【7】寺の記録 1.二代様
翌日の午後、母は一人で高草木先生のお宅へ出かけて行った。茶の間で父と二人きりになった私は、訊くなら今と思い切った。
「父さん。このお寺のこと話してくれる?」
父は数秒フリーズ。
「あっ。ああ。うん。ちょっと待ってろ」
そして立って行った。
トイレかと思ったが、そうではなく部屋へ行って戻って来た。何か持っていたので手元を見ると
「もう随分前に先々代と先代が話されたことを書き取ったものだ。そろそろ整理し直さないとと思ってはいたんだが……。不精を指された。こりゃ参ったっ」
あの父が、幼子顔をした。
「うーん。先ず何から話すかぁ……」
綴じ紙を脇に置きそう。
「ここは、水難供養のお寺よね」
「ああ。そうだ」
「だから、近くの檀家さんは限られていて、多くが遠方から見えるのよね」
「ああ」
「でも御本尊様は……」
「薬師様だ」
「傷も治されるから?」
「ああ。諸々を」
「昔はこの高台一帯が、北の県道までずっとお寺だったんでしょ?」
「ノブちゃんから聞いたのか」
「ううん。弥央おばあちゃん」
「お袋か。他には何か聞いたか」
「ううん。あんたの代でまた変わるかねぇって言っただけ」
「……」
「またって。前に何か変わったの?」
父は「うーん」と言って脇に目を遣った。
「どうしてそんな大きなお寺を、こんな所に建てたの?」
「山中に大寺は珍しくはないがな」
「開祖様の養里は川向こうでしょ。向こうの平地に普通は建てない?」
「記録に……。本寺の命で二の寺三の寺の者たちが、山が崩れ土山となっていたこの辺りを均し、おびただしい骨を土中深く仕舞ったと。目印に椿を埋けたとある」
「椿って?」
「西の垣根だ」
「大水でも?それで山が」
「だが、村は残っていた」
「じゃあ骨って」
「本寺には裏者たちがいて……里は皆一木。つまり一木は裏里だった」
「スパイ村?」
「おいおい寺だぞ。そういうお役もあったかもしれないが、庶事を扱う寺男たちを出す村だ。杜屋さんが『一木の男たちは文字が書けた』と言っていただろう? そういう所だ」
「その村がどうして」
「記録に『表寺が御門跡普関様の御遺言により五代様に御届けられし物』というものがあって、その中に『人失が元の毒干菓子。小頭ヒシミ、シロヌシ、レンヤ。一木は長が御娘御本流が御代わり、里人御伴代わりとなりし尊里なり。レンヤは中将が筋。小頭までがヤタが筋。人失は御本流が筋』との記述がある。分からない所もあるが、素直に解釈すれば良いと先々代様は言われた」
「素直にって。それじゃあ」
「只、そのことでこの地へ来たわけではなさそうだ」
「そうなの?」
「これは、衷然寺の記録だが――。開祖様と御内弟子の懐然様は大そう仲の良い師弟であられたが、一度だけ御対立があったそうだ」
「御対立って。御弟子が逆らったの?」
「ああ。『此は我が御役と仰せられ』」
「仰せられ? 何のこと」
「懐然様の御護役の関弥殿と言う方に勅命文が届いたと表寺から知らせが来た時、還俗し立太せよとの令に、懐然様が『我が返すとて表寺へ行くを請われなされしが止められし』とあるから、反対されたところ『これは自分の役目だ』と言い返されたということだ」
「御護役に立太せよって。それで?」
「『必ず無事戻る故、師匠様には皆と共に慈養様、美致姫様への御祈願願いたし』と言われて、関弥殿と表寺へ向かわれたそうだ」
「それで。破門?」
「いいや。すぐさま周りの寺々へ『表寺を堅めよ』と使いを送り、懐然様の願い通り、皆で一心に御無事の御帰りを祈願したそうだ」
「どういうこと」
「ここからは関弥殿と表寺の普関様の記録だが、着かれた懐然様は『これより下る 喜致親王孫 美致姫子 喜致』と記されたものを中宮に送られ、関弥殿を伴われ牛車で向かわれたところ、大路で中宮らと鉢合わせとなられ、『中宮跪きて何卒との言葉に御牛の鼻返されし』で表寺に戻られ、後から三牛車が裏門に着いたそうだ」
