「聖者の博愛」発動
現地に飛んだ「飯綱」から映像が送られて来た。
先ずは距離的に一番近い共和国「イグニス」か、「椿」の視覚を共有する。
街の上空からの視覚だ、高度は20m程度か?街中が見渡せるが街の中は安定している様子だ。それに対し城壁の外では魔物の死体が散乱している、流石にここは人狼二人組とグレートウルフの戦力が健在だ、危険度は低い。
しかし街の郊外で魔獣とアキラが対峙しているのが確認できた、あまりにも体格差が有り過ぎるが、アキラは巨大な恐竜でも対処してきた人狼だまだ耐えて呉れよう。
そして続いて同盟国「ツェントラーレ」の「桃」から映像が届く。
『なんだ?これは!?』政樹は思わず叫ぶ、映像は丁度巨大な魔物が降下した直後の物だった。その巨大な魔物が光ったかと思うと、地揺れが発生した瞬間が見えた。
不味い!地揺れの所為で街の人々が全く動けていないのに、魔物は地揺れの中ゆっくりと街を目指して進んでくる。この街はもう一刻の猶予もない!
続いて帝国に飛んだ「桜」からの映像が届いた。「ツェントラーレ」の状況が気掛かりでそれ所ではないと一瞬考えてしまったが、「シンノウ」の映像を確認した。
城壁に群がる魔物の群れが見える、その魔物の中をイヅナが動き回って確実にその数を減らして行っている様だが、ここの脅威は空に居た。翼の生えた巨大な虎の様な魔獣が黒姫城の上空を舞っている所に飛行艇が空を自在に飛び回り、魔獣へと魔導砲を叩きこんでいた。
デアルヴァの操作する「プリンセス・エヴァルトラウティ号改」に搭載している「涙滴型クリスタル」は3つの加護を注入している。他の飛行艇に搭載されているのは多くて2つの加護しかない。その分、出力が桁違いとなっている。
巨大な魔獣も流石にこの空中を自在に飛び回る船には手古摺る様子で、城を襲う余裕などない様だ。魔導砲を撃ちこまれ、度々大地に落下し、再生してはまた落下を繰り返している。互角以上に戦っているように見えるが、デアルヴァの集中力が何時まで持つかがカギを握るだろう。ここも長くはもたないかも知れない。
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各国の状況が解った所でも、眼前の半蛇神が政樹達がこの場を離れるのを見過ごすハズもない。半蛇神は政樹達をこの場に釘付けにすれば良いとばかりに、全力を出し切ってなどいない。力も温存しつつも優位を保っている。
此方も連戦の分、気力体力がどれだけ持つかが懸念材料だ。「ツェントラーレ」の状況が頭から離れない。地揺れで動けない間に街全体が蹂躙されてしまう、もう残された時間はない。
「ツェントラーレ」は駄目か!?そう思った瞬間、「桃」から新しい状況が届く。
場面は切り替わり街の外の映像が映る。粛々と迫る魔物の群れ。その先頭は既に城外で動けず固まる警備兵達の目と鼻の先だ、その先頭には大地に伏せる白百合の姿が。
『スーフェイ!?何でこんな所に!?イグニスに居たんじゃないのか!?』
政樹は我が目を疑った。動けないスーフェイ達へと粛々と進む魔物の距離はもう10mもない。魔物達が武器を構え、大地に這いつくばって動けない哀れな獲物たちへと大きく武器を振りかぶった。
『スーフェイ!!』
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フォルカーは眼前のキマイラに対し盾を構えて、右手の剣を握り直した。
『獅子の魂』の効果で死ぬことは無い。有利な状況なら問題は無いが、一度不利になると立ち上がる事さえ出来ずに、ボロ雑巾の様になって効果時間が切れるまで苦しみ抜いて死んでしまうだけだ。
