大厄災の始まり
邪神が暗黒のドームに取り込まれた直後、黒い球体が大地より離れ、浮かんだ。
その不気味な黒い球体は蒼月の前身たる「狐竜」の数倍の大きさで、王都から1km程離れた南の麦畑の上空に不気味にその存在を主張していた。
「なんなんだ!?一体あいつは!」
「『狐竜』の数倍はある!それだけデカイ奴が出てくるのか!?」
倒したはずの邪神を飲み込み浮かぶ不吉な暗黒球、その内部では何かが蠢いている気配がある。邪神が変態し羽化する前兆なのか?
「蒼月!あれを撃て!」
政樹は蒼月に攻撃させた、蒼月の放った攻撃魔法はそのまま黒い球体を突き抜け虚空へと吸い込まれていった。「狐竜」と同じく未だ実体化していないと言う事か?
『こいつも本体が姿を現さない限り攻撃が無効になるってわけか・・・。』
手出しができないまま球体と対峙していると、やがて球体に異変が現れた。
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ツェントラーレの南門は押し寄せる魔物の群れにより崩壊寸前となっていた。
城門の外には1000を超える魔物が門を破壊すべく手にした武器を振りまわす。
「くそ!数が多すぎる!城門が持たんぞ!!」
「鉱山の斜面を登ってくる奴も居るぞ!手が足りん!駄目か!」
魔物の群れにブレードを装着した飛行艇が突っ込むも、幾度となく繰り返された攻撃に慣れ始めた魔物は、飛行艇の接近に合わせて一斉に散ったり、大地に伏せたりと躱し方が巧みになりつつあった。
「魔物ども知恵を付けおって!小回りが効かん分当たらんようになっとるぞ!」
「城門に近寄られたら接近すらできん!砲を撃っても数匹しか倒せん!」
城門の上から弓を放ち、石を投げ落とすが魔物達は一向に怯まない、門に大槌を振るい門が軋み、裂ける音が辺りに響き始めた。
「拙い!門が破られる!魔物が雪崩れ込んでくるぞ!」
「一度に大勢は入れんはずだ!門の内側で食い止めろ!」
ドワーフたちは一旦城門から離れ、間もなく破られるであろう門から侵入する魔物に備え武器を構え直す。ひと際大きな破裂音が響いた直後、背後から声が掛かる。
「みんな!下がって!私に任せて!」
声に反応し道を開けるべく左右に割れた人々の間を純白の人影が駆け、門に向かう。
純白の「カーサ・ブランカ」を纏い刀を右手にしたスーフェイが走る。
「スー様!いかにあなたでもこの数は無理じゃ!」
「魔物は1000体近く居ります!無茶はお止めください!!」
門が木っ端微塵になり魔物を防ぐ障害としての機能を失い、魔物達が武器を振り回し街の中へ侵入してきた。先頭のオークがスーフェイに大槌を振り下ろした瞬間、スーフェイは脇を擦り抜け「千鳥」の切っ先をオークの二の腕を撫でるように振るう。
オークの皮膚を割き、その肉に潜り込んだ刃先から凄まじい電撃が全身を駆け巡り、体内を焼かれたオークはその場で絶命した。そのオークが倒れる頃には二匹目と三匹目のオークが既に同じ運命を辿っており、スーフェイは4匹、5匹目に刃を薙ぐ。
ほんの数秒程の間に10体近い魔物が大地に倒れる異常な光景を目の当たりにした魔物は、混乱しその場に留まろうとするが、自分の意志とは裏腹に後ろから押さ出され、眼前の純白の死の衣装を纏った美しい死神の振るう刀に命を奪われた。
門に入ろうとする魔物と、門から逃げようとする魔物達で城門の外は大混乱となっていた。外へ逃げようとするも魔物の壁で逆に押し込められて背後から斬られて死ぬ者、逃げる為に邪魔する者を殺して血路を開こうとする者、その屍が積み重なる。
普通なら腕の1本を失おうとも怯まず襲い掛かってくる魔物達だが、白い死神の剣は撫でられただけで成す術もなく即座に絶命に至る。大地に折り重なるオークやオーガの死体の山に、魔物達の間に恐怖が伝染する。