「三牛車って?」
「退位された一の君、一の君の一の君、致治姫の三人の車。こう書いてあるので分かりにくいが、退位されたお上と、当時のお上と、中宮だ」
「それで?」
「『喜致様、三人を入れられなされ、称君は貴宮殿が御子なれど、喜致親王が晴姫殿より瑞姫殿が遺言とて我が護役に受けし者なれば、とて御返しなされり』『一の君至らず申し訳なきとて破りけり』『一の君が一の君、なれば何卒御本流様にと請はば、我様に親無し子無し、親泣き子泣きを生むを望むやと仰せられ』『聞きて寄りし皆に、我が本寺に居るは喜致親王、美致姫が御遺言。母君は表に居りて仏となられし。古よりの表の憂苦を我は浄さん。此方にて本流が務めをなさんと宣われ』――」
「父さん。それ本当の話?」
「ああ」
「作り話じゃないの?」
「その後、中宮を除く二処から本寺域の誰にも二度と還俗を強いないという約書が届き、大臣と公卿からも、反する者は一族より放逐するとの念書が届いているからな」
「残っているの?」
「ああ。記録には他にも、『貴宮殿が二の方の兄君疎まれ失せにけり』『其が君が奥の方恥じて姫らと水に入り』とあり、先代はお上を焚きつけ勅令文を出させたのは関弥殿の父君の二番目の奥方の兄で、その後その人は内裏から嫌われ亡くなり、家族は入水しようとしたと話されていた」
「入水って、亡くなったの?」
「いいや。幾人か流れたが、皆助かったと記されている」
「父さん。覚えたの?」
「ああ。暗記させられた。特に二代様、懐然様の行は全部」
「どうして?」
「衷然寺の端緒があるからだ」
黙っていると父が。
「ここへ来たのは、帝位に就かされるのを避けてということだ」
「そんなに嫌った理由は何?」
「今言った中にあっただろう? 親無し子無し。親泣き子泣き。母君は表に居りて仏となられし。つまり親が殺されたり、子が殺されたりしたからだ。殊に二代様は、父君は生まれる前に亡くなられ、母君も生まれるとすぐで、御両親の顔を知らない方であられたそうだから」
「どうして?」
「『御血筋』のためと、先々代も先代も話されていたが。途中までは御口伝があったらしいが、どこかで途切れ、今となっては何のことかはっきりとは」
「血筋で殺されたの」
「絶とうとした者がいたからな」
「そんな者がいたの?」
「ああ。ある時から記録に出て来る『縹』というものだ」
「誰なのそれ」
「染司縹三家。浅縹、中縹、深縹とあって、最後に残った中縹の頭目はレンヤといったと普関様の記録にある」
「さっきその名言ってなかった? 人失村のところで」
「よく覚えていたな。そうだ。一木を潰させたのはレンヤだ」
「二代様はその時は?」
「もう本寺におられた」
「なのになぜ」
「『長が御娘御本流が御代わり。里人御伴代わり』」
「代わりって……」
「村長の娘を二代様と間違えた。そういうことだ」
「そんなっ」
「縹にとって御血筋は何が何でも生かしておけない者だった。だから一木を子預かりの里と知り、一緒に潰したんだろう」
「じゃあ、後に入った人たちはやっぱり」
「レンヤの配下だ。記録にある中のシロヌシは山賊頭だから、旅芸人とあるヒシミと小頭が手下と実行したと、先々代は話されていた。輩は後誅されたとも」
「誅された? 誰に」
「『小頭までがヤタが筋』の一文だ」
「ヤタって?」
「裏者頭の名だ」
「じゃあ、仇を討ったってこと」
「恐らく。『レンヤは中将が筋』。レンヤもだろう。『親王様が御遺言しかと前に置き最期の御役を命ず』とあるからには、命ぜられた者は遂行しただろうから。そうでなければ、御血筋が表に御出ましなど、ありえない。それが、開祖様も渋々認め表寺の普関様も黙って見守られたということは、つまりはそういうことだ」
