小さな奇跡
翌朝もアラームで夜明け前に起きた。
昨日と同じく川で顔を洗い身支度を整える、冷たい水が心地よい。こちらの世界に来てバタバタしていて考える余裕が無かったが、この世界の今の季節は「春」なのだろうか?夜寝ていて寒いと感じないし、昼間働いてる最中も少し汗ばむ程度で過ごしやすいように思う。
風土や気候も元の世界の西欧州と同じように夏は涼しく冬は暖かいようならありがたい。日本のように夏は酷暑で冬は厳寒とかならどっちかの季節で確実に死んでしまいそうだ。
そんなとりとめのない事を考えていたのだが、今日はハンナさんが起きてくるのが遅いように感じる、というか確実に昨日よりは遅い。
何か支度が間に合わないとかなら手伝った方が良いかもしれない。そう思い母子の住む家のドアをノックした。
「ハンナさん、起きてますか?」
少し待っても返事が無い、見た目通りの小さな家だ起きているなら確実に声は聞こえるはずだし何らかのリアクションがあってしかるべきなのだが・・・。
思い切ってドアの取っ手に手をかけドアを開ける、『ハンナさん?カチュア?』声をかけるも返事は無い、かすかにカチュアの寝息のような音が聞こえる。
それとは別の苦しむような呻きが聞こえた。
『ハンナさん!?』
ベッドに駆け寄ると、そこには熟睡するカチュアの横で苦しそうにうなされるハンナさんの姿があった。
俺はハンナさんの具合を確認したが、高熱でうなされてるとしか解らず水で濡らした布で汗を拭いたり水を飲ませる位しか出来ず、これ以上は村の人たちの力を借りるしかないと判断し、村長の家まで走った。
全力で走って村長宅までたどり着き、呼吸を乱しながら村長に事の次第を説明すると
『そうか・・・ハンナさんはまた体調を崩したか・・・。』と、村長。
なんでもハンナさんはご主人を亡くして女手一つで貧しいながらも懸命に子供を育てており、無理が祟って体調を崩すと言う事を何度も繰り返しているのだそうだ。
「ゆっくり休んで栄養のあるものを摂れれば良いのだが・・・。」
今日は作業は休んでハンナさんの所に居てあげなさい、と村長は勧めてくれたが
「女性の看病は俺では無理です、どなたかハンナさんの看病をして頂けないでしょうか?俺がその方の分も二人分働きますから!」
「・・・・・」
確かに若い男手が有ったほうが作業は捗る、村長は彼の奥さんにハンナさんの看病に行くようにと指示してくれた。
これで俺は俺が出来る事をするだけだ、昨日と同じ黒パンと野菜スープの朝食を摂ると早速作業に取り掛かった。荷運びの作業は俺がペースを上げた事で人員に余裕が出来た分、小麦の刈り取りと藁を束ねる作業の方に回ってもらい運搬は俺一人でこなす事になった。作業は昨日よりも効率が良くなって早く進み早めの昼食となった。
「今日もあなたのお陰で助かったわ、お昼はしっかり食べてね。」
「あんた張り切るのは良いが無茶をしてはならんぞ?」
「あんたみたいに真面目に作業してくれる奴なんて初めてだ。」
この村では人手が足りない時に何度か町の人間を雇って作業してもらっていたそうだが、決して高い賃金というわけではないので隙あらば手を抜こうとする者ばかりだったらしい。
日本人の俺からしてみれば与えられた仕事を確実にこなすのは極々当たり前のことだし、今回は村長の奥さんにハンナさんの看病をして貰っている手前、二人分働かなくてはいけない。
他人から見て二人分働いていると認められるためには確実に二人分以上働かなくてはならないだろう。だからその分、働く。
昼食も終わり午後の作業に入った、俺が荷運びに張り切る分藁を束ねる作業が間に合わなくなりつつあった。これは俺が急いでいるせいだ、それなら束ねる作業も手伝おう。束ねるコツを教えて貰いながら皆と一緒に藁束を作りつつ、ある程度量が貯まればそれを運ぶ作業に集中する。
結果、昨日より早く今日の作業が終わった。
「今日は本当に助かったよ。これは少ないが受け取ってくれ。」
村長からそう感謝されて銀貨6枚が手渡された。
「あ、いえ、6枚は受け取れません、昨日と同じ3枚で結構です。」
「!?いや、しかし確実にあんたは二人分以上働いて呉れとるぞ?」
「それはハンナさんの看病をして貰ってる分、当然の事です。」
俺は銀貨3枚を村長に返すと、挨拶をしてハンナさんとカチュアの待つ家に戻った。
帰宅した俺を見て村長の奥さんがハンナさんの具合を説明してくれた。
「今は落ち着いてるよ、過労だね。あとでヤギの乳でも持ってくるから・・・。」
奥さんは一旦家に戻る事になったのでお礼を言って心配そうにハンナさんの傍にいるカチュアに声をかけた。
