【9】鐘撞堂 1
ひと月前の六月始め、大雨で、川向こうに水が出た。僕の住んでる川のこっち側は平気だったけど、市の中心街が水浸し。ずっと先では家も流されて、あの時は南からしてくるサイレンがとても怖かった。
でも、水が引くと街はまたいつも通りになった。僕は行かなかったけれど、母さんは『もう役所もデパートも普通』って言ってた。
それが、急にまた川向うには行けなくなった。食中毒って先生が言った。南側の学校はどんどん休校になっているそうだ。それで、僕のいる北側の学校も今年はもう夏休みになった。
僕は緒瀬小三年、一瀬聡親。母さんは衷然寺の娘。父さんはおじいちゃんの寺の内弟子。もうちょっとしたら、おじいちゃんの所に家を建てるらしいけど、まだだから、住んでるのは道前の家。でも、今僕がいるのは本堂裏。これにはちょっとした理由がある。市内がさっき話した通りだから、今年はどこもプールやってないし、図書館も休み。仲良しの友達は、休みに入るとすぐ家族旅行に行っちゃってまだ帰って来ない。だもので、仕方なく家にいたんだけど、いると母さんにアレコレ用事を頼まれた。大体妹の初音のこと。
妹がかわいくないわけじゃない。見た目もまあまあかわいいし。友達の前で『お兄ちゃん、お兄ちゃん』て言われるのは悪くない。それに、初音は素直だから『はい』って僕の言うこともちゃんと聞く。それ見て友達がうらやましがるくらいだから、まあ僕にとっては自慢の妹。なんだけど、朝から晩まで『お兄ちゃん、お兄ちゃん』とそばにいられるとちょっとね。それで一昨日、母さんに『僕は一人で過ごしたいっ』って言ったら『なら本堂裏ね』って言われ、それで昨日から着替えと暇つぶしの本だけ持ってここに来たってわけ。
実はさっき、昼寝をしていてちょっとした不思議体験をした。お昼におそばをいっぱい食べて、グーっと寝入ったはずだった。けど、途中一度だけ〝ギィー〟ってドアの開くような音で起きた気がするんだ。その時なんとなく目を開けたら、あんまり離れていない壁の前に白いハムスターがいて、黒丸の目でたぶん僕の顔を見てた。
「ネズミ妖怪……」
つい出ちゃった言葉にそのハムスターは、若いお姉さんみたいな声で
「あんたのママは私のことギィーって呼んでたわ」
って言った――って……。だけど、もしかしたら夢……だったかな……。
夜中、雷の音で目が覚めた。
―― ズドーン、バリバリ、ズドーン――
何がどうなって揺れてるのかさっぱりわからない。けど、音が響くたびに床が揺れて、奥部屋の戸棚に入ってる無縁仏の骨が、壺に当たってズズズン、ズズズンって音を出す。それがほんとに気味悪くて、トイレに行こうと思ったけど行けない。がまんしてたら頭がはっきりしてきちゃった。
そのうち音は静かになった。けど、まだ雨が、ポチョン、ピチョン、ポチョン、ピチョン。冷たーい風も僕のまわりをスーッ、スーッ。手足を出してたら何かに触られそうで、頭までタオルを被ってじっとしてた。そのあとちょっとだけ寝たんだけど、おじいちゃんかおばあちゃんの廊下を歩く音で目が覚めて、タオルめくると外が白かったからトイレにとんでいった。
夜じゃなくなったんだけど、でもまだ周りはシンとしてる。また寝てもいいけど、そのうちおじいちゃんがやって来る。どうしようか考えて、小さい頃いなくなったケンのお墓へ行くことにした。草取りでもしてやろうかって 。
プードルのケンは、僕が五歳の時十四歳で死んじゃった。蚊に刺されると嫌だから、長袖長ズボンに着替え玄関を出た。
ケンのお墓は空き地の入口の近くで、椿と物置の間。なんだけど、お墓っていっても何もない。でも、草取りにだけは母さんとよく来てる。
ずっと前に『なんで石もないの』って聞いたら『あんなに小さな石になったんだもの、上に何か置いたら重いじゃない』って母さんは言った。でも僕はやっぱり嫌で『でも何もなかったら、いつかわからなくなっちゃうよ』って言った。そしたら母さんは『お墓がないとケンを忘れちゃう?』ってまだ言うから、あの時は悔しくって泣いた。けど今は、まあいいかって思う。ケンだってきっとそう、って気がするから。