「父さん。ここへ来たのっていつ? 仇はもういなかったの?」
「いいや。いた」
「いたの? 敵方の真ん前じゃない」
「だからこそ安全だと」
「安全?」
「そうだ。二代様を都人の目から隠すにあたり、どこへと普関様が問われた時、『彼の地へ』と開祖様が答えられたそうだ。相手方が里ごと始末したと思っているならそこほど安全な場所はないと」
「……」
「開祖様は普関様の愛弟子で、御先代の喜致親王様から二代様の後見を託されていた方だった。『それ故の御選事』とのことだ」
「守り方が半端じゃないね」
「急いだだろうが、住居部だけで八年。御入居後も何年も造り続けたとあるから、建立もほぼ総力を挙げてのことだったようだ」
「父さん。本寺って何?」
「一族の束ね寺だ。上はお上から下は下人までの」
「でも、ここは」
「水難供養寺だ」
「本寺を移したんじゃないの?」
「『御水の難にて失せし御里の御供養にと御門跡様が開かれし御寺』それがここだ。一族から二代様を隔てるために、教義に無かった供養を御門跡様が始められたということだ」
「じゃあ、本の御寺は?」
「御先代様の御護役普関様が代役に立たれたと記録にある」
「代役ができる御護役様って……そんな方がいたの?」
「ああ。普関様と呼ばれた方は、喜致親王様の六歳下で、ある親王の孫に当たられる方だ。喜致親王様は立太・帝位と進む御方だったから、その方の付き人として幼くして内裏に上がり、お伴をしながら当時の御門跡より教授され、いずれ東宮様の御学師、その先は師に倣い御門跡となられる方だった。それで、ひと通りは修められていたのだろう。普関様は御跡を関弥殿の御子に譲られたが、その後も奥の庵様として一族に目を配り、百歳を超えて入寂されたそうだ」
「最期の御役を命じられたのは、その方?」
「そうだ」
「殺生よね」
「ああ、そうだ」
平然と。
「縹には東宮三人、親王一人、姫宮一人、伴女九人、主だった者でこれだけ。一木の里人を始め名も無き者も含めればどれだけが命を奪われたか分からない。喜致親王様を狙い御立太を妨げたのも縹だ。一族間の争いと言ってしまえばそれまでだが、相手は記録によれば『出処分からぬ者』たちで『毒使い』でもあり、いきなり暗殺してくるわけだから、御本流様を護るためにも、一族を護るためにも、執るべき道だった。先代方の御解釈に父さんも異議はない」
「父さん……」
「喜致親王様は本寺の御門跡となり、文字通り一族を束ねられた。その親王様が入寂され、縹が動き出すと寺人の多くが身構えた。しかし普関様も、御門跡様も、すぐ縹討ちには動かれなかった。四年後、里人の骨を仕舞って後、一族の中に何か動きがあって、お二人が決断されたということだ」
「世俗の一族は何もしなかったの? 争い事はそちらの役目ではないの?」
「検追頭は常に働いてくれたそうだが。『此処に至りて公卿らの本性見たり』と普関様が言われたとの記録があるから、その辺りのことだろう。先々代は保身に走ったということだと話されていた」
「保身……。それで……」
「決断したお二人は、ひとりは一族きっての俊才。もうひとりはその俊才が手塩にかけた者だ。お二人とも、事の重大さを熟知していたし、開祖様は『其が責は慈懐に』と同席していた方たちに言われたということだ」
「どういうこと?」
「さあ。兄弟子様方は反対し、普関様に止めてくれと頼んだが、『親王様との約なれば、其が慈懐の礎』と言われ反対なされなかったそうだ」
「父さん。『御本流様』って御血筋様の呼び方?」
「いいや。美致姫様からの呼び方だ。主には二代様のことだ」
「『人失は御本流様が筋』ってどういうこと?」
「任せたということだと聞いている」
「任せたって?」
「その文の記録は御遺言により、五代様の代に表寺より届けられたものだ。なぜだと思う?」
