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終焉の始まり

 『・・・遂にこの日を迎えた。迎えてしまった。』


紅い月明かりの下に照らし出される王城の城壁の上で、どこか現実感の共わないままこれから間もなく始まる邪神との最終決戦とその結末に思いを馳せていた。

眼前の中空に現れた「邪神の封印」たる青白い魔法陣、これが解かれれば人類を根絶やしにしようと目論む邪神の復活となる。

現状で邪神と戦って勝てる見込みがあるかと問われれば「非常に厳しい」と言わざるを得ない。

何しろ約100年前に邪神を封印した際には近隣諸国が一致団結し戦力を集中して当たった上に、「勇者」とその盟友たる「ドラグーン」の二人の英雄が完全装備で邪神と死闘を演じ、辛うじて封印に成功したと伝えられているのだが、今代の「勇者」が未だ覚醒していないのだ。


「とうとう間に合わなかったな、マサキ・・・。」


隣に立つ今代の「ドラグーン」たるアレックスが俺にそう語りかけてきた。

短い黒髪のすらりとした長身のイケメン、この世界で邪神復活を阻止すべく長い間苦楽を共にしてきた俺の親友とも言える存在。


「準備は可能な限りやったんだ、あとは神に祈るしかないな・・・。」


親友にそう返した、「飯綱いづな 政樹まさき」それが俺だ、26歳。

何の因果か、現代日本からこの世界に送り込まれて色々あって世界の命運が決するこの時、この場所に立つことになっていようとは・・・。


俺自身には特殊なスキルとかチート能力なんてモノは一切ない、それどころか今までに魔物の一匹すら倒した記憶さえ無い。

そんな俺がこんな最終決戦に戦力の一端として期待され擁立されているのは、俺の傍らで悠然と構えている「白狐」と長い間行動を共にして来たからだ。

この「白狐」、見た目は中型犬位の大きさのすらりとした白い狐なのだが、見かけによらず滅茶苦茶強い、何しろこの姿は仮の姿で本来は古から存在する「神」の中でもかなり強い力を持った高位の一柱だったそうだ。


この世界に強い影響力を持つ「一神教」に人々の信仰が集中した所為でその他の神々の存在が忘れ去られつつあるこの世界で、その存在自体が無くなりかける寸前に出会ったのが日本人である俺だった事でその存在意義を取り戻す事となった。

「八百万の神々」という概念を何の違和感を持たずに理解している日本人である俺と行動を共にし、俺が「白狐」をはじめ様々な「神」や「精霊」を敬う度に失いかけたその力を取り戻してきたのである。


『もしかしたらお前をこの世界に呼んだのも自分かも知れない、記憶が戻れば俺を元の世界に戻す事が出来るかもしれない。』


「白狐」にそう言われ元の世界に戻るという目的の為でもあるが、この世界で俺しか出来ない役目というならば投げ出すわけにはいかない。

そしてなにより俺一人ではこの世界を生き抜く事自体ほぼ不可能な話であった為、長い旅路をこの「白狐」と共にしてきたのだが・・・。

元の世界に戻る前にこの城壁の上で俺の26年の人生が終わるのかも知れない・・・。


城壁から下を見下ろすと王城の城門がすでに破られ、なだれ込もうとする魔物達とそれを防ごうとする王国騎士団との戦いが始まっている。

王城の西に面した港からは上陸しようとする水棲の魔物と騎士団との戦いも始まる寸前となっており、さらにその向こうの海上には王城に向かって進行してくる帝国の船団の艦影も見えている。

この船団の後からは帝国が対王国用に新造した戦艦が参戦してくるのは間違いないだろう。


こちらは準備が間に合っておらず只でさえ分が悪いというのに、魔物達はこちらの戦力をさらに分散させるべく手を打ってきている、何とも嫌らしいやり方だ、ここまでやるか?。

邪神も空中に浮遊したまま魔法で地上を攻撃してくるのだろう、それに対抗できるのが「勇者」と「ドラグーン」の二人で、覚醒した彼らは空中を自在に駆け巡り邪神に直接その刃を突き立てる事が出来るという。

