希望の伝言
半蛇神と対峙する政樹、アレックス達の元へ金色の光が届き、王都の全てをその内に飲み込んだ。その光に阻まれ、今まさに魔法を繰り出そうとしていた半蛇神の攻撃はたちまち立ち消えとなった。半蛇神は何が起きたのかと困惑しているかのようだ。
「なんだ?この光は?」
「・・・これってまさか!?」
光の正体に疑問を抱く政樹、正体に気付いたアレックス。
アレックスは思わず教団本部のバルコニーに立つアリーシアに視線をやった。まさかお前がこれを使ったのか?と。
アリーシアは大きく首を振る、傍らのヴァルとアンネマリーがアリーシアの様子に只ならない気配を感じ彼女にこの状況はどうした事かと問う。
「・・・誰かが『聖者の博愛』を使用したようです。」
過去の邪神戦でアンネリーゼが勇者とドラグーンの危機に際し使用して、絶望的な状況の仕切り直しに成功した逸話は王国民どころか世界中の人々の知る事実だ。
それを誰かが我が身を捨てて使用したと言う。一体誰が?
空中のアレックスから見てもその黄金色の光は王都どころか見渡す限りの麦畑すら包み、遠方の山の中腹まで届いているのが見え、どこが発生源なのか判別できない。
「効果範囲が広すぎる!一体どの位の時間が稼げるんだ!?」
前回アンネリーゼが使用した際は王都全体を覆って、3日3晩継続したと聞く。
しかし今回の規模はそれを遥かに上回る、術者の資質次第だが効果は数時間もつのか、あるいは数分で切れるのか見当がつかないが、この機会を逃すことは出来ない。
『政樹!応竜と共に各国に飛べ!応竜の速度なら救える街もあろう!』
『はい!紅月様!!』
白狐の言葉に弾かれたように返答した政樹は、応竜「蒼月」に叫ぶ。
「蒼月!!『ツェントラーレ』に飛ぶぞ!』
続けてアレックスに各国の魔物の対応に回る事を告げ、重要な情報も共有する。
「アレックス!奴らはタワーには攻撃できない様だ!そこを上手く利用してくれ!」
「!?解った、情報を共有しておく!」
蒼月は主をその両手の中に包むと、ツヴェルグ同盟国『ツェントラーレ』に向けて天を駆けた。政樹の脳裏に先程見た悪夢の光景が蘇る、動けないスーフェイに向け粛々と武器を構えて進む魔物達の群れ。果たして間に合うのだろうか?
『いや!絶対に間に合わせる!最後まで諦めない!』
蒼月の速度は間もなく音速を超えた、その際にはベイパーコーンすら発生し更に強力に加速する。それでも蒼月の手の隙間から外界を除く政樹には風圧どころか、風すら感じなかった。どうやら蒼月は周囲の空気を固定化して自身を包み、空気抵抗を少なくする事で圧倒的な速度で飛行する様だ。これならものの数分でたどり着けるか?
『それまでなんとか耐えてくれ!スーフェイ!』
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金色の光に包まれた王都では半蛇神が紅い月明かりの下、その腕を組んで悠然と佇んでいた。この金色の光のあるうちは何をしても無駄だと悟っての行動の様だ。
対する王都側の対応は政樹が戻って来るまでの間に、仕切り直しの為の準備に追われていた。いつ切れるか解らぬこの絶対防御魔法の光の中、城壁の上では連戦で消耗しているアレックスを少しでも回復させようとしていた。
アレックスにツヴェルグ同盟国から持ち込んだ政樹特製スポーツドリンクが供され、アリーシアの回復魔法、治癒魔法、各種防御魔法が幾重にも掛けられ、万全とまではいかずともかなりの消耗から回復する事が可能となった。
アレックスの周りには各国の兵士たちが集まり、今後の対応を協議していた。
王都内では未だ魔物が残っている箇所もあるが、この停戦中を利用して魔物の現在位置やその数、その戦力等を調べており、戦闘が再開すると同時に魔物を殲滅する手配を完了させていた。
戦闘再開にマサキの復帰が間に合わない場合は、7隻の飛行艇も戦闘に加わり魔導砲での援護に徹する事、その際は遠距離からの攻撃に徹し決して無理をしない事が徹底された。
「邪神はタワーには攻撃できないらしい、危ない時にはタワーを盾にしろ。」
アレックスが飛行艇の総舵手に助言を与える、実際にタワー付近には攻撃魔法が飛んできていない。それを聞いたヴァルが疑問を口にする。
「実のところ、タワーって何の役目があるんでしょうか?」
ヴァルの質問を受け、アリーシアがそれに応える。
「勇者を輩出しないのが目的なら、もう用済みのはずなんですよね?」
アレックスがふと思い出し、一つの仮説を口にした。
「風の巨大結晶の周辺だと使徒の力が弱まっていた。もしかすると力が弱まるのを恐れて土の光が漏れださない様にしているのかもしれないな。」
アレックスはそう言いつつも、あの時の使徒は巨大結晶のすぐ傍でも常人以上の能力を発揮していた事も思い出す。この強大な邪神に大した影響があるとも思えず
『いや、それはないか。』とも思い直した。
「タワー内部には上部に続く階段等もないので人が居住するどころか、メンテナンスの必要のある設備があるとも思えません。」
アンネマリーの説明にタワーの存在理由の謎はさらに深まった。
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魔物の襲撃に対して各都市の中でも最も強固だと思われていた「イグニス」の街の防衛網が崩壊し、防壁が遂に破壊された。