僕は物置から軍手を出して、手一杯に掴んだ。ここは北側で人に踏まれていないから、根が浅くてヒョロ長いのが多い。それにさっきまで雨だったから、泥泥だけどまとめて抜けた。
けっこう頑張ったら汗が垂れてきた。前を見たら、空き地の入口に白い丸ネズミがいて、なんか目が合った。昨日見たのアレ?その時、後ろで音がした。
向くと、そこに母さんに似た顔があって。って言っても、背は僕より低くて髪は母さんより長い――子どもの頃の母さんみたいな女の子――がそこにいた。
「君、だれ」
聞いたのにその子は名を言わず、いきなり話し始めた。
「アタシの生まれたところはね、とってもステキなところだったの。池には鯉がたくさんいて、桃畑にはいっぱい花が咲いて、一本杉からは一年中いい匂いがしてたの。ある時よそからお客が来てね、おみやげにお菓子をくれたの。とっても甘―い干菓子。みんなで割って食べたの。でもね、そのお菓子には毒が入っていて、それでみんな死んじゃったの」
「君、死んでるの?」
「そう」
「そうって……」
冗談だろうけど、何て言っていいかわからなくていると、その子はまた話し出した。
「それでね、アタシたちに毒のお菓子をくれた人たちは、そのあとアタシたちの家に住んじゃったの」
「えっ、家取られちゃったの? 酷くない?」
僕はついマジ答えした。するとその子は嬉しそうに。
「ね、酷いでしょ。アタシたち、かわいそうでしょ」
「うん、かわいそう」
「だからアタシとお友達になって」
泥手袋の僕の手を平気で握った。
いきなりまわり中がまっ白に。
(えっ、あの子は?)
手を見た。
(ええぇっ!!?)
両方の手のひらをギュッと。でも見えてる手はダラ~。
(なんでっ?)
――いいか。妖怪に遭ったらとにかく騒げっ――
父さんそう言ってた!
「うわぁー」
言ったのに声がっ。
(えっ!?えっ!?)
片手に……白いモクモクが巻きつきながらどんどん上へ。
「うっわあぁー」
「うっわあぁぁ」
(助けてー。くっ、くっ、雲妖怪だよぉぉ!)
あくびが出て来た。 ああ眠い。 眠い……頭がフワっ……。
――眠りしか。憐れなれど無垢故難無く成仏。此にて念立て成就。巫女が子、我が糧に。清流が力、我が本懐を―― ――
――待ちたるがよし――
――何っ――
――待ちたるがぁーよし――
――何故我が域におる――
――そろそろ喰わんと憑きておりたらぁー此方へ。お前が入れたっ――
――『喰わん』と申したか――
――そう。そう。此は我が先に目を付けし。お前が手の出せぬモノ――
――ならば、力ずくで取りてみよ――
――おぼろものがぁ。押し合いとかや?愚かっ。我は理で――
――ほう。理とな――
――縹は、もう・無しぃ。一木が仇も、討たれ・しぃ。末まで、果て・しぃぃ――
――縹など眼中に無し――
――師が意を汲みて?公卿望みとか?――
――……――
――なれどぉ。お前は公卿が縁者に非ずっ――
――故に巫女が力なり――
――なれどぉ。公卿は根無し。遠におらずっ――
――如何なる世にも身中が虫は居り。決して暗界に入りし故、永劫逆臣の滅を念ず――
――分違っ!――
――何っ――
――一人が求道なればぁ、認されよう。が、お前は一族が頭護ぃ。其はぁ、頭護が御役に非ずっ。勝手は な・ら・ずっ――
――暗界モノに縁者は居らずっ――
――お前にぃ……主は居らずとか?――
――……――
――まあ良いわ、なっ。直、解ろう――
――不遜モノがっ。横言吐かず、己が理語りて早々去れっ――
――な・れ・ば。再び言うてやるっ。お前はぁ此に手は出せぬっ。何故なればぁ、お前には……し損じ有りしっ――
――ならば申せ――
――良いのかぁ?良ぉいのかっ?天地がひっくり返るぞえっ――
――心配無用。申すがよい――
――されば。されば。さ・れ・ばっ。何故千歳眠こけて居りた?ん?――
――千歳……――
――其よ。ちとせっ。其がぁ、何故覚め起きたっ?たっ?――
――……――
――眠縛在りし故っ。縛緩みし故っ。どや?――