その「勇者」が未だ覚醒していない・・・。城の正面に面したバルコニー上で勇者の装備にその身を包んだ第一王子と王国魔導士達があらゆる手段を使い覚醒を促そうと右往左往しているのが見える。


少し前に「白狐」の持つ力で勇者の代わりが務まるのか尋ねてみたが、本来の力を取り戻せていたとしても厳しいらしい、更にたとえ勇者が覚醒出来たとしても今回の邪神は前回封印した時よりさらに強力になっているようで勝てるかどうかは不明と言う。

・・・ここで死んだら元の世界に戻れるって事は無いんだろうなぁ・・・。


その時、魔法陣が一瞬点滅した。

そのまま脈動するかの様に魔法陣は点滅を繰り返し、段々と光が弱くなっていく。


「マサキ!来るぞ!」


王城全域に緊張が奔る!城壁の端に待機していた魔導士達が援護の魔法の詠唱を開始する、アレックスが右手の片手剣を振るとその刀身が青白く光り出す。

「ドラグーン」たるアレックスの剣は魔法を纏わせそのリーチを大きく取ることが可能だ、ドラゴンの加護を持つ彼は空中を自在にかける事が出来る。

俺は中型犬程の体躯の白狐の背に乗る、見かけによらずがっしりしていて不安は全くない、別に俺が白狐に指示するという訳ではなく、おそらくこの付近で一番安全であろう己の背の上で俺の御守りをしないと「白狐」が実力を十分に出せないからだ・・・単なる足手まといじゃないのか俺?

そして轟音と共に、魔法陣が砕け散った。


王城の上空に漆黒の空間が出現しその中から黒い瘴気と共に邪神がゆっくりとその姿を現した。


邪神の出方を待つ義理も余裕もなく、魔導士達が一斉に持てる最大の威力の攻撃魔法を邪神目掛けて打ち込む、その閃光と共に攻撃魔法はレジストされることもなくあっさりと邪神の身体に命中するも、わずかにその体表を揺らめかせただけだった。


「ほとんど効いてない!?」

「レジストすらしないなんて!?」


王国選りすぐりの魔導士達の悲鳴が上がる、この程度の魔法などどうと言うことはないとばかりに邪神は悠然とその全身を紅い月明かりの下に曝け出した。


『嘘だろう・・・こんな化け物が相手だなんて・・・。』

その全長は20mを超えるのか?ゴリラの体型を模した爬虫類の鱗を身に纏った悪鬼、その背に翼竜のような翼があるが羽ばたいているいる訳ではなく魔力で浮いた上で蛇のような尻尾と共にバランスを取る為に存在している様だ。

白狐の攻撃魔法が炸裂!魔導士達の攻撃とは違った極太の白い光の奔流が邪神目掛けて放たれる、それを邪神は巨大な鉤爪の生えた掌で受け止めるとその掌が弾け飛んだ。


「やったか!?」


しかし、その掌も一瞬で元通りに再生してしまう。

『これは相当骨が折れそうじゃな。』

今まで大抵の魔物を一撃で粉砕してきた白狐の魔法にも邪神は全く動じた様子を見せないとは悪夢としか思えない、というか夢であって欲しいとさえ願ってしまった。


邪神の眼前に魔法陣が出現し、白狐を目掛けて邪神の攻撃魔法が放たれる。

白狐は空中に足場を確保し空を駆け、その魔法を軽々と躱す。

俺はその背中に居るのだが俺が振り落とされないように何か努力しているわけではなく、白狐が落とさないように上手くバランスを取って呉れているというだけだ。

その瞬間に邪神の左の手指が消失した、アレックスが飛び込んでその剣で切り付けた様だがこれも瞬く間にあっさり再生してしまう。


「アレックス!後ろだ!」


邪神の右の鉤爪がアレックスの背後から彼を切り裂こうと空を薙ぐ。

アレックスはそれを躱して真上へ跳び邪神の顔面にすくい上げる様に剣を叩き込む。その頬から左目までを切り裂くも、これも瞬く間に再生されてしまう。白狐の魔法の援護に一旦邪神から距離を取り俺の傍らに寄るアレックス。


