始まりの村
金髪、そばかすの女の子の名前はカチュア。
俺はカチュアを背負い彼女の住む村へ足を進める、怖かったであろう記憶を少しでも薄めようとその間俺はカチュアに努めて明るく話しかけていた。
話していて分かったのは彼女の村は決して裕福ではなくその中でもカチュアの家は父親が居ない為、慎ましい生活を送っていると言う事。
彼女は母親を助けるために家の手伝いをしており、焚き木を取りに来て熊に出会ってしまったという。
その事情を聞いた俺は山の中で焚き木を集め「防災セット」に入っていたロープで括って左手にぶら下げている。この焚き木の量は彼女が普段集める量の3倍以上あるようで彼女は無邪気に喜んでいた。
「これだけあればお母さんも喜んでくれるよね。」
「そうだね、きっと喜んでくれるよ。」
会話を続けるうちに日はかなり傾いて、村の入り口付近にようやくたどり着いた。
カチュアの住む村、アンファング村の入り口には大勢の村人達が集まっており、俺たちに気づくと一人の女性が駆け寄ってきた。
「あ!ママ!」
カチュアは俺の背中から降りて母親の下へ走り寄り、母親の腕の中に飛び込んだ。
「カチュア!どこまで行ってたの!?遅いから探しに行くところだったのよ!」
「ごめんなさいママ。山で熊に出会った所にこのお兄ちゃんが助けてくれたの!」
『熊』の言葉に村人たちがざわめく。
「熊がこんな近くに出るとは・・・。」
「しかし、無事で良かった。」
「彼は何者なんだ?」様々な会話が口に出る。
「あ、あの娘の危ないところを助けて頂いたようでありがとうございます。」
カチュアの母親がお礼の言葉を口にする。
「いえ、山で偶然出くわして、熊もなんとか追い払えて運が良かったです。」
とりあえず熊が本当に怯えた相手の事は伏せた、聞かれても説明できないし村人に余計な心配をさせても良くないだろう、なによりも不思議な事にそんなに危険な感じは受けなかったように思う。
とりあえず間もなく日が落ちると言う事で、彼女の家へと案内された。
母子の家は古いレンガと木造の「小屋」としか言えないものだった。
12畳ほどの広さの土間にカマドが据えられており、食器や調理器具の入った棚や水を溜める樽、木製のテーブルと丸イスが4脚が調度品と言えるもので必要最低限のモノがあるだけだ。
部屋の奥には仕切りがあり親子のベッドがあり一つある扉の向こうはの貯蔵庫、倉庫の類の様だ。
俺はそのイスにカチュアと並んで座り、向かいにはカチュアの母親ハンナさんとこの村の村長さんが座った。
村の方針として、熊の件は里に下りてきたわけではなく山の中での出来事だけに普段よりも警戒するに留めると言う事で決まったようだ。
今、問題なのはこの場に居る胡散臭い若い男、すなわち俺の事をどう扱うか、だ。
何処から来たのかと聞かれたのだが、適当に嘘をついて誤魔化すよりは正直に答えた方が良いと判断して『気づいたら山の中に居た、記憶も曖昧だ。』と答えた。
『転移魔法に失敗した際、そんな事が起ることもある。』と村長が教えてくれた。
ただ訳ありな人間が過去に触れられたくない時にそう説明する事もあるようで完全に信用してくれている訳では無さそうだ。そこで俺は正直ついでに
「行くところが無いので、ここで働かせてくれませんか?」
そう切り出した。
村長は少し考えたようだが、丁度明日から小麦の刈り取りが始まるからそれを手伝ってくれれば少ないながらも代価を払うと提案してくれた。
小麦の刈り取りは村の共同作業として行っており、早朝から午後までの作業の間に朝と昼の食事も皆で取るのでとりあえず2食分の心配はしなくていいらしい。
村には若い男がいないので正直助かるとの事、当面の問題は俺の寝泊りする場所だ。
「あの、表の物置小屋でもいいので泊めてもらえませんか?」
家に入る前にすぐ傍らに2坪程度の物置小屋があったのを思い出し、ハンナさんに提案してみた。なにしろほとんど信用が無い状態なので他人様と同じ屋根の下でとはいかないだろうし、母屋と小屋で離れていれば安心してもらえるだろう。
「おにいちゃん、おうちに泊まるの?」
