【古記 その五 喜致】[一 手塩にかけし者]
〈喜致二十一 普関六十三 慈懐四十一 関弥二十〉
「喜致様。此にて、普関が伝えは終いとなりまする。此が後は、御門跡が御内弟子として慈懐より習われませ」
「御師匠様。今日までの御教授、必ずや精進の糧といたしまする」
「何よりの御言葉にござりまする」
「……普関様」
「若君。只今からは『普関』と御呼びくださりませ」
「なれど……」
「此が普関は、臣にござりまする。御本流様が学師の命承りて、姫様、和子様と。御二代様に御役成せしこと、臣が極みにござりました。慈懐がことも、いづれ『慈懐』と御呼びくださりませ」
「師匠様が言なれど。師は師、師が師は尚更にござりまする。増して、御養育くださりし御祖父君様、御母君様が御護役様方を臣などと。御母君より御叱りを受けましょう」
「喜致様……。なれば、後生にては何卒『普関』と」
「承知いたしましてござりまする」
「改めまして、普関様。御頼み事をいたしとうござりまする」
「普関で足りまする事なれば、何なりと」
「妻せてはくださりませぬか」
「誰を誰にでござりましょう」
「何処ぞの御方を此が喜致に。なれど、其は禁事にござりまするか」
「禁事ではござりませぬ。なれど……。慈懐は何と」
「『普関様が御判断を』と」
「御存念を御聞かせくださりませ」
「御生前、『我が一族が供養とは和気なり』と、祖父君様より御教えいただきましてござりまする。なれど、新寺は一族と隔す寺にて、和気なき処。其故、喜致は寺内に和気を生みとうござりまする」
「和気……」
「……祖父君様は……『寛養殿が筋は帝血。此が喜致は本流。御母君は、御役の障りになるとて、御父君様に宣らざりし』と」
「……」
「……」
「……普関も……然様に聞き及びておりまする。親王様は……『父君に不足なし』と。『語られぬは憐れ』と仰せられしと。なれど、姫様が……」
「……」
「親王様は……大御心の君様故『臣も人なり』と。なれど、我らは『臣』越えなば存れませぬ。御母君様は、真、御賢明なる姫君様にござりました。……喜致様……何卒……」
「御祖父君様も最期まで……。御母君様が御志もとあらば、此が喜致も」
「若君……。御礼申しあげまするっ」
「普関様……」
「御仰せ、しかと承りましてござりまする。なれば、望まれしは如何なる御方に」
「御任せいたしまする。寂しき山中を憂しとなされぬ御方なれば何方にても」
「心得ましてござりまする。……喜致様。新寺にて御門跡は観音を彫られましょう。喜致様も共に彫られませ。御門跡が埋けなば、共に御埋けなされませ。必ずや慈懐殿の役に御立ちになりまする」
「必ずや。御師匠様っ」
「若君。皆を御頼みいたしまするっ」
〈三日後 於普関が里〉
「御兄君様、お久しゅうござりまする」
「息災そうじゃのう」
「足腰立つるうちはと、弥重に使われておりまする」
「勇ましさは変わらぬか」
「はい」
「時に寛姫。弥重姫の娘姫達の婿君は決まりしか」
「未だに。称君様より良き方はおられぬと」
「二の姫もとか」
「一の姫が先なりとて如何なる話も断りておりまする」
「寛姫」
「はい」
「此より兄が言葉をよう聞け」
「心得ましてござりまする」
「御本流様と護役殿に深英姫と茉弥姫を上げたし」
「かしこまりましてござりまする」
「都を離れねばならぬ」
「易きことに。母姫と違いて穏やかなる姫達にござりまする。仲良き故、共に支えとなりましょう」
「弥重とて良き姫じゃ。そなたの仕込みなればと。身びいきよのう」
「有難き御言葉。真誉れにござりまする。されば輿入れは」
「遅くとも二歳の内に」
「かしこまりましてござりまする」
** ** **
「御門跡。移りて落ち着きたれば一度関弥を寺に」
「なれば普関様。残して行きまする故、関弥は後から」
「何事も初めが肝心。御役定まりて後で構わぬ」
「なれば然様にいたしまする。普関様。時あるうちに御あいさつを。誠幼き頃より――」
「慈懐。そなたを預かりたは普関が二十七の時。『一角の者といたせ』との仰せに、身震いし。若師にて拙きばかりでありたなれど、そなたの賢きが救いとなりた。そなたは、姫様が諳んじてみせらるるを口惜しとて精進し、知らぬ間に兄弟子達を越え参りた。真の師は姫様じゃ。手塩にかけし者はいとおし。姫様が和子様なれば萬倍であろう。そなたの行く先は険し。なれど真には必ず光明ありっ」
「恩師様っ。御元を去りまする愚か者をお許しくださりませっ」
「喜致様を慈しまれよ」
〔寺分一歳後 喜致二十二 普関六十四 慈懐四十二 関弥二十一〕
「関弥。此にて終了じゃ。普関の知り得し全てをそなたに預けた。御本流なれど、喜致様が帝位に即かるるはもはやない。なれど、帝血とは帝位に限らず。我らには難きことなれど、関弥、そなたなれば帝血が真価を見しことができるやも知れぬ。身をいとい、末永う御仕えいたせよ」
「必ずや御心に従えまするよう精進いたしまする」
「上上じゃ。されば今一つ。関弥、そなたにも姫を定めた」
「姫とは」
「喜致様に習えと申しておるのじゃ。此も護役が務め。普関が親王様に習いて本寺に入りたと同じ」
「かしこまりましてござりまする。されば御師匠様、御名残惜しゅうござりまするが、関弥は此にて長の御暇を。いついつまでもの御健勝を、願いておりまするっ」
「励めよ」
〈二月後 裏寺〉
「関弥。喜致様は何処じゃ」
「お外にござりまする」
「夜も深しに何故」
「御鈴を御埋けにと。藤峰が御伴いたしておりまする」
「……」
「祖父君様。喜致は本流が御役定めましてござりまする。母君様が御護役様は必ずや御元へ。喜致を御見守りくださりませ。……祖父君様。御願い事をいたしまする。此が御鈴を暫し喜致に。アヤネとの繋を今一度。喜致は――妻なればアヤネをと――思うておりました」
――ジャリジャリジャリ……リン――