この街に襲来した巨大な魔物は物理攻撃に耐性があるようで、魔法を使えない人狼には相性の悪い相手だった。圧倒的な体格差もあり巨体の進行を止める事が叶わず、あっさりと防壁に大穴を開けられてしまった。
「拙いぞ!デカイ魔物が門をぶっ壊しやがった!」
「アキラさん!もうデカブツの相手は無理だ!」
「侵入する魔物のほうを何とかしてくれ!!」
グレートウルフが侵入する魔物の対処に回る、しかし連戦の疲労が体の動きを遅くする。魔物の侵攻は止められない。デカブツは街の内部には興味が無いのか、そう指示されているのか、城壁を破壊する事に専念しており、魔物の侵入経路が増加する。
崩れ去った南側の防壁から魔物達が街の中に易々と侵入してくると、他の門の防衛どころではなくなり、侵入を防ぐ為に戦力を南門に集中すると他の門も防衛が怪しくなった。
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ツェントラーレに向かう途中でイグニスの「椿」からの情報が政樹に伝わった。
「城壁が崩されたのか!こっちもヤバイ!アキラ何やってんだ!」
あと数分でツェントラーレに就く頃だ、イグニスにはすぐには行けない。
しかし、自分がイグニスに向かっていると言う事を伝えれば、あと少しの我慢をしてくれればなんとかなるのではないか?咄嗟に政樹は「椿」に指示を出す。
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防衛網が破られたとの報告を受けたウォルターは、決断を強いられた。
行政区の比較的頑丈な塀の在る建屋に立て籠もり救助を待つか、街を捨ててドラゴンの山へ逃げ込むか、どちらもリスクはかなり高い。
山へ逃げ込もうにも、途中で魔物に襲われる可能性が非常に高いうえに、山へ入ったからと言って安全が確保されている訳ではない、マサキとドラゴンとの関係の深さによっては山に受け入れられない可能性もある。
街の建屋に立て籠もるのは、救援が来るとの確信が無ければ自滅に繋がる。他の街の状況も解らない現在では無謀な考えに思える。間違った判断をすれば取り返しのつかない事態になってしまう。
ウォルターは決断した、移動距離を考えれば夜間に山まで向かうのは無謀だ。
ここは建屋に住人を集め、街中に障害物を置いて進行速度を出来るだけ遅くし、場合によっては街に火をかけ時間を稼ぐ。・・・これしかない、そう指示を出した。
「・・・しかし、救援が来なければどうなる?」
指示を出した後もウォルターは迷う、自分の決断に多くの住民の命が掛かっているのだ。本当にこれで良かったのか?と。
その時、執務室で迷うウォルターの眼前にいきなり和服の美女が出現した。
「・・・は?な、何ですか!?あなたはいきなり!?って一体どこから!???」
唐突な「椿」の出現に驚くウォルターの目の前で、「椿」は机の上のペンを取り手近にあった書類の上にたどたどしい手つきで文字らしきものを書き始めた。
「ちょ!・・・それ大事な書類!?なんて事するん・・・え?」
「椿」の書いた文字らしき物を見たウォルターは我が目を疑った。
「・・・いちじかん、たえろ、まさき?・・・マサキさん!?」
眼前の美女はマサキからのメッセージを持ってきたのだ、イグニスに希望が湧いた。
それも超特大の希望だ。彼は執務室を飛び出しエントランスに向かいながら、一見何が書かれているのか判別の難しい文字の書かれた書類を手に、叫ぶ。
「みんな!一時間頑張れ!マサキさんが来てくれる!住人に伝えるんだ!!」
特大の希望を耳にした人々は、多くの人に伝えようとそれぞれが街へと走る。
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街の中は防壁が破壊されたとの絶望的な情報が伝わり、パニックになっていた。
「もう駄目だ!みんな死ぬんだ!!」
「諦めるな!まだここまで魔物は来ていない!女子供を連れて逃げろ!!」
「何処に逃げりゃいいんだよ!周り全部魔物だらけだ!無駄だ!!」
南門付近から逃れるべく人々は北へ、中央へと慌ただしく押し合いつつ移動する。
当てもなく走る者、諦めて地面に座り込む者、どうせ死ぬならと浴びるように酒を飲む者、彼らの行動は様々だったが、一様にその表情は絶望に彩られていた。
彼らの進む道の先からこちらに駆けてくる者たちが居た、彼らは叫ぶ
「行政区に集まれ!あと一時間ででマサキさんが来てくれる!」
「救世の英雄がくるぞ!もう少しの辛抱だ!諦めるな!」
「イグニスに救世主が来るぞ!!それまで耐えろ!!」
『救国の英雄』が来る!その知らせは人々を絶望の淵から救い上げた。
「そうだ!俺達には『救国の英雄』が付いているんだ!」
「マサキさんが居れば魔物の集団程度何ともないぜ!」
「でも彼、邪神と戦ってるんじゃなかったの!?」
「もしかしたら既に邪神をぶっ倒したのかもしれないぞ!」
「もしそうだったら、このまま披露宴になったりしてな!?」
人々の表情に笑顔が戻った、『救国の英雄』さえ来てくれれば何も問題は無い!
あとは自分達が諦めずに協力して「英雄」の到着を待てば良いんだ!パニックにならず落ち着いて、たった一時間を耐えれば良いんだ!
そうだ、救世の英雄はいつも言っていた。祈るだけじゃダメなんだ、自分で出来る努力をしろ、と。諦めずに努力をする事で神は僅かながら後押しをしてくれるんだと。
「椿」の伝えた僅か数文字の伝言は、イグニスに特大の希望を与えた。