カチュアが嬉しそうにそう言ってくれたこともあり、ハンナさんも子供の恩人を物置小屋に寝泊りさせるのを躊躇したようだが俺が是非にというので納得してくれた。
俺のこの村での宿と仕事が決まったことで村長は自宅へと帰っていき、ハンナさんが夕食を用意してくれることとなった。ハンナさんから申し訳なさそうに出された夕食はゆでた大き目のジャガイモが2個だった。
この村は本当に貧しいのだなと今更ながらに実感した。
貧しい村は日が落ちると灯火もままならず早い時間にベッドに入ることになる。
ジャガイモの夕食の後、俺は二人に挨拶をして今夜の宿、物置小屋へと向かった。
2坪程の小屋の中は農具が桶、樽と言った生活用品が置いてあり少し片づけると横になるには十分なスペースが出来た。
当然床はなく地面に直接寝る訳にはいかないが俺にはこれがある、元の世界で妹に持って行くはずだった「避難セット」。
まさかこれがこんなところで役に立つことになろうとは。
早速中身を確認する、色んなモノが30点程セットになっているが今必要なのは地面に敷く折り畳み式のアルミ製断熱シートと掛け布団替わりのアルミブランケット、
これで寝るのになにも問題はない。
そして一番重要なのが手回し発電機能の付いた「ラジオライト」、ハンドルを回すと内蔵されたバッテリーに充電される仕組みで、当然ラジオは使えないがライトは使える。しかもコイツの売りはUSB出力機能があると言う事、つまりこれでスマホの充電が可能と言う事なのだ。
通話は出来ないがアプリやライト等の機能は問題なく使う事が出来る、これはなかなかに心強い、当分は寝る前の充電が日課となるだろう。
俺は充電の為ハンドルを回しながら先ほどの村長の話を思い出していた。
『転移魔法に失敗して…。』と言っていた、この世界には魔法が存在すると言う事なのだろう。もしかして俺にも魔法が使えるんだろうか?使えるとすればどんな魔法が使えるんだろうか?
そして十分充電が出来たのを確認して、明日の朝の為にアラームをセットしようとして、ある疑問が浮かぶ。
『そういえば、時間はどうなってるんだろう?』
日の出、日の入りは元の世界と同じなんだろうか?一日が24時間じゃない可能性も当然あるよな・・・。この世界の時刻を確かめる方法が無い事に思い当たり困った俺は空を見上げ、そこに浮かぶ月が紅い事に気づいた。
『こっちに来る直前に見たのと同じような色と大きさの月だな・・・・。』
そう思った瞬間に閃いた。
『元の世界の月と大きさと模様も似通っていると言うかほぼ同じ、と言う事はここは元の地球のパラレルワールドなのか?』
というのも地球の衛星である月は、衛星としては不自然に大きいうえ、地球から観測した太陽と月の見た目の大きさがほぼ同じ所為で「皆既日食」が起るなどかなり特異な存在である。
そのため同じ条件の別の天体など存在する確率は「0」と言ってもいいだろう、天体の位置関係が同じなら年の区切りは365日だろうし、一日もどういった単位で区切っているかは不明だが元の世界の時刻はそのまま使えるはずだ。
そう考えた俺はアラームを日の出前の5:00時にセットした。
翌朝、日が昇る前にアラームで起きた俺は近くの川で顔を洗い身支度を整えた。
日が昇ってしばらくすると起きてきたハンナさんと一緒に村長の家へと向かった。
村長の家に着いた頃、この村にある小さな教会の鐘の音が聞こえてきた。この鐘はこの時間から夕方陽が沈むまで7回一定の間隔で鳴らされるそうだ、今が6時頃だとすると夕方18:00頃まで約2時間おきに鳴らされていると言う事か。
村長の家では村の女性たちが慌ただしく朝食の準備をしているところだった。
窯で焼かれた黒パン、大鍋で作られる野菜スープが朝食の様だ。
村の人たちがほぼ全員揃った所で、俺は村長に改めて紹介されしばらくこの村に滞在する旨と皆に挨拶をした。
そして皆でテーブルに着き質素な朝食を前に今日の糧に感謝の祈りを捧げ、頂いた。
食事を終えると早速農作業にはいる。
作業内容は皆で手分けして小麦を大鎌で刈り払い、刈った麦を紐で縛り、その束を荷車に積むと云うものだった。
