目撃者
翌朝、『ヴィルトカッツェ』の店舗の裏庭で今日の花壇の手入れをすべくナディアが裏の扉を開けた際に信じられない光景が目に飛び込んできた。
昨日までは確かにあったはずのビャクゴウの葉っぱが無くなっていたのである。
というか、花壇の土は荒らされ掘り起こされて植えた球根自体が消失していた。
「みんな!大変!球根が無くなってる!」
ナディアの叫びに店内に居た面々が慌てて裏庭に集まると、其処には無罪に荒らされた無情な花壇の光景が広がっていた。
「一体誰がこんなことを!?」
「この裏庭、壁に囲まれて外からは見えないはずなのに!」
「あ!昨日来たガイルのクソ野郎!あいつだ!あいつしか考えられない!」
「でも証拠がないよ!?なんかそれらしい痕跡残ってない!?」
公安官に訴えようにも証拠がなければ相手にされない、それどころか今となっては盗られた事さえ証明しようがない事に気づく面々、目の前が絶望に包まれる。
「どうしよう、マサキ兄さんの預かり物なのに・・・。」
「マサキ兄さんに迷惑かける事になるなんて・・・。」
もうすぐ店に来るデルマにも顔向け出来ないと彼女らはその場に崩れ落ちた。
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「・・・そういう事だったんだね・・・・。」
裏庭の惨状に流石のデルマもそう口にするのがやっとだった。
「マサキは笑って許してくれそうだけど、迷惑かけた事実は変わらないね。」
『ヴィルトカッツェ』の店内では朝食が準備されていたが、誰もそれに手を付けようとする者は居なかった。昨日まではこれで大勢の命が救われると希望に満ちた未来が光り輝いていたのに、希望が大きかった分反対に絶望がはどこまでも深くなった。
そんな雰囲気を全く無視して店先で下品な大声が鳴り響く
「おい!デルマ居るんだろう!話があんだよ、出て来いよ!」
まるでデルマが店に来るのを見計らっていたかのように、現れた犯人の最有力。
デルマと面々が表に出るとそこには相変わらず下品な巨漢が取り巻きを従え周囲を威圧していた。昨日以上に下品な笑みを張り付けデルマを上から下まで眺め付ける。
「なぁ、もういい加減俺の女になれよ、不自由な暮らしは絶対させねぇからよ?」
「今、取り込み中でね、それ処じゃないんだよ。帰っておくれ。」
「ほう、取り込み中って金の卵でも失くしたのかい?」
意味ありげにいやらしい目でこちらの様子を伺う様なセリフに血の気の多い娘が
「やっぱりお前が盗ったんだろう!?返せよ泥棒野郎!」
「返せだぁ?人聞きの悪い、俺が何したってんだよ、一体?」
「とぼけるなよ!昨日の今日でお前しかいないだろうが!?」
んー?何の事かなぁ?と揶揄するガイルと下品に笑う取り巻き達。
「デルマよぅ、そろそろ資金繰りが怪しいんじゃねぇのかい?」
ガイルのその言葉に顔色が変わるデルマ、確かに今月の資金繰りは厳しい。
「また山に球根摂りに行ってくれよ、ただし今回は一つに着き金貨3枚だ。」
「おい!ふざけんな!今まで金貨5枚だったろうが!なに値下げしてんだよ!」
「俺は別に急いでねぇんだ、お前が困ってるだろうから親切心で言ってんだ。」
『ヴィルトカッツェ』の面々が抗議しても全く聞く耳を持たないガイル。
のらりくらりと受け答えをしてデルマが陥落するのを待つつもりか。
なんて汚いやつなんだ、皆、腸が煮えくり返る思いをしていたその時。
「あー、鳥の知らせで来てみれば、なんか揉めてるなぁ。」
その場に似つかわしくない呑気な声の主、マサキが白狐と一緒に現れた。
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「マサキ兄さん!いい所に!」
「鳥」の知らせで来たって聞こえたけど、普通「虫」でしょ?と安堵したナディアが心の中でマサキに突っ込む。
「マサキごめんよ、アンタの球根が盗まれちまった。」
『鳥』?今、確かに『鳥』って言ったよね?聞き違いじゃないよね?とデルマ。
「兄さん!そこ鳥じゃなくて虫です!普通!」
全くマサキ兄さん、一般常識に疎いんだから・・・そこが良い所でもあるんだけど!
「なんだ手前ぇは!?関係ない奴ぁ引っ込んでろ!」
ガイルが取り巻き共々マサキを派手に威嚇する、が肝心のマサキはどこ吹く風だ。
ガラの悪さにかけてはこの街一番の取り巻き達の威嚇にも全く動じない姿に、不信感を抱いた取り巻きその①は、マサキという名と白い犬に以前の記憶が蘇る。
もしかして・・・これは・・・ギルドマスターが言ってた・・・奴?
「あ・・あんた、いや、兄さんはまさか『ビーストマスター』のマサキさん?」
取り巻き①の反応に残りの取り巻きもギルドマスターの言葉を思い出す。
『いいか!「ビーストマスター」を名乗る者がいたら絶対逆らうな!
奴は「アンタッチャブル」だ絶対に機嫌を損ねるな!絶対だぞ!』
王国の記念式典で王国騎士団500人と魔導士達が全く相手にならない勢いで暴れまわった魔人をたった一人で子供扱いどころか、赤子の手を捻る程度に制した男。
その現場を目撃したギルドマスターの髪の毛が一夜で白髪になった元凶。
それ程の恐怖をまき散らした「ビーストマスター」が眼前に!?
