兄と弟・2
ハンクは何事においても効率を重視する人物である。
たとえ自身が気に入らない行動でも一番効率が良いと思えれば、むしろ積極的にその行動を行う事に何の不満も抱かない性格だ。
幼少時から5つ年上の兄に可愛がられて育ってきたが、自身が物心ついた頃には人が良すぎる兄が他人からされた頼み事を断わる事もせず却って自分が貧乏くじを引いてしまっている事に不満を持っていた。
兄の友人達は明らかに兄のそういう性分に付け込んでいるように見え
『そんな事頼んでくるなんて本当の友達なの?』
兄に何度も考え直すように言ったものだが、肝心の兄は
『困ってる人を見捨てるなんて出来ないよ。』
と、笑顔で答える為、ハンクはそれ以上何も言う事が出来なかった。
事件は兄が15歳、ハンクが10歳の頃に起きた。
間もなく高等学校の卒業試験が行われる時期に、兄の友人が勉強を教えてくれと兄に頼んできたのだ、お人よしの兄は当然それを断れない。
自分の試験勉強を後回しにして、友人の勉強を見てやる事にしたのである。
もともと優秀な兄だったから自身の勉強はしなくても合格は間違い無さそうではあったが、何が起こるか解らないのが人生だったりする。
兄は試験前日に体調を崩し、体調不良のまま試験を受ける事となり結果的に不合格になってしまったのである。ハンクは優しい兄が他人から良いように利用された挙句に貧乏くじを押し付けられたように思えて兄の優しさを呪うまでになった。
将来を嘱望されていた兄は希望の職に就けず、片田舎の町の役人になり平凡な人生を歩むこととなった。その兄を見て成長してきたハンクは
『自分は兄の様に他人に利用される人生は決して送らない。』
と誓い、勉強に勉強を重ね現在の地位を確保したのである。
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ハンクは高等学校を優秀な成績で卒業すると、多くの同期が目指す行政機関への道は選択しなかった。上役から無理な仕事や責任を押し付けられ、手柄は上役に持っていかれる、ハンクが嫌う『他人から利用される』その職業の筆頭の様に思えたからだ。
兄同様成績優秀なハンクは、やはり兄の様に同級生から教えを乞われる事が多かった。それを内心煩わしく思いながらも、『相手より優位に立てる』『相手に貸しを作れる』という極めて打算的な考えで引き受けていた。
もちろん相手に利用価値が無い場合は全く歯牙にもかけないのは言うまでもない。
高等学校在学中に、世の親の中には子供の学力を上げる為なら、子供を私塾に入れたり、家庭教師をつけたりと金銭を惜しまずつぎ込む者が少なくない事を知る。
他人に物事を教える才能が有ることに気付いた彼は天職を見つけたのだった。
高等学校時代に数十人が一つの教室で同じ内容の授業を受ける事を非効率と思い続けていた彼は、塾を開いた際にかねてから考えていた教育方法を実践した。
入塾した生徒にはまず同じ内容の試験を受けさせて、各々が苦手とする過程を洗い出し分析し、苦手部分を理解する為の必要不可欠な課題を見つけ出し、そこを重点的に反復して理解させ苦手部分を克服させる方法を取ったのである。
個別に学力に応じたテストを受けさせ、できる生徒には更に高等な課題に進ませ、理解できぬ生徒には理解できるまで前段階に遡って反復する方法は、生徒全員の学力向上とやれば出来るとの自信を与える事になる。
その結果、彼の私塾は国内有数との評判を勝ち取る事になった。
また入塾希望者には面談を行い、生徒に幾つかの質問をして現在の学力が低くても理解力があると判断すれば受け入れ、理解力がなければ拒否する事を徹底した。
説明を理解できるのなら学力はいくらでも伸びるが、理解できない者はサルと同じだとさえ考えるのがハンクである。
そんな私塾を長く経営するハンクにとっては、生徒というのは彼が手を加えることで価値を高める事が出来る工芸品の様な感覚であり、一人の自我を持った人間であるという感覚が希薄になっていった。
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そんな彼のもとに当局から突然兄家族が不幸に見舞われ、子供二人が保護を求めていると連絡が入った。
兄とはもう十数年連絡を取っていなかった為、その子供の保護をする意思はあるかと
聞かれた際、煩わしさが先に立ち一度は多忙を理由に断った。
『身内の引き取りを拒否すると塾の評判にも影響が出るのでは?』
と、通いのハウスキーパーから心配され、それもそうだと思い直し一転して兄の残した子供らを引き取る事になった。
私塾を兼ねた邸宅には空いた部屋もあることだし、世話はハウスキーパーが引き受けるという事なので、特に自分の生活に悪影響が出る事もあるまいと決断した。
『ヴィルトカッツェ』という酒場で保護されているとの事なので、その酒場に向かい二人の兄妹と対面した。愚鈍そうな子供ではない事に幾らか安心したものの、やはり煩わしさが先に立ってしまう。酒場の店主に無難な挨拶をして二人を引き連れて自宅へと戻った。
帰るとハウスキーパーが子供らの食事はどうするか聞いてきた。
あの年頃の子供はどんなものを食べるのだろう、自分があの位の頃はどうだったか思い出せない。ハウスキーパーにどんなものを与えるのが良いか聞くと
『旦那様の食事と同じものなら調理時間も手間もほぼ変わりません。』
と返され、なるほど別の料理を用意すればそれだけ食材も時間も余計にかかるか。
それならそうしてくれと、ハウスキーパーに返答すると
『はい、すでにそのように準備しております。』と答える。
流石にこのハウスキーパーはよく気が回る、子供用の部屋も率先して片づけて掃除していたな。
『旦那様のお食事はいつものお時間で?』
私はまだ仕事が残っているからな、いつもの時間に用意してくれ。
『お子様たちは先に食べさせてもよろしいでしょうか?』
あぁ、私と一緒だと子供にとっては遅い時間か、そうしてくれ。
『はい、かしこまりました。御用があればお呼び下さい。』
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こうしてアベルとリンダの新しい生活が始まった。