『城内に化け物が居る。』魔物達がようやく気付いた時には既に100匹超が成す術もなく大地に倒れ、恐怖に駆られた魔物達の潰走が始まった。
「おおおお!たったお一人で魔物を潰走させるとは!流石は『雷切スー』様!!」
「一度ならず二度までも街を救って下さるとは!流石は『白百合の君』!」
城内では僅か数分で街の危機を救ったスーフェイに称賛の声が上がる。後ろも見ずに只ひたすらに、前を進む邪魔な同胞を蹴り飛ばして逃亡する魔物達。
しかし状況は急変した。
それまで我先に逃げようとしていた魔物達が、同時にその足を止め一斉にスーフェイ目掛けて駆け戻ってきたのである。魔物達の表情に一切の恐怖が無いどころか、どんな感情もない無表情で粛々と迫り来る異様な光景だった。
900体近い大小様々な魔物が一斉に迫り来る光景は、どんな兵でも恐怖でパニックになってもおかしくない状況だが、スーフェイは至って冷静だった。
「竜の加護」が働いている状態では思考も加速し背後も含めた周りの状況が良く見える上、自分以外の動きが緩慢に見える為、余裕を持って対処可能だ。危険な時には手にした刀が教えてくれさえする。
「こいつら自分の意志で動いている訳じゃないみたいね・・・。」
そうすると何者かに操られている事になるが、その何者が何処かに居るのか?
スーフェイは辺りを冷静に観察する。幸いにこの辺りは魔物の侵攻を阻むような木々もなく、大地も山も身を隠す物が極端に少ない。白狐によって夜目が効くようになり更に「竜の加護」で強化されているスーフェイの目から逃れる事は難しい。
そういった事情を一切知らぬ者からすれば、夜間に城門から500mも離れた場所でわざわざ身を隠すなどせず、魔物への指示の為に状況を見守るのは当然と言えた。
スーフェイの竜の目は、山の麓に悠然と立つローブ姿の男をあっさりと捉えた。
『・・・たった一人であの数の魔物を追い払うとは化け物か・・・?』
しかし、どんな化け物と言えども周りを1000体近い魔物に取り囲まれてしまえば、大地に骸を晒すのは時間の問題だろうとローブの男は考えた。
『・・・?魔物の動きがおかしい?』
城門付近で戦っているはずの魔物がこちらに一斉に向かってきているように見える?
その先頭に何やら白い花の様な物が見えるが、夜の闇の中で定かではない。
その白い花は常人離れした速さでこちらに向かってくる、人間が走る速さか!?
『馬鹿な!?闇の中、この距離で私を見つけたと言うのか!?』
そう思った次の瞬間には、純白の衣装を纏った人間の女がこちらに向かって剣を薙いだ。それを何とか躱して空中に飛んだが、すぐにそれを後悔する事になった。
『しまった!空中では自由が効かん!落下する所を狙われたら‥‥。』
そう考えた時には既にその身体は両断され、ご丁寧に電撃で内部から灼かれて男の意識も命もこの世から完全に消え失せた。
スーフェイが遠くに見つけた妖しい人影の元に駆け寄り斬りつけると人影はあっけなく大地に倒れ絶命した。そして背後から迫る魔物の群れの方を振り返ると、使役していた者を失い我に返った魔物達は、我先にと方々へ逃散していった。
やはりこの人物が魔物達を操っていたのだろう。街からは歓喜の声が聞こえる、どうやら街を襲っていた魔物も全てが逃げていったようだ。
これでこの街の危機はとりあえず去ったと言う事だろう。
『殿下に少しはご恩返しができたかな・・・。』
そう考えたスーフェイが大地に倒れた男の死体に目をやり、ある事に気付いた。
「何故この男が大司教様と同じ服装をしているの!?」
はだけたローブの下から覗く衣装は間違いなくヴァレンティーン大司教と同様の教団幹部の着るものに間違いない。スーフェイには見間違いでない確信があった。