「ガイル様ヤバイです。この人を敵に回すのは国家を敵に回す位ヤバイです!」
「すいませんガイル様、この人がアンタを殺せって言ったら迷わず殺します。」
取り巻きの顔色が蒼くなったり赤くなったりするのを『ヴィルトカッツェ』の面々は何が起こったか解らず混乱してマサキを見るが、・・・いつものマサキだ、うん。
取り巻き達のあまりの掌の返し様にその噂が嘘ではない事を悟ったガイルだが
「いや、アンタがどこの誰でも証拠も無いのに犯人扱いは酷くないですかい?」
ガイルがやったと言う証拠と目撃者が居なくては罪を問う事は出来ないはずだ、ガイルは冷や汗を流しながらその一点を命綱に何とかマサキの追求から逃れようとする。
「まぁそうだな、目撃者がいなきゃ罪には問えないな。」
あっさり認めるマサキに『ヴィルトカッツェ』の面々は面食らう。
「兄さん、そんなあっさり認めちゃダメですって!」
「そうです!ちょっと痛めつければすぐ口を割ります!割らせます!」
「目撃者が大事なら、コイツを人目の無い所で始末しましょう!うんそれが良い!」
マサキの呑気な言葉に安堵したガイルは少し調子を取り戻す。
「そうだよなぁ、あんた話が分かる奴だと思ってたぜ、へへ。」
「うん、ただあの球根、俺が彼女らに委託してたものだから困ってるんだ。」
『げぇ!?』
『だったら球根に名前書いとけよ!!」
アンタッチャブルの持ち物に手を出すなど自ら処刑台に上ってしまった事に気づいた取り巻き達はその場に膝から崩れ落ちた。それでもガイルは諦めず
『いや目撃者がいないのは間違いない。なんとかそれで押し通せれば・・・。』
取り巻き達と一緒に崩れ落ちそうになる両足と心を奮い立たせようとするガイル。
「うん、だから目撃者に聞くよ、今から。」
と上空を見るマサキ、それに釣られてガイルも空を見るが鳥が飛んでるだけだ。
その時マサキの傍らの白狐が一声吠えた、本当に軽く吠えただけだった。
が、反応は直ぐに現れ鳥の囀りが聞こえたかと思えば、カラスの騒ぐ声が加わり鶏の声も鳴り響き、飼い犬のモノと思しき遠吠えも響き始めた。
「な、なんだぁ!?この騒ぎは一体!?」
「ガ、ガイル様!あ、あれを!」
みるみる内に周囲の家々の屋根には大小さまざまな鳥たちで溢れ黒く染まり、通りのあちこちの路地からは犬や猫が『ヴィルトカッツェ』へ馳せ参じて来た。
周りを上空に鳥たち、周囲の通りに敵愾心剝き出しの犬と猫とヤギに囲まれたガイル一行はその現実離れした光景にただただ恐怖した。
「さぁ球根を盗んだのはどこのどいつだ?」マサキが誰にとはなく問いかける。
すると数羽の鳥が取り巻き二人の肩に乗り、思わず払いのけようとする
「おい!鳥に手を出すなよ!」とマサキに強い口調で言われ硬直する。
他の鳥たちも一斉に取り巻きに群がり始め、現場は鳥葬の様相を呈してくる。
「ひぃぃぃぃぃぃ!」
「すいません!俺達はガイルの糞野郎に言われてやっただけなんです!」
「俺達が好き好んでやったんじゃありません!許して下さいマスター!」
「なら今すぐここに俺の球根持ってこい。」
はい!と抜けかけた腰をなんとか奮い立たせて震える足を縺れさせながら、取り巻き達は鳥たちを引き連れたまま何処かへ駆け出していく。
しばらくして鳥達に追い立てられるように戻って来た取り巻きの手の籠には約100個のビャクゴウの球根が入ていた。
「うん、戻ってきたなら問題ないが、お前らには相応の罰を受けてもらう。」
マサキは球根に傷がついてないか確認しながらそう言う。
「こいつ等はお前ら5人の顔、覚えたからな。」
「え?この鳥達がですか?」
「今後、この近くに立ち寄ったらこいつ等がお前たちを排除する。」
マサキの言葉に顔を蒼くしながら周囲の鳥たちを見渡す5人、雀は良いがカラスは明らかにヤバイ。あ、鷹とかイヌワシまでこっちを睨んでる!?
「あ・・・あの、近くってどの位・・・・?」
「さぁ?こいつ等の気分次第だからなぁ、まぁ気を付けるんだな。」
「そ・・そんな・・・」
「よし、これで解散!お前らも失せろ!」
マサキの言葉に鳥たちは一斉に飛び立ち、叫び声を上げながら上空をマサキを中心に旋回する様は意思を持った黒い竜巻が街を飲み込まんとするかのようだった。
周囲の目撃者はその悪夢のような光景が、毎夜夢に出てきて眠れぬ程だったという。
その竜巻に監視される運命となったガイルと取り巻き4人。
恐怖のあまり卒倒したガイルを震える手足でなんとか支えた取り巻き達は、這う這うの体で後も見ずに逃げ去って行った。




