もういいだろう!?金貨2枚でどうだ!?」

「いや、金貨2枚に銀5枚出すぞ!」

「金貨2枚と銀8枚!!」


ギャラリーが口々に値段を叫ぶ。

『金貨2枚以上で売るなって婆さん言ってたけど、これなら問題ないな。』


「金4枚だ!!」

一際大きな声が響く、ギャラリーが一瞬静まりかえる。

ギャラリーの注目を集めたその声の持ち主の大柄な男は続けて


「22個全部引き取るから、金貨84枚でどうだ?」


全部買うから一つおまけしろって事か、金貨4枚は破格だ。


「おい!大将!全部独り占めってそりゃないだろう!?」

「そうだ!いくら何でも欲張り過ぎだ!」


大柄な男は非難の声に一切耳を傾けず、言い放つ。


「文句があるなら金貨4枚以上出すんだな、価値を認めたからこその4枚だ。」


結局他に4枚以上出せる者は居らず、男の言い値で全部売る事に決まった。


この男は王都に本店を構える高級料理店のこの町での支配人だと言う。

明日の王都での晩餐会の目玉を探しておりこのメロンが丁度お眼鏡にかなった様だ。


「王都で使うのは18個だ。残りはうちの店で出す。喰いたければ店に来ると良い。」


男はギャラリーに告げると連れていた店員に購入したメロンを店に運ぶように指示を出した。肩を落として散っていこうとするギャラリーを見かねて


「あ、あと10日後位に同じ位のモノを持って来ますよ。」そう言うと

『こ、今度はいつ来るんだ?』『同じ物が用意できるのか?』等、口々に叫ぶ。


「それなら、次も金貨4枚で買おう!」


男の高らかな宣言に他のギャラリーからがブーイングが飛んできた。


結局その後、見本で切った切れ端にも金貨2枚の値段が付き今日の売り上げは金貨86枚となった。ハンナさんには20個分の代金80枚を渡すとして、残り6枚が俺の取り分と言う事になるかな。

丁度昼食に良い時間になったので近くの食堂でお昼を食べる事にした。


カチュアはこんな店に来たのは初めてらしく少し興奮気味だった。

あ、考えてみれば俺も初めてだったか。店のメニューを見たが字は読めてもどんなものかは想像すら出来ない、こんな時は店員さんにおススメを尋ねるに限るに限る。

カチュア用と俺用の料理を見繕って貰い、しばらく待つと料理が出てきた。


カチュア用にはソーセージとチーズを絡めたパスタみたいな料理、それにジャガイモのパンケーキの様なものが出てきた。俺用は豚肉の煮込みにキャベツの酢漬けとマッシュポテトが添えられたものとソーセージが3種類、白パンのメニュー。

飲み物はリンゴの果汁を水で割ったジュース、俺にはエールが陶器のカップで供された。炭酸の無いビールの様な味だが「気が抜けたビール」というわけでもなくこれはこれでアリだ。


二人して食事を楽しんで後は帰るだけとなったのだが、まだこの街に名残惜しそうなカチュアを誘いとある店に入った。


「え?マサキお兄ちゃん、ここって?」


カチュアと共に入った店は様々な古着を売っている衣料品店で、実はカチュアが食事の間中チラチラ横目でこの店を見ていたのを俺は気づいていたのだ。

改めて観るとカチュアはところどころ接ぎ当てした古いワンピースを着ている。着替えも他に1着あるだけだと思う。10歳の女の子ながら綺麗な服に憧れがあるのは当然だ。俺はカチュアに洋服を買ってあげる事にした。


「え?でも、高いから駄目だよ?」


彼女も自分の家に余裕などない事は解りきっており綺麗な服など欲しいと思っては駄目なのだと思い込んでいるのだろう。


「今日はメロン売りを手伝ってくれたからね。そのご褒美だよ。」


そう言っても遠慮しようとするカチュアに構わず、店員に声をかけ


「この子に似合いそうなサイズを見繕ってください。」


そう言って半ば強引に姿見の前で服を当てて、どれが似合いそうか店員の女性と相談しながら服を選んでいく。そうなるとカチュアも観念したのかおずおずと自分の好みを口にし始めた。

