咆哮
「ワータイガーか!」
ローブの下から現れたその体は身長で250cm超、其の両腕は人間の体程の体積があり人と同様に掌を持ち、筋肉が異様に発達した二足歩行する虎獣人だった。
虎獣人は己から剣を引き抜いたアレックスを睨むや、一気に距離を詰め襲い掛かる。
その太い右腕が大振りにアレックスを襲うと見るや、アレックスは勢いに逆らわず後ろへ飛びながら虎獣人の攻撃を左の盾で受け流す。
力を流したはずだが盾ごと腕を持っていかれそうになる程の力を虎獣人から受ける。
辛うじて受け身を取ったアレックスが顔を上げると、その視界一杯に虎獣人の顔面が迫る、『速い!』この巨体で猫科の俊敏さを失っていないのか!
今度は左腕の薙ぎ払いが襲う、アレックスは咄嗟にその攻撃を盾で受けその力を利用して大きく後ろへ飛び虎獣人から距離を置くことに成功する。
『マズい!連携も何もあったもんじゃない!』圧倒的な力の前にS級達の判断は「王族たちを逃がす事」で一致する、もう邪魔とか同士討ちとか関係ない。
「騎士団!コイツの後ろを取れ!前から近づくなよ!!」
フォルカーの叫びに今まで動けなかった騎士団員達が虎獣人目掛けて斬りかかる。
S級達の手にも余る非常事態だと確信した彼らにも、これは王達を守る為の時間稼ぎの行為であると理解出来た、命の捨て所はここだ!
虎獣人は周りに集まる騎士団一行に対しその両腕を振り回し、彼らを薙ぎ払う。
その攻撃を盾で受けれなかった者は鎧ごとその体を砕かれ、大地に転がり激痛に体を捩る。
「ファイアボール!!」
アリーシアの炎魔法が虎獣人の頭部を襲う、周りの騎士団より頭二つ分背の高い的に当てるにはこの直線的な魔法が効果的だとの判断だ。
周りの魔導士達もその真意に気づくや、競ってファイアボールを虎獣人目掛け放つ。
虎獣人はその煩い攻撃をかわす為に。手近な騎士を片手で捕まえ己の盾とする。
『ぎゃあああああああ!』
炎魔法にその身を焼かれた騎士は虎獣人に投げ飛ばされ、なぎ倒された不運な魔導士共々大地に派手に転がった。
「シールドバッシュ!」
虎獣人の後ろから走りこんだフォルカーがその全体重をかけ渾身のシールドバッシュを放つも、凄まじい打撃音と共に己が弾き飛ばされた。虎獣人は平然としている。
「なんて質量だ!?」
騎士達の被害が増える中、虎獣人はほぼ無傷の状態で動きも変わらず暴れ続ける。
「王族たちは無事か?」
騎士が王族の安否を確認すると、避難口に向かう人々の流れがパニックで遅れ、王族は避難したがまだ半数以上の貴族の人々が残っている。
虎獣人は騎士達のその視線に気づくと逃げる途中の貴族の方へ向き直り、その眼前に魔法陣が現れた。
『ヤバい!魔法を撃つ気か!』
その場の全員が恐怖した時、中空から両手剣が虎獣人に襲い掛かる。
『神罰』が虎獣人の左腕を斬り飛ばし大地を穿つと魔法は間一髪で中断された。
「パニッシャー!?」
虎獣人に手傷を負わせたミハエルの「神罰」に騎士達の歓喜の叫びが木霊する。
動く的相手に腕を切断しただけだが、それでも目の前に現れた希望に皆が縋ろうとしたその時、落ちた左腕をおもむろに拾った虎獣人は自らの左肩に押し当てると、一瞬にしてその左腕は元に戻ってしまった。
「!!」
最強の切り札も大した痛手にならない事実にこの場にいる者全てが絶望に沈む。
再び虎獣人の眼前に魔法陣が現れ、逃げ遅れた貴族たちに狙いを定めた。
──────その時。
観客席の上段から白い閃光が奔ったと見えた瞬間、直撃したその閃光に虎獣人の巨体は大きく弾き飛ばされ大地に転がり無様な姿を晒した。
この場の全ての人間が我が目を疑い言葉を失う、虎獣人も混乱の中で頭を振る。
閃光は虎獣人が元居た場所で白狐の姿で優雅に宙を舞い、虎獣人に語り掛けた。