「二代様には見せないように?」
「たぶんな」
「どうして?」
「里が潰された元が二代様だと、記録に残さなければならない事だが、はばかられたのだろう」
「そうね。里人みんな身代わりじゃ」
「だがな。先代は、二代様は知っておられたろうと話されたんだ」
「お祖父ちゃんが」
「普関様もうすうすその事をわかっておられた。だから、この一文を記されたのではないか、とな。だが、さすがに、御本人に『お任せします』とは言えない。それで五代様なのだと」
「衷然寺ってどなたが名付けられたの?」
「普関様だ。『心のままに』『本懐に順ぜよ』そう言われたそうだ」
「誰に?」
「記されてはいないが、愛弟子の開祖様にだろう」
「父さん。開祖様の本懐って――」
「結びつくのは、兄弟子様方が止められた『其が責』だが」
「お祖父ちゃんは何て?」
「返し読みをしろとだけだ」
「さっきの勅命文の話だけど、御門跡様はお二人が戻られるまでずっとここで――」
「いいや。翌朝誰も知らぬ間に『御祈願続けよ』と書き残され後を追われたそうだ」
「おひとりで?」
「ああ。『裏回りだと二日』だったらしいから」
「それで?」
「ちょうど、三牛車が着いた頃着かれたようで、普関様、関弥殿と共に隣間に控えられたそうだ」
「じゃあ、その後会われたの?」
「ああ。どうしてこんな無茶をと開祖様が申されると『我には師匠様方の御守護あり。何者が仇なせようや』と言われて笑まれたそうだ。『普関様、御門跡様御眼朱となられし』。二人の御師匠様は涙されたということだ」
「お出ましになったのには何か他の理由もあったってこと?」
「あの一件は、さっきも言ったが、関弥殿の父君の二番目の奥方の兄が、男子に皆死なれ東宮を決めかねていたお上に、お上と従兄君の関弥殿を薦め、自分の娘を妃に上げようと計略したもので、思いもよらない名を聞いたお上が、周囲を驚かせようと単独でなしたことだった。つまり、本寺を知らない人だったということだ。二代様としては、自分を守り続けてくれている本寺が軽視されるのは、許せなかったのだろう。中宮宛てに『下る』と書かれたことが、何よりの証だと。これは御先代の方々、皆の御解釈だそうだ」
「どうして中宮様宛に?」
「中宮が美致姫様の娘、つまり御血筋の方として内裏で重きをなしていたからだ」
「じゃあ、二代様とは兄妹?」
「いいや。偽だ。本当はお伴筋。だから『何卒』なわけだ」
「……」
「主に足を運ばせるわけにはいかないだろう? だから、こちらから参りますので『何卒』お戻り下さいということだ」
「本当なの?」
「ああ。本当の記録だ」
「偽って。お上や退位された方はそれを?」
「言い出したのは大臣公卿とある。もちろん内裏も承知の上だ」
「どうして」
「美致姫様の御血筋が、偽でも内裏に欲しかったということだ」
「御門跡様もご存じだったの?」
「ああ。その方が二代様は安全だからだ。世俗の者は、誰も二代様のことを知らなかった。だから、言い出した者たちは、自分たちで偽姫を立て中宮にし、一族の権威を内裏に集めようとしたわけだ。一の君というのは、喜致親王様の命で帝位に即いた人だから、その子供は、母親の出から言っても貫禄はなかったろうし。だからこそ、側近たちとしては御血筋を妃にし、知らぬ者たちを平伏させることで、お上を祭り上げたかった。しかし、言い方は悪いが、それがお上を頭に上らせた。同じく側近らも箔付けに成功し、有頂天な所があったのだろう」
「そこへ『下る』」
「そうだ。『参れ』で済むものを『下る』。二代様はなかなか御気丈な方だったようだ。内裏より本寺を選ぶと意思表示され、そのまま世俗の一族と半ば縁切りされたわけだから」
「半ば? 完全にではないの」
「半ばだ。女人でつながっていたから。奥方様を持たれていたんだ」
「恋人がいて、結婚したの?」
