兄と妹・2
「ハンク叔父さんよろしくお願いします。」
「よろしくおねがいします。」
私邸についた兄弟は改めて私に挨拶をしてきた。礼儀作法は身に着けている、か。
「あぁ、私は塾を経営していてね、君たちも学問は大切だとわかるだろう。」
君たちも他の生徒と一緒に勉強して、将来立派な大人にならなくては。
君たちも周りの生徒から特別扱いされていると思われないように、私の事は「叔父さん」ではなく「先生」と呼ぶように、いいね。
「解りました、先生。」
「はい、先生。」
ふむ、兄の返事にオウム返しする事なく短いながらも答えた。妹も決して愚鈍な子供ではないようだ。
「なにか相談事があればハウスキーパーのニーナを尋ねなさい。」
そうハンクに言われて傍らに控えていたニーナが二人に会釈をする。
「君たち二人への教育方針を考える必要がある、この問題を解いてみなさい。」
ハンクは二人にそれぞれ相応の内容の試験問題を解くよう指示をした。
兄妹は二人して答案用紙を埋めていく、二人が回答を書き込む所を見るに二人とも年相応以上には文字を読み書きできるし、学力も平均以上はあるようだな。兄さんが教育してきたのだろう。
アベルは各年齢の学力別に4クラスに分けたうちの2番目に、リンダは3番目に入れて様子を見ていく事にしよう。
────────────────────
答案用紙を書き終えると先生は内容を確認しながら僕たちに言った。
「君達が使う部屋を用意してるから、夕食後はゆっくりすると良い。」
明日からは授業に参加させるから、そのつもりで今日は休みなさい。そう言われた。
今日から新しい場所での新しい生活が始まる、父さんや母さんの事は心配だけど、僕が心配しててもどうにもならない事だ。僕がしなければいけないのは妹のリンダを守る事が最優先だ、母さんとの別れ際にそう約束した。
僕が不安に思ってちゃいけない、リンダの前では明るく振舞わないと・・・。
「お代わりもありますから遠慮なく言ってくださいね。」
ニーナさんが夕食を用意してくれた、先生は仕事があるから一緒には夕食を摂れないそうだ。リンダと二人の夕食だ、リンダと二人でおなかを空かせながらこの街まで必死で歩いて来た事を考えれば申し分のない生活だ。
しかし、『ヴィルトカッツェ』で過ごした数日間がどうしても懐かしく感じられる。
『ヴィルトカッツェ』ではいつも周りに誰かが居て、僕たちに話しかけてくれてたし、特にあのお兄さん「マサキさん」は何かにつけて面倒を見てくれた。
あまり『ヴィルトカッツェ』に入り浸りなので関係者かと思ってたら、完全に部外者で最初に僕らを見つけてくれたから心配で様子を見てくれていたという。
もしかして仕事をしていないのかな?とか余計な心配をしてたら、僕らをよく街に連れて行っては着替えの服を買ってくれたり、街中を見物してたら店の人の説明に僕ら以上に驚いてたりと、凄く変わった、金銭感覚がおかしいけどとっても親切な人だったなぁ。
『なにか大事な事をする時は、神様に頑張るところを見守って下さい』って頼むと困った時に神様が助けてくれるかも知れないよ、とか言ってたな。
ナディアお姉さんがいつも傍にいて「こんな人が本当のお兄さんだったらいいのになぁ。」と言ってたけど、それは凄いわかる。こんなお兄さんなら僕も欲しい。
それにスーお姉さんか、マサキさんが僕らの傍にいるときは離れたところから見守ってくれてるし、マサキさんが居ないと一番傍にいてくれてた。
なんだかんだで『ヴィルトカッツェ』に居たときはほとんど不安を感じなかったな。
・・・・・でも、今はだんだん不安を感じそうになってきている。
────────────────────
翌日、僕らは先生の経営する塾の教室に通され簡単な紹介をされた後、それぞれの教室で勉強をすることなった。
そして数時間もしないうちに元居た街の学校と違って、ここは皆が真剣に勉強をする場所なんだと改めて思い知らされた。
皆、授業の合間の休憩時間でも遊びに行ったりしない、机に向かって本を広げている人ばかりだ。会話もあまり無い。勉強は大事だとは父さんもいつも言っていたが、ここに居る彼らにとっては勉強こそが全てなんだと理解した。
リンダはどうしているだろうか?そんなに勉強は好きではなかったはずだけど、この塾についていけるのだろうか?
夕方、一日の授業が終わり塾生が家に戻り始める頃、先生から用事を頼まれた。
『中庭の隅に草が生えてきているから、夕食前に草取りをして欲しい。』との事だ。
居候の身でありながら、塾に通わせてもらったりとお世話になっているのだ、先生のその位の頼みなら断る理由もないむしろ喜んで引き受けよう。
中庭に生えた草を引き抜いているとリンダがやってきた。
「お兄ちゃん何してるの?」
先生に頼まれて草抜きをしていると答えると『一緒にやる。』と草を抜き始めた。
「草さん、ごめんね抜いちゃうね。」
リンダが草を抜く前に草に手を合わせてそう言ってから草を抜く。
マサキさんが良くやってた事の真似だろうな、少しおかしかった。
一緒に草を抜きながら今日はどうだったか聞くと、通っていた学校と違って皆静かで、いつも勉強してるね。と僕と同じ感想を言っている。
「仕方ないから勉強してるけど、前に解らなかった事がなんか解るようになった。」
あ、それは僕も思った。何故か学校で習ったけど良く解らなかった事がここの授業ではすぐに理解できて今まで解けなかった問題も不思議と解けるようになったんだ。
二人して不思議だね、と言っていたその時、離れた窓際で別の講師の先生が
『ちゃんと勉強しないとあの子たちの様な職にしか就けなくなりますよ。』
と、言っているのが耳に入った。他の生徒達何人かがこちらを見て笑ってた。
少なからず衝撃を受けた僕はそっと妹の様子を伺う、リンダには聞こえていなかったようで無邪気に笑っていて少し安心した。
この時、この街にきてから初めて父さんと母さんが居ない事を思い知らされ、初めて涙が溢れそうになり何故か『ヴィルトカッツェ』の人たちが脳裏に浮かんだ。
────────────────────
ニーナはハンク邸の仕事を終えると『ヴィルトカッツェ』へ戻った。
『ヴィルトカッツェ』は本業の酒場以外に色々な業種にその人材を派遣しており、ニーナは元からハンク邸のハウスキーパーとして働いていた。
兄妹がハンクに引き取られると解ってからニーナには兄妹らの様子を見守るように指示され、塾での兄妹の様子も暇を見つけては探っていた。
「ハンク様は悪い人ではないのです、ただ他人に関心が無く気が回らないだけで。」
兄妹らの食事の件も、彼の食事と差をつけようと考えたのではなく、ただ食事の時間が違うからなにか別の物を用意する事を考えていたようだし、彼らに対する素っ気なさは兄妹が両親を失ったばかりという事実に思い至ってないだけで、その証拠に彼は彼自身の事にもあまり頓着しない性格なのだ。
「そうか、ご苦労様。環境が変わって辛いこともあろうが馴れて行かなくてはな。」
兄妹らには住む家も毎日の食事も保証されている、それだけでも恵まれている。
世の中にはもっと恵まれていない子供らは大勢居る。
それに比べたら同級生に笑われる位・・・いや、幼い兄妹には辛かろう・・・。
スーがあの兄妹を特別気に掛ける理由は本人が一番理解している。
スーは自分に言い聞かせるように『あの子らは大丈夫だ。』と心の中で繰り返した。