『しばらく見ぬ間に大きゅうなったのう、小童よ。』
草原に居たはずのマサキと白狐がその場に現れた。
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「マサキ!?ワンちゃん!?」
フリッツが我が目を疑う間もなく、競技場に悠然と立つマサキの声が響く。
「皆、下がれ!今からコイツに神罰が下る!」
罰?罰と言ったのか?人々は我が耳を疑いながらもマサキの指示に従い下がる。
『貴様ぁ!あの時の化け物!』
『元気そうで何よりじゃの?少しは強うなったか?』
『貴様、草原に居るはずではなかったのか?何故ここに!?』
『やはりお前らの悪巧みじゃったか。』
白狐は虎獣人と思念で会話をすると、小童の浅はかな知恵を嘲笑った。
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──── 今より10分程前の草原で
マサキが草原でいくら待っても誘拐犯は現れず、ふとある可能性に気づく。
「マスターに騙されたんですよ!俺が記念式典で問題起こさない様に!」
ギルドマスターの髪の毛を守る為、大元の元凶である俺を記念式典に出さない様、問題を起こさない様にこっちのギルドマスターと一芝居打ったんですよ!叫ぶマサキ。
『ふむ、鳥たちにこの辺りの様子を探らせたが、人間の姿は全く無いの。』
毛繕いをしなから呑気に白狐は言う
『まぁ今から帰れば丁度夕飯の時間かの。』
その時王都から飛んできた数羽の燕が王都での騒動を白狐へと報告した。
『マサキ、王都で問題が起こった様じゃ。』
「今から戻って間に合うんでしょうか?」
『大丈夫じゃ。マサキ、お主『飛翔』で浮け。』
『え?浮くだけでいいんですか?・・・ってうわっ!!』
白狐は浮いて軽くなったマサキの袖を咥えて王都目掛けて走り出した。
そのままマサキを振り落とさない様に気を付けながらも加速を続け疾走する。
馬車で一時間の距離でも白狐の速さなら10分もかかるまい。
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正直マサキは引っ張られるだけだったとは言え、道中魔力も使い続けたお蔭で立っているだけでも辛いものがあった。
『あとは任せてそこに堂々と突っ立っておれ』と言われた通りに悠然と大地に立つ。
『さて、小童お前には実験に付き合ってもらうぞ。』
『・・・・実験だと?』
『この依り代の身体がどの程度我に追従できるかの実験だ。』
『貴様!調子に乗るなよ!あの時の俺とは違う!』
『ならば、それを証明してみよ。』
白狐は予備動作も見せずに虎獣人に襲い掛かる、突っ込んでくる白狐へ反射的に右の腕を横殴りに薙ぎ払う虎獣人、しかし白狐は体を地表すれすれまで低くしてその腕を掻い潜り、すれ違いざまに巨体の右足を切り裂く。
『!?』
白狐はその勢いを殺さずベクトルを変えると虎獣人の背を駆け上がり後頭部を斬りつけて虎獣人の目の前に優雅に着地し挑発する。
『遅いの、小童。先程の威勢はどうした?』
『ほざくなぁぁl!』
虎獣人は両掌を組むと頭上へ振りかぶり目の前の白狐へ振り下ろす、それを体の重心を傾けるだけで躱した白狐は凄まじい勢いで飛び上がり、その顎目掛けて蹴りを入れ堪らず虎獣人は仰向けに後頭部から倒れこむ。
立ち上がろうとする虎獣人の周りを飛び交いその体表を切り裂いていく白狐。
まるで鏡で覆われた部屋の中で反射する光にその身を削られ続ける様な虎獣人。
S級チームですら歯が立たなかった虎獣人が反撃すら出来ない様子に、最初は言葉が出なかった周りの騎士団員達、傍観者たちも徐々に高揚し興奮の域に達する。
「いいぞ!やれ『百狼』ーー!」
「虎野郎をぶっ倒せ──────!」
