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八百万の神々と千年王国の竜  作者: 涼城 鈴那
氷の女王とドラゴンの山

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兄と妹・4

冷たい水に包まれて泉に沈む感覚に、スーの記憶が蘇って来た。


『ああ、あの時も・・・夜の水の中だった・・・。」

薄れゆく意識の中、敢えて忘れようとしていた忌まわしい記憶が・・・


────────────────────


「嫌!放して!お兄ちゃん助けて!」

「お前ら!妹を放せ!」


街から街へと移動する駅馬車が人気のない荒地に差し掛かった頃、駅馬車はいきなり現れた盗賊の集団に襲われてしまった、スー10歳、兄14歳の出来事だった。

スーの家族4人とほかの乗客3人は金品を奪われたあと、スーと兄のシオンは大人たちと引き離され盗賊たちの用意した荷馬車に無理やり乗せられた。


最初こそ抵抗したものの、その度に兄のシオンが殴られ、スーを庇って更に暴力を振るわれる為、二人は抵抗する意思が無くなった。父と母はどうなったのだろう?

これから自分たちはどうなるのだろう?いくら考えても事態が好転するはずもない為二人は馬車に揺られるまま山奥の古い建物に連れてこられた。


この建物は盗賊共の隠れ家になっているようで、数人の仲間が荷馬車を出迎えた。

「お頭、子供二人連れてきやした、男と女ですぜ。」

「女の子は別嬪さんになりますぜ、娼館に高く売れそうです。」


お頭と呼ばれた中年のがっしりした体格の男は額の右から左の頬にかけて大きな傷のある男で、スーの容姿を見るや目を見開いて改めてスーの背格好を確認する。


「おい!イレーネ!ちょっとこの娘を見てくれ!」

イレーネと呼ばれた30代前半の少しキツイ印象だが美女と呼べる女が寄ってきた。


「・・・この子、10歳位で黒髪の別嬪さん、依頼主の要求バッチリね。」

「そうだろう?おい予定変更だ。コイツは別格だ。お前ら手ぇ出すな!」

手下からあからさまな不服の声が上がる、なんで特別扱いするんだ?と。


「うるせぇ!今からしっかり躾けりゃ金貨5000枚は固い、手ぇ出すな!」

「スーをどうする気だ!放せよ!」

シオンがスーの身を案じ勇気を振り絞り盗賊の頭に食って掛かる。


「お兄ちゃん!ダメ!また殴られちゃうよ!」

「ん?お前ら兄妹か?・・・心配すんな悪いようにはしねぇ。」

頭はシオンにそう言うが、盗賊の言う事など信じられるはずもない。


「捕まってる時点で最悪だ!俺はどうなってもいいから妹は放せ!」

「ほう、なかなかいい度胸だ。おいイレーネ!」

再びイレーネが呼ばれ、頭は彼女に耳打ちする、2度頷くイレーネ。


「坊や、妹には傷一つ付けないと約束するから坊やはウチで働きなさい。」


イレーネから一つの提案が出された、シオンが言う事を聞いて働けば妹の安全は保障するし相応の報酬も払ってやる。ただ、逆らったり逃げようとしたら妹は娼館に売り飛ばす、と。


つまり兄と妹それぞれをお互いの人質として逃げられないようするという事だ。

それから二人は別々に扱われることになる。


シオンは盗賊の雑用の仕事を与えられ、妹の為にと仕事をこなす毎日が続く。

スーは何故か「読み書き」や「立ち居振る舞い」を学ばされ、元々整った容姿を更に整えるように毎日湯あみをし病気にならないよう細心の注意を払われており、とても虜囚の扱いなどと言える待遇ではなかった。


二人は定期的に会う事が許されお互いの近況を知らせあっていたが、スーの扱いが思いの外良い事にシオンは安堵した。とりあえず自分が奴らの言う通りに働いていればスーが不当な扱いを受ける事はないと言う事実に一縷の望みを繋いでいた。