ヴァルは普段は目立たぬように地味な色合いのマントを羽織っている。何しろ帝国の裁判所内で使徒がヴァルを教会関係者と見抜けなかった位目立たない格好だ。
しかし、マサキとイグニスの大通りを街の人々から祝福されながら歩いた時、ヴァルはマントを脱ぎ高位の司祭と解る衣装でスーフェイの目の前を進んだのである。
スーフェイはマサキと腕を組みつつ皆から祝福を受けている事実に周りに目をやる余裕もなく、ただ只管目の前のヴァルの後姿を見ていたのだから、間違い様がない。
『これはどういう事?・・・まさか教団の関係者が・・・。』
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黒い球体から破裂音が聞こえた直後、球体から天空に黒い塔の様な物が聳え立った。
それは幅10m、高さ100m程の物でそれがゆっくりと傾き、大地に叩き付けられるかのように倒れると、球体が弾け飛び中から異様なモノが全身を現した。
それは上半身がヒト型で、腰から下が蛇の胴体、先程大地に倒れた物体はこの胴体だったようだ。邪神の腰から下に蛇の胴体が生え、その翼がより大きく、腕が3対となったその姿は半蛇身の悪魔と言った風貌だった。
『グアァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!』
狭い球体内から解放された歓喜か、先程までさんざん痛めつけてくれていた勇者とドラグーンに反撃出来る喜びに打ち震えているのか、邪神が『大厄災』と呼んだ半蛇神が天の紅い月に向かって激しく雄叫びを上げた。
その雄叫びは大気を震わせ、木々を揺らし、大地に突風が吹き荒れる。
半蛇神の眼前に紅い光球が現れ、それが弾けたかと思う間もなく凶悪な力の奔流がアレックスを襲う。咄嗟に盾を構えたアレックスの前に紅月が立ち塞がり防壁を張るが、反射させる事は出来ずに辛うじて逸らせる事に成功した。
『邪神とは比べるまでもなく強大になっておる様じゃな。』
その巨大になった身体の防御力もそうだが、その生命力も邪神より遥かに増加している。しかし、こちらの方が数の上でも手数の上でも有利だ、時間を掛けさえすれば対処できない相手ではなかろう。問題はどちらの体力が先に尽きるか、だ。
こちらは数が多いが先ほどまで邪神と戦って消耗しており、万全の状態ではない。
それに対し半蛇神の方は今、生まれ変わったばかり、状態は万全と言って良い。
『・・・時間を掛ければどうにかなる等と考えては居るまいな?』
不適かつ不気味な笑みを浮かべながら、半蛇神は言う。
『時間すらこちらの有利に働き、貴様らには時間が敵となるのだ。』
時間が敵になる?一体どういう事だ!?政樹がそう考えた事を悟ったのか、半蛇神は天空に向かって叫ぶ。
『出でよ!『死凶』!!是奴等に所縁のある街を蹂躙せよ!!』
半蛇神の叫びが現地へと届いたのか、帝国領「シンノウ」「マッツーラ」、共和国「イグニス」、同盟国「ツェントラーレ」の上空に暗黒の空間が出現した。
それは王都で暴れた「キマイラ」、ツェントラーレに現れた「グリフォン」、帝国裁判所内に躍り出た「ギガテュラノス」、それらが出現した暗黒の空間よりも規模の大きなモノだった。
「俺達が動けない今、遠く離れた場所に大型の魔物を送り込むつもりか!!?」
アレックスが半蛇神の意図を察し、叫ぶ。この場で邪神と対峙した者たちならば、使徒クラスの魔物でも対処は可能だが、王都のキマイラでさえ熟練の冒険者チームでギリギリ対処出来た程度なのだ、そんなモノが街で暴れようものなら・・・。
『スーフェイ!!』
絶望する政樹が思わず叫んだのは「イグニス」で彼の帰りを待つ者の名前だった。




