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古記(いにしえのき)その一  深朝姫 [一 我が鈴を]

今回はまた時代が昔に戻ります。

[一 我が鈴を]


〔慈養(喜致親王)二十二 普関(親王護役(もりやく)承和)十六 寛養(親王学師 本寺門跡)五十一〕



「普関、若君に此が文を。今しがた中宮様より届きた」

「かしこまりました」


「寛養、そなたが元へも」

「否に。内に何かござりましたか」

「大臣家の姫が。入内するそうじゃ」

「入内。はて、内に然様な御方が」

「父君が妃に。母君も中将も待ちわびておるそうな。中宮殿(でん)も賑やかになるであろう」

「誠にござりまするな。深朝様は確か御歳十五。さぞ、たおやかな姫様となられしことにござりましょう」



二月(ふたつき)後〉


「普関、本日は雨なれど朝から牛車が音がひきも切らぬ。何事であろう」

「伺いてまいりまする」


「親王様。大臣家の姫君が儀間近となりました故、良縁祈願の御来訪が本日より始まりしとのことにござります。暫くは続くようにござりまする」

「……」

「御寺は、一族が束ね寺になりますれば 何事につけ此が様となるのでござりましょう。余部屋なく皆大わらわにござりまする。牛車は待ち処なく、戻しておるのでござりましょう」

「何か手伝うて……。なれど、我らは猫にもならぬのう」

「はい」


 ――カサカサ、カサカサ―― 

「若君ぃー 若君は何処にぃー」


「寛養様にござりまする」

「如何がいたしたのであろう」


――カサカサ、カサカサ――


「寛養、我らなら此方に」

「ああ若君、騒々しゅうて申し訳ござりませぬ」

「如何がいたしたのじゃ」

「実は、離れに茅大臣を。早う見えられました故、若君と揃うて御あいさつにと思うて。なれど此が様にてとても伺えませぬ故、何卒御独りにて。よろしゅうござりましょうや」

「安きことじゃ」


 ――パタパタ、パタパタ―― 

「御門跡様ぁー 御門跡様ぁー」


「今行く。其方にて控えよ」

 ――カサカサ、カサカサ――


「難儀じゃのう」

「誠に」

「さて。では普関、仕度を」


 ――カサカサ、カサカサ――

「若君、若君」

「如何がいたしたのじゃ」

「大臣家からの迎えは、明朝になると」

「何故」

「牛が(わだち)に足をと」

「なれば朝まで御待ちいただくしかあるまい」

「然様にござりまするな。なれば御仕度をいたさねば。気の利きし者を配さねば」

 ――カサカサ、カサカサ――

 「誰かぁー、誰かおらぬかぁー」


――パサパサ、パサパサ―― 

「お呼びにございますか」

(せん)(えい)は何処じゃ」

「書き付け処にございます」

明恵(みょうけい)は」

「葛の宮家に」

(ほう)(しょう)は」

「只今読経を」

「……よい。戻れ」

「はい」

 ――パサパサ、パサパサ――


「寛養、我ならどうじゃ」

「何を若君っ」

(しん)(かい)を呼びて奥に床を。隣に御食を。我は其が後に。供がおらぬ故、代わりに我が下部屋に侍ろう」

「親王様っ、下部屋へは此が普関がっ」

「入りてもう二歳(ふたとせ)。幾らかは心得た。一夜(ひとよ)の世話くらい我にもできよう。一度(ひとたび)は親と定めし御方。彼の日の計らいには幾ら礼を尽くしても足らぬ。寛養は如何に」

「なれば、大臣が事は若君に御任せいたしまする。よろしゅうお伝えくださりませ。されば、寛養は此にて」

――カサカサ、カサカサ――


「普関、大臣家に使いを出せようか」

「はい」

「明朝は、牛車を裏門にて待たせよと。慶事が前に、如何に牛足がとて、仏界よりの朝戻りでは表からの御帰しはできぬ」

「心得ましてござりまする」



〈於離れ〉


「大臣。只今は慈養と申しまする。此度は姫君が儀、誠に慶事と存じまする。二家が栄えを陰ながら祈念いたしておりまする。先刻御館よりの知らせにて、御迎えは明朝とのこと故、御食御配させていただきましてござりまする。寂しき寺なれど、今宵は此が慈養が下部屋に侍りまする故、御用あらば何なりと御申し付けくださりませ」