「ゆっくり休んでいれば心配ないそうだからきっと大丈夫だよ。」
「ママ、よく寝込む事があるの、今はそんなに苦しそうじゃないみたい・・・。」
大丈夫、と言いつつ不安そうにするカチュアを一人にするのは心苦しかったがハンナさんの分も俺が動かなくちゃならないのも事実だ。今日も焚き木と魚を獲りに行って、戻ってきたら畑の世話もして、夕食を作る事は最低限しなくちゃならない。
「なるべく早く帰ってくるからね。」カチュアにそう言い山へと急いだ。
焚き木を拾ってロープで纏めると魚を獲りに渓流に降りた。今日は不思議と魚も一度で欲しい数が獲れた、思ったより早く帰れそうだ。荷物を纏めて帰ろうとした時、ふと山際の石像が目に入った。挨拶をして帰ろうと像の前に座って手を合わせた。
『ハンナさんの具合が良くなりますように。』ついでに祈った。
その時、俺と石像の間の地面に小さな影が奔り、俺の肩に何か当たった感触がした。
『なんだ?』上を見上げると一羽の鳥が上空を飛んでいくのが見える、あの鳥が何かを落としていったようだ。
足元に目をやるとさっきまでは確かに無かった綺麗な紅い石が落ちていた。
「なんだろう?綺麗な石だな。」
それは親指の先ほどの大きさの透き通った石で中心が濃い不思議な赤色をしている。
まさか、この石像の神様が呉れたのかと思いつつ、いやそんなはずはと否定も出来ず取り敢えず手を合わせてお礼を言ってその場を後にした。
家に着くとほぼ同時にヤギの乳を届けに村長夫妻が訪ねてきた。村長にヤギの乳のお礼を言ってそのついでに拾った石を見てもらう。
「これは・・・魔石じゃな。」
「魔石?」
魔石とは魔物や動植物の体内に出来るモノで、魔力や瘴気の凝縮されたものだとされているそうだ。魔物が死んだ後に残される事もあって地面に落ちている事も良くあるらしい。
「この大きさなら雑貨屋で銀貨8枚で買い取るじゃろう。」
雑貨屋?銀貨8枚?そうか雑貨屋で何か栄養のあるものが売ってるかもしれない。村長に礼を言って雑貨屋へ行って来ますと言うと
「雑貨屋へ行くなら儂も一緒にいこう。強欲婆ぁの店だしな。」
『強欲婆ぁ?』
村長と一緒に「強欲婆ぁ」の雑貨屋へ行く事となった。
雑貨屋は普通の民家の一部に品物を並べた小さなものだった。
俺は店のカウンターに座った小柄な「強欲婆ぁ」に魔石を取り出して見せた。
婆ぁは魔石を指でつまんで調べていたが面白くもなさそうに
「・・・銀貨7枚ってところだね。」
「おい、婆さん!前は8枚で買い取ってただろうが?」
村長が抗議するも婆ぁは平然と
「先週街に仕入れに行ったばかりだからねぇ、嫌なら他を当たりな。」
街まで売りに行けば金貨1枚にはなるだろうさ、と婆ぁは言う。
街までは大人の脚で2~3時間かかる距離らしい。が、今は一刻を争う時だ。
「いえ、それで結構です、時間を買うと思えば安いものです。」
「!」
「・・・『時間を買う』かい面白い考えをする奴だねぇ。」
『そうか、あんたがハンナの所に居付いてるって奴かい。』と言いながら値踏みする様に俺を見た後、カウンターの引き出しから取り出した硬貨を数える婆ぁ。
「ほらよ、銀貨7枚だ。受け取んな。」
「あ、ありがとうございます。」
俺は銀貨を受け取りそれを数える、1・2・3・4・5・6・7・8枚?あれ1枚多い?
もう一度数えてもやはり1枚多い。
「あ、1枚多いですよ。7枚確かに受け取りました。」
余分な銀貨1枚をカウンターに置いた。
「!!!」
「!?」
村長と婆ぁは目を大きく見開いてお互いを見合わせたようだが、婆ぁは
「あぁ、そうかい。年の所為か間違えちまったようだね。」
銀貨を1枚引っ込めた、俺はそれに構わず店の品揃えを確認する。
食料は保存の効くものが中心でチーズや干し肉、黒パンに果物、ドライフルーツなんてモノもある。
あ、瓶入りのハチミツがある、これはいい。値段は表示されていないので金額を訊ねると
「チーズと干し肉は銀2枚、ハチミツは銀3枚だよ。」
やはりこちらでは甘いものは貴重のようだ、しかし過労には糖分は必要不可欠だ。
俺はチーズと干し肉とハチミツを今貰った銀貨7枚で買う事にした。
そして俺は、昨日と今日とで稼いだ銀貨6枚を取り出しカウンターに置き
「あと、これでハチミツ2個追加して下さい。」
「おい、あんた!それはあんたが働いて手に入れた全財産じゃろう!?」
「!!」
村長の言葉に婆ぁは目を見開いた。
「金が無いから働かせてくれって言って、この二日頑張った結果の金じゃぞ!?