――眠縛……――
――何者がぁ……如何にしてぇ……千歳千夜の眠縛をかけしか?思うたこと……あり?無し?――
――此が慈懐が力足らず故。時至り、力満ちし故の只今。眠縛など無し――
――慈懐。ん、ん、ん……あ―っ、寺の開祖名っ。どやっ?――
――浮き世の勝手。他は――
――其が浮き世にて……お前は親でありたっ。どやっ?どやっ?――
――面白き事を。浮き世どころか何処にても子などおらぬ。知らぬ――
――何故……アヤネを抜れなんだ? あ? 喜致が末故? かや?――
――我が主の御名を軽口にて扱うは無礼っ――
――主? 主無し。違う? ――
――前世にては主っ――
――? ……まあぁ良い。な・れ・ば・亡者となりしは主の命。足らぬ主じゃ。足らぬ。足らぬ――
――我が一存っ。喜致様とは無縁事なり――
――喜致? ほほぅ。主持ちが身で? 勝手事? ほぉう!――
――……――
――内所事は知られて不味き事。暗界入りは……申せなんだ?わな?――
――……――
――な・れ・ど。其が主様が。護役が勝手知りたれば……何とした?――
――仮事など慮るに足らず。アヤネが素は山中が清流。喜致様が御末とはならず。子も同じ。抜れなんだは邪魔入りし故――
――邪魔ぁ?――
――払われし――
――払われっ? 本寺の門跡を?払いた者がぁ?おりた?――
――おりたっ――
――其は如何なるモノ?――
――徒者なり。木霊に邪魔され軽んじし故――
――真ぉっ?木霊は巫女が眷属、遮る、遮る。なれど非力、一掃できるっ。其はまっこと 徒者かやっ? よぉ―う、思うてみよっ。お前をっ、払える者っ。お前がっ、上座を譲る者っ――
――……――
――忘れしかぁ―? な・れ・ば・言うてやるっ。慈養、美致姫、喜致っ――
――御名を申すは無礼なりっ。慎むがよいっ――
――亡者が不埒と? ウクク。此は驚きぃ――
――減らず口の物の化よ。他に無きなら去るがよい――
――先より言うておる。お前は親っ。子がおる。しかもぉ―親に倣うてぇ―不・成・仏っ――
――先にも言うたっ。我に妻は無し。故に子も無しっ――
――慈養もぉ、然りっ。なれどぉ、美致姫は、慈養が娘――
――無礼なりっ。御師匠様には御事情ありき――
――お前にもっ!――
――何っ――
――今生の何のと言いての泣きつき女。ありっ!!――
――外道ぉぉ。何を申すっ――
――我はぁ―事情のことを―申しておるっ。偽りなればぁ―腹を立てよっ――
――むぅぅぅ――
――子儲けのぉ―事情がぁ―お前にもっ――
――彼の事は事情に非ず。御仰せに従いて亡き御方が御役を務めしまでっ――
――此は奇ぃ―っ! 御役で火照合わせを―っ!其が真な・れ・ば・言いつけに釣り涙? 呆れし性悪っ。とんだ女!とんだ女!――
――無っ。無礼なりっ! 御涙は亡き御方への御思いっ――
――泣きつき女は子を生みたっ。お前が子っ!――
――戯れ事も底。彼の姫君は類無き尊血の御方。卑しき血は入れぬっ。喜致様は治君様が和子様っ――
――お前に赤児を見せし折、慈養が告げし? かや? ――
――御名を申すなっ。言わずとも知れ事。仰せにはなられず――
――慈養特有の方便っ。娘。孫――
――……――
――治君が歳、知りおりし?――
――知らぬっ――
――慈養と同じっ。おなじ――
――……――
――何故と思う?――
――知らぬっ――
――保護者に適っ。はしこき慈養は持参の品と引き換えに廃れし端宮の治君と約を。美致姫は預かり物の宝。張りのできし治君は足繁く通いて睦み、されど夜は約事故、侍を払い……朝右衛たちは……知らぬ。知らぬっ――
――見事な勘繰りなりっ――
――美致姫は枕辺に鈴を。彼の結鈴は二親が婚儀鈴。暗がり故お前にはよう見えなんだやも知れぬ。が、彼の女は仄かな赤みを案じおりし。故に、翌朝の夜具焚きを言い置きし。何も知らぬお前は何も分からず。なれど其が初事が証っ――
――彼の折の御夜具焚きは、秘められし御覚悟の御証。姫様は、御上がりの際まで御麗質の御方なり。本寺憑きよ、よう聞けっ。世には道理有り。下人が血は人とは成らずっ――
