冒険者たち・2
翌朝、心地よいベッドにすっかり熟睡していた俺は普段より遅い時間に目覚めた。
スマホを確認すると8時前、村での生活だと6時には勝手に目が覚めたんだけどな。
すでに起きていたアカツキ様と共に1階の酒場に向かって朝食を摂ることにした。
酒場は半分の席が埋まる程度に冒険者や街の人達がそれぞれ食事を摂っている。
アカツキ様にワイン、俺は簡単に白パンと野菜スープ、ソーセージを注文した。
朝食を食べ終わる頃、表が少しざわつきだしたと思ったら表通りを騎士団の一団が街の表門方向へ向かって行くのが見えた。彼らのファットラビット狩りが始まるようだ、『紅玉』100個以上集まるまでに一体何日かかるのだろう?
代金を支払い隣の冒険者ギルドへと向かう。冒険者達の出入りを妨げないように開け放たれたドアをアカツキ様と共に潜り、正面の受付へと向かう。
昨日フリッツを訪ねてきた女の子と他2人がカウンター内にいた、手が空いてそうな職員に声を掛ける。
「あの、すいません。」
「はい、いらっしゃいませ。ご依頼でしょうか?」
「あー、いえ、冒険者に登録しようかと・・・。」
「え?あ、はい、失礼しました。ではこちらの書類をご覧ください。」
受け取った書類に目を通す間も職員は俺を値踏みするかのように見ていたようだが、その視線には『そんな装備で大丈夫か?』との意思が込められていた。
そりゃ防具と呼べそうなものは全く身に着けておらず、それどころかナイフや杖といった武器すら持っていない男がふらっと現れたら誰だって一般人が任務の依頼に来たとしか思えないだろう。
書類には名前や年齢といった個人情報、出身地を書く欄があったので出身地には『アンファング村』と書いて、職業の欄には『ビーストテイマー』と記入したところ、職員は足元のアカツキ様に初めて気づいたらしく困惑の度合いがさらに増大した。
ため息交じりに『・・・少々お待ちください。』と言って職員がカウンター裏に引っ込む、少し待つとカウンターに戻った職員から金属製のプレートを手渡された。
「こちらがE級冒険者の証明プレートです。肌身離さずお持ちください。」
革ひも付きの簡素な作りの所謂『ドッグタグ』に似たそれを首にかけた。
「あちらの掲示板に各種依頼が張り出されていますので、無理のない内容のものを選んだらカウンターでその旨をお伝えください。」
そう説明され、言われた掲示板へ向かいその内容を確認していく。
一番目立つ場所に昨夜聞いた『紅玉』収集の依頼が大きく張り出してあった。これは今回スルーだな、他の依頼で『アカツキ様』が希望する魔物退治を探してみる。
見てみると案外魔物退治の依頼は少ないようだ。考えてみればこちらに来てからも「ゴブリン」「オーク」「コボルド」などの所謂「亜人間」の存在は見たことがない、人族との生活圏が完全に切り離されているのか?それとも元から居ないのか?
そんな事を考えながら掲示物を見ていくと一つの依頼が目に留まった。
「ベルネの森の奥深くの目撃情報オーク数匹の討伐依頼」
おお!オークが居るのか。俄然興味が沸いた俺はそれを受けることにした。
カウンターへ行き其の依頼を受けたい旨を職員に伝えると、カウンターの職員3人が困惑した表情を見せ、冒険者2人が俺のE級プレートを見た途端に笑い出した。
「おい、兄ちゃん『紅玉』目当てで冒険者になったんじゃねぇのか?」
「その依頼、A級パーティー1組、もしくはB級パーティ2組以上限定だぜ?」
そう言われて書面を確認すると、確かにそう書いてある。
「その依頼は昨日既にA級パーティーがアタックしておりまして・・・。」
職員が説明するには現状優秀なA級が任務を受けているが、アクシデント等で任務が遂行できない場合に備えて念のために張り出しているらしい。
「『ライトニング』の連中が行ってるから「E級」の出番は無いぜ?」
「おとなしく『紅玉』狩りしてな、「E級」の初心者さんよ。」
冒険者達は大いに笑う、そこまで笑わなくても良いだろうと思ったその時。
「おい!手を貸してくれ!」
入り口で大声で叫ぶ者が現れた、声の主を見ると手傷を負った軽装の小柄な男だ。
余程急いで来たのか息も荒く、疲労困憊した様子が見て取れる。
「お前、『ライトニング』のギルじゃねーか、何があった!?」
オーク討伐に行ったはずのパーティーメンバーが一人だけギルドに戻って来た事実に皆が困惑、騒然としているとギルが叫ぶ。
「ありゃ、オークじゃない!オーガだ!それも10匹以上居やがる!」
ギルド内が一瞬静寂に包まれ、直後にギルの報告の重大さに場は騒然となった。
