魔物の目的地
一方「イグニス」では、間もなくマサキの救援が来るとの吉報に街中が安堵の声に包まれていた。「救国の英雄」が再びこの街を救うのだ、これ程心強い事など無い。
その安心感からか、中央の行政区に向かう人々の足取りは余裕すら感じられた。
防壁は崩れ去り、魔物の侵入を許しているはずなのに人々はパニックに陥らずに、粛々と避難の列が続く。
殿を務める冒険者達も無理に魔物を押し留める必要が無いとあって、無理をせずに時間を稼ぐ事に専念する。それにここには頼れるアキラと言う男が居るのだ。
「紅月様あってのマサキだ!あの男単体では何も出来ん!」
あの男の名声は全て志尊のお方のお陰と言う事実を、神ご本人から口止めされているアキラからすれば、マサキの名前が出るだけで不愉快になるのは仕方ない事だった。
たまたま奴の神に対する心がけが、志尊のお方の御心に合致しただけであって、あの男の実力ではない事で奴が英雄視されている、その腹立たしさを魔物にぶつける。
避難の最後尾はアキラの手により安定し、魔物の侵攻は緩やかになっていた。
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イグニスの街の中央より北の方角にある『ヴィルトカッツェ』は破られた南門から離れている為、非難するにしてもかなりの余裕があった。各所に派遣されている構成員を一旦店舗に集めて、中央の行政区へ一緒に避難する事となっていた。
落成して間もない新建屋前に続々とスタッフが揃い始める。久しぶりに顔を合わせる者もおり、お互いの近況報告に話が盛り上がっていた。
「もうすぐ兄さんが来るって言うから安心だね。」
「何か問題が起こった時にはいつもマサキ様が解決されるのですね?」
「ほんとに兄さんってタイミング良く現れるから不思議よね。」
「私、まだマサキ様にお会いした事ないんだけど?」
とても街に魔物が侵入しつつある状況とは思えない余裕が感じられる、なにしろイグニスの街、特に『ヴィルトカッツェ』はマサキと言う守り神が憑いているのだ。
が、ほとんどのメンバーが揃い、あと数名を残すのみとなった所で異変が起きた。
その報せは南の行政区方面から駆けてきた。派遣されている内の女性の一人だった。
「大変!この先の通りを魔物が何匹かこっちに向かってきてる!!」
彼女は息を切らしつつ駆け寄るとデルマにそう報告した。集団から逸れた魔物なのだろうか?少数でも女子供にとっては危険と言うレベルではなく絶対絶命の危機だ。
「そっちの通りには行けないね、遠回りだけど西の通りを行こうか・・・。」
デルマがそう判断し、西に向かおうとした時、西方面から走って来る者が居た。
「お姉ちゃーん!こっち来ちゃダメー!魔物が居るのー!」
「マム!こっちは来ちゃダメです!魔物が向かってきてます!」
ハンク邸のハウスキーパーを務めるニーナと、リンダ、アベルの兄妹だった。
3人はハンク邸を出た直後に魔物が通りをこちらに向かって進んでくるのに出くわし、魔物を避ける様に逃げてきたところ『ヴィルトカッツェ』に来てしまったと言う。魔物の数自体は少ない様だが、一体何故こんな所に・・・?