そんなフォルカーに対し、キマイラは攻撃を受け続ければやがて死ぬ。ただ、そこまでに至るのにたった一人で攻撃を与え続けるのは不可能だろう。ある意味お互い死とは程遠い戦いと言えるだろう。
そんな戦いの帰趨はどちらの心が先に折れるかに掛かっている。『折れない心を持つものが勝者となる』それ故に付いた名称が『獅子の魂』なのだ。フォルカーは覚悟を決めキマイラに走り寄る。
『シールドバッシュ!!』
通常盾の質量を相手に叩き付ける技だ、フォルカーはそれに加えて全体重を乗せて背中から体ごと倒れこむようにして威力を増大させている。頭に綺麗に当たれば頭部の強度によっては頭蓋を砕く事も出来、悪くても脳震盪を起こす事が出来る。
キマイラの獅子の頭にタイミングよく決まったシールドバッシュは、獅子の頭に脳震盪を起こし、身体全体の動きを止めた。そのまま頸動脈付近を右手の剣で突き刺す。
が、分厚い皮膚に阻まれ、浅くしか刺さらず致命傷には至らない。
『くそ!アレックスが居りゃこの隙にダメージ喰らわせられるのに!!』
キマイラは体勢を大きく崩しながらも蛇の頭を持つ尻尾でフォルカーの背中を打つ。
背中に痛打を浴びたフォルカーが前につんのめった所に右前足の爪が彼を襲う。
辛うじて盾で避けたフォルカーに左前脚での追撃が迫る。爪に盾を弾かれ出来た大きな隙に、キマイラの爪が振り下ろされ、甲冑毎に脇腹を抉られた。
『ぐっ!はぁぁぁ!』
肉が裂かれ激痛に息が詰まる、動きが止まった所に体勢を立て直したキマイラの強力な左前脚の爪が横殴りに襲い、肩から腕まで更に抉られた。
『が!っあ!』
抉られた時だけでなく、脇腹と肩の肉が再生する時にも肉が蠢き激痛が走る。
傷はあっさりと修復するものの、その内部では痛みがまだ継続していた。その痛みの為に肩を動かそうとすると激痛で剣すら落としそうになる。
『傷が治る時でも痛みが走るのかよ!?』
フォルカーは十分な覚悟をしていたはずだが、予想していたよりも激しく継続する痛みに心が折れそうになる。続くキマイラの爪の追撃に弾き飛ばされ背後の壁に叩き付けられ衝撃で鎧が肉を裂きまた違った激痛に襲われる。
『熱い!体ン中から焼かれてるみてぇだ!』
最初に喰らった脇腹の激痛が未だ収まらない中、新たな激痛が積み重なる異常事態にフォルカーの神経は悲鳴を上げ続ける。負傷が治った箇所も痛みが引く気配は全くない。痛みに体はマヒし、力が入らず剣も盾も構えるだけでも激痛が走る。
「フォルカーさん!!今、行きます!!」
「来るんじゃねぇ!!邪魔だ!!」
冒険者が加勢しようと邸宅から出ようとするところへフォルカーの叱責が飛ぶ。
『こいつらが一撃喰らえば絶対に死んでしまう!』
フォルカーは冒険者に気を逸らした魔獣の後方から蛇頭の尻尾を斬り飛ばす。
身体に傷を付けられて激怒した魔獣は再度フォルカーの盾を弾き、身体は大木に叩き付けられる。
それでも魔獣の追撃は終わらず、一方的な攻撃を受け続け体中で痛みを感じない箇所は無くなった。甲冑に触れている所すら激痛が走る。痛みで働きが鈍くなった頭でフォルカーは考えた。
『重さで痛みが増えるなら甲冑など要らん!』
そう思うとフォルカーはキマイラの眼前で装着していた甲冑を外し始めた。
その間もキマイラの追撃は続く、甲冑を脱いだ脚は新たに裂かれ、露わになった肩も獅子の牙に食い破られる。
激痛に激痛が重なるとある一定以上の痛みは増えなくなったように思えた、神経伝達の許容範囲を超えたのかもしれない。動きが緩慢になりつつもようやく全ての甲冑を外した時、キマイラは此方を無視して館に攻撃を加えようとしているのが見えた。
