イグニスの街
翌朝、宿屋の一階の酒場で朝食を摂った。当然ナディアも一緒だ。
夜のうちにアレックスとアカツキ様にも事情は説明していた為特に問題は無かった。
港町からイグニスまでは馬車を利用して、約2時間馬車に揺られる事となる。
ナディアが同行することで、そう言えばいつも女っ気のない男同志で行動してるなと改めて思い至った、その俺の思念を読んだアカツキ様から
『ちなみにこの依り代、雌じゃぞ?』と意外な事を言われた。
『ええ!?』その事実に思わず脳内で驚愕したが、よくよく考えてみれば「九尾の狐」が人の姿を取るときは『妲己』『玉藻の前』『政木狐』と全部女性の姿だ。
『この依り代、ヒトの雌に変化する事も出来る様じゃ。』
『えええ!?』さらに驚かされた。
この依り代は見た目だけでなく『九尾の狐』の能力まで備わっているらしい。
『それならあの強力な魔法ってどちらの魔法なんですか?』
『・・・正直、まだ記憶が曖昧で良く分からん。』おそらく自分の魔法とは思うが、この身体に馴染み過ぎている所為もあって、この身体のモノかも知れないそうだ。
いずれ元の力を取り戻さなければならないが、まだしばらく掛かるだろうと言う。
そんな話をしていたらもうすぐイグニスの街に到着するところとなった。
ドゥーレの港町を出た頃から緑に覆われた山の姿が見えてはいた、只の普通の山と思ってたところにフリッツから「あれがドラゴンの山だよ。」と言われ驚いた。
想像していたよりも案外低い山だ、ドラゴンのイメージから巨大で険峻な頂を雷雲に覆われた山脈、みたいな勝手なイメージを抱いていたのに肩透かしを食らった。
なんであんな普通の山にドラゴンが棲んでいるんだろう?と聞くと
「多分だけど、風の巨大結晶と関係あるんだろうね。」とフリッツ。
風の巨大結晶の由来から話さないといけないけど、とフリッツが続けて言う。
元々巨大結晶は共和国内の別の場所にあったらしいが、昔の「勇者」と「ドラグーン」があの山で「邪神」と最終決戦に挑んだ際、敗北寸前に陥った時いきなり「勇者」達の頭上に巨大結晶が現れて、大結晶からの力を得て「邪神」を倒すことに成功。それ以来巨大結晶は山に在り続けているが何時の間にかドラゴンがその近くに住み着いたらしい。
ドラゴンの山の背後には険峻な山脈が連なってはいるが、この山自体の高さは精々5~600m位だろうか?子供の足でも登れそうだと言うと
「野生の生物と魔物が居なければ、ね。」
と言われた。そう言えばそうだったな、そっちが問題だった。
そんな話をしてるうちにイグニスの街に到着した。
────────────────────────
イグニスの街も城壁に囲まれたそこそこ大きな街だ、規模はノルマールより少し大きい位で近くに川が幾つか流れているのが特徴だ。
ドラゴンの山を含む山脈が豊富な湧水を有しそれがこの辺りを潤していると言う。
気温が少し高いのとその湿度の所為でプラム熱等が発生しやすいのかも知れない。
大きめの水堀に渡された跳ね橋の上を馬車が進み、街の中の停車場に到着。
そこで俺達含む乗客が全員降りて各々が目的地へと散っていく。
「マサキさん、本当にありがとうございました、何とお礼を言えば良いか・・・」
ナディアが別れ際にお礼を言ってきた、彼女の辛かった旅もこれでやっと終わる。
「ああ、気にしないで、それとこれ持っていきな。」
俺はナディアの手に金貨を5枚握らせた、彼女は慌てて受け取れないと言う。
「俺、妹が居てね。君を見てたら人ごとに思えなくてさ。」
「知り合いに世話になるとしても何かと入用だろ?それにこのまま別れたら君が困ってないかと心配して落ち着かないから。俺が安心するためにも持って行って。」