「・・・まさか、此処を目指して来てるんじゃ・・・?」
「え?だってこんな中央から離れた場所に何の目的で・・・?」
「・・・マサキと関係が深い事が仇になったのかもしれない・・・。」
デルマが真剣な面持ちでそう言うと、周囲のスタッフ一同は顔面蒼白となった。
もしかしたら人質、最悪の場合は見せしめに嬲られる事すら考えられる。
『見せしめ』の言葉に反応して悲鳴が上がり、中にはへたり込み泣き出す者も居た。
そしてその魔物の目的地が此処である事を裏付けるかのように、東方向からもこちら目掛けて走って来る者たちがいた。顔面蒼白のガイルと其の取り巻き達だった。
「デルマ!通りから路地まで魔物だらけだ!助けてくれ!!」
叫ぶガイルの後方に3匹のオークがゆっくりとこちらへ近づいてくるのが見えた。
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「なんでお前らがここに逃げてくるんだよ!?」
「お前ら此処に来れた義理か!?どこか別の場所に行けよ!」
「どこかその辺の空き家にでも隠れてりゃ良いだろうが!?」
この男に散々迷惑を掛けられてきた『ヴィルトカッツェ』の面々から非難の声が上がる。ガイルと取り巻きはその場に跪き、許しを請いながら事情を説明する。
ここに来るまでに魔物をやり過ごそうと、何度か空き家に隠れたりもしたガイル達だが、あっさりと見つかり、ありきたりな民家の扉など魔物を防ぐ効果などまるでなく、魔物から逃げるうちに此処にたどり着いたと言う。
「ここの建物なら、建ったばかりだし偉く頑丈だって話だ、頼む!何でもする!マサキさんが来るまでここに置いてくれ!」
必死に懇願する男たちを見捨てて目の前で死なれても後悔しそうだし、籠城するなら男手がある方がいいか?とも思い直し、デルマは条件付きで了承する。
この建屋は3階建て。2階に上がって階段を封鎖すればある程度は時間が稼げるかもしれない、マサキが来る事は確定しているのだ、協力すればなんとかなる、か?
「仕方ないね、力仕事をさせるからサボるんじゃないよ!」
「すまん!恩に着る!『救国の英雄』の来る間、死ぬ気で働く!」
こうして『ヴィルトカッツェ』の面々は新建屋で籠城する事が決定した。
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行政区画、ワイズマン邸でもその異変に気付いた者が居た。
「おい!妙だ!魔物達が素通りしていくぞ!?」
「こっちには全然目も呉れずに一体どこに向かっているんだ?」
「数は少ないながらも、皆目的地は同じなのか?」
かなりの避難民を収容したワイズマン邸だったが、幸いここに向かって来る魔物は居ない様だ。邸内の人々は安堵する、しかし魔物達は一体どこへ・・・?
その時、階段を駆け下りてきた執事がウォルターに報告する。
「魔物の進む方向には、あちらには『ヴィルトカッツェ』があります!」
その報告にウォルターやその場にいた者全員が蒼白となる。この街を襲った邪神の使徒は此方の嫌がる事ばかりを選択し、実行してきたが、今回もまさか・・・。
『マサキさんの留守に彼女たちに何かあれば・・・。』
頭を抱え込むウォルターに、ワイズマン邸の警備を買って出た冒険者が言う。
「ウォルターさん!俺達が『ヴィルトカッツェ』に加勢に行くぜ!」
「!?無茶だ!今は数が少なくて数的有利でも、時間が経てば逆転します!」
ウォルターは冒険者の申し出を断る、あまりにも危険すぎる。
「魔物が少ない今だからこそやるんだ!何も魔物を全滅なんて考えちゃいない!魔物の包囲を崩して彼女らと合流する、マサキさんの到着まで耐えて見せる!」
建屋に籠って時間を稼ぐ事が目的で決して無茶はしないと彼らは言う。
マサキが到着するまでの数十分、耐えればこちらの勝ちだ。大丈夫、魔物一匹一匹は大して強くはない、ドラゴンの山に行く事に比べたらどうと言う事は無い!
「よし!行くぞお前ら!準備しろ!」
おう!と、気勢を上げる冒険者達十数名がワイズマン邸の扉に手をかけた時、
「待ってください!私も連れて行ってください!」
そう声を上げた者が居た、リンダとアベルの叔父、ハンクだ。
彼は所用で行政区を訪れていた時に魔物の襲来が始まり、そのまま留め置かれて帰宅する事が叶わず、二人の安否に心を痛めていたのだった。
『ニーナが一緒なら二人は『ヴィルトカッツェ』に居るはずだ。』
「先生!あんたじゃ魔物の相手は出来んだろう、気持ちは分かるが・・・。」
冒険者はハンクを見て足手まといに成り兼ねないと判断し、そう断ろうとするが
「私に考えがあります!今から言う物を準備してください!」
ハンクの自信ありげな表情とその言葉に、冒険者達は顔を見合わせて彼を同行させる事を決断した。