そしてスーはある時から「立ち居振る舞い」に加え、剣技を学ばされる事になった。

巷に良く出回っている「剣」ではなく、細身の珍しい「刀」と言われる剣を振るう為の練習であり、これで兄の待遇が悪くならないのならば、と練習に明け暮れた。


攫われて3年が過ぎたころ、スーは兄の表情が暗くなっているのに気付いた。

シオンは「心配しなくて良い」とスーを安心させるように振舞っていたが、実はこの頃から仕事振りを認められたシオンは盗賊の手伝いをさせられていたのだった。


シオンはその自責の念からどうしても表情が険しく暗いものになってしまうのをスーに気付かれまいとしていたのだが、スーにはその違いを見抜かれてしまっていた。



そして攫われて5年の月日が流れたある日の事。

スーは普段は着ないきれいな服装に着替えさせられ、頭とイレーネの二人と共に隠れ家の応接室で見慣れぬ人物に面会させられていた。

その人物は穏やかな好々爺といった風貌の年配の男だったがスーを見るなり。


「ほう、これは予想よりも麗しいお嬢さんですね。」

「そうでしょうとも、手塩にかけて教育しておりますから。」

「それだけではございません、スー、剣技をお見せしなさい。」

頭もイレーネも男の上々の反応に気を良くして、スーに剣技を見せるよう促す。


スーは「刀」を模した木剣を手に長年学ばされた剣技を披露する。

腕の力で振り回すのではなく、刀の切っ先で大きく円を描くように正確に対象に垂直に当たるよう振る、腕の力はあまり必要ない点で「刀」はスーにとって使い易い武器だった。成長期にこの武器を使うコツを掴んだスーは既に達人の域に達していた。


「ほう、あの扱い辛い剣をここまで使えようとは本当に素晴らしい。」

「この娘、呑み込みが早いのか剣の腕は既に師匠を超えております。」

「あの「刀」に関しては国内一の使い手と言っても過言ではありません。」

頭とイレーネの言葉にいちいち頷いていた男はにこやかに頷いた。


「では来月、こちらに立ち寄った際に連れていきます。」

約束の金額よりも多めに支払いますのでそれまでに準備をして下さい。

そう言って男は立ち上がり応接間のドアから立ち去って行った。


────────────────────


それから10日程たったある夜の事。


スーが毎日の日課の夜の湯あみでイレーネから体を洗われていた時、突然湯屋のドアが開き一人の男が飛び込んできた。

「きゃぁ!」


突然の闖入者に全裸のスーは悲鳴を上げ体を隠し、半裸のイレーネはそれには全く構わず闖入者に対峙する。


「お前!シオン!?何やってんだい!?」

「え!?お兄ちゃん!?」

シオンは答えずイレーネを縛り上げ猿轡を噛まして動けないのを確認すると、スーの手を引いて表に飛び出した、自分が全裸なのに気付いたスーは


「お兄ちゃん!ちょっと、私、裸!」

シオンはマントをスーに掛け靴を履かせたのみで隠れ家を飛び出し、そのまま山の麓へ続く道を二人で駆け出す。警備が一番手薄になるのがスーが湯あみをする時だと判断したシオンはこの時を狙ってスーを連れ出すことに成功した。


麓の入り口には盗賊の見張りが居り、このまま行けば見つかってしまう。

シオンは途中の川にかかる橋まで来ると湯屋から奪ってきた服をスーに着せ、背中に背負っていたバッグをスーに背負わせ、油紙で厳重に巻かれた長物をバッグに縛り付けた。


「この川を下った先の街の宿屋に行け!話はつけてある!俺には構うな!」

シオンはそう言って、眼下の川へとスーを突き飛ばした。


「お兄ちゃん!?」

落下しながらスーは叫ぶ、お兄ちゃん!なんで一緒に来てくれないの!?

川に流されながらスーが橋の上の兄を見ると、兄はこちらを背中越しに振り返り笑顔を見せると、麓の方へと走っていった。

『おにいちゃん!置いて行かないで!』


スーが兄の姿を見たのはそれが最後となった。


────────────────────


スーが川に流され半分溺れかけながらも、なんとか下流の街に流れ着き、兄の言いつけ通りに宿屋を尋ねると、宿屋の老婆に優しく迎えられ


「お兄さんから話は聞いてるよ、しばらくここで隠れておいで。」

そう言われ、その言葉に甘えて数日隠れて過ごし追手が来ない事を確かめた後に、宿屋の老婆から兄からの手紙を渡され、その内容を読んだ。


『スーがこの手紙を読んでいる事には自分はこの世に居ないだろう、俺は盗賊の手伝いをする事で多くの人に迷惑をかけた、その罪を償う為にもお前と一緒に行くことは出来ない。お前は俺の分まで生きてくれ、いつかお前を守ってくれる奴が現れたらそいつと一緒になって幸せになる事を願っている。』


兄は妹を守る為に盗賊の手先となって他人を傷つけた事を悔やんで、盗賊たちと刺し違えるつもりであの山へ残ったのだろう。


おそらく父も母ももうこの世にいないだろう、その上たった一人残った肉親である優しい兄まで居なくなってしまった。兄が死んで一人残されるならいっそ一緒に死んでしまった方がマシだとさえ思う。

でも、今更後を追ったとしても兄と同じ場所へは行けない気がして、自死を選ぶ勇気が出ない


『お兄ちゃん、どうして一緒に来てくれなかったの?』


あの山での兄の最期の笑顔だけは、昨日の出来事の様に今でも心に残っている。




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