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【9】鐘撞堂 2

 瞼が上がると、僕の前に白っぽい着物の若いお坊さんがいた。

 お坊さんの体を子ねずみが何匹もで回ってる。ねずみって横走りできるんだ。襟元にねずみが入ろうとして、お坊さんがくすぐったそうにした。僕は笑った。すると、お坊さんも笑った。父さんに似てるかな。でも、父さんの方がもうちょっと鼻に肉が……。何か言ってみたくなって足を前に動かした。そしたらお坊さんは消えちゃった。

 ちょっとがっかりしていると声がした。

「見えたのねっ」

 キョロキョロしたら足が滑った。お尻は痛かったけど、構わず僕は言った。

「あの人、だれぇ?」

「ふふふ。いいのよ知らなくてぇ。ギィーって名前、気に入ってたわっ」

「ねぇ」

 呼びかけて、僕は次の声を待った。でも、してきたのはすずめのチュンチュンくらいだった。

 引き戸の()く音が聞こえた。おじいちゃんが見えた。

「蚊に刺されるぞぉ。家にお入りぃ」

おじいちゃんは、こっちを見て言って、階段の方へ行った。

 玄関を開けると鐘の音。閉めるとおばあちゃんが廊下をパタパタ来た。

「どこにいたの? 靴がなかったから、おうちかと思ったのに」

「ケンのお墓」

「ケンの夢でも見たの?」

「ううん。早く目が覚めたから、草むしりしようと思って」

 おばあちゃんが、目をパチパチさせた。まつ毛でも入ったのかな。

「どうしたの! 泥だらけじゃないっ」

「う、うん。尻もち」

「早く脱いで! 風邪ひいちゃうっ」

「う、うん」

「ほら。早くっ。お風呂場行ってっ」

 僕は柄パン姿で、お風呂場に引っ張って行かれた。

 朝ごはんを食べながら、おじいちゃんたちに雲の話をした。けど、霧だろうって言ってわかってくれなかった。


昼ごはんを食べて少しして、母さんが戸倉のおだんごを持って初音とやって来た。

「はい。これ」

母さんはテーブルに包みを置いた。

「ああ、ありがとう。助かったわ」

「珍しいわね。急に杜屋さんが見えるなんて」

「ええ。今朝お電話いただいて」

「何かあったの?」

「鐘撞堂は無事ですかって」

「鐘撞堂?」

「夢を見られたんですって。そしたらお父さんもって」

「どんな夢?」

「御先代が出て来られて、『あれはそこがいい』とおっしゃったんですって」

「『あれ』って鐘撞堂?」

「ええ」

「じゃあ、『そこ』って」

「椿の垣根横の――」

「ケンの辺り?」

「ええ」

「それで杜屋さんが見えるってことは、移すことに決めたの?」

 外で車の音がして、おじいちゃんの話し声が聞こえた。

「見えたみたい」

 おばあちゃんも出て行った。

「聡親。宿題持って来てるわよね」

お茶の仕度をしながら母さんが言った。

「う、うん」

実は、バッグの中は着替えとマンガ本だ。

 おばあちゃんが戻って来た。

「奥の間?」

 おだんごを別別のお皿に並べながら、母さんが聞いた。

「ええ」

「お茶は冷茶にする?」

「冷たいのは後からでいいわ」

 おばあちゃんが御盆を持っていなくなると、母さんが聞いてきた。

「夕べの雷怖くなかった?」

「う、うん」

「よくおじいちゃんたちのところへ逃げ込まなかったわね」

「まあね。骨壺はズズズン、ズズズンって鳴ってたけど」

めいっぱいカッコつけてみた。

「あら。そんな重そうな音がしたの? あれ空なのに」

「う?うん」

背すじがゾーっ。

 おばあちゃんが戻って来た。

「まだ温かいから、固くならないうちに食べる?」

おばあちゃんは「そうね」と大きなお皿におだんごを並べた。食べ終わると母さんは家に戻って行った。初音は始めコロコロしていて、そのうち眠ってしまった。僕も本堂へ行って転がろうかと思っていると、母さんが戻って来た。

「ノブちゃん帰って来た?」

 おばあちゃんの言葉に僕は聞き耳を立てた。明日じゃなかったのか。

「ええ。さっき。今荷ほどきしてる。お風呂入ってから来るって」

 マジか。

「ねぇ。もうお風呂入っちゃった?」

「まだじゃない」

「じゃ、僕ちょっと行ってくる」

 走っちゃいけない廊下を走った。でも玄関でコケそうになり、追いかけてきた母さんに見られた。

「そんなに急ぐことないでしょっ。気をつけないとあそこ危ないんだからっ」

「わかってる。わかってる」

 庭も走り木戸まで来た。


――ギィー――

――ギィー――


 ちゃんと見て早足で向こう側へ。あれ?