選んだのはブラウスにスカート、同色のベストと靴、それを色違いで2セット。

一着はそのまま着替え、もう一着は着ていたワンピースと共に麻袋に入れて貰い、代金を払って店を出た。

金額は全部で金貨2枚と銀貨8枚だ、古着とは言っても上流階級の着ていたものが売買されている為、元が質の良いものだけにそれなりの値段になる。


衣料品店を出たその足で食料品店に寄り、食料品を買い込む。流石に婆さんの店より品物は良く値段も安い、しかしそれは婆さんの生業だし利益を乗せるのは当然だしそうしないと婆さんも村人も生活が成り立たない。

今日街まで来てみてわかったが、月に数回街と村を往復していることを思うと婆さんの店で売るにはもう少し利益を乗せないと割に遭わないのではないだろうか?

村では強欲婆さんと言われる居るが、誰かがやらないと村人の生活が成り立たない事を平然とやってのけているのが婆さんなのだ。

そういえば今日預かった包丁とまな板も随分と年季が入った物だったな。

婆さんに日頃の感謝を込めて新しい包丁とまな板をお土産として購入し、多くの初めての経験で充実した時間を過ごしたノルマールを後にした。


そうして村に帰り着いた頃には夕暮れに差し掛かっていた。

まずは雑貨屋の婆さんの所で礼を言って商売道具を返したついでに土産を手渡した。

日頃の感謝を伝えると、驚いた顔をしたかと思うと慌てて裏に引っ込み

『急用があったのを思い出したから今日は帰ってくれ。』と言われた、

少し涙声だったがそれには気づかないふりをして雑貨屋を辞去した。


家に戻りハンナさんに今日の売り上げの報告をした。


「これがメロンの売り上げです。金貨80枚になりました。」

「!き、金貨・・・80枚?・・・いえ、こ、こんなに受け取れません。」


いつもカチュアがお世話になっている上に畑仕事迄して頂いているのに受け取れないと、受け取るのを拒もうとするハンナさんを説得する。

今日街へ行って分かったのは、この村で過ごしてなければ不審者として街にも入れず行き倒れていた可能性もあった事。

そうならなかったのはハンナさんがここに居候させてくれたお陰である事。

そして今、裏で勝手に自分の畑を作ってメロンを育てているが、そのメロンも元はハンナさんのメロンの茎を使わせて貰ったお陰で育ったものなのでそのお礼として是非受け取って欲しいと半ば無理やり納得させた、そして。


「カチュア、入っておいで。」


カチュアに声をかける。カチュアはドアから顔をのぞかせおずおずといった風に小屋の中に入って来た。


「カチュア!どうしたのそれ!?」


ハンナさんがカチュアの服装にに驚き、問いかける。


「あ、あのね、マサキお兄ちゃんが今日のお礼だって買ってくれたの・・・。」


服を買って貰ったことで母親から怒られたり反対されたり、困らせたりするかもしれないと様々な思いで迷いながら母親の前に姿を現したカチュア。

その恐る恐るといった様子を見た母親は貧しい生活の為にずっと長い間娘に我慢をさせていた事に改めて思い至り、泣きながら娘に謝罪するのだった。


「ごめんなさいね、ずっと・・・我慢させていて。ママがこんなだから・・・。」

「ママ!泣かないで!わたし、我慢するのだって平気だよ!だから泣かないで!」


カチュアも母親と一緒に泣き始めた。俺は努めて明るくカチュアに声をかける。


「違うんだよカチュア、これからは我慢しなくても良くなるんだから。」


メロンが全部安定供給とまではまで行かなくても、ある程度の収穫があれば今までの貧困生活から抜け出すことが出来るはずだ、俺が出来る事は手伝おう。


丁度その頃、今日の街での様子を聞こうとハンナの家の前に集まっていた村人たちは家人が泣きながら喜んでるのを困惑しながらも家の外で聞いていた。

どうやら収穫は上々だったようだと安心した、皆、もらい泣きしながら。

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