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「ライトニング」のギルの説明に寄れば、一行が目的地に着いた際にそこにはオークの姿は見えず付近を捜索するも大型生物の気配すらなく、既にどこかへ去った後かと諦めかけていたその時、すぐ傍らの切り立った崖の山肌から『沸いた』としか思えない状況で1匹のオーガが現れたらしい。
とっさに戦闘態勢に入り1匹のオーガに対し有利に戦闘を進めていた「ライトニング」一行だったが、また崖方向からオーガが2匹現れ一気に不利になったと言う。
リーダーが撤退の判断をし逃走にかかるも、5匹に増えたオーガに追撃を喰らい数人が負傷し、なんとか身を隠した時にはオーガは10匹を数えていたらしい。
「ライトニング」のメンバーは現場近くで動けず、密偵のギルがその特性を生かしてオーガの目を掻い潜りなんとか街まで戻ってこれたと言う。
早速救援に向かうべく手の空いた冒険者達に協力を呼びかけ、準備を急ぐにしても今日中の出発は難しいと思われギルド内には悲壮な空気が漂い始めた。
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俺とアカツキ様はベルネの森を目指して街道を移動していた。
「ライトニング」のメンバーを助けるのに「E級」とか関係ないし負傷している人がいるなら一刻を争う、冒険者達には何も告げずにギルドを後にしてきた。
街道の周りの麦畑では騎士団らしき姿があちこちに見える、ファットラビットの捜索と虐殺が繰り広げられていると思うと心が痛む。そんな事を考えていると騎士団員に交じって駆け出し冒険者達の姿が見えるのに気付いた。
『そうか、騎士団を手伝う事を仕事にするって事か。』
それなら騎士団の狩りが続く間は駆け出し冒険者達の喰いっぱぐれは無いか。
当面はこれで凌げるか、後のことは後で考えれば良い。
ベルネの森付近に来た時アカツキ様が何かに気づき足を停めた。
アカツキ様の見つめる方向から麦をかき分けて数匹のファットラビットが現れた。
アカツキ様とファットラビットが何やら意思の疎通をしているようだが俺には理解できない、やがてアカツキ様が頷くとファットラビット達は麦畑に消えていった。
『どうやら奴らがこの辺りに出没しだしたのはオーガが原因らしいの。』
アカツキ様曰く、オーガが森の奥に現れてから森の生息域が大幅に変化して弱いものが段々と押しやられた結果、一番弱いファットラビットが森から追い出され麦畑に出ざるを得なくなったと言う。
そして現在、騎士団員たちにまで目の敵にされても森には戻れずこのままでは絶滅してしまう、と彼らは神であるアカツキ様に訴え出てきたという事らしい。
『じゃあ、オーガを討伐すればあいつらも森に帰れて一件落着って事ですね?』
『早い話がそう言う事じゃな。』
アカツキ様の返事に森の奥へと向かう俺たちの足は自然と早まった。
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「おい!しっかりしろ!もうすぐ助けが来る!諦めるな!」
僧侶のアグネスの反応が段々弱くなる、パーティの要が一番の深手を負ってしまっている、もう回復薬も最後の1本を残すのみ、治療薬は既になく怪我自体は治療できない、回復薬では多少の延命が出来るのみ。これまでなのか?
魔術師のブルーノも大怪我を負っている、最後の回復薬はアグネスに使うべきなのか?それともまだ助かる可能性の高いブルーノに使うべきか?リーダーの俺に判断が委ねられた。
タンクのゲオルクはアグネスと恋仲だ、視線でアグネスを助けるよう訴えかけているが、奴の目にも救援が来るまでアグネスが持たないことは十分理解していよう。
アタッカーのルーカスもゲオルクの顔を見れず、下を向いたままだ。
しかし一体、救援が何時来れるというのか、ギルが無事に救援を乞いに戻れたとしてもオーガ10匹を相手にするなら準備もそれなりにかかるだろう・・・。
最後の回復薬は無駄には出来ない。・・・すまんアグネス、ゲオルグ・・・。
そう心の中で詫び最後の回復薬の蓋を開けたその時
「ああ、ここに居たんですか。良かった皆無事そうだ。」
と、悲壮な決断が下された状況にそぐわぬ平穏な声がかかった。
「救援か!?」
思わず俺とゲオルク、ルーカス、ブルーノの視線が声の主に集まる。
そこに居たのはこの場には不自然なほどに武器も防具も装備していない、傍らに居る白い犬との散歩の途中で俺達を見つけましたとでも言うような一人の若い男だった。
「おい!あんた一人なのか!?治療薬持ってないか!?」
「あ、生憎と何も持ってません。」
「は!?手ぶらでこんな所にくるか!?普通!?なぁ!?」
期待した分だけ絶望に突き落とされた思いがした、もうダメだアグネスすまん!