「……なれば。戸板をお立てくださりませ。風が抜けまする故」


 ――パタン、パタン――


「冷えましょう。御入りくださりませ」

「何故……」

「今朝方、御腰の難にて。代わりに参りましてござりまする」

「して、父君様が御容体は」

「夜着に足を取られ転げしと。まま伏しました故、会うてはおりませぬ。高良(たから)は大事なしと申しておりましたが」

「慶事が前なれば、事無きを願うばかりにござります」

二夜(ふたよ)もあれば治りましょう」

「二夜……なればそなた様も御気()(ぜわ)しきことにござりましょう」

「……そなた様……」

「我が父君が妃とならるる御方にござりますれば、軽々しゅうはお呼びできませぬ」

「深朝が望みしことにはござりませぬ」

「なれど、お決めなされしことにござりましょう」

「……何故の、明朝の迎えにござりましょう」

「脇道よりの戻りが折、残り轍に御牛が足をと聞きおよびておりまする」

「なんと(あるじ)(なら)いの牛に」

「さすが大臣家。御見事なる御統率にござりまする」

「……東宮様御崩御が翌年、御文をいただきましてござりまする。返事は急がぬ故と。なれど父がそろそろと……。産まず女で良しと思い、御返事申し上げましてござりまする」

「誰ぞが然様に」

「否に」

「……」

「御祖母君様が御法要にはお見えとならずでござりましたな」

「……父が好きにいたして良いと。……御衣に花弁が……」

「……」

「……今宵で……散りてしまいましょうか」

「五分咲きなれば、まだもちましょう。……内裏が花も宴を飾りましょう」

「誠に慶事と」

「只今が御警衛は随一と」

「誠でござりましょうか」

「思わねばなりますまい」


「……思いもかけずの只今故、申し上げまする。此が二歳、深朝が悔やみは、増すばかりにござりました」

「悔やみ」

「童でありたことにござりまする」

「童」

「彼の折、素直に戻りしことにござりまする。御前で泣かずに、戻りしことにござりまする」

「……夢を見るのでござります。御身小さくおられし頃、内に上がられしそなた様が、よう遊ばれて後、御眠りになられしことがござりました。なかなか御目を覚まされず、寛養が呼びに参りて用を済ませ急ぎ戻りしも、そなた様は退きなされた後にござりました。御車は即に外にて我が手は届かず、過ぎし(とき)を恨めしゅう思うたものにござります。其が夢を本寺(ここ)に入りてより、幾度も見るのでござります」

「……」

「……深朝。鈴を此方へ」

「返せと申されまするかっ」

「よいから。此方へ」

「否にっ。此は深朝のっ」

「……」

「何をなされますっ」

――ブチ。ジャリ ジャリ ジャリ リン――

「……」

「此をそなたに」 

――ジャリン――


**  **  **


「……雨、止みしか……」

「……はい……」

「……眠らぬか」

「もったいのうて……」

「……婚儀明けが内裏なれば……。今頃は湯殿が盛りぞ……」

御湯浴(ゆあみ)が後は初衣に着替え……後、皆様方が御前に……」

「……兄君が御目が『如何に』と問いかけられよう……」

「……此度は……仕儀は……ござりませぬ。……お上を拝しまするは、明朝の中宮様が御間に……」

「……中将が申すには……そなたは我が間に入り……いづれ母君が御養女となされるそうじゃ……」

「誠に……」

「我が失態を御父君達が……」

「失態……」

「深朝……非力な我を許せよ」

「否にっ……否にっ……」


「……のう、深朝。……先に……御兄君と会うた……」

「御夢に」

「……悔やみを語り始めしそなたが……突如兄君に」

「深朝が東宮様に……」

「何事にと思いしが……俄かに御仰せを思い出し……初めて、悔いし」

「悔い……」

「御義母(はは)(ぎみ)が折。『深朝が嘆きを払うは喜致ぞ』と仰せに。故に、我は結びを……。『喜致』を捨てしは……短慮でありたっ」

「否にござりまする親王様っ。深朝は御逆を悔いましてござりまする」

「……逆……」

「己が悔やみを申し上げしことは誤りと」

「そなたが言は正しき。其が何故」

「睦みて……。一が大事は我が君と。御存命第一と。……彼の折至れずの深朝を、悔いましてござりまする」

「……」

「本寺は我が君を御護りくださりまする。『其が何より』と、悟れぬ小人にござりました。御許しくださりませ」

「深朝……」

「……何故、(おもて)を濡らす……会えぬが辛きか」

「……睦みし御方と……二界に裂かれし御思いや、いかにと……」

「御義姉君様には……」

「親王様……深朝は只今を今生の末日といたしたく」

「二度と此方へは参らぬか」

「参らねど、大御心にて、親王様が御間より御方を見、御姿を思えまする」

「我も一度は……。なれど……」

「……」

「深朝。御現(おで)ましとなられし御兄君は……此が喜致に、何を望みておられよう……」

「東宮様が……」

「……深朝。只今を悔やむか」

「否に」

「なれば……。彼の言なくば只今は無し。共に悔やみは捨てようぞっ」

「親王様……」

「よう思うてみよ。只今が心内に“苦”ありや」

「……否に」

「我もあるは安堵のみじゃ。なれば、我らが悔やみは失せし。御兄君が御陰にて、我らは()(やみ)を抜けしっ」

「……」

(われ)が兄君でありたなれば――『身()わりて妃が嘆きも負うてやりしに、此は何故の悔やみぞ』と夢枕に立ちたし――じゃ」

「親王様……」



〈明け前〉


「親王様。大臣家の御車が只今」


「深朝。我が鈴を」

 ――ジャリン――

「……御預かりいたしまする」

お読みいただきありがとうございます! 今回の過去編はあと二話ほど続く予定です。

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