雷神『鬼道雪』
揺れる大地の上で本能的な恐怖に体の自由が利かず地に伏したまま、一歩一歩確実に大地を踏みしめ近付いて来る魔物の群れに対しスーフェイは死を覚悟する。
前回の地揺れの時は傍らに居たマサキが揺れなど物ともせず立ち上がり、天災を引き起こしていた張本人の邪神の使徒を単身で攻撃し地揺れを納めてしまった。
『あの時と違って、私の傍らには私を守ってくれたマサキが居ない。』
遠く離れた王都で邪神と戦うマサキに知られる事無く、こんな所で自分の人生が終わるのか?兄からの手紙に書いてあった『お前を守ってくれる奴が現れたら、そいつと一緒になって幸せになれ。』兄の遺言も叶えることが出来ずここで終わるんだ。
先頭の魔物が手を伸ばせば届く所まで近づき、手にした大槌をしっかりと握り直す気配が感じられた、その大槌がゆっくりと振り上がる。
『・・・お前はここで諦めるのか?』
手にした刀が語りかけてくる。
(・・・諦めたくない・・・でも、足が震えて立ち上がれない・・・)
『想い人と添い遂げたくはないのか?生きたくないのか?』
(・・・マサキと一緒に居たい、・・・生きたい!)
『想い人を悲しませたくないのなら無様でも立ちあがれ!』
(・・・マサキ・・・私は最後まで・・・諦めない!)
スーフェイはマサキを悲しませたくない一心で、揺れる大地に両手をついて体を起こそうと足掻く。眼前の魔物はスーフェイが藻掻くのを見て、その目が残忍な光を帯びる。立ち上がりかけた所を両手に持つ大槌で叩き潰そうと、わざと待ち構える。
スーフェイは膝を着いた状態までその身を起こし、眼前のこちらを見下ろす魔物の巨躯を見上げ、残忍な笑みを浮かべる視線を強い視線で跳ね付け、叫ぶ。
「私は『救世の英雄』マサキと添い遂げるのだ!邪魔をするな!!」
言いたいことはそれだけか?と、魔物は振り被った大槌を、一気に生意気な人間の女の頭に振り下ろす。スーフェイは反射的に受け止めようと右手の刀を頭上に掲げた。
数十kgは有ろうかと言う大槌が勢いをつけてスーフェイ目掛け振り下ろされる。
女の細腕に掲げられた刀によって弾かれた大槌は、振り下ろされた軌跡を逆に辿り、魔物はその勢いのまま大地に仰向けに倒れた。
倒れた魔物は自分に何が起こったのか解らず、困惑したまま空を見上げ呆然とする。
周囲の魔物も何が起こったのか理解が追いつかずに戸惑い、迷う。
咄嗟に刀で受けたスーフェイ自身も何が起こったか困惑したが、掲げた右手、いや自分の全身が金色の光に包まれているのが見えた。
『何?この光は!?』
光と共に体に力が漲る、既に恐怖など感じず、歓喜が体の底から漲ってくる。
『よくぞ立ち上がった、スーフェイよ!お前に力を与えよう!!』
手にした刀から、この刀に宿る「雷神」の意思が力と共に流れ込んでくる。
永き戦乱の世に生を受けた勇士はその圧倒的強さから『絶対不敗の鬼道雪』と呼び称され、遂には死後に雷神となり愛用の刀の守り神として、長き時を過ごしてきた。
幾人もの強者からの想いが込められるうちに「雷神」の神格は高まって行き、この世界でも有数の神と成った刀はスーフェイの元へと運命的に辿り着いたのだ。
『想い人と添い遂げる途中で病に散った我が娘の意思を継ぎ、想い人と添い遂げる幸をつかみ取れ、スーフェイよ!我が娘「誾千代」の力、存分に振るうが良い!!』
この瞬間『雷神 鬼道雪』の娘の魂がスーフェイに乗り移り、この世に再び受肉した歓喜の叫び声を上げる。ようやく想い人と添い遂げると言う願いが叶うのだ、と。
「鬼道雪」の愛娘「誾千代」は『女道雪』と呼ばれたその力をスーフェイの身体を借りて目の前の魔物達へと振るう。生前も自ら愛用していた「雷剣 千鳥」を操り、魔物の巨体を容易く両断して行く。疾り、跳び、切り裂き、魔物の死体が積みあがる。
地揺れの為に自在に動けぬ魔物達は、揺れなど全く問題にしない白い死神の舞に巻き込まれ、その巨躯を切り刻まれ一方的にその数を減らしていく。
『地揺れ程度で満足に動けんとは!この誾千代の相手が務まるものか!!』
スーフェイの身体を自在に操り、その身体能力を確かめようと誾千代は舞い跳ねる。
誾千代に取って魔物は敵ではなく、自分の意思に問題なく追従するその身体のポテンシャルをどこまで引き出せるかだけが焦点となっていた。
大地に伏して事の成り行きを見守るしかなかったドワーフたちは、目の前で繰り広げられるスーフェイの乱舞に驚愕していた。
「スー様は一体どうなされたのだ!?」
「今までもお強いお方じゃったが、これ程圧倒的な戦い方ではなかったぞ!」
何よりこの地揺れを全く恐れず駆け回り、舞い飛ぶ姿は人間業とは思えない。
『貴様!『竜の加護』を受けておるのか!?これ程の力を持つとは面白い!』
誾千代の魂はスーフェイの身体能力が常人離れしている事に驚き、歓喜する。
