魔物の仔
正午には少し早い時間にギルドが用意した馬車に揺られて着いた先は、5人の高位魔導士が意識不明となった現場のシュバルツ山の洞窟前だった。
俺とアカツキ様、エルサスとエルザスの一行は馬車から降り洞窟の前に立つ。
馬車は何が起こるか解らず危険なので一旦戻り夕方に迎えに来ることになっている。
報告ではこの洞窟、入り口は高さ10m幅3m程の岩の亀裂のようになっているとあるが、どう見ても穴には見えない。山肌にその規模の黒い色を塗ったように見える。
『なんか変ですね。奥行きが感じられない。』
『ふむ、人の目にはそう見えるのか。』
アカツキ様に依れば、空気感の違いはあるが只の洞窟として見えているという。
入り口から中程位までは何も居ないから入ってみろと言われ、俺は言われるままに『黒い壁』としか見えない洞窟?内へ足を踏み入れた。
『!?なんだ、これ?』
入り口から一歩入っただけで視界は暗黒に包まれ、目の前にかざした自分の手すら目視出来ない、思わず後ろを振り返るもそこに存在するはずの外の景色すら真っ黒に塗り潰されたかのように全く何も見えない。
一瞬方向感覚すら失いかけてパニックになりかけた俺の手を咥えて外へと引っ張り出したのはエルサスだった。
「あ、ありがとうエルサス。」
エルサスは心配そうに俺を伺っている様だ、案外可愛いところがあるなコイツら。
アカツキ様はもちろんエルサス達も洞窟内では普通に見えている様だ、やはり予想通り人が認識できる可視光線の波長部分だけがこの闇に遮られているという事か。
『それなら大した問題ではないな、少しじっとしていろ。』
アカツキ様にそう言われて突っ立っていると体が白い光に包まれた。
『よし、中に入るぞ』と言われエルサス、エムザスを先頭に俺、アカツキ様が続く。
『あ、見える!』
今度は洞窟内部がはっきりと見える、ただ色味がないモノトーン調で赤外線カメラの映像のような感覚だ。どうやらアカツキ様が夜目が効くよう魔法を使ったようだ。
俺は改めて洞窟内を観察する、天井の高い数十メートルは続くであろう幅3m程の岩肌に囲まれた洞窟を二匹の使い魔が先頭に進む。
アカツキ様が先頭に行かないのは、この二匹の実力と有用性とをギルドと王国に示す為で、アカツキ様はあくまでサポートに徹する事にしている。
少し進むと二匹が何かに反応した、それは俺にも確認出来たがその姿は所謂「ゴブリン」と呼ばれる亜人間の姿にそっくりだった。
10匹ほど居たゴブリン達もこちらに気づいたのか、思い思いの武器を手に二匹に襲い掛かって来た。二匹は一声吠えるやゴブリン達を迎撃しあっという間に10匹全部をを地面に転がしてしまった。二匹は成果を誇るかのように俺を振り返る。
「凄いじゃないかお前たち!」
俺は思わず二匹に駆け寄るとその頭を大げさに撫で回す、すると二匹も嬉しそうに体を摺り寄せて尻尾を振ってくる。かなり優秀な二匹だ、殺処分なんてとんでもない!
街中でこいつらの態度が悪かったのは飼い主の影響に寄るものが大きいのだろう。
これならありのままを報告すればギルドも殺処分は出来ないはずだ。
その後も少し進んだところにゴブリンの残りが10匹程居たが、褒められて調子の出てきた二匹が難なく片付けてしまい残すは最深部の広場のみとなった。
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「あれは・・・虎?」
最深部の広場に居たのは漆黒の体に白い模様を持った「虎」の様な魔物だった。
その姿を認識したエルサスとエムザスに緊張が走る、どうやらゴブリン程度は軽く斃す二匹にとっても難敵と判断せざるを得ない様だ。
「虎」はこちらを威嚇して唸り声をあげる、しかしそれは二匹やましてや俺にではなく、明らかにアカツキ様に対してだった、強者が解るのだろう。
『そやつらに怪我をさせるわけにもいくまい。我がいこう。』
アカツキ様がそう言って前に出ようとした時、全員がある存在に気づいた。
『・・・子猫?いや「虎の子」か?』
それは黒い虎の後ろの足元で震える小さな「虎」だった、その姿は小さ目の猫にしか見えない「真っ黒な仔虎」。
「仔虎」が小さく「みゃー」と啼いた、その声に気づいた黒虎は慌ててその子を背後に庇おうと体勢を変える、目前の強敵から我が子を守ろうとしているのか?