「あぁ、ケガしてるんですね、ちょっと待ってください。」
「これが!?待てる状況か!?ふざけるな!!」
そう悪態をついた瞬間、この場が白い光に包まれた。なんとも体が癒されて心が満たされるような心地よい光が消え去ったその時、ブルーノとアグネスが起き上がった。
「アグネス!!ブルーノ!!」
ゲオルクが困惑するアグネスを強く抱きしめる、ブルーノが負傷したはずの部位を確認するもどこを負傷していたのか痕跡すら見当たらない。
「じゃあオーガを討伐してきますのでここで休んでいて下さい。」
若い男はちょっと買い物に行ってきますとでも言う風情でこの場を後にした。
「おい!ちょっと待て!オーガだぞ!?10匹って!おい!?」
思わず皆で若い男を追いかけた、全速力で走れる?体が軽い?なんだこりゃ?
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「ライトニング」の面々を救出したあと、結局彼らは俺を追いかけてきた。
彼らからオーガのいる場所に向かう途中でいろいろと質問をされた。
「あんたたった一人でここまで来るとは何者だ?」
「あ、今日、登録したての冒険者でマサキと言います。よろしくお願いします。」
「・・・・・今日、登録?・・・あぁ、よろしく。」
「さっきの治療と回復同時の高位魔法、一体どこで覚えたの?」
「あ、俺じゃありません、俺の相棒の魔法です。」
「・・・このワンちゃんの・・・魔法・・・?」
会話する度に彼らの足が止まるので何度置いていこうと思ったことか・・・。
そうこうするうちにオーガの生息域にたどり着いた、そこには2匹のオーガが居たが他のオーガは見当たらないようだ。
『ふむ。そう言う事か。ちょっと其処で待っておれ。』
そう言ってアカツキ様が普段通りの足取りでオーガのもとへ向かった。
「ねぇ!あのワンちゃん一匹で大丈夫なの!?援護しないの!?」
「却って邪魔になりますから大人しく見てて下さい。」
アカツキ様が手前のオーガの近くで宙返りをするとオーガの右手が弾け飛んだ。
オーガが激痛に叫び声をあげるともう一匹がアカツキ様に襲い掛かる、それも返り討ちに会い、その左足が切断された。救援を求める二匹の叫び声に反応して山肌から次々とオーガが現れ、叫ぶオーガ2匹とアカツキ様を遠巻きに囲んだ。
『やはりそこか、これで全部じゃな。』
全部で12体のオーガを前にアカツキ様は至って普段通りの調子で
『マサキ、魔石を拾っておいてくれ。』
と言ってオーガ達の間を舞うように跳ねて回り、その度にオーガの胸元を大きく切り裂き一撃で確実に魔石を抉り出していく。
アカツキ様の言いつけ通りにオーガの亡骸に近寄って落ちた魔石を拾う、これが「紅玉」だったらよかったのにと思ったがそれはそれで仕方ないな。
いくら魔物とはいえこの世界でも死んだら皆「仏」になるのだろうか、一応一匹ずつに手を合わせていく。
全部のオーガに手を合わせ終わる頃にはアカツキ様が山肌に封印を施していた。
『この場所に向こうの世界に続く穴が開いていたようだな。』
アカツキ様が封印をしたからにはもうここからは向こう側の侵攻は不可能らしい。
これでこの森の生態系も元に戻ってファットラビット達も森の住処に戻るだろう。
さて、一件落着と戻ろうとすると「ライトニング」の面々が呆然と立っていた。
彼らを壊滅させかけたオーガ達を返り血も浴びずに軽々と片付けた「白い犬」の存在を脳が理解するのを拒んでいるかのようだった。
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アカツキ様と共に街に戻ると夕食には少し遅い時間になっていた。
「ライトニング」の面々と別れた後少し寄り道した所為で時間を喰ってしまった。
冒険者ギルドに寄ると冒険者それぞれの本日の成果の報告が行われていた。
ほとんどの冒険者が「紅玉」をカウンターに提示し、それに見合った代価を受け取っている。1~2個の冒険者が多いが中には一人で5個集めた強運の持ち主も居り、皆に運の良さを羨ましがられていたりしていた。
俺の順番が来たのでカバンから本日の戦利品を取り出しカウンターに出した。
「・・・は?これって、嘘!?ほ、『宝玉』!?それが10個も!?』
職員の驚愕の叫び声にギルド内の冒険者の視線が俺に一斉に注がれる。
「『宝玉』だと!?10年に一度お目にかかれるかどうかって代物だぞ!?」
「それを一人で集めたってのか!?一体どうやった!?」
