王国への帰還
イグニスでのプラム熱騒動が落ち着くまでにそれから10日が必要だった。
その間にしたことと言えば、改めて本来の目的であるクリスタルに魔力を注入する為、俺とフリッツの用意したクリスタルを持って大結晶を訪れた事と、フリッツが冒険者ギルドへの翼竜人撃破の報告書をしたためた事だ。
リンダが「召喚士」に選ばれたことは俺とアレックス、スーとフリッツの4人の秘密となっている。何しろそれがバレたら各国でのリンダ争奪が起きかねないからだ。
ドラゴンを召喚する事が出来れば「ドラグーン」に匹敵する戦力となり得る。
それと同じ理由でアレックスとスーが「竜の加護」を得た事も同様に極秘とした。
という事で、本当はグレートウルフを使役できるの力関係はリンダ>俺なのだが、これも秘匿する為に俺が命令して『ヴィルトカッツェ』の護衛に就けた事にした。
そして、この国で俺達のやるべき事は全て終わったことになる。
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ドラゴンとの対話を経て、アカツキ様が少し記憶を取り戻したのと同時にその体に変化が現れた。その体が一回り大きくなったのと額に赤い文様と目に赤い縁取りが発現したのだ。
今までは皆から言われるようにどう見ても「白い犬」だったのが、「ちょっと変わった白い犬」になった。
『マサキ、お前にこれをやろう。』
アカツキ様にそう言われ、渡された物は3本の竹筒だった。この竹筒、3本が縄で縛られており形状としては思い切り寸の短い『竹の縄梯子』といった風情だ。
つまり直径3cm程長さ10cm程の竹筒が各々2cm程の間隔を空けて縄で縛られている状態の物だ。
「えっと、何なんですかコレ?」
『管狐と言う奴じゃ、一種の使い魔じゃな。』
なんか聞いた事あるな、これを使えば他人の心の中を読んだり呪いをかけたりできるとかなんとか・・・・。
『お前と相性が良い様じゃ、名を付けて飼うと良い。ちなみに3匹共雌じゃ。」
また名付けか、苦手なんだよなぁ。それにしても狐って「雌」のイメージ多いな。
『今は中で休眠した状態じゃ、名を付ければ目覚めよう。」
との事なので、帰ってからゆっくり名前を考える事にした。
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そして俺達が王国へ帰還する日がやって来た。
イグニスの街の停車場には多くの人々が集まっていた。
俺達を見送ろうとする人達でごった返している、ウォルターや『ヴィルトカッツェ』の皆、アベルとリンダにハンク、冒険者ギルドの職員に冒険者達、他にも病の淵から生還した人達など、俺達が直接的、間接的に関わった人々だ。
馬車の前で、ウォルターが街を代表して俺達に感謝の言葉を述べてくれた。
『あなた達がこの街を救う為にして下さった行為の数々の事を、街の住人たちは決して忘れません。私たちに出来る事があれば遠慮なく仰ってください、それを叶える為にどんな努力も惜しみません。』
人の集まりで良くあるスピーチの様に無駄に長くなることも無く、簡潔に要点だけを述べた過不足ない言葉は流石に優秀な施政者だと思わせるものがあった。
『ヴィルトカッツェ』の面々もデルマが『本当に世話になったね。』と言えば、「兄さん達また遊びに来てね。」「兄さんのお陰で生活が凄い安定しました。」「兄さんと過ごした毎日が凄い楽しかったです。」などなど、ちなみにスーの姿は無い。
宴会の時に酔っぱらい過ぎてやらかしたのを悔やんで、俺に合わせる顔が無いとか言ってるらしい。宴会の時は妹ムーブかまして弾けてただけなので、俺的には何も迷惑掛けられたとかも思ってないんだが・・・デルマによろしく言っといて貰おう。
冒険者達も俺が一人金貨100枚で護衛任務を依頼した連中中心に集まってくれた。
あの後、みな報酬を辞退して護衛任務に就いてくれた事を聞いた俺は彼らのその心意気に感動してしまった。
しかしタダ働きをさせてしまった事も申し訳なかったので、改めて依頼をした。
『今後、街に何かあった時は『ヴィルトカッツェ』と街人達を頼む。』
そう依頼して彼らに金貨100枚ずつを改めて手渡したのだ、正式な依頼でもあり俺の気持ちも汲んだ彼らは固辞する事もなく受け取ってくれた。
「マサキさん、あんたがいない間、この街は俺達が守るぜ。」
「流れ者やゴロツキが勝手なことしない様、四六時中目を光らせとくよ。」
「スー姐さんを荒事に関わらせないで済む様、俺達が治安を守って見せる。」
「こんな大金一気に使っちまうなんて、あんたとんでもない男だよ。」
皆、金を受け取った以上は責任を持って依頼を遂行する仕事人なのだ。
全員が自分の仕事に誇りを持った人間独特の良い笑顔で俺達を見送ってくれる。
「お兄ちゃんたち、お薬ありがとうー!」
「お陰様で子供が無事に回復しました!」
「お母さんが元気になりましたー、ありがとうございましたー。」
直接関わらなかった街の人々からも多くの感謝の言葉がかけられる、俺達の行動がこれだけ大勢の人々に影響を与えた事を改めて実感した。
リンダとアベルに関しては昨日までに伝えるべきことは伝えていたので、今日は逆に目立たない様に言葉は交わさなかった。リンダが特別な存在だとバレてはいけないからだ、ハンクは元から必要以上に他人に関わらない性格だし、会釈のみで済ませる。
この街の人たちを救う事が出来た事実は来るべき邪神との戦いに向けても希望、または追い風ともなった。この街程度が救えずに世界なんて救えるはずも無い。
「ドラグーン」候補も見いだせたし、アカツキ様も進化した、この調子で力を付けて行けば、邪神との戦いも悲観したモノではない。今までの過去の邪神を封印してきた歴史もあるのだ、やれる事は確実にやっていこう。
俺達の乗った馬車は出発し、イグニスの街の風景が視界から消えるまで街の住民の歓声はずっと続いていた。
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「姐さん、マサキ兄さん行っちゃいますよ?」
「本当に後悔しないんですか?」
『ヴィルトカッツェ』店内に残っていたスーに心配した皆から声がかかる。
「・・・マサキに合わせる顔が無い・・・。」
スーはテーブルに肘をつき、頭を抱え込んで落ち込んでいる。酔っぱらってマサキに絡みまくったと聞いてはいるが、どんな絡み方をしていたのかまるで覚えていない。
「この間の宴会の席の事ならマサキ兄さん全然気にしてませんって。」
「そうですよ、マサキ兄さんに妹っぽく可愛く絡んでただけですから。」
「・・・・あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
想像しただけで恥ずかしくなる様な事を実際やってのけたと他人から聞く羞恥。
スーは両手で頭を掻きむしって記憶から消そうとするが消えるはずも無い。
「違う、お兄ちゃんとマサキは別だし、マサキはマサキとして特別なの。」
「解ってますって、兄さんもマサキさんとして対応してましたよ。」
「マサキさんにしな垂れかかって抱き着いて頬ずりしてましたから。」
「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。」
皆の前でそんな事をやってしまった事を考えると軽く死ねそうになる。
そんな醜態を晒した後で一体どんな顔して接すれば良いと言うのか?