それに気づかないのか「仔虎」は再び「黒虎」に声を掛けた、その時。
黒虎は仔虎を蹴り飛ばし岩壁に叩きつけ、叩きつけられた仔虎は痛みに悲鳴を上げながらも立ち上がり困惑しながらも黒虎によたよたと歩み寄る。
黒虎はアカツキ様に対して威嚇した時とは比べ物にならない咆哮を仔虎に浴びせた。
仔虎は思わず後ずさりしつつも黒虎に近づこうとして黒虎に前足で弾き飛ばされた。
地面に勢いよく転がった仔虎は足から血を流しつつよろよろと起き上がり、激しく吠える黒虎から距離を置こうと洞窟の出口方向へふらふら歩いていく。
その進行方向にはエルサス、エムザスが居たのだが二匹はさりげなく仔虎の進路を遮らぬよう移動しその後姿を見送った。
『コイツ、我が子を殺させないようあえてこんな事を・・・。』
洞窟の外まで続くであろうその小さな足跡には、赤い血が転々と混じっていた。
『・・・・アカツキ様・・・。』
『ふん、こいつは苦しまずに殺してやろう。』
アカツキ様はそう言うと首を垂れ静かに佇む黒虎のその頭を一瞬で斬り落とした。
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洞窟の広場の奥に更に奥へと続く亀裂を確認したアカツキ様はその亀裂に対し厳重な封印を施した。そうしてしばらくすると徐々に洞窟内の黒い空気が薄まって通常の空気で満たされていくのが感じられた。
この亀裂から向こう側の空気が流れ込んできていた様だ。黒虎やゴブリン達がこちら側にやってきた様に、この亀裂を放置すれば更に多くの魔物が溢れる事になっていただろう。
夕方ギルドからの迎えの馬車が来る頃には、天気が崩れ雨が降り始めていた。
あの仔虎はこの雨の中、ケガをしたあの小さな身体でどこにいったのだろう?
馬車に揺られながらそんな事を考えたが、魔物として生まれてしまった仔虎の行く末を案じても仕方ないのでそれ以上考えるのを止めた。
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冒険者ギルドの一角で人目を避けるように一番隅のテーブルにマルクス、マリウス兄弟の二人の姿があった。
兄のマルクスは自らの使い魔に襲われて以来抜け殻のようになってしまい、其れを心配するマリウスは甲斐甲斐しくその世話をしていた。他の冒険者達からの憐憫や蔑みの視線も今は気にする余裕すらなく、これからの事を考えるだけで不安だった。
二匹が小さいうちから兄貴と一緒にやって来たのにどうしてこんな風になってしまったんだろう?駆け出し冒険者の頃は毎日生きるのに必死に頑張ったのに。
考えればあの二匹が予想以上に強くなり、それにつれてランクが上がる毎に慢心し始めたころから少しずつ歯車が狂ってきた様にも思える。ランクが上がったのはあいつらのお蔭なのにそれを勘違いした結果このザマになったんじゃないのか・・・。
冒険者としての地位も、プライドも信頼も、あいつら二匹も、何もかも失ってからその事に気が付こうなんて何もかもが遅すぎた・・・。
マリウスがそんな事を自問自答していると、ギルドの正面に馬車が停まり中から『百狼』と白い犬、エルサス、エムザスの一行が下りてきた。
『百狼』はにこやかな笑顔で二匹の頭を撫で、任務成功の喜びを分かち合い二匹もそれに応え尻尾を振って上機嫌だ、冒険者達はその光景を驚きの目で見ている。
『・・・ああ、あいつらのあんな姿を見るのはいつ以来だろう・・・。』
マリウスがそんな事を考えていると前に座るマルクスもその光景を見ており、やがてその両目から涙が溢れ出してきた、マリウスもつられてその目から涙が流れる。
『百狼』一行がギルドのカウンターへ向かい任務完了の報告をする、その光景を直視できなかった元ビーストテイマー兄弟は身を小さくしてテーブルに潜む。
『良かった、あいつらの殺処分は免れそうだ・・・。』それだけは安堵した。
マサキに冒険者の賞賛が集まるのとは裏腹に何もかも失った兄弟はこの場から消えてしまいたい思いに囚われ俯いていた、その時マリウスの袖を引くものが現れた。
「・・・エルサス?」
エルサスとエムザスの二匹は打ちひしがれた彼らの主を心配するかのように頭を垂れて鼻を鳴らし、其の身を寄せてきた。
「俺達が未熟だったばかりに、不自由させちまったな・・・。」
「あ、お前たちこんなところに居たのか?」
マサキの声がかかる。身を縮める二人を蔑むでもなく、極々気さくに。
「『ワンタ』と『コンタ』、二人とも利口な奴らじゃないか。」
マサキが呼んだその名前に兄弟の貌が驚愕に彩られる。