「いけー!!マサキーーーー!!」
観客席のギルドマスターや冒険者達から歓声が上がる。
『どうだ!コイツは普通の物差しじゃ測れないんだ!解ったか王国の糞野郎共!』
文句あるならコイツに直接言えってんだ!いつの間にか競技場は大歓声に包まれる。
弱弱しい虫けらである人間ごときの大歓声に心の奥底から怒りが込み上げた虎獣人は一か八かの賭けに出る。自ら白狐の攻撃の直撃を喰らい、反動で白狐から少しの距離を稼いだ虎獣人は白狐に向けて魔法攻撃を放つ素振りを見せる。
『ほう、面白い。小童の魔法受けて見せよう。』
その攻撃を悠然と待ち受ける白狐に対してではなく、背後のマサキ達に対し攻撃魔法を放つ。だがその魔法はマサキの直前で見えない壁に弾かれただけでなくその威力其のままに跳ね返り虎獣人は自らの魔法に身を焼かれる。
『ぐあっ!?』
吹き飛ぶ虎獣人の姿と腕を組んだまま微動だにしないマサキに驚愕する魔導士一同。
「・・・あ、あれ反射魔法?あんな威力をそのまま返せるの!?」
「・・・・防御範囲が信じられない位広い!?」
魔法攻撃が速すぎて身動きする間もなく反射魔法に助けられたマサキ、傍から見れば己の使い魔に全幅の信頼を置いた堂々たる佇まいとしか見えないその姿。
気付けば勝手に虎獣人が地面に転がっていた。
『え?何が起きたんだ?今?』
取り敢えず突っ立って体力の消耗を抑えるだけで精一杯のその姿に、実情も知らずに畏敬の念すら抱く魔導士達。虎獣人はふらつく脚に力を入れて立ち上がる。
『・・・・この化け物め・・・・』
『貴様はそれしか言えぬのか?ならば減らず口も叩けぬようしてやろう。』
白狐には更にその速度を増し虎獣人の周りを飛び、その体を切り刻み続ける。
『・・・まだ限界にならぬか?』
『・・・・・この動きにも付いてこれるのか?』
『ええい!我の動きに寸分の狂いもなく追従出来ようとは!?』
白狐はその依り代たる『九尾の狐』の身体の動きを確認し、問題なく追従してくるその能力に驚愕していた。まさかマサキの与えた身体がこれ程のモノだとは。
白狐はその苛立ちをそのまま目の前の虎獣人にぶつけると、その体は右肩から脇腹に掛けて大きく袈裟切りにされ、その黒い巨体は音を立てて大地に崩れ落ちた。
誰も声すら出せず虎獣人が再び立ち上がる事がないのか固唾をのんで見守っていた。
「・・・・やったのか?」
「・・・・ぴくりとも動かない、やったんだ。」
「やったー!倒したぞー!!」
「あの虎野郎を倒したぞ!凄ぇぞ『百狼』!!」
競技場に居た全員が虎獣人の最期に、勝利の雄叫びを上げていたその時。
『おい、これ位で死ぬ奴があるか。』
白狐はそう言い、虎獣人に蘇生魔法を掛け、虎獣人を死の淵から引き戻した。
「え?何?」
「は?そ、蘇生魔法使えるの?」
「どうして?やっと倒したのに?」
「は?なんでぇぇぇぇ?」
外野の抗議の悲鳴に一切耳を貸さず、白狐は治療と回復を同時に虎獣人に施した。
その場の全員が混乱するのは当然として、最高潮に活力が漲る虎獣人も困惑する。
『貴様、何故俺を殺さん?』
虎獣人は白狐の行動が理解できず混乱した。
『まさか貴様、俺に情けを掛け配下に加えようと言うのでは無かろうな?』
虎獣人が白狐に問いかけたとき、白狐はにやりと笑ってこう続けた。
『まだ我が魔法の実験が終わっておらん、実験台よ、耐えて見せよ。』
『貴様、その為に回復したというのかぁぁぁぁ!?』
虎獣人が叫んだ瞬間、その体が大きく宙を舞った。
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アカツキ様が虎獣人を回復した直後、何故か虎獣人が空に飛んだ。
いや、飛んだんじゃない、アカツキ様が蹴り上げたんだ!20m位飛んだ?