「馬鹿を言うなっ。ここへ移られる前に、『師匠様の御役に立ちたし』と言われて普関様に奥方様の世話を頼まれた。二十一歳。昔なら適齢過ぎだっ」
「奥方様を持たれることが、どうして御役に立つことなの?」
「さあな。だが、普関様はお分かりになったと見え、妹君の孫娘の御姉妹を輿入れさせられた」
「姉妹って、二人も一度に?」
「誤解するなっ。二代様と関弥殿にだ。『護役は主に倣うもの』と言われたそうだ」
「ああ。だから普関様のお跡が関弥殿の御子なの」
「そういうことだ」
「二代様は御本流を残したかったの?」
「そうではなくて、自分の代わりをだろうと先々代は話されていた」
「代わり? なぜ」
「ここで『師匠様の御役に立ちたし』が出て来るわけだ」
「開祖様の御本懐は――其が責でしょ。それって何のことなの?」
「先々代は、普関様の『親王様との約なれば』の御言葉が気になると言われていたが」
「約って御後見様なら二代様の御守護? 自分を守ってくれる人の役に立ちたいってどういうこと?」
父は脇のものをめくった。
「『其が責』とあるだけで、明言はない。それが殺生の責なのかどうかは御代様に依る。その近辺の文脈だと殺生は縹討ちと取れるが、別の事だと伝えられた方もおられた。〈殺生が上の責〉と解された方もおられた」
「殺生が上の責? そんなものがあるの?」
「御口伝の記録とあるから何とも……な」
「普関様は百の上。御弟子の方々は?」
「十一年御後に開祖様、その二年御後に二代様。関弥殿は更にその御後二十二年。普関様が百二、開祖様が九十一、二代様が七十三、関弥殿が九十四だ」
「長命だね。二代様を除いて」
「二代様は不思議な御方で、開祖様の埋葬が済むと『次は我』と言われて部屋に籠られ、やがて『御書付』を持って出て来られると、関弥殿と御子たちと奥方様に『これより日々眺め、我と共に仕舞え』と渡されたそうだ」
「どういうこと?」
「毎日よく見て、自分が死ぬまでに覚えろということだ」
「……」
「書き残すことではないが、言い置くことがあったということだと先代は言われていた」
「……」
「奥方様が、まだまだお元気なのにこの様なことをなされては皆が不安になります、と申されると『大護役有りての我。律義者故嘘は言えぬ』と言われたので、もう一人の護役関弥殿がおられましょうと申されると『関弥は普関様じゃ』と言われ、御言葉通り二年で寂されたそうだ」
「父さん。歴代様の墓所はどこ?」
「鐘撞堂周辺だ。石段石畳まで」
「えっ?」
「御遺言に基づき、開祖様の上に鐘撞堂を移した時『我はここじゃ』と言われて二代様が踏み石を一枚置かれたそうだ。『故に御後皆倣いて』となって、小振りの鐘撞堂が今のようなものになったのだそうだ」
「じゃあ、墓地のお墓には」
「お前のひいお祖父さんからだ」
「奥方様たちは」
「鐘撞堂の脇に。昔は石塔が並び置かれていたそうだが、石段を造るにあたり思案の末御堂の台座に使うことで除かれたそうだ」
「二代様はそこまで開祖様の近くにいたかったの?」
「ああ。六歳で入られてから寝食を共にされたと記録にあるしな」
「でも、奥方様が来られてからは別でしょ?」
「いいや」
「うそっ」
「記録にはそうはない。『師匠様の侍りは我がと仰せられ』欠かさず側におられたとある。その隣間に関弥殿がおられたそうだ」
「御門跡になられてからも?」
「ああ。三十五で渋々なられたそうだが、その後も『師匠様』『喜致様』と互いの呼び名は他にないから、生涯こう呼び合われていたようだ」
「逆らったりもしたのに」