「あ・・あんた、なんでコイツ等の子犬の時の名前を!?」
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マルクスとマリウスの兄弟が両親を流行病で失ったのは15歳と14歳の時だった。
村に他の身寄りもなかったマリウスが弟を食べさせていく為に冒険者にその糧を求めるのは至極当たり前の状況だった。
冒険者になったマルクスは自分に出来る依頼を毎日こなし、小銭を稼いで兄弟二人が何とか暮らしていけるだけの生活を維持していた。学のない自分は冒険者になるしかなかったが、『せめて弟は学校に行かせてやりたい』との思いで毎日少しずつでもお金を貯めるよう心掛けていた。
そんな慎ましい生活が続く中、弟が間もなく15歳を迎える頃にマルクスが倒れた。
兄弟が両親を失う原因となった流行り病にかかってしまったのだ。
慎ましい生活に普段から栄養が不足していた事も重なり、マルクスの容体はみるみる悪化していく、最後の肉親を失いかねない状況にマリウスはそれまで貯めていたなけなしの貯金をはたいて兄を医者に診せなんとかその命を救うことに成功した。
「俺も兄ちゃんと一緒に冒険者になるよ。」
死の淵から生還した兄を迎えた弟のその言葉に、マルクスはこれからもどんな時も二人で協力して生きていこうと改めて誓った。
マリウスが冒険者となり兄と一緒に初めて受けた依頼は、『森に出没する野犬の群れの討伐』という物で、C級冒険者2組の手伝いと言う形で行われた。
森の中での野犬の討伐は順調に進み依頼完了目前となった時、野犬の子犬二匹が発見された。当然討伐の対象のため、冒険者たちはようやく歩けるようになったばかりの子犬を殺そうとしたがマルクス兄弟はそれを必死に止めた。
親を討伐されたこの子犬らが自分たちの境遇と重なって見えてしまったのだ。
C級冒険者は「今回の報酬と引き換えなら子犬を見逃す」と条件を付けてきたが、兄弟は一も二もなく了承し、子犬たちを二人で引取り育てることにした。
期待した報酬は手に入らなかったが、兄弟は新たな家族を手に入れることが出来た。
兄弟は新しい弟たちに「ワンタ」「コンタ」と名前をつけ可愛がった。
この事を切っ掛けに4人で1から「ビーストテイマー」を目指すことになった。
子犬の食事に肉を食べさせる為に生活は厳しくなり、兄弟が食事を減らす事になっても新しい「家族」の為、将来への投資だと考えて慎ましい生活を続けた兄弟。
それから一年後には「ワンタ」と「コンタ」は立派な成犬に成長し、魔物退治を繰り返すことで実力をつけ、数年後には王国有数のビーストテイマーとなっていた。
B級に昇級した頃、強靭な肉体を手に入れた愛犬たちを「エルサス」「エムザス」と改名し、以前小犬達を殺そうとしたC級冒険者を見返すことに成功。それは今まで自分たちを苦しめていた理不尽な世間を見返した瞬間であり、もう俺達を押さえつける者は誰も居ないという驕りが生まれた瞬間でもあった。
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「コイツらな、今回の討伐対象の魔物の子供を助けたんだよ。」
『自分たちを救ってくれたお前らと同じ事が出来たって喜んでるんだ。』
その言葉にマルクス兄弟はその頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
「コイツらはお前たちにあの時の恩を返したいってさ。」
「マサキ・・・さん、あんたそんな事まで解るのか・・・。」
「そこまで意思疎通ができてこそ、本物のビーストテイマーなんだな・・・。」
それまで成り行きを見守っていた冒険者達のなかにも思わず涙ぐむ者が散見出来た、この二人と二匹は今回の事で生まれ変わった。それがこの場にいる者の総意だ。
「そうだなもう一度やり直そう、マリウス。」
「そうだな、兄ちゃん。」
兄弟はエルサスとエムザスを抱きしめその場で人目もはばからず涙を流した。
コイツらならもう二度と道を間違うことはないはずだ、誰もがそう思った。
マサキはエルサスとエムザスの新たな門出を邪魔しないようそっとその場を離れるとなんとは無しに依頼の集められた掲示板に目を向けていた。
「あ、こんな依頼もあるんだ。」
マサキが目に留めたその依頼は
『注意喚起。マルティコラス目撃情報あり、シュバルツ山脈方面A級3組以上』
A級3組以上必要って相当強い魔物なんだろうな、ん?シュバルツ山って今日行った場所なんじゃ?もしかしたらコイツも向こう側から来た魔物なのか?
