風雪の山を越えて
アイントラハト共和国とシュタール帝国の間には2000m級の山々が連なる山脈があり、その山脈に連なる標高1700mの「アウフラーゲン山」が実質の国境となる。
この山は共和国の最北端に位置し、この山を越えた地域が帝国領となっている。
この山は木々の生えない鉱物資源の豊かな山だが、この山で鉱物を採掘するのは共和国の反対で禁止とされていた。
この山が無くなったり削ったりして越境しやすくなると、領土が脅かされると言うのがその一番で唯一の理由だ。帝国は穀物の供給の半分を共和国に依存していることもあり、無暗に共和国の感情を逆なでしない様この山は手付かずとなっている。
この時期、この山の山頂付近は雪が積もり強風が吹き荒れる事と、元々登山道の様な道も作られていない為、敢えて山越えをしようなどと言う物好きは存在しない。
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・・・深夜、そんな寒風吹きすさぶ山を越えようとする物好き達がここに居た。
俺と暁様とメイの3人だ。全員種族が違う為、正確に言うと1人と、1柱と、1頭だ。
もっと正確に言うと、防寒具で全身装備の俺とすっぴんの暁様が「白狼」と化したメイの背に乗って風雪の山を越えているのだ。何故こんな物好きな事をしているのかと言えば、この山を越えた帝国の港町でフリッツ、アレックスと合流するためだ。
『こんな山越えに付き合わせて悪いな、メイ。』
『この位なんともないね、暁様のお役に立てて光栄ね。』
暁様は自分で走った方が速いのだろうが、敢えてメイの背にその身を委ねている。
『アレックスとアキラも山越えしてくるのだな?』
アレックスは王国側から帝国へ山越えする事になる、帝国に入ってから合流場所まではかなり距離があり『銀狼』の足でも2日位かかりそうだが、あの二人なら問題ないだろう。俺がそのルートだったら俺は比喩でなく死ぬかもしれない。
『はい。フリッツは同盟国から飛行艇でこっそり帝国に入ります。』
フリッツが一番楽だな、まあそれは仕方ない俺のルートでもあいつには相当キツイだろう。それにあいつは同盟国で合流した『天狼星』のメンバーから帝国の情報を聞き出して、これ以降の行動の計画を立てる重要な役目がある、奴しか出来ない事だ。
元々、アレックスとフリッツそれぞれに帝国で調べたい事柄があり、『水の大結晶』に向かうついでに調査しようとしていたのだが、教会から帝国との接触禁止令が出て計画が中止になってしまった経緯がある。
教会側の意図に「帝国と王国との確執」だけでは無い物を感じ取ったフリッツが、教会の真の目的も探る意味で今回の無茶な計画を立てたと言う訳だ。
フリッツは共和国の頃から色々調べていたが、アレックスも同盟国での事件でどうしても気になって調べたいことが出来たらしく、どちらかと言えばアレックスの方が積極的にこの行動に賛成していた。
数時間後、俺達は吹雪く山頂を超え山を下り始めた。
後数時間で前回初めて踏んだ帝国の地、オートヴェルジの港町に到着するだろう。
寂れた街だがそこそこの規模だし前回は街中には立ち入っていない。一旦入り込めば身バレを心配する必要はない。山を下るにつれ雪も止んできたあと少しの辛抱だ・・・。
夜が明けてしばらくして街に着いた、人目に付かない森の中でメイをヒトに戻し服を着せる。ちょっとナイスバディが目に入ったが不可抗力だ。
メイの首の冒険者のプレートも確認する、メイも今回を機に冒険者に登録した。
このプレートは身分証明としては非常に便利なのだ、あとは装備を確認する。
準備が整ったので街の入口へ向かう。門番をしている警備兵から声を掛けられて、身分の証明に全員、というか2人のプレートを見せる。