「表寺の記録では、内裏からの使者に、普関様は筋違いだから帰れと言われたとある。しかし使者は『非礼は許されず』と声を荒げ『立て付きし者。検追頭の沙汰を待て』と言い捨て、書状箱を無理やり置いて帰ったそうだ。直後に、ここには表寺から二つの書面が来たとある。一つは普関様、一つは明恵殿という開祖様の兄弟子様からだ。今話したのは、その兄弟子様からのもの。普関様は只一行。『至らず申し訳なき』と。本寺は一族の束ね寺。東宮の学師が代々門跡となって『お上に御役が責を説く処』。当時のお上も慈懐様と明恵殿が学師となられたのだが、慈懐様もこちらへ移られ、天狗になっていたということだ。二代様が憤るのも無理はない。だから、勅命文騒動は、親が軽んじられたのを子が憤慨したという話で、本当は対立と言うようなものではないんだ。開祖様と二代様の関りを読んで行くと分かるが、あの時すぐにも内裏に乗り込み勅命文を突き返したかったのは誰よりも開祖様で、以心伝心の二代様が意を汲まれた、そういうことだと先々代も先代も父さんも思っている」
「お二人はどんな性格の方だったの? 激しかったの?」
「逆だ。端正、穏厚。この表現はどちらにもあるからな。体型が似ていたらしく、見慣れない者は、後ろ姿だけでは区別できなかったとある。先々代は、緻密な御師匠と大胆な御弟子と表現されていた」
「端正って。容姿も整われていたの? 欲目じゃなくて?」
「蓮姫様、深姫様、深朝姫様、美致姫様……だったかな」
「四人も奥方様がいたの?」
「違う。二代様の母君、祖母君、曾祖母君、その母君の名だ。どの方にも端麗との記がある」
「それこそ欲目じゃないの?」
「いいや。『麗しき御方』との記述が」
「どなたのこと?」
「二代様の御娘様のことだ。御誕生時、二柱殿らが、美致姫様の御再来と申されたので、二代様が先姫と書いて先姫と名付けられたが、育つうち開祖様に酷似なさってきて、本当の父親は開祖様だという噂まで立ったそうだから。端正は嘘ではないだろう」
「開祖様の御生まれは?」
「喜致親王様の乳兄弟、東条殿の子。二代様の乳母殿の兄だ」
「乳母筋の方。それで、その噂どうなったの?」
「二代様は只々笑われていたそうだ」
「開祖様は?」
「衷然寺二柱と言われた兄弟子様の法祥殿と泉永殿が大そう腹を立てられ、『美致姫様に不礼なりっ』と噂の張本人を叱責されると、恥ずかしそうにその場を去られたそうだ」
「不礼の相手が違わない?」
「父さんも昔はそう思ったが」
「それなら、どういうこと?」
「叱責された者は、法祥殿と泉永殿に、普関様の元まで連れて行かれたと記されている」
「どうして?」
「御説教だろう。開祖様の美致姫様への御敬愛を、普関様に説いていただきに。美致姫様という姫宮様は、二代様の母君で、この方が『御本流の始め』とある。美致姫様より五歳下の開祖慈懐様は、この姫宮様の護役と定められ、次代の門跡として普関様の元で養育された方だった。美致姫様は喜致親王様を慕われ、よく本寺へ来られていたそうだ。『幼き頃よりスギサク、スギサクと』とあるので、開祖様は、今で言うお気に入りだったのだろう。一方、兄弟子様のひとりが『慈懐の精進は姫様が故』とも申されているので、開祖様も、御寵愛に真摯に応えられていたようだ。先代は、この辺りから、二代様と開祖様の関係の深さが分からないか、と言われていた」
「御寵愛に真摯に……初恋の人ってこと?」
「四十過ぎても恥ずかしがられたというのだから、それ以上だったと父さんは思う」
「……忘れ形見様だったわけね」
「そうだ。自分が護るはずだった方の」
「……その大切な二代様を護るために、開祖様は何を? 『本懐に順ぜよ』とまで師匠様が言われた、開祖様の本懐って何?」
「謎だ。代々の御門跡が写書を幾度も読み返し様々な解釈をされてはいるが、これぞというものはない。父さんもサボっていたが、また読み返さないとだ」
「ある方の祈願を、別の方が解けるもの?」
「何のことだ?」
「例えば、みんなの代わりに私が地獄に行きますみたいな祈願を別の人が――」