ギルド内が騒然とする中、ギルドマスターが表に出てきて厳正な鑑定が行われた。
「信じられん・・・。本当に『宝玉』だ。それが・・・10個だと?」
『紅玉』の10倍以上の価値のある正真正銘の『宝玉』とのギルドマスターのお墨付きがでた、それに対し俺はギルドマスターに確認した。
「これで王国の『紅玉』集めは終了ですよね?」
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俺が提出した『宝玉』10個の所為で王国の『紅玉』集めは終了した。
これで無駄にファットラビットが殺されることはもう無くなったはずだ。
実はこの『宝玉』、アカツキ様とファットラビットの会話で「紅玉」が一定数集まるまでファットラビットが殺され続ける事を知った彼らから提示があったのだ。
彼らの住処の奥に寿命を迎えた者が向かう彼らの墓場があるという。
そこでは数百年に渡り蓄積された彼らの骨と体内の「紅玉」「宝玉」が大量に存在していた。彼らにとってはこの様な石は何の価値もなく、こんなモノで虐殺が無くなるのならとその墓場に案内された俺は難なく『宝玉』を入手したというわけだ。
王国の依頼が終了したことに安堵した俺たちは酒場へ行き夕食を摂っていた。
そこへフリッツとアレックス、見習い冒険者たちが夕食を摂りに現れ、彼らと口々に挨拶を交わした。
「こんばんわ、『百狼』のお兄さん。」
「お疲れ様です、マサキさん。」
「ワンちゃん元気ー?」
彼らはそれぞれ卓につき思い思いに料理を注文する、皆の表情は明るい。
俺の向かいに座ったフリッツが俺に声を掛ける。
「マサキ、聞いたよ。『宝玉』を10個も手に入れたってね。」
フリッツには正直に墓場で手に入れたというべきか一瞬迷ったが、彼の方から
「光物を集める習性の魔物とかを斃せば大量にドロップする事もあるしね。」
まぁ、そんな事にしておこうよ。と言ってくれたのでこの件は終わりにした。
「皆は騎士団の手伝いでもしたのかい?」
今日街道で見かけた騎士団と一緒の光景を思い出し、フリッツに聞いてみた。
「うん、まぁ彼らにやって貰ったのはそんな処だね。」
ただ、目的は別にあったと言う。目的という言葉に興味が沸き聞いてみると
「昨日、あの後で団長さんに会いに行ったんだ。」
そしてフリッツのとった行動を俺に説明してくれた。
彼はまず団長に騎士団が「紅玉」を集めてもタダ働きなのを確認した上で、間に自分が入って騎士団から「紅玉」を集めてそのうちの何個かを換金して団長に渡す事を提案したらしい。
騎士団員が10班に分かれそれぞれ「紅玉」集めをする傍らで見習い冒険者達が2人一組で付いて、「紅玉」を含めたドロップ品を荷車に乗せて管理する事にしたと言う。
班では自分の班が「紅玉」を何個集めたかは分かるが他の数は解らないのが肝で合計数が解らないから、幾つか抜いても解らない事を利用したそうだ。
「団長に『何個ほど抜きましょうか?』と聞いたら半分くれって言ったんだよ、強欲だし馬鹿だよねぇ。」
半分抜いたら絶対にバレるから、全体の1割位で話をつけたよ、とフリッツ。
ファットラビットは肉と毛皮が売れるからそれを全部もらう事を条件に話をつけ、騎士団の「紅玉」狩に協力したという。結果「紅玉」は30個集まり1割の3個を換金して団長に渡したら大喜びだったらしい。フリッツは肉を換金して見習い冒険者たちに分け与え、毛皮は一度に売ると相場が混乱するから徐々に換金するという。
「手間ばかりかかって大変だったんじゃないか?」
と俺がフリッツに聞いてみたところ、即座にアレックスが
「フリッツの事だ、『紅玉』を誤魔化したんだろう?幾つ抜いたんだ?」
と、身を乗り出してフリッツに問うた、フリッツはにっこり笑って
「別の問題があってその解決の為だったし、『紅玉』も抜いてないよ?」
「紅玉」だけが目的の騎士団や冒険者は獲物の死骸は放置する、その数百匹分の死骸が街の周囲で腐敗したら流行病が発生する恐れがあったんだ。それを防ぐ為に死骸を
確実に回収するにはこれが一番手っ取り早い方法だったんだ、それに・・・。
「騎士団長が横領に手を染めたって弱みを握った事になるからね。」
将来何か困ったときに役に立つだろうからそれで充分。それに騎士団員が集めた「紅玉」の総数は記録されてるから、万一団員が各班に何個提出したか集計したら即バレちゃうからそんな危ない橋は渡らないよ、とにこやかに言うフリッツ。
俺とアレックスは視線を合わせ『この男は敵に回せない』と、お互いに頷いた。