大勢の見送りの人々の前でマサキに会って何を言えばよいと言うのか?
スーは宴会の次の日からこんな調子が続いていた、今日は更に重症だ。
その姿を見ていたナディアがため息をついた、その直後に意を決したように
「スー姉さん!何愚痴口言ってんですか!追いかけないんですか!?」
ナディアが普段見せない剣幕でスーを怒鳴り上げる。
「・・・ナディア?」
「姉さんが『普通の女として生きる』って言ったから、兄さんはそれを尊重して自分と関わらない様にあえて距離を置いてるんですよ!多分!?」
「!?」
「だって兄さん、あたし達みたいな力の無い人達を救う為に自分から危険に飛び込んでるのに、『普通の女』を巻き込むわけないでしょう!?」
「でも姉さんは違う!『竜の加護』を持ってるんだから!兄さんの隣に立てる力、兄さんに必要とされる力、それを姉さんは持ってるの!!」
「・・・・ナディア・・・。」
「もし、あたしが『竜の加護』を持ってたら、どこまでも兄さんに付いて行く!兄さんの盾にも剣にもなって、兄さんと一緒なら邪神だって怖くない・・・。」
最初は叫んでいたナディアも途中から泣きながら、訴えかける口調になる。
「でも、あたしじゃダメなんだ。あたしは兄さんからしたら「守るべき者」なんだ。でも『竜の加護』を持った姉さんなら『共に戦える者』になれるのに・・・。」
ナディアの訴えは徐々に弱弱しくなっていったが、逆にスーの心に突き刺さった。
ナディアの嗚咽しか聞こえない静寂に支配された部屋の中にデルマの声が飛ぶ。
「スー!アンタにとっての幸せってのは、マサキが居なくても叶うのかい!?」
「!!」
そうだ、もしこの先、マサキが強大な敵と戦ってあと少し力が及ばすに倒れてしまったら、後悔どころじゃ済まない。私が傍にいてマサキの力になれたらそれは防げるし、それでも力が及ばず二人して倒れてもマサキと一緒なら本望だ。
マサキ一人で辿り着けない場所でも、二人なら支えあって辿り着くことも出来よう。
それが出来るのが『竜の加護』、私が与えられた唯一無二の力なんだ。
「・・・みんな、ありがとう目が覚めた。マサキに会ってくる。」
スーはそう言うや、いきなり着ていた服を脱ぎ始めた。それを見たナディアが部屋の隅に置いてあった「氷の女王」の装備一式をスーに傍らに持ってくる。
「姉さん、これが本当の勝負服よね。」
「ああ、ありがとうナディア。ちょっと私の覚悟を示してくる。」
デルマが店の外から声を掛ける、『スー!準備は出来てるよ!』
外には白狼の姿をとったメイがスーの騎乗を待っており、スーはメイの頭を撫で
「すまないが、マサキの元へ一っ走り頼む。」
メイは嬉しそうに尻尾を振って応えると、スーをその背に乗せ立ち上がる。
デルマと仲間に見送られ、スーを乗せたメイは一気に街の出入り口へ向かう。
街の入り口にはマサキを見送った人々がまだ残っておりスーの姿を見るや
「姐さん!やっぱりマサキさんの見送りに来たんだな!」
「馬車はさっき出たばかりだ!今ならまだ間に合いますよ!」
「スーお姉ちゃん!しっかり!」
「あんたやっぱりその恰好が一番似合ってるよ!」
街の人々の様々な声援がスーに投げかけられる。スーは手を上げそれに応えると一気に街の入り口を駆け抜けた。
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メイが街道を疾風の如く駆け抜けると、まもなく一台の馬車が見えて来た。
屋根の上に白い犬が乗っている、あれがマサキの乗った馬車に間違いない。
メイが一声大きく吠えた、それに屋根の上の白狐が反応しこちらを見た。
そして馬車の中にも動きが見て取れた。
「わぁぁぁ、グレートウルフの襲撃!?」
何も知らない御者が一人パニックになりかけた。