「来世まで及ぶものは、願ではなく、念であり術だ。術者は寂せない。禁事については、縁がないと思って飛ばし読みしていたから自信は無いが、確か術を使うには、何かしらの条件と複数の同意が必要だったはず。容易にできるものではない。彩音が知りたいのは言ってみれば〝術解き〟のことだろうが、それは父さんの知る限り、どこにも記されていないし、御先代方からも伝えられていない。〝術〟があるなら〝術解き〟も有りそうに思うが、無いな。解釈上、来世まで術者を追うにはやはり術だろうから、解き者も寂することはできないだろう。それ程の犠牲を払い、そんな事を成そうとする者が、いたのかどうか……。第一、禁事を知るのは門跡格のみだし、同意も必要なのだから、門跡が不成仏となることに、皆が同意するだろうか……。今のところ父さんには、禁事関係は机上の空論と思えるがなぁ」
「……『御門跡様』って本寺の御方のことよね」
「ああ」
「でも、ここの方のこともそう言ってない?」
「ここが本寺だからな。何寺だろうと、御本流の眠られる処が本寺だ」
「お血筋は絶えていないの?」
「ああ。男ばかりが生まれたわけではないが、姫ならば世俗に入って御子を生み、その御子が五、六歳で寺に来られている。御門跡が歳足らずなら関弥殿の血筋が代行している。絶えてはいない」
「生まれた御子たちはどうなさったの?」
「二代様には御子はお二人で、ひとりは門跡に、さっき話した先姫様は普関様の里の姫として茅大臣の奥の方となられた。大臣家は、二代様の祖母君の里だからな。関弥殿の御子は三人とも男の子で、長男は三代様の側に、次男は普関様の元に。三男は母君茉弥姫様の兄君の元へ行かれた」
「世俗に出されたの」
「どこも、事情を話せた方たちの元だ。都には、お上の周りの者ばかりでなく、古くから御血筋と縁のある家も数あったということだ。その後も、二代様の御筋の姫も、関弥殿の御筋の姫も、世俗の家の姫として、縁ある家の奥の方となられているし、男児は御養子にも行かれている。寺内で近親婚はしていない」
「だから絶えていないのね」
「お前の母さんは、表寺の三代前の門跡の娘筋。テルの家は関弥殿の筋だ」
「じゃあ、もしかしてノブ兄と母さんて」
本流はテルの方だと父は言った。
「父さん。ここの教えって何?」
「『故人の有難きを偲ぶが供養』。これが教えだ。表寺の『和気こそ供養』の上に二代様が至られた『開祖を育みし亡き里人の有難きを偲べ』の御言葉が、衷然寺の供養の極意だ」
「成仏してください、ではないのね」
「ああ、違う。記録に……。里の惨事が分かったのは『二代様が御夢見』とある」
「夢?」
「そうだ。毎晩うなされておられるので理由を聞くと『祭りの場土山となり内より人声』と言われ――」
「それがなければ気づかなかったの?」
「ああ。ちょうどその頃喜致親王様が寂され本寺も忙しい時期で、裏者頭も、『里から便りがないので気にはなったが、そのままにしていた』と後から言ったそうだ」
「そのままってどのくらい」
「三年以上だ」
「それで、誰かが夢を信じて確かめに?」
「二代様と裏者頭が」
「ええっ。他の人は?」
「大人数では人目に付く。現場を見ているのは二代様だ。それでだろう」
「お幾つだったの?」
「十三だ」
「……」
「土山を崩し残骸が見え、二代様の元へ鈴が転げて来て。それから、今で言う失語症になられたとある」
「治られたのよねっ」
「ああ。御門跡になられて間もない慈懐様が、毎日付ききりで御世話をされ、半年経った頃、突然訪ねて来た乳母殿の顔を見て泣き出され、治られたそうだ」
「……」
「乳母殿の『美致姫様が三度夢枕に立たれ』との言葉に皆感じ入り、殊に慈懐様は『有難しとて御前に額づきぬ』と記されている」
「……鈴って?」
「『美致姫様が御形見の御鈴』だ」
「それが転げて?」