「全然効いてる気がしない、魔法の方がまだ効いているのか!?」


確かに白狐の魔法の方を避けようとする動作を見せていたし効いている感じではある、それなら様々な攻撃魔法も使いこなせる覚醒した「勇者」が居さえすれば希望が見えるのかも知れない。


『俺が攻撃魔法を使えれば多少は手数が稼げるのに!』その才能がない事をどれほど悔やんだとてこの期に及んではどうする事も出来ない。

俺たちの位置を確認したのか邪神が耳障りの悪い雄たけびを上げると、その眼前と両手、更に尻尾の先にそれぞれ魔法陣が出現した。


「おい!まさか!?」


それらの魔法陣は各々色も文様も異なっていたが、そのどれもが観た覚えのあるものばかりだった。僅かな溜めの時間をおいてそれぞれの魔法陣から同時に攻撃魔法が放たれた。

4つの元素「火」「水」「風」「土」の全て上級攻撃魔法を同時に操り一度に放ってくるなど、聞いたことがない。邪とはいえ「神」なら出来るという事か!?

辛うじて躱したそれらの魔法は城壁や壁の一部を抉り取る威力を持っており、躱し続けるにも周りの被害が甚大になる事は明白だった。距離を取るのは不味い、そうそう魔法も撃てないであろう接近戦に光明を見出すしかない。

ある程度の魔法をレジスト出来る防御魔法を一応重ね掛けしているとは言え、あの魔法の直撃を一度でも喰らえばその時点で敗北は必至、すなわち世界の終焉となる。


「とにかく勇者の覚醒まで時間を稼ぐしかない!」


続けざまに放たれる魔法を躱しながら大きく左側面へ回り込みつつ、地上に流れ弾が向かわぬ様邪神の頭上から攻撃を試みるアレックス。

俺と白狐は反対側の右側面方向へ迂回しつつ邪神へ攻撃魔法を放ちつつ隙を突いては白狐の爪で直接攻撃の一撃離脱を繰り返す。

城壁からも王国魔導士達の魔法の援護はある、が効いてない。

城のバルコニー上では勇者装備に付与された加護の確認に追われる魔導士達と、覚醒出来ない事に焦る「勇者」の姿が見える。


『あの装備の加護を受けに他国を駆けずり回った日々も無駄になるのか…』

「勇者」覚醒までの時間を稼ぐ俺たちだが、覚醒出来たところで勝ちが確定するわけではなく、覚醒した「勇者」「ドラグーン」が二人揃って初めて最終決戦のスタートラインに立てるだけと言う事実に絶望しそうになる。

目下の救いは邪神が俺たち二人以外を全く無視して攻撃をこちらに集中しているという事だけだ。


その時、白狐の攻撃魔法が邪神の顔面に直撃し、その両目がその機能を失い大きな隙が出来る。アレックスはそれを見逃さず一気に距離を詰めるとその眉間に深々と剣を突き立て渾身の魔力を注ぎ込むとその剣先から放たれる魔力の光が後頭部まで貫通、邪神は雄たけびを上げて大きく仰け反った。


『効いたか!?』


その顔面を抑え明らかに苦しむ邪神の姿に一縷の希望が見えた瞬間、俺は邪神の下方に魔法陣が輝くのを見逃さなかった。


「アレックス!!」


俺が叫ぶよりも早く白狐はアレックスに向けて跳び電光石火の体当たりでその身を弾き飛ばす、と同時に俺と白狐は下方からの攻撃魔法の奔流の直撃の中に居た、


「マサキ!?」


アレックスの叫びが聞こえた気がしたが、幾重にも張られた防御魔法を全て一瞬で剥ぎ取られ全身に雷に打たれた様な衝撃を受けた俺の意識は急速に薄れていった。


白狐と共に落下しながら急激に暗転しつつある視界の隅に最後に見えたのは未だ覚醒する様子の無い「勇者」の姿だった・・・。




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