一体あの小さな体のどこにそんな強大な力があるのだろうか?そう考えた時。
『マサキ!皆を伏せさせい!』
「!?みんな!伏せろ!!」
アカツキ様の言う通り叫び皆に注意喚起した、流石に普段から訓練している騎士団や冒険者たちは反射的に体を伏せる、魔導士達や観客たちも遅れてその身を隠す。
俺の近くに居る者たちはこの場で一番安全な俺の後方へ我先に避難した。
アカツキ様が中空の虎獣人を睨みつけるとその眼前に巨大な魔法陣が現れた。
その白い体から放電し、その尾が9本に分かれ、アカツキ様が咆哮する。
「ガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
その巨大な魔法陣から放たれた魔力の奔流は巨大な光の柱となり、虎獣人の身体はその直撃の中にあった。その体は急流に投げ込まれた土くれの様にあっという間に抉られ砕かれ消え去っていった。・・・・あっけない虎獣人の最期だ。
『完全に消滅したのか・・・。なんて力だ。・・・あれ?』
虎獣人の脅威と姿が完全に消え去っても、アカツキ様の魔力放出は止まらない。
『あ・・・アカツキ様?』
それどころか放出される魔力は更に強まっている気がする、いや強くなっている。
その力の奔流はさらに勢いを増し、アカツキ様の咆哮もさらに大きくなる。
『ガぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
その咆哮が辺りを震わせ、魔力の放出に上昇気流が発生したのか白狐を中心に周囲から大気が集まり渦を巻いたつむじ風が発生し始める。
この場の全員がその凄まじい力の放出に混乱し恐怖を抱き始めた頃、ふと力は消え去り白狐のその小さな体がふらついた。
『アカツキ様!!』
俺は力なく倒れるアカツキ様に駆け寄りその小さな体を抱き上げた。
『・・・・我の魔力の・・全力放出にも・・・余裕で耐えるとは・・・全く。』
アカツキ様が腕の中でつぶやく。
『マサキよ、・・・良い依り代を・・・呉れた・・・な・・・。』
アカツキ様は満足そうな笑みを浮かべて眠りについたようだ。
『『九尾の狐』は俺の世界じゃトップクラスの神獣様ですからね・・・。』
俺は心の中でアカツキ様に語り掛け、その寝顔に感謝の念を捧げた。
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その頃、王城にそびえ立つ約40mの巨大な円塔『マジックタワー』の最上階では
眼下で繰り広げられた一連の騒動に対し危機感を改めた者たちが居た。
「やはりあの様な者たちがこちらの世界に来ておるのですな。」
「早急に対策を立てませんと、此度の戦いは厳しくなるやも知れません。」
「最終決戦に各国の戦力がどの程度向けられるのか調べましょう。」
宗教国家であるジギスムント王国の国王とは異なる権力を持つ「救国の女神教」の指導者達も、各国に広がる教団組織を利用し来る戦いに備える覚悟を決めるのだった。