逃げる魔物を追うのに上空へと高く舞い、魔物の眼前に降り立ちつつその身体をあっさりと唐竹割にする。誾千代はスーフェイのその身体能力に歓喜する。
『成程、これなら父上が気に入るのも道理。良い器に巡り合ったものだ。』
誾千代の呟きにスーフェイは体を乗っ取られるのではないかと警戒する。
『心配するな、貴様の力が及ばん時だけ我が力を振るってやる。貴様の成長も楽しみであるからな。』誾千代はそう言いつつ、
『しかしこの場は私に任せて貰おう、なにしろ久々の生身だ、楽しませて貰う!』
やがて、空から降下した魔物達は、雷光の速さで刀を振るう誾千代の手によって全て斃された。残すは巨大な象の様な魔物だけとなった。
『さっきから動きもせぬ此奴が地震の大元か?なんと大きい化け物か。』
誾千代はその巨躯に向かって飛び、手にした刀で斬りつける。分厚い皮膚を斬るには斬れたが、分厚過ぎて内部の組織までは届かない。雷撃も加えてはみたものの、皮膚が絶縁体になっているのか、一向に効いたようには見えない。
『雷撃も効かぬか、父上の力を借りるのも癪だのう、さて・・・。』
誾千代が千鳥の峰を右肩に当てた状態で眼前の巨躯を見上げ、どうしたものかと考えたその時、上空を途轍もない力を持った何者かが此処を目指して来る事を察知した。
『何か来る!?途轍もない化け物が此処に来るぞ!!』
誾千代は大きく後方に飛んで、刀を構える。こんな物で対抗できる相手ではないが、何もしないよりはマシだ。天空を恐ろしい速度で襲来した者のその姿は竜だった。
上空でその巨大な竜が静止すると、その場の空気が一変した。
その竜の持つ圧倒的な力に反応したのか、付近の魔物や通常の生物、植物に至るまでが、竜に対してひれ伏したかのようだった。
『・・・あれは・・・まさか・・・四竜の長、「応竜」か・・・?』
誾千代が応竜と呼んだその神獣から一人の男が飛び降りてきた。
「無事かスーフェイ!?下がってろ!蒼月、そいつを討て!」
男が叫ぶと蒼月と呼ばれた竜はその長大な尾を振り抜き、魔物の巨躯を弾き飛ばす。
弾き飛んだ魔物は山の中腹に激突し、岩石と粉塵を巻き上げその場に崩れ落ちた。
応竜は強大な魔力を開放し、その力の奔流は魔物の巨躯を山肌ごと消し飛ばした。
「スーフェイ無事か!?街は大丈夫か!?」
男は応竜の攻撃の行末など一向に気にせず、スーフェイの身を案じるのみだった。
「マサキ!私と街は大丈夫!でも何?あの竜は!?」
スーフェイはサンダードラゴンより強大な竜の存在に驚き尋ねる。
「ああ、あれは俺の使い魔みたいなモノだ、気にしなくて良い。」
マサキと呼ばれた男は世間話の様な気軽さでとんでもない事を平然と言った。
『応竜がお前の使い魔じゃと!!?』
誾千代が驚きのあまり声を上げる、マサキは『どこかで何か声がしたな?』と思いつつも、スーフェイにケガが無いか心配して彼女の体中を点検していた。
『貴様は阿保か!想い人が目の前に居るなら、まずは抱擁してからじゃ!?』
近くで聞こえた声に『あ、それもそうか。』と素直にスーフェイを抱き締めた。
「ちょ、マサキ!みんな見てる!誾千代なんかすぐ後ろに居るって!」
ん?誰が居るって?と思う間もなく、地揺れが収まって動けるようになったドワーフたちが駆け寄ってきた。
「マサキ!よく来てくれた!」
「またまたスー姉さんに助けて貰ったぞ!」
「というか、そのドラゴンは一体どうしたんじゃ!?」
彼らから質問攻めに合うが今はそれ所では無い、逆に街が無事なのかを確認した政樹は、幾つもの街が襲われているからすぐに救援に向かう事を告げ、自分が留守の間十分に気を付ける様頼んだ。
「今からイグニスに行く。みんなも気を付けてくれ!」
そう言うや政樹は蒼月に向かって叫ぶ。
「蒼月!次は『イグニス』だ!全速力で頼む!』
蒼月はその声に応え、政樹を迎えるべくこちらに向き直り掌を開く。
「じゃ、ちょっと行ってくる。」
政樹は肩越しにそう言うや、蒼月の胸元へと飛翔を使って飛び、再び蒼月のその手の中に包まれ天空の彼方へと飛び立って行った。
それを見送るスーフェイとドワーフは、暴風の様に現れ電の様に去って行ったマサキの一連の行動を夢か幻の様に感じ、しばらくそこを動けずにいた。
『・・・お前の想い人は「応竜」を操るか、ますます面白い!』
誾千代の笑い声に愛刀「千鳥」の「鬼道雪」もそれに応え
『まさかあの男がこれ程の力を持っていようとはな。』
その声には心からの楽しそうな思いが感じられた。一方でスーフェイは
「・・・使い魔?竜を使い魔って言った?・・・一体あなたって何者なの?」
スーフェイはマサキが手の届かない所に行ってしまう様な感覚に囚われていた。
・・・・そして先程のマサキの後姿が、スーフェイが見たマサキの最後の姿となった事実に彼女が気づくのはまだ少し先の事だった。