2m近い柄の大鎌を振るうのはかなり熟練の技が要るようだし、紐で括る作業も過不足なく束ねるのもコツが要りそうだ。必然的に俺が出来るのは束を荷車に運ぶ役目となる、そしてこの作業は力がモノを言うのだが村の人はお年寄りが多い為、若い俺が率先的にやる事で皆に喜ばれた。
結果、早めの昼食の時間になる頃には最初の頃と違って村人達とかなり打ち解ける事が出来る様になった。
「いや、アンタが手伝ってくれて凄い助かってるよ」
「ホント、年寄りばっかりじゃもっと時間が掛かるからねぇ。」
「ほら、ヤギの乳だよ良かったら飲みな。」
昼食のテーブルには朝に姿を見なかった村の子供たちが着いており俺を珍しそうにチラチラ見ていた、カチュアもその中の一人だ。この貧しい村には学校が無いらしい、それゆえ子供たちは農作業や家の手伝いをして日々を過ごしていると言う事だ。
この世界はどこもこんな感じなのだろうか?それともこの村が特別に貧しいのだろうか。
そんな事を考えているうちに午後の作業が再開した。
午後の作業は時間で言うところの14:00時頃には鐘の音と共に終了した、共同作業はここまでで後は各々家庭の仕事に戻るらしい。
村長からは「些少だが」と前置きされて銀貨を3枚手渡された。その通り決して多いとは言えない額なのだろうが、俺の仕事を評価して貧しい懐具合から何とか捻出してくれたお金、そしてこの世界で初めて稼いだお金だ。
本当に必要なものが出来るまでは大切にとっておこうと心に決めた。
俺はハンナさんとカチュアと一緒に家に戻り彼女たちの仕事を手伝うことにした。
熊騒動のあった翌日と言う事で焚き木集めは俺が引き受ける事にした、ハンナさんは恐縮していたがこの母子の為に居候である俺が出来る事はしてあげたい。
俺はロープと空のトートバッグを肩にかけ山の麓へと向かった。
その途中、川の傍を通ると川で魚を獲る子供たちと離れたところで釣りをする村人の姿を見かけた。
『そうか、魚を獲れれば夕食に一品増えるな。』
貧しい母子に夕飯を用意してもらうのも気が引けるし、魚を獲れば喜んでもらえるだろう。
山で焚き木を集めた俺はすぐ傍らを流れる岩がゴロゴロした渓流に足を運んだ。
あいにく竿も網もないが、この渓流なら魚が獲れそうだ。俺は荷物を置くと適当な大きさの岩を見つけてそれを抱え、川に浸かった岩目掛けて叩きつけた。
『ゴッ!』鈍い音を立てた岩は水しぶきを上げて水中に落ちる。その直後、岩陰に隠れていたであろう鮎に似た魚が4匹気絶して浮かんできたので手早く掬ってバッグに入れる。
これは水中の岩に岩をぶつける事で発生した衝撃波が水中にいる魚に伝わる事で魚が失神、そこを捕まえると云う漁法だ、日本では禁止されている漁法だがこちらの世界では問題ないだろう、と思う。
さて、もう少し数が欲しいな。もう一度適当な岩を探して川面をのぞき込むと何かと視線が合ったように感じた、その視線の元を辿ると川底に沈む白い石の塊が目についた。
『なんだろう?』そう思い水の中から抱え上げるとそれは大きさが60cm程のお地蔵様のような像だった。
そう言えば山の中でも形は違うが石像を見つけたよなと思い出した。
この像も関わってしまった以上このままにしておいてはいけない、と考え川の中で洗ってキレイにした状態で山際の陽の当たる場所に建てる事にした。
心の中でこの地を見守って貰えるよう語り掛けて手を合わせ、もう一度漁をした後に計10匹の魚を手に家路へと急いだ。
「わぁ、お魚だぁ。」
家に戻るとカチュアが目を輝かせて今夜の食卓に上がる魚を指でつついていた。
「まぁ、木の葉魚がこんなに獲れるなんて・・・。」
この鮎に似た魚を「木の葉魚」というらしい、というか見た目はアユそのものなんだよな。
ハンナさん曰くこの魚は警戒心が強くなかなか獲れない事からこの村ではちょっとした高級魚扱いになっているらしい。育ち盛りのカチュアには貴重なタンパク源だ、これからはこの魚を獲る事を日課にしよう。
今夜の夕食はジャガイモと木の葉魚の塩焼きといつもより少し豪華版となった。