「・・・お前の相手はこっちだ!」
そう言いつつフォルカーは剣をキマイラの尻の部分に勢いよく突き刺した。痛みに激怒したキマイラは再びフォルカーに襲い掛かった。
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館の中では村人達がキマイラの咆哮とフォルカーの叫び声に恐怖で震えていた。
鎧戸の隙間から覗ける光景は、キマイラによるフォルカーの嬲り殺しとしか見えない。人間と合成獣との1対1の、到底対等の戦いであるはずもなく、一方的な公開処刑の様相を呈し始めていた。
村人達は耳をふさぎ、外の咆哮が聞こえない様にと努めるが、当然それは無理な話で衝撃と共に邸内まで外部の悲惨な状況が伝わってくる。
フィーネも震える我が子を抱きしめたまま息を殺し時が過ぎるのを待つばかりだったが、このフォルカーの叫び声と合成獣の咆哮が聞こえなくなった時がここに居る全員の最期の時だと言う事は理解できていた。
それに王都でアレックス達と戦う邪神の声が何故かここまで、と言うか脳内に届いてきており、アレックス達も厳しい戦いが強いられている事が伝わって来る。
フォルカーが死ねばこの村は壊滅し、アレックスが敗れればこの世界が終わってしまうのだ。当然自分も、この腕の中で震える小さな体の命も今や風前の灯となった。
魔法も使えず、剣も振れない自分になにか出来る事は無いのか?甥っ子の為、村人の為に激痛の中単身闘い続けるフォルカーの為に。
父に手を引かれ祖国から遠く離れた王国を訪れてからの6年間、自分の傍らで父の代わりに、兄の様に、身元の不確かな自分を理由も聞かずに、王国内の身分を捨ててまで護り続けてくれたアレックスに対して自分の出来る事は無いのか?
そう考え続けたフィーネに心に一つの覚悟が浮かんだ。
・・・『聖者の博愛』、100年前の邪神戦で術者アンネリーゼが王都を救うべく使った「完全防御魔法」を発動させるアイテム。使った術者の命を根こそぎ使い切り、効果時間の続く限り一切の攻防を阻止する事が出来る。
このアイテム自体は非常に安価で流通しており、死を免れ得ない状況に陥った際にせめて安楽に死を迎える為の最終手段として家庭に常備されたりもしている。
当然この村の人々もフィーネも持っているアイテムだ。
アンネリーゼは王都全体に効果範囲を及ぼし、三日三晩王都を守り切ったとされる。
これを使えば王都まで距離はあるものの、1~2時間位は時間が稼げるのではないだろうか?それで村の人々、世界の人々が救われる可能性があるのなら・・・。
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フォルカーが激痛の為に働かなくなった頭で、キマイラの迫り来る巨大な爪を、
『今度はどこが裂かれるんだ?』とぼんやり考えて見ていた時、その爪の動きが止まったのを感覚的に感じた。
キマイラが明後日の方向を向いている?この俺を無視して?一体何があったのかとキマイラの視線を追うと、そこには手にした巻物の封を切ったフィーネが邸宅の扉の前に立っているのが見えた。
「フォルカーさん、ハンクを、村の人をよろしくお願いしますね。」
強張った儚い笑みを浮かべたフィーネはそう言うと手にした巻物を広げた。
新たな獲物を見つけたキマイラがフィーネに襲い掛かった瞬間、巻物から金色の光が膨張し際限なく広がっていくのが見えた。光に包まれ我に返ったフォルカーは叫ぶ。
「フィーネェェェェェェェェェェェェェ!!!!」
全ての攻防を阻止する金色の光はこの場を中心に王都の戦いの場へも届いた。




