【古記 その二 美致姫 一】 [二 降嫁]
前回の続きです。
[二 降嫁]
〔五歳後 美致姫十五 慈養(門跡)三十八〕
――スススス、スススス――
「普関にござります。御目覚めにござりまするか。只今御使者が此を」
――カサ、カサ、パラパラ、パラパラ――
「普関、裏門を開けさせよ。父君が姫を本寺へと」
「かしこまりましてござりまする」
「普関、従弟宮が今し方身罷られた」
「東宮様が。御病床にござりましたのか」
「否。昨夕戻り、『身苦し』とて床に」
「何処よりの御戻りに」
「二の君が館じゃ」
「御館は内裏には」
「『癇強し』とて、未だ母姫が館に」
「なれど、第二妃、陽当姫様は御産後三日で。残りし祖母君様も最早……」
「そうよ。四の寺に入りておるわ」
「なれば、御館を御後見されまするは……」
「乳母であろう」
「乳母殿。何処の御娘様に」
「下女じゃそうな」
「……東宮様は、何故、二の君様が御館に」
「『和子様、悪しき病にかかられし』との文来しと」
「……」
「『一の君は立太辞退いたそう』と父君が」
「なれば、姫宮様が婿君様は」
「二の君であろうが……。弾丈が昨夜参りて父君に、『昨日、東宮様より二の君が乳母、紅季女が調べ依頼されし』と申したそうじゃ」
「乳兄弟の宇世に東宮様が……」
「宇世に『陽当姫葬儀が後、下女が乳母と申し和子を抱き』と語りたそうじゃ」
「陽当姫様は宇世が異母妹。儚うなられ早六歳。聞きし宇世は、さぞ驚きしことに。なれど、何故、東宮様は只今まで」
「定めし乳母が和子誕生間近で亡くなりて。折り良く産後戻りの下女がおり、陽当姫が『此を乳母に』と命じしと聞きて、『遺言故守らねばと思いおりし』と告げたそうじゃ」
「……」
「宇世が『仔細は此よりなれど、彼の女、一族に非ず』と申ししと」
「親王様。以前、東宮妃様が御懐妊と。間もなく御誕生では」
「なれど、たとえ男児とて、美致とは十五違い。十で立太とて姫は……」
「お上は何と」
「父君は『いづれ排さねばならぬなれど、只今は姫宮を内の外へが先』と」
「中宮位の御方を何処へ」
「……」
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「姫よ」
「はい」
「我が本寺に入りしは二十の歳なれど、そなたは十五。別君が妃となられるを慈養は御勧めするが、姫は如何に」
「御兄君に御任せせよと御父君が」
「なれば……。先日の法会にて会われし治君を覚えておられるか」
「御父君様の御先先代様が三の君様がことにござりまするか」
「御歳は我と同じ。早うに奥の方を亡くされ御子もおらぬ」
「面差しが、御兄君様に似し御様と、彼の折御見受けを」
「彼の君なれば、そなたが本寺詣でを忌むこともあるまい」
「なれば何よりに」
「一の宮が降嫁なれば、父君が急ぎ館を造らせよう」
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「普関。姫は治君に嫁すと」
「よう御承知に」
「此方に参るを忌まぬなれば、誰にても良しと。……誠は直ぐにも此方に。なれど、其なれば、父君、母君、大臣、中将、柚子里、朝右衛以下皆入りて、本寺が内裏に。其故、姫には今暫く彼方にて皆と」
「……なれど……内裏は御淋しゅうなられましょうな」
「姫が館近くに離宮を造られ、早々退位なされよう。御義父君も、此で気兼ねなく孫娘が元を訪ねられよう。此は此で吉じゃ」
「幼き東宮では、まだまだ御退位など」
「姫宮が妃となる治君が兄君姉波君辺りを、立太時、御後見と定められよう」
「……祥致様が御間に、縹女が……」
「案ずるな。二代続きて東宮早世故、衛使所と詰問所が前に仮殿を造られる。只今居わす本殿は、父君御退位後禁処とし十一歳閉殿となされる。故に、其が警護に護使も増えよう。出入りは宇世が。必ずや追い詰めよう」
ここまでお読み頂きありがとうございました! 次は再び舞台が現代に戻ります。