魔導士達が襲われてから今日封印に成功するまでにかなり日数が立っているが、その間に魔物がこちらに来ることは当然あり得るだろう。
魔物討伐の機会が急増する予感に襲われた。
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激しい雨に打たれるシュバルツ山の亀裂の洞窟、アカツキが封印を行ったその洞窟に一匹の魔物が再び現れた。猫と見紛う黒い虎の子はずぶぬれになった小さな体を震わせながら、洞くつの奥までよろよろと進む。
その足跡には僅かながら血痕が滲む、黒虎に負わされた怪我は完治していない様だ。
最深部に到達した仔虎は黒虎の気配を探している様子だったが、諦めたのか自らが出てきたであろう最深部の黒い亀裂の前に来ると鼻をひくつかせた。
亀裂の異変に気付いたのか仔虎は亀裂の表面をその小さなツメで引っ掻く、だが何の反応も起こらないことに困惑したのかその場で匂いをしきりに嗅ぐ、何かを探すが見つからずそのままよろよろと洞窟の出口へと引き返して行った。
降りしきる雨の中、腹を空かせた仔虎は匂いを嗅ぎながらとぼとぼと歩く。
雨に流されかけた僅かに残る痕跡を辿るように、鼻から雫を垂らしながら進む。
と、その前に雨に打たれながら立ちふさがる大きな黒い影が現れた。
仔虎が見上げるその巨体は黒虎よりも二回りも大きく、黒虎と同じくネコ科の身体の4本足の魔物であったが、その頭部は人面であり尾は蠍のものの様だ。
「マルティコラス」・・・それがこの異形の魔物の名前だ。
『小さすぎて腹の足しにもならんな、まぁ良い我が血肉となるがよい。』
マルティコラスはそう言うやその強靭な鉤爪の生えた右前足を振りかぶり、黒い哀れな小さな体目掛けて一気に振り下ろす。
やがて飛び散った鮮血は降りしきる雨に打たれ、何事も無かった様に流れ去った。
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その頭部を失った体は降りしきる雨に打たれながら大地に力なく横たわっていた。
その巨大な胸部を小さなツメで切り裂き、露わになった肋骨をその小さな牙で噛み砕くと仔虎はマルティコラスの心臓目掛けてその肉を噛み千切り始めた。
『不味い肉だが仕方ない、先ずは体力を回復しなくては・・・。』
仔虎はそう呟くと引きちぎった胸肉の下から現れた心臓に食らいついた。
『あんな化け物がこの世界に居ようとは全くの予定外だ。』
仔虎は自分の『化け物』の言葉に昼間に遭遇した白い獣を思い返し恐怖する。
洞窟の前にいきなりとんでもない気配が現れた為、咄嗟に自らの小さな分身を作り出してその体に自らの精神を押し込めたが、少し遅れたら確実に死んでいただろう。
目の前にその白い獣が現れた時には死を覚悟し、心の底から「親に寄りそう哀れな子供」を演じきってなんとか誤魔化すことに成功した。そんな行動をとってしまった事はこの上ない屈辱ではあったが、あの場で死ぬよりははるかにマシだ。
矮小な存在になってしまったこの身体を元に戻す為に元の世界に戻ろうとすれば、入り口にはなんとも強固な封印が幾重にも張られていてここはもう使えない。
しかし、倒れる前にこの雑魚が現れてくれたことには感謝しなければならんな。
コイツを喰らいつくせばある程度は回復できるだろう、あの白い化け物に再び出会う前になんとか同志と合流し対策を立てなければ・・・・。
その小さな体の何処に消えるのか、哀れな被食者の上半身は半ばが消失していた。




