【古記 その五 喜致】[二 行く末は裏寺(もとでら)が]
〈六月後 裏寺〉
「御門跡様。表寺よりの使いとは」
「……」
「御叱り事にござりまするか」
「法祥殿。泉永殿。深縹が『終い』となりましてござりまする」
「なれば、吉報。其が何故険しき御目を」
「……」
「御門跡様。我ら兄弟子なれど、そなた様が手とも足とも思うておりまする。何卒、御話しくださりませ」
「『終い』とは如何な次第に」
「東宮妃、致治姫の乳母が髪抜け身辛うなり、何事やと皆で探りしところ、先頃誰ぞが持ち込みし良う効く手荒れ薬に行き着きしとのこと。東宮妃始め皆で重宝しておりし故、半信半疑にて薬塗りの菓子をお犬に放りしところ、腰抜け身震えしと。此にて騒ぎとなり、持ち込みし者を追いしが縹に行き着き、中縹が女が、捕らえられましてござりまする。其が者は、二の君が手にかかりし男の姉が娘にて――」
「暫し、御門跡様。『終い』となりしは深縹と」
「二の君が手に……。ジンヤにござりまするかっ。なれば、レンヤが孫娘にはっ」
「然様にござりまする。其故、レンヤを庇いて『深縹が指図』と申ししと」
「なれど、然様な偽り、弾丈様には通りますまい」
「如何にも。弾丈殿御自ら頭館へ出向かれましてござりまする。なれど、『真語らば咎めず』と言えど『否』と申さず、毒あおり果てしと」
「……」
「其が者も、レンヤを庇いて」
「泉永殿。否と思われまする。コウヤと名乗りし其が者、緒岐親王様を狙いし理由も、亡き御師匠様を狙いし理由も語り、『成さぬとて深縹も縹一族』と言い残ししそうに。大半の家人を逃がししと見え、僅かの残りも抗さず後追い果てしと。其故、『終い』と普関様は御記しに」
「御門跡様。深縹が頭が語りしこととは」
「法祥殿。……御立太の宴、気障りとて、緒岐様をと」
「気障り。なれば、慈養様はっ」
「泉永殿。大臣家に忍びし折に垣間見し、御師匠様への横情高じ、なぶり殺すを生き甲斐と執拗に御尊命狙いしと」
「横情……」
「御従弟君開与様も、美致姫様も、其が余波にて御落命なされしと」
「余波……」
「殊に姫様は……。『妹を女とレンヤが思い込みて』と」
「……」
「……」
「レンヤが横情、由野姫が悋気、公卿が保身。其が、皆で、姫様が至福を奪いしかっ」
「泉永殿……」
「恨めしっ。レンヤ、怨めしっ」
「泉永。なれど、真罪深きは公卿じゃっ。縹一族を内裏に居残しし故の御惨事じゃっ」
「……」
「彼の折。縹を討てずが無念でありしなれど……。今となりては其が幸と」
「御門跡様……」
「此がこと御師匠様が知らば……」
「誠に。知らば慈養様とて……」
「誅され後、姫様が御後を」
「彼の折、鬼心を留められなされしは、姫様が和子様にござりました」
「若君は高徳の御方に……」
「誠に……」
「普関様より『御告』がござりまする」
――ザッ、バサ――
――ザッ、バサ――
「『表に何事有ろうと若君其方に留めよ』」
「御門跡様。『御解』願いまする」
「御祖父君様に、生き写し故に、ござりまする」
「!」
「あっ……」
「御姿垣間見なば、老目とて、またも横情上ろうと」
「法祥。承りましてござりまする」
「泉永。承りましてござりまする」
「只只御言葉に依りて都を退きしなれど……」
「誠。其が幸にござりました」
「『流石御帝血。御先見の明御有りなされし』と普関様は添えられておられまする」
「和子様に護られし慈養様が、後には和子様を御護りに」
「御名乗り合えずとも、斯様に深き御絆無しと、慈懐には思えまする」
「我らもにござりまする」
〈処変わりて 表寺〉
「東条。此度は手柄でありたのう」
「わずかながら。されど、なればこそ、彼の折が、一層悔やまれましてござりまする」
「幾歳経ても思いは皆同じよ。なれど此も御役じゃ」
「はい」
――カタン――
「ヤタか。入れ」
――スス――
「如何がでありた」
「御明察の通り。争いが始まりておりまする」
「普関様。争いとは」
「深縹が仕置きされしは、捕えし中縹が者がレンヤを庇いて深縹に罪着せしが元じゃ。故に此度の事は、深縹縁の者が内に、"中縹憎し"の念を生みたのよ。縹一族が揺れ始めたわっ」
「普関様っ」
――ス――
――ス――
「東条っ。ヤタっ。此なるは『親王様が御遺言』。御生前、各各に記された。今一つは弾丈が元に」
――カサカサカサ、カサカサカサ――
「時が参りたやも知れぬ。そなたら此より最期の御役に就けっ。焦りしレンヤは必ずやし損じる。東条、レンヤを嵌め弾丈にっ」
「かしこまりましてござりまするっ」
「されば、縹一族は済し崩し。ヤタ、末の末まで追いて討てっ」
「有難き御言葉。必ず遂げまするっ。……普関様、一木は如何にっ」
「我らは鬼畜に非ず。故に村潰しはならぬっ。人知れず小頭までを。人失村の行く末は、裏寺が観ておろう」
「承知いたしましてござりまするっ」