「御自分の懐からなら転げてとは言わない。先代は里の誰かに渡したものだと」
「御形見でしょ? 誰に」
「鈴の記述はあと二箇所。失語症になりヤタに連れられ戻られてから、鈴紐の泥染みを洗い続けておられたという所と、もう一つは慈懐様の記の『喜致様、御形見の御連鈴を御娘が元へ御埋けなされし』の箇所だ」
「御娘が元? あそこの椿の……」
「ああ」
「二代様は一木のどこに預けられていたの?」
「『長相台殿が館』だ。跡を継いだ致台殿とは昔馴染みだったと開祖様は記されている」
「『長が御娘、御本流の御代わり』って」
「恐らく致台殿と呼ばれた人の娘だろう」
「……お知り合いだったってこと?」
「ああ」
「……その娘さんに御形見を?」
「恐らくな」
「どういうことなの? お世話になった御礼? それともねだられたの?」
「御出自を知った上で、預かっているんだぞ。気軽に物など渡し合えるか?」
「でも……」
「二代様は御軽率な方ではない。ましてや形見だ。たとえ六歳でも、それなりの御分別を持って渡されたと解した方がいい」
「……それから七年後に」
「二度と会えぬまま、御形見だけが戻られたというわけだ」
「……護っても護っても、外から傷つけられたら護り切れないね」
「開祖様も友人知人を失くされた。だが、開祖様には、育ての親の普関様も兄弟子様方もおられ、美致姫様の死もみんなで乗り越えられて来た。しかし、二代様は本寺に来て七年目。関弥殿もお側におられたようだが、まだ誰も、支えとなれる程の存在にはなっていなかった。御形見を御娘に置いて来たということは、御幼少時、その娘が乳母殿以外の唯一の依り処だったということにもなる。その娘が身代わりで殺されたわけだ。先代は、周囲は二代様に一木村の真実を決して話しはしなかったろう、と話されていた」
「でも……知っていたかもしれないんでしょ」
「……察しの良い方だったらしいからなぁ」
「この高台から見下ろして、どんな思いで開祖様方は鐘を……」
「開祖様や二柱殿らは、許してはいなかったろう」
「二代様は?」
「『開祖を育みし亡き里人の有難きを偲べ』。これを、開祖を我に、里人を御娘に替えるとどうなる?」
「我を育みし御娘の有難きを偲べ」
「そうだ。先代が父さんに同じことを言われたんだ。これは、二代様が自分に言い聞かせた言葉だと。二代様は、殺人者より自分の方が罪深いと思われていたと」
「そんな思いで鐘を……。でも、父さん。そんなに引いている方が、『師匠様の御役に立ちたし』って前向き過ぎない?」
「こんな自分だからせめて、じゃないか?」
「……」
「そう先代が言われたんだ」
それで自分の代わりを残した……。胸がいっぱいに。
父が綴りを眺めている間に、目に満ちたものは収まった。
「ねぇ。白ねずみの話って出て来る?」
どうしても聞いておきたかった。
「白ねずみ。ああ。始めは確か、美致姫様お隠れの時だ」
「その方も毒殺されたの?」
「ああ。『空薫物』とのことだ」
「護りようがないね」
「御遺体を奥の庵に御安置したところ、部屋の角に白ねずみが現れ、夜番をしたそうだ」
「それは表寺でしょ。ここでは?」
「記録にあるのは、どれも御門跡の入寂時だ」
「いつも?」
「いいや。四、五代に一度くらいか」
「二代様の時は?」
「美致姫様、喜致親王様の次が二代様だ。御鐘撞きに行かれたが、その鐘が鳴り止まず、何事かと関弥殿と三代様がかけつけられると、踏み石に二代様が横たわられ、側に白ねずみがいたそうだ」
「鐘は? 勝手に鳴っていたの?」
「ひとりでに撞き続いたと。その後鎮まったとあるが、不思議な話だ」
″父さん、それって寂じゃなくて騒じゃない?″
言おうとしたが言えなかった。
「おっ。もうこんな時間か。年明けにはお前も一緒に書庫に入るか」
そう言って父は立って行った。