 僕は振り返った。


――ピンポーン ピンポーン――

――はい――

 背伸びして猫目をした。

――ハハハ――

 ドアが開いた。

「帰って来るの、明日じゃなかった?」

「早めたんだ」

「なんで」

「誕生日じゃん。ハッピーバースデー聡親っ」

 僕の頭の上で父さんの手がポンポン弾ねた。

 湯張りの済んだ音がした。

「一緒に入っていい?」

 父さんは呼んだら入って来いって言った。


「何かあったな。母さんにしかられたのか」

 入るとすぐ、聞いて来た。

「違うよ」

「じゃあ、なぎさちゃんにフラれたか」

 黙っていると、父さんはまた言った。

「もっとかわいい子に会ったな?」

「……て言うか……」

「なんだよ。とにかく女の子の事なんだろう?」

 まあ、当たってた。

「……うん」

「いつ会ったんだ?」

「今朝早く」

「今朝? どこで?」

「お寺」

「墓参りか?」

「ううん」

 父さんの突っ込みが、ダウン。それで、僕はやっと言い出せた。

「夕べ雷凄くって。早く目が覚めたから、ケンのお墓の草むしりに行ったんだよ。そしたら。むしって汗拭いて、そしたら後ろで音がして、向いたら女の子がいて」

「ひとりでか?」

「そう」

「どんな子?」

「僕くらいの。写真で見た子供の頃の母さんが髪を長くしたみたいな子。その子がね」

 父さんはシャワーを止めた。

「その子が、お客さんから甘いお菓子をもらって、なめたら死んだって言うんだよ。びっくりしたけどあんまり真顔なんで、何て言おうか迷っちゃって。そしたらその子、そのお客に家取られたって言うから『酷いね』ってちょっと本気で言ったら、急に喜んじゃって、友達になって一緒に遊ぼうって言って来て」

「遊ぶ? 何して?」

 言っていて怖くなった。

「それで?」

 父さんの目が糸目に見え僕は焦った。

「そしたらその子、手を出して来て、泥だらけの軍手を平気で握って。そうしたらいきなり煙が」

「煙?」

「そう。でも、よく見たらモクモク雲で」

 父さんの顔がお面の様で、僕は夢中で言った。

「僕、モクモクにグルグルにされたんだよっ。雲妖怪に捕まったのっ。本当だよっ。本当っ」

 怒られるかと思ったら、父さんは「ちょっと待ってろ」って言って頭を洗った。そして交替して湯船に入ると「話してもいいぞ」と言った。それで僕は、また続きを始めた。


「それから後は覚えてないんだ。気がつくと、目の前に若いお坊さんがいて。でもその人はすぐ消えちゃって。そしたらあのハムスターみたいな声が―」

「ハムスター!?」

 父さんが、ちょっと高めの声を出した。

「そう。昼寝してて、音がして見たらそれがいて」

「音? ギィーかっ」

 知っている様な口振りになった。

「そう。それそれ。そうだ、あの声最後に」

「元気でね、とか言ったのか」

「違う。そんなあいさつじゃなくて。『ギィーって名前気に入ってた』とか何とかって」

 僕はけっこう一生懸命言った。すると

――バチャ――

(うわぁっ)

 突然湯船からお湯が来た。

「何するんだよっ」

「消えないところを見ると、幻じゃないな」

 その言葉と一緒に浴槽の縁から太い指が出て来て、僕の指先を平らに押した。爪の中が白くなってピンクになった。

「血も通ってる」

 フーっと息を吐いて、父さんは顔をバシャバシャした。それから「先に出るぞ」って行っちゃった。


 僕が出ると、父さんは頭を拭いてくれた。

「お前、雲って言ってたろ。俺たちも昔それに遇ったんだ」

「俺たちって?」

「父さんとお前の母さん」

 嘘じゃないってわかるけど、信じられなかった。

「森の中で。遠くに白いものが見えてたんだが、気づいたらそれがすぐ前にいて」

「捕まったの? 僕みたいに」

「ちょっと違う。母さんの前に立ったまでは覚えているんだが。母さんが何か口走って、その声で父さんは気がついたんだ」

「母さんは平気だったんだ」

「いいや。ああ言うのを、トランス状態って言うんだろうな。しばらく戻らなかった」

「びっくりした?」

「そりゃあ、もう」

「でも、守ったってことだよね。前に立ったんなら」

「何かあったら困るからな。だけど、あの時。たぶん当たりたかったんだよ、雲に」

「えっ」

「お前の話聞いててなんとなくそう思ったんだっ」

 僕が「どうして?」と聞くと父さんは「その若いお坊さん、知ってる気がしてさっ」と言ってから「一瀬聡親、雲入道を退治すっ」と笑った。


 その夜、黒塊の垣根に膨らみがあった。湿り風に揺らされ裾がキラリ。膨らみが動くと宙に煙柱が立った。また動くと


――ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ、ジャリ――


音は輪となり柱を消した。

 やがて、すっきりした垣根を風が抜け、根元から何かを持ち去った。



「よく寝てるな。二人とも」

「一週間いなかったからもう嬉しくって。親睦旅行どうでした?」

「どうって……。まあ、まあって感じ」

「みんな御内弟子ばかり?」

「世話役は御住職。三の寺と七の寺が御役だった」

「御苦労様でした」


――ジャリ、ジャリ、ジャリ――


「ほら。これ彩音に」

「まあっ。きれい」

「だろ。ホテルのロビーで見つけて。きれいな深緑色だよな」

「あら、これ二つに分かれる。お対じゃない」

「へーっ、そうか。 じゃあカップル向けか」

「まあ。若返りそう」

「初音とでも使えよ」

「えっ。持たないの?」

「繋がってると思ったんでさ」

「でも、対よ」

「この年で、ペアって柄じゃ」

「……」

「わっ、わかった。じゃあ小さいの」

「はいっ」


――ジャリン――


「キーケースにでも付けるか」

「汚れない? かして。セカンドの内ポケットは?」


――ジャリン、ジャリン――


「ほら。こんな感じでどう?」

「ん。まあ。彩音は?」

「私もポーチに」


――ジャリン、ジャリン――


「ほら」

「へーえ」


――ジャリン、ジャリン――


「フフ。なんだか幸せな気分」

見付物(みつけもの)だったな」


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