『俺が安心する為』を強調して無理やり納得させることに成功した。
「今度、また会った時には是非お礼をさせて下さい。」
彼女はそう言って何度も振り返りながら街並みに消えていった。
「マサキ、妹さん居るんだ。それで子供たちに優しいんだね。」
「俺の事を兄と敬ったりしてないけど一応、な。」
取り敢えず俺達もこの街での宿を確保してから今後の打ち合わせをする事に。
────────────────────────
なんとかビャクゴウ採取の集団に渡りを付けなければならないが、他国の人間がいきなり訪ねても相手にされないだろうから、フリッツのこの街でのコネを頼るそうだ。
なんでも彼らに収集の依頼をしている関係者なので、そちらから当たれば警戒心は減って上手く行くだろうという事だ。
相手は面会を希望して即会える程の身軽な人物ではないらしく、今日アポを取っても面会できるのは早くて明日、下手をすれば数日かかるとの事だった。
フリッツが手配をする間、俺達は港街と同様に各々別行動で街を散策していた。
イグニスの街は特に他と変わったところも無いようなごく普通の街の様に見えた。
散策の途中、首に赤いスカーフを巻いている女性がちらほら居るのが目についた、流行りのファッションなのか?と思ったが、着ている服装とアンバランスな様に見えるし、何かの目印なのだろうかとも思ったがそれ以上の詮索はしなかった。
夕刻、フリッツが宿に戻ってきた、首尾は上々で早速明日面会できるそうだ。
────────────────────
翌朝、早々に朝食を済ませた俺達は目的の人物宅へ向かう支度をした。
宿屋から表に出ると、かなり立派な2頭立ての馬車が停まっており傍らの老紳士が
「フリードリヒ様、お待ちしておりました。」
と、フリッツに向かい恭しく頭を垂れた。
「え?フリードリヒ・・・様?」
「あー、フリッツの本名だよ、マサキ。フリードリヒ・ワイズマン」
「あ、マサキには言ってなかったけ?」
初めて聞いたよ、そんな立派な名前。
「今から行くのは僕の実家なんだよ。」
フリッツが言う、どこか貴公子然とした奴だと思ってたが本当の良い所の御曹司だったとは。この馬車もワイズマン家の持ち物で老紳士も執事といった所なのか。
俺とアレックス、フリッツの3人は馬車に乗りワイズマン亭へと向かう。
アカツキ様は相変わらず馬車の上だ、神様は乗り物に乗るときはいつも屋根の上に良く乗っているがもしかしたら馬車を神輿に見立ててるのかも、とふと思った。
馬車に揺られながら窓からの通りを眺めていると、制服姿の子供の姿が目立つ。
ノルマールの町の学校は制服では無かった事を思い出す。
「共和国は学問が盛んでね、幼学校から各種学校まで教育に力を入れてるんだ。」
高等学校を修了した後は様々な分野の職業に就く事になるが、他国と違って成績次第で国家の運営に関わることも出来るため、幼少時から勉学に励むのが一般的という。
共和国の市民の経済状況によっては満足な教育を受けられない場合も多く、それによる経済格差が問題になっているそうだ。この辺りは元の世界とそう変わらないか。
街は選挙で選ばれた議員によって運営されており、ワイズマン家もほぼ世襲で議員を代々務め、現在は議長の座にある由緒正しい家系だという事だ。
「僕は堅苦しいのが苦手だから父の後継は弟に任せて家を飛び出したんだ。」
だから今回の件が無ければ二度と戻るつもりはなかったんだけど、流石に世界の危機が迫ってるとなるとそうもいかないからね、とフリッツ。
そんなフリッツの話を聞いているうちに馬車はワイズマン亭に到着した。
そこは高い壁に囲まれた広い庭園を持つなんとも立派な邸宅だった。