「こっちの美人さんは『メイ。戦士』なのか、見かけによらんね。」
警備兵はメイの綺麗な胸元を見て顔がにやけている、男は皆美女には弱いし甘いな。
「と、こっちの兄さんは『マルクス。ビーストテイマー。使い魔、エルサス』か」
俺が首に掛けているプレートを確認した警備兵は、問題が無いのを確認して通行許可を出してくれた。『ご苦労様。』挨拶して街の中へ入った。
そう、俺はこの国では『マルクス』を名乗る。その為に奴からプレートを借り受け、その間の仕事を保証したのだ。同様にアレックスは『アキラ』を名乗り、アキラは『スコット』のプレートを借りて、その名を名乗るのだ。
俺達の当面の目的は、この国で各々の名前を売って信用を得てこの国の冒険者の力を借りて必要な情報を手に入れる事だ。当分は「王国から武者修行に来た腕自慢」を演じ、積極的にこの国の冒険者達と行動を共にし、圧倒的な力を見せつける事になる。
ここでは寒い所為か大型の魔物が多く、討伐依頼の難度は他国の比ではないらしい。
しかし、そんなものは関係ない。暁様と『竜の加護』を持つアレックスを筆頭に、人狼のアキラとメイと人外チームなのだ、俺は寝てても良いかも知れない。
そして打ち合わせていた宿屋に辿り着き、そこのロビーに顔なじみを発見した。
「おい!アスコール!『王女と救国の英雄の歌』って、なんだありゃ!?」
「あ、マルクスさん。いくらライバルを称える歌だからって文句はダメですよ?」
そこに居たのはフリッツと吟遊詩人アスコールだった。こいつは早速、俺をマルクスとして演技をしている、なんか腹が立つが大した奴だ。
「マルクスさん、あれ私関係ないんですよ?私、あんなベタな唄作りませんよ?」
「は?そうなのか?」
アスコールが言うには、あれは同盟国の王女の依頼で行われた国策なのだそうだ。
とにかく『王女と英雄』を称える歌を歌えば1曲幾らで同盟国から代金が支払われる仕組みらしい。酒場で歌えば主人から何曲歌ったかの証明にサインを貰えばその代金が惜しみなく支払われるので、吟遊詩人か競って各街の酒場で無料で歌うそうだ。
おまけに『王女と英雄の愛』の歌など定番中の定番であり、しかも最近実際に起こった出来事という事で、幾らでもリクエストが掛かって濡れ手に粟状態らしい。
「ここの酒場でも吟遊詩人が何曲も歌ってましたよ?マルクスさん?」
そう言う事情ならアスコールは責められない、とりあえずバレない様にしないと。
今回の行動の肝はアスコールの持つ「転移魔法」なのだ。この国で名前を売ると言っても俺達が王国を留守にしていたら計画がバレてしまう。それを誤魔化す為にも、数日に一度程度「転移魔法」でホームに帰り、アリバイを作ると言う訳だ。
俺達は今から当分の間、王国と帝国でのデュアルライフをこなす事になる。
その為にアスコールには前金金貨100枚、一日同10枚、成功報酬200枚を約束して当分の間、拘束させてもらっている。必要な時に魔法さえ使ってくれたら、その間の行動は一切制限しない。酒場で歌を歌おうとも一日寝てても構わない。
そうこうしてる内にロビーにも何人かの冒険者や旅人らしき者たちが降りてきていた。ああ、アレックスもここに着くまで、1日か2日かかるだろうからその間、俺達も部屋を取らないといけないな。
フリッツとアスコールに見送られ、手続きをして部屋に荷物を置くことにした。
部屋に向かう途中、隣の酒場から『王女と救国の英雄の歌』が聞こえて来た。
・・・朝から歌ってんのかよ・・・。
遂に100話目を迎えました。これも毎回投稿した直後に読んで下さる二十数名の読者の方が居ればこそです。ありがとうございます。ストーリーはようやく半分程度終わった程度でしょうか、まだまだ続きますので今しばらくお付き合いください。