「お金って必要なモノを買う為に使うものですが、今必要なのはこれです。」
俺の言葉に村長が『確かにそうだが、いやしかし・・・。』と言いすがったその時
「ああ、間違えてたよ。ハチミツは銀2枚だった。追加は銀貨3枚だよ。」
「ああ、でしたら残り銀貨3枚で買える食料品を下さい。」
『あんた、どうしても知り合ったばかりの母子の為に全財産使うっていうのか?』と村長に呆れたような口調で言われるが、持ってるだけなら銀貨6枚の価値しかないが、使う事で母子二人の生活の向上と、無限大の価値になる。
俺は婆さんから品物を受け取ると礼を言って雑貨屋を後にした、栄養のある食料を手に入れた満足感の分、足取りも軽く感じる。
────── 雑貨屋 店内 ──────
雑貨屋には店主の婆さんと村長が残っていた。
「・・・強欲婆ぁが一体どういう風の吹き回しだ?」
流石に婆ぁがかなりおまけをしたことに気づいての質問だ。
「・・・強欲婆ぁは余計だろう?全く一体あの男はどんな奴なんだい?」
どんな奴かと聞かれて村長は言葉に詰まる。最初は胡散臭い訳ありの流れ者だと思って警戒もしていたが、働くときも馬鹿正直にサボりもせずに真面目にやりきるし、礼儀もしっかりしていてなにかあれば『ありがとうございます』と口にする。
今日も二人分働くと言ってその通りに動いて、作業後は母子の為に雑用もこなして稼いだ金も惜しみなく使う。
普通では考えられない行動ばかりだ、一体何者?強いて言えば世間知らずの何処かの貴族の次男坊とかそんなところなのかもしれない。
「・・・よく解らん人だ。だが悪い人じゃないのは確かだ。」
「村の連中からは『強欲婆ぁ』だの『守銭奴』だの言われ慣れてるけど、客にありが
とうなんて言われたのは初めてだよ。変な奴だよ全く。」
強欲婆ぁはしみじみと言った。
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家に戻るとすぐに調理に取り掛かった。隣ではカチュアが興味津々と言った風にのぞき込んでいる。調理と言っても作るのは飲料だ、所謂「スポーツドリンク」と言われる物だ。
水にハチミツ、レモン汁と少々の塩を加えれば、それ風の物が作れるはずだ。レシピは知らないが飲み慣れた物より甘めに作れば栄養補給には問題ないだろう。
カチュアとハンナさんの分を作って飲んでもらった、ハンナさんは多少苦しそうだったが体を起こして自分で飲む事が出来た。
「うわぁ、甘くておいしい。」
カチュアは大喜び。ハンナさんにもゆっくりと甘さを味わうように飲んで貰えた。
幾分楽にはなったようだが、まだ無理はいけない。その後雑貨屋で仕入れた黒パン、チーズと村長さんの差し入れのヤギの乳を使って「パン粥」を作って母子の夕食とした。
夕食後、物置小屋に戻ろうとするとカチュアが寂しがったため、彼女が寝るまで一緒に居る事にした。
「じゃあ、寝るまでにお話しをしてあげよう。」
「えー、どんなお話し?」
もともと娯楽の少ない村だけにカチュアが嬉しそうに目を輝かせた。
「えーと、じゃあ『桃太郎』ってお話しだよ」
「モモタロー?」
「むかーし昔、ある処にお母さんと女の子が住んでいました。」
「えー、カチュアのおうちみたい。」
話の流れはそのままに固有名詞をこちらの世界にローカライズして話を作っていった。犬は居るだろうけどサル、雉が解らないのでを各々「狼」「戦士」「ドラゴン」と云う風に言い換えて話してみたが、桃太郎側の戦力が強くなり過ぎたので思いの外大冒険になった。悪魔の軍団相手に狼と戦士が大暴れし敗走させ、大魔王の城にドラゴンで強襲して真の魔王を撃ち滅ぼすという壮大な物語となってしまった。
カチュアには大ウケでもう一つお話が聞きたいというので「かぐや姫」もローカライズしてお話しした。こちらは絶世の美女のお姫様である「カグヤヒメ」が世界中の王様から求婚され、「カグヤヒメ」を巡る全面戦争に発展してしまい、それを悲しんだ「カクヤヒメ」が宇宙戦艦で月に帰る結末を迎える事になった。
カチュアは大満足してくれたようでそのままぐっすりと眠りについた、それを確かめた俺は物置小屋に戻って日課のスマホの充電作業をしながら紅い月を見つつ
『ハンナさん、早く良くなると良いな。』
と考え、明日の準備をしてから眠りについた。