――道理外しの泣きつき女。道理外れの子も生むわっ。初見えの日、親無し児のお前は、父は居れど父とは呼べぬ母無し娘の悲哀に幼き手を当てたのよ。其が手は温うありた。其より主女のよすがは、寺に参りた童の育ち行く様となりた。美致姫が慈養が掌中の玉なれば、お前もまた主女が其でありた。知らぬは当人だけ。だぁけっ――
――……彼の折の姫様……は。姫様……。一夜のみ常無く……。なれど……なれど……。生来御賢明なれば、道理外しはなされぬっ。御師匠様とて、喜致様に困惑なされてはおられずっ。因にて全ては外れなりっ――
――慈養は端から。知りておりたわっ――
――愚言なりっ――
――慈養が懐妊を知りしは六月。其も中将が文にて。当の娘からはひと言もっ。娘が覚悟が分からぬ師匠かや? ――
――……――
――自害定めの娘が思い。解せぬ程に慈養は凡愚かや? ――
――……――
――慈養が娘に問いしは親心故。宣らせて重荷を下ろさせし――
――和子上げには乳母殿よりの秘儀ありっ。姫様は成されてはおられずっ――
――普関が言? 秘儀を細かに? ――
――……――
――慈養が普関を越えお前を門跡といたせしは?何故?何故?――
――普関様が御推挙にて。喜致様が後見に――
――冴えし普関が由なく歳足らずの下郎に後見?? 普関は主と一心同体――
――……――
――『父君に不足なし』。慈養はお前が知るを望みし。拒みしは娘。何故なれば、師よりお前を解りし故。今とて此が様。彼の折なれば尚更。故に『御役全うを守りとう』然様父に請いし。請いしっ――
――……――
――故に慈養は大護役を命じ本寺を与え孫を託せしぃ。筋金入りの大狸。お・お・だ・ぬ・きぃっ――
――無礼は許さずっ。……フゥ……フゥ……――
――辛そうじゃのっ。クックック――
――……フゥ……妖かしモノめっ。我に何を……ウゥゥ――
――見よっ。糸雲がっ。ほう。ほう。ほう!散るっ。散るっ。遺恨がっ!遺恨がっ! 此ぞ真の成せし業っ。己が美致姫が掌中の玉でありた故ぇ―? 娘の思い師が知りし故ぇ―? フハハハハハ――
――ウゥゥ……さりとても。さりとても我が本懐は不動っ。お師匠様が御無念は我が無念っ。侮るでないっ! ……ウゥ……――
――其が本懐、美致姫にも慈養にも望まれておらぬを悟りし。お前が本懐は変わらず主持ち。故に遺恨を放ちおるっ。解りしかっ? 解りしかっ? おおぉ!! 墨雲がぁっ。クククゥ。なれど、お前は辛いっ。腑抜けとなり行くっ。クククゥ――
――ウゥゥ……――
――今一ぉつ。知り事あり。なれど、言わぬっ。言はば、お前は空となる。クククゥ――
――侮るで……ない。亡者の情など……要らぬ……フゥゥ――
――クククゥ――
――申せっ――
――クククゥ――
――申してみよっ!――
――子は父を知りおりた――
――姫様が事か――
――お前が子っ――
――騙りモノめぇっ!――
――此が大間抜けっ!――
――なっ――
――お前が子は変わり者。人目に映らぬモノ見えし。故に、幼き頃よりお前が顔を凝らし見いたしておりし。おりしっ――
――……――
――何が見えしと? 女が面。やがて子は、母とお前が経緯を。慈養が筋ははしこしっ。おまけに子は護役の小僧から、お前が『不成仏を願立てし』と聞きし。彼は賢しっ。アヤネや里人が受難は己故かと思い始めし矢先。子が胸中、察してみよっ。みよっ――
――断じてあらずっ――
――なれば、何故妻などと? 妻などと?――
――本寺の教えに沿いて裏寺を築かんとなさりし故――
――此のぉ、う・つ・け・っ! さすが普関はお前が師っ。普関は『妻』の一言にて喜致が真を悟るを知り、酷界に向かう愛弟子の先に光明を見し。故に己が筋より添姫上げし。故に。故に。故に――
――ありえぬっ――
――『開祖を育みし亡き里人の有難きを偲べ』。此が、子が子に伝えし供養の極意。千歳千夜お前を縛りしは、極意乗りたる悟入の鐘っ――
――証無しっ――
――間抜けっ。彼は終生の侍りよ。千歳千夜、眠こけ親が傍に下りて、己が末に憑り、朝に晩に鐘撞きし。縛り外れは子が今生に出し故じゃっ――
――……喜致様は寂されし。御門跡が最上段に居られる。今生など――
――アヤネと添いおるっ。彼の折、我が子なれど上座と思うておる故、お前は払われしっ――
――‼、……ありえぬ――
――おおぉぉっ。喰いモノに巻きつきし念退きしぃぃ!!――
――フゥゥ……陰道術師めぇ……――
――子は親の念外しを念立てしっ。雲退くはお前が本懐の成せし事っ。事っ、事―っ――
――フゥゥ……然様なことが。……斯様なことが……――
――お前が抜らんとしたモノは、不顧の主女が真の形見。故に、故に、故に。 此は、此は、此は。 ワ・レ・の・モノっ――
――何故此処までっ。フゥゥ……何故の着かっ――
――クククゥ。此は懐然が末。喜致と清流が子。味も滋養も申し分無しっ。一族が怨恨を負わんと外道を望みし帝血が守護者よ。お前には、外れしとても、請わずとても、本寺が加護有りき。其が上に、子が徳にて禁も犯さず。故に、今生止まりにて何時なりと成仏なれど、不明にて只今に在り。我、お前とは他生の縁有り。鈍深きが憐れ故、説きて暗解きし。我には参りたき処有り。お前に道開けし徳にて願成就。されど、浮き世永き故、願い処に往かば精尽き失せん。故に此を、此を、喰いたしっ――
――……――
――言解きし。早う去れ、去れっ――
――……――
――我には事情があるのじゃっ――
――我にも事情あり――
――お前の事情は女であろうっ――
――此も事情なり。人喰うは殺生。願不成就なり――
――此は清流が子。人で無しっ。なれば、普関が事も言うてやろう。美致姫が亡骸を前に根滅を覚悟致せしは、先は普関。彼は後々お前も続くを解しておりた。普関は朝右衛と心通じし仲じゃ。お前は其が主と情交わしの仲よ。公卿との縁は浅けれど伯父甥二人が念なればと思いし。なれど、いつしか前に喜致が立ちた。喜致が言にて、普関は主の外法伝授を知りし。慈養は、"討たせねば護役が念鎮まらず"を分りし故、表には『誅』を命じ、なれど、真が元は帝血にありとて、責を孫に負わせし。慈養が他の門跡より短命でありしは、己が生を孫に継ぎたからよ。捨て身のお前が相手では、さぞ骨折れようとの祖父心。普関には『外法も方便』と笑う慈養が見えたのじゃ。故に普関は、喜致が成就と甥が成仏を一心に願いた――
――……――
――分かりしか。喜致が念立は仇人救い。道外れとはならぬのよ――
――……――
――見えぬかや。普関が遺きし引導が。早う伯父が元へ参れっ――
――……――
――抗すとか?――
――……――
――無垢なれば難無く成仏。お前が言じゃ。清流が子故、何処なりと参れる。人には叶わぬ大往生じゃ――
――……――
――抗すとて、術無しであろう――
――恩師様より、奥義承りし――
――守護者が究極、美致姫に間に合わなんだ"入魂"をとか? なれど、彼は術者と釣り合わねば。無念よのう――
――此は清流が子――
――なれどまだ小人。奥義外しは滅。止めよ――
――御形見なれば本望なり――
――折角道開けしに。止めよっ――
――詰まらぬわ――
――子が労、何となす――
――察しよう――
――伯父が労は――
――お詫びは前に――
――主女が哀や如何に――
――……。解されよう――
――なれば。慈養が願は――
――御師匠様には……――
――『護役が獄行きを許すは主に非ず』と孫に遺せし言は何と――
――……――
――族長が意に背くかや――
――御仰せ『そなたが一義は喜致っ』に従うまで。御師匠様なれば、我が一刻を笑いてくだされよう――
――腑無しの千歳亡者など対峙とならず。常なれば避けん。なれど、此ばかりは……――
――故に端から力づくと言いし――
――如何にても得せぬとかやっ――
――固よりっ――
――なれば。参れっ――
――トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、トン、ス――
――いかがじゃ。我が子の遺仏に憑きし心持ちは――
――さすがにござりまする――




