闇の中
神である白狐の威光が届かぬ山の闇の中、マサキ達3人と白狐は数多くの魔物達に行く手を遮られ遅々として進まぬ行程に苛立ちすら感じていた。
『全く次から次へと限が無い。』
これはドラゴンの試練なのか、それとも魔物達は神をただの白い犬とでも認識しているのか、白いその姿を見ると普通に襲い掛かってくる。
1~2匹が襲ってくる分にはアレックスもスーも特に問題なく捌くことが出来るが、これが一度に複数体に襲ってこられては戦闘力皆無のマサキが居る分白狐の負担が激増しどこまで無傷で守り切る事が出来るのか。
麓からかなりの距離を登って来たはずだが、肝心のリンダの姿は一向に見つからない。これまで襲ってきた魔物の数を考えるとこの道では無い可能性もあるが、考えたくないもう一つの可能性が浮かんでくるのを必死に気付かない振りをする。
そうこうする内に中腹までの登山道がそろそろ終わりを迎えようとしていた。
登山道の終わりは広い泉の畔で終わっていた。
『この水は飲んでも問題ないようじゃ。』
白狐に促され一旦泉の水で喉を潤し、つかの間の休息を取る。
「・・・リンダの姿が一向に見つからない。どこかで道を逸れたのか?」
「登り口は早いうちに魔物の気配があった、気付いて他の道に進んだのかも。」
「まさかとは思うがもう既に・・・。」
「いや、それは無さそうだ。」
マサキの言葉にアレックスとスーはマサキを見る。
『スーの顔、怖っ!』
白狐がここまでに人間の血の匂いは無かったのを確認している事を二人に告げるとスーは大きく息を吐き、とりあえずの安堵はしたようだ。
「それなら別の道を探すか?」
「別の道と言っても何処を探す?」
「考えられるのは街から真っ直ぐ進んだグレートウルフの縄張りの方か。」
此処から登山口まで戻ってそちらへ回り込む時間の無駄は是非とも避けたい。
「ここからグレートウルフの縄張りまで向かうルートはない。」
しかし時間が惜しい、道なき道を進んでいくしか無いのかもしれない。
『マサキ!注意しろ!』
白狐に警告されマサキ達は周囲を見渡す、いつの間にか泉の周りの木々の陰の中に爛々と光る野獣の目が集まっている事に気付く。グレートウルフではない、中型のネコ科の動物の様だ。
「結構多いぞ!10匹以上いるか!?」
「ここは狭いな、そっちの広い場所で迎え討て!」
狭い泉の傍から剣を十分振れるだけの広さのある場所へと慎重に移動する。
野獣はうなり声をあげるでも威嚇するでもなく、自然体で此方へ歩み寄ってくる。
「?なんか変だな、こいつ等。」
「唸るでもなく、襲ってくる気がないのか?」
まるで飼い主から餌を貰おうとするかのように、敵対心も無く普通に歩み寄ってくる野獣の挙動に不信を抱くアレックスとスー、木々の闇の中から現れるのは20体か。
闇の中から姿を現したその野獣はヘルオセロット、集団での狩りを得意とする。
ヘルオセロットはアレックス達から5m程に近づくと声もなく飛び掛かって来た。
「来たぞ!」
アレックスの剣が最初のヘルオセロットを切り裂く、そのまま痙攣して動かなくなる野獣。野獣は無言でスーにも襲い掛かるがその剣で喉元を斬られて絶命する。
いつの間にか周りを無言の野獣に囲まれ、音もなく襲ってくる野獣の群れを因幡の白兎の様にその頭を踏みつけ飛び移りながら、足場にした野獣を蹴り飛ばす白狐。
蹴り飛ばされた野獣は木の幹に激突し、動かなくなり徐々にその数を減らしていく。
しかし、闇の中から無言で襲ってくるだけに対応が遅れ後手に回ってしまう。
「これで最後か!」
アレックスが叫び最後の野獣を切り伏せ、ヘルオセロットの群れは沈黙する。
「何か変だったな、こいつ等。」
スーがそう呟いた時、闇の中から倒れたヘルオセロットの群れに魔法が飛ぶ。
「!?」
魔法を受けた野獣の体は傷が治癒しその体力も回復したのか、無言で立ち上がる。
「復活した!?」
「おい!虎獣人の時と同じじゃないか!?」
王国のキマイラ同様にまた奴らに操られているのか!?
回復した野獣たちはその目を光らせて、再び無言で襲い掛かって来た。
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リンダが朦朧とした意識の中で自分も兄と同じ病気に罹ったのだと気が付いた。
『頭が痛い、体がだるい・・・。』
考えるのも辛くなったリンダはなるべく楽になる様に、何も考えず頭痛が治まるのを待とうとする、けれども余計に体が熱く重くなるばかりで一向に治まりそうにない。
眩暈がして気分も悪くなり何も考えられなくなったリンダは、漠然とここで死んでしまうのかな、と思った。
死ぬってどんな感じなんだろう?痛いのかな?辛いのかな?・・・・私、なんでこんな処にいるんだっけ?・・・何か、大事な事が・・・あったような・・・・?
ここで倒れてるのがこんなに辛いなら楽になるのもいいのかな、と考えたその時、自分の頭を撫でる掌の暖かさを感じた気がした。
『・・・・・この手は・・・誰の手だろう。』
まともに働かない頭の中で、どこか優しいその手の記憶を思い出そうとする。
『・・・・ああ、これはあの時の・・・手だ。』
盗賊に襲われ母親に逃げるように言われ、兄と二人で励ましあいながら暗い山の中で一夜を過ごした時、あの時も暗闇の中で優しく温かい掌が撫でてくれたっけ・・・。
『・・・お兄ちゃん?』
・・・そうだ、ここで寝てる暇はないんだ。お薬を持って帰らなきゃお兄ちゃんも居なくなっちゃう。その事実に自分の目的を思い出したリンダは何とか体を起こそうと必死にもがく。
しかし、腕に力が入らない、呼吸も胸が焼けるように熱い、苦しい。
立ち上がろうとしても適わず、辛うじて寝返りを打つ事しか出来ない動こうとしない体が自分のモノではなくなった様で悲しくなった。
どうにか身体の向きを変えた時、目の前の闇の中に浮かぶ何か赤い物が見えた。
『・・・・何だろう?』
思わず手を伸ばす、常より遥かに重く感じる腕を必死に伸ばし赤い物を掴んだ。
それは赤い果実だった。その瑞々しい果実に喉の灼けるような渇きを思い出し思わずそれに齧り付く。
何とも言えない甘い果汁が口の中を満たして灼けるような喉を潤すと、随分と楽になった様な気がした。
・・・いや気の所為じゃない、先程より体が回復していくのが実感できる。
リンダはこの不思議な果実を平らげてその場に立ち上がろうと試みる、立てた。
身体が軽い、頭もしっかりとしてる、街を出る時よりも元気になっている。
リンダはこの実がなっていた場所に手を合わせて、体が回復したことに感謝を捧げているとそこにはまだ赤い実が3つ残っているのに気付いた、
『そうだ、これをお水の代わりに持っていこう。』
リンダは果実を肩から下げたカバンに大事に入れて、再び山の頂上へ歩き出した。
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リンダが再び歩き出してしばらくした後、どこからともなく異臭が漂ってきた。
『なんか変な匂い・・・。』
リンダが立ち止まってその匂いの出所がどこなのか確認しようとすると、どこか一方方向から漂うモノではない事に気づく、その匂いは周囲から発生していた。
『あ!』
リンダはその場に固まった、周りの闇の中に幾つもの光点がある事に気づいたのだ。
それは二つが一組となり、前後左右、周囲を囲むようにゆっくりと近づいてくる。
星明りの下、闇の中からその姿を現わしたのはグレートウルフの